ウオッカはどんな馬?
自分用メモ。
騎手
鮫島 克也
どんな印象が残っていますか?
もうパワーが違いましたね。返し馬からガーンと行かれて、「すっげえな」って。「押さえて行ってくれ」って言われたけどゲートがめちゃくちゃ速くて、抑えたけどもうとてもじゃないわという感じで。スッと手綱を緩めたら折り合って、本当に強かったです。ただ、ダービーを勝つとは思わなかったですね。だって道中あの掛かり方ですから、まさか2400mのダービーを勝つとは...。馬もものすごく強いし、角居厩舎の仕上げもすごいけれど、四位騎手が本当に上手く乗ったなと。そんなことも思い出したりしていました。
四位洋文
一般的に牝馬は牡馬に比べてデリケートな一面があると言われているが、ウオッカは競馬では女の子らしいところはなく、どちらかというと男っぽい面を見せていたという。「でも、馬房でリラックスしてる時は気の強さを見せていた。厩舎に行った時、顔をなでようとすると怒ったりしてた。あのへんは牝馬ぽかったな」と笑う。
64年ぶりの牝馬ダービー制覇の偉業を達成したウオッカであったが、1番人気で挑んだ宝塚記念は8着に沈んだ。「宝塚記念の時は女の子らしさがあってナーバスになっていた。やっぱり3歳の女の子がゴリゴリの一流の男馬のところに入るのは怖いよね」。
ライバルのダイワスカーレットも同じ牝馬で同世代。牡馬をも蹴散らす2頭に共通するのは“男に負けないずぶとい性格”だと師は話す。
武豊
「ウオッカは追いかけるスピードは凄いんですが、いったん交わしてしまうと気を抜くようなところがあるんです。で、天皇賞でもディープスカイを交わした瞬間ふっと力を抜いたのですが、内にダイワが見えたらまた伸びていったんですよ」
「乗りやすい馬ではなかったので(ダイワスカーレットのことは)意識せずに自分のレースをしようと思っていました」
道中は中団外につけたが、決して理想的な展開ではなかった。
「行きたがっていましたし、前に(馬がおらず)壁もなくて、直線を向くまで、いい感じできたわけではなかったです」
525・9メートルの府中の直線で、右手のステッキを振るって外からスパートした。内で応戦したダービー馬ディープスカイをねじ伏せるようにかわす。だが、左前方にはもう1頭がいた。青と白の勝負服。そう、ダイワスカーレットだ。
「スッと反応してくれて一瞬の脚でディープスカイより前に出たんですけど、ウオッカもいっぱいいっぱいで、最後は苦しそうでした。相手もしぶとかったので…」
――実際の馬の特徴が、キャラの能力や性格に反映されているところもウマ娘の魅力ですね。
かつてライバル同士だった馬が作中のストーリーでもライバルとして扱われていたり、馬の個性が細部まで表現されていたりして、さすがだなと思いました。たとえばウオッカだと、寝つきが良いといった特徴まで再現されていて、面白い。おそらくですが、実際にウマ娘のコンテンツを作っている方たちは、若い頃に競馬を楽しんでいて、知っている馬たちを遊び心たっぷりに、そして細かいところまで再現してくれたのでしょう。競馬愛を感じます。
岩田康誠
喜びを爆発させる一方で、岩田は「ウオッカに申し訳なかったな」、とも語った。
と言うのも、岩田がウオッカに初めてまたがったのは、5日の最終追い切り。雨で馬場が重かったこともあって、「調教に乗った感じはあんまり……、力のいる馬場が良くなかったのかも」と、初めての感触を振り返る。それだけに、レースへの手応えも「正直、半信半疑でした」。
しかし、ジョッキーの印象、レースへの自信をガラリと一変させたのは誰あろう、ウオッカ自身だった。
「パドックでまたがって、返し馬の一歩目で『あっ!』と思いました。全然違いましたね。返し馬の時点でゾクッとしました。牝馬でこんな背中をしている馬は初めて。返し馬に入って、自信が持てました。だから、レース前は信じてあげられなくて、申し訳なかったなって」
クリストフ・ルメール
――レースで心がけていることは。
「最も重要なのは、馬の良いリズムと呼吸を保つこと。馬が今、快適かどうかを感じ取ることが非常に大切です。09年にウオッカで勝ったジャパンカップ(GI)は完璧なレースでした。彼女はスタミナが足らなかったので後ろすぎず、前すぎず、完璧な位置取りで、07、08年と勝てなかったレースを鼻差で制することができました」
1週前追い切りで初めてウオッカに騎乗したルメール騎手。日本を代表する牝馬への騎乗を喜び、その乗り味を絶賛したが、2度目の騎乗となった最終追い切りでもまた新たな発見があった。「先週は礼儀正しく自己紹介をしていたけど、けさはもう思うままに振る舞っていた。彼女の思うように走らせたよ」とルメール。
CWコースで前にインセンティブガイ、ポップロックのオープン馬2頭を置き、悠然と追走していく。4角で内に入ると強烈に加速、一気にパートナーを抜き去った。ラスト1F(200メートル)は11秒6。あっという間の4馬身先着だ。「凄い加速だった。しかも僕が仕掛けたというよりは、彼女が自発的に、自分自身でハミを取ってスピードを上げたんだ」
ルメールは、行きたがるとか引っ掛かるという否定的ニュアンスではなく、自発的な(voluntary)という単語を使ってウオッカの走り、そして走りへの意欲を称賛した。
「大きなアクションが凄く印象的だった。これまでにも多くの素晴らしい牝馬に乗ってきたけど、ウオッカはディヴァインプロポーション(G1・5勝)ともプライド(同3勝)とも違うタイプ。むしろ牡馬に乗っているようだった」と褒めた。その一方で、冷静に「2400メートルは長いかもしれない。細心の注意深さが必要」とレースへの戦略も思い描いていた。
この時のジャパンCでは前走比マイナス4キロながら494キロの馬体。牝馬としては雄大なことは疑いようがない。しかし、それ以上に彼女を大きく感じさせたのは、その態度だという。
「牝馬の場合、どれだけ走る馬でもどこかに女の子らしい一面があるものだけど、ウオッカにはそういった面がありませんでした。誤解を恐れずに言えば全くフレンドリーさがない。牡馬相手でも堂々としていて、だから余計に大きく感じたんです」
またがっているうちにクリストフは次のように感じたと両眉を上げながら語る。
「まるで“マシン”か“ロボット”に乗っているみたい。そんな感覚を持ちました」
レースよりもむしろ調教で乗った時にそう感じたと続ける。
「全てを淡々とこなしていく感じ。こちらからの指示に対し、即座に反応して、ノーリアクションでひたすらこなしていくような馬でした」
レース当日にはその“即座に反応する”点に気をつけたという。
「スタート後はひたすら手を動かさないことに集中しました。調教で乗った時に少し手を動かすとグーンと反応することが分かっていたし、マイルでもかかって行くような馬であることを知っていたからです」
能力の高い馬だから勝てるとは思っていた。しかし、舞台は東京の2400メートルである。いくらウオッカをしてもかかったら最後まで持たないかもしれない。だからスタート後はひたすらひとつのセリフを心の内でつぶやきながら乗っていたという。
「“Don’t move”“Don’t move”(動くな、動くな)と言いながら乗っていました」
我慢に我慢を重ねて直線へ向いた。そして追い出した。すると…。
「すぐに反応してくれました。やっぱり走ると思ったけど、ただ反応がすごく早かった分、最後にオウケンブルースリに迫られてしまいました」
角居厩舎
角居元調教師
動画時間2:20:26辺り
質問:ウオッカさんは どんな馬でしたか?
角居「そうですね、えーと……最初は体質的にちょっと弱かったですね。線が細かったですし。ただまあ調教することで、2歳の秋には当時厩舎にいたデルタブルースだとかハットトリックの併せ馬に一緒についていったので、これは走るっていうのはスタッフの中で話題になってました。やっぱり勝つごとにやっぱり自信を持つし、エラくなっていきました。叩き上げの馬ではありましたけど、勝つごとに段々気性も強くなったし、体も強くなったし……。よく芸能人の人には宝塚の男役みたいな感じじゃないですかって言って。独りで全然大丈夫なタイプだったんですね、ずっと。調教の時は集団の一番最後でないと嫌だった。リーダー、前と後。生産界、自然界の中に於いても馬っていうのは、ハーレムを作ってボスになっていく馬は、先頭に居るか一番後ろに居るかでシンジケートを作る。ウオッカは多分……僕は生産に戻った姿っていうのは、アイルランドだったのでほぼ見れてなかったですけども。日本国内に於いてもエアグルーヴとシーザリオは他のグループと一緒にできなかったっていうぐらい強いというようなボスだった。だから放牧地にあの二組の繁殖と子供しかいない放牧地があったんですよね。多分ウオッカもそういうことに匹敵したタイプの繁殖牝馬になってただろうなとは思って。宝塚の男役ナンバーワンじゃなかったかな?っていう気はします。」
淑子 本当に素晴らしい末脚を持った馬でしたが、ほかに、ウオッカが牡馬をしのぐ活躍をみせた要因にはどんなところが挙げられますか?
角居 気の強さですね。本当に勝ち気な馬で、調教でハードワークをしたあとでもヤンチャをしたり、担当の厩務員は何度も蹴られたりで大変だったみたいです。でも、牡馬を相手にあれだけ激しいレースを繰り広げて、しかも結果を出せるというのは、そういう負けん気の強さがないと難しいでしょうね。
さらに、コース形態の問題がある。コーナーが6回ある中山の2500メートルは単純な力勝負にはなりません。駆け引きする局面が多く、小回りが上手で器用な馬が合う。
ウオッカには合いませんでした。
2007年はダービーを勝ちJCでも古馬相手に健闘しましたが、有馬では勝ち馬から2秒以上離されての11着。器用さがなく、これは合わないと判断した。翌2008年は安田記念、天皇賞・秋と勝ち、年度代表馬となったのに有馬には使いませんでした。2009年もJCなどGIを3勝して連続代表馬に選出されたものの、「お祭り」では走らせませんでした。
中田陽之調教助手(厩務員)
――これだけ活躍していた馬ですから、体だけでなくメンタル面でもどんどんと女王様と言いますか、堂々としていったところがあったのではないでしょうか?
中田助手 乗り運動では牝馬グループの先頭を歩いていました。僕は常歩に乗るか、曳き運動を担当していたのですが、周りの人がウオッカだと気づいて振り返ることもありました。ただ、「後ろに近づけたらアカンよ」と言っていました。
後ろに近づかれるのが好きじゃなくて蹴りに行くんです。馬房の中でもそうでしたね。あと、レース前はなかなか馬房で捕まえられなかったんですよ。逃げるので、時間がない時は手伝ってもらって2人がかりで前後からサンドして捕まえていました。
――ほかにウオッカはどんな性格でしたか?
中田助手 写真を撮られるのが好きでしたね。口取りも(週刊誌などの)立ち写真もすぐにピタッと止まっていました。レース後は写真を撮られないと逆に怒っていたくらい。たぶん、負けたって分かっているんでしょうね。
あと、5歳頃には牝馬だと言われないと分からないくらい背中が逞しくなりました。牝馬ってどんなに大きな馬でも跨ってみると背中が細いんですが、ウオッカは牡馬みたいでした。
角居厩舎調教助手
西内荘(装蹄師)
牝馬としてダービー優勝時、四肢すべてが接着装蹄でした。そんなことはもちろん、ウオッカが初めて。それくらい蹄は繊細でした。かれこれ20年以上も前からウオッカの故郷・カントリー牧場(現在は閉場)の谷水オーナーから牧場全馬の装蹄依頼を受けていたので、ウオッカとは子馬の頃からの付き合い。なのでヤンチャでかわいい流星が今でも目に浮かびます。
今年のヴィクトリアマイルに担当馬はいないのですが、いつも思い出す馬がいます。10年以上前のレースの勝ち馬ウオッカです。というのは強烈なインパクトに加え思い入れもウオッカにあるからです。
当時、馬主連合会会長の谷水オーナーは北海道でカントリー牧場を経営し生産から育成までオーナーブリーダーとして数々のG1馬を育てていました。私も依頼されその一員としてカントリー牧場をたたむまでの長い間お世話になっていたからなのですが、ウオッカはビックタイトルのダービーやジャパンCも勝っていますが、産まれたときから見ていたウオッカの性格がでた感じがして忘れられないレースです。
重賞ウィナーレポート
2006年12月03日 阪神ジュベナイルフィリーズ G1
西山貴司場長は「1頭強い馬がいたので、まさか勝てるとは思っていなかったです。それでも、タニノギムレットの仔でまたG1レースを勝てるとは嬉しい限り」と相好を崩した。牧場時代はとくに目立つところがなかったそうだが「調教が進むにつれて頭角を現してきた」という孝行娘は、最後の直線で父譲りの豪脚を披露した。
2007年03月03日 チューリップ賞 Jpn3
静内田原の育成分場(旧本場)に伺うと、西山貴司場長は、「順調に来れて嬉しいですね。牧場としても(タニノ)ギムレット以来、しばらく重賞が取れなかったのでこの連勝は喜んでいます。父も自前の馬なので嬉しいですよ。当然、クラシックへの期待もあります。でも競馬だけはどうなるのか分かりませんから期待をし過ぎないようにします。」と笑う。
休憩所で取材をしているとスタッフの若杉さん夫妻と只松さんが休憩に来た。
1年ほど前のことなので2人とも本馬の育成時代を昨日のように覚えている。本馬が産まれたときに牧場に来たという只松さんは「来て間もなく(本馬に)乗るよう言われた時、藤井主任に‘この馬は走るぞ’と言われたのがプレッシャーでしたよ。とても反応の良い馬で、調教が本格化したら私では乗り切れませんでした。」と苦笑い。先輩の若杉さんも「普段はおとなしい馬だったけど、本当に反応は良かったですよ。」と相槌を打つ。
事務所内はとても明るく和やかな雰囲気で、西山場長の気さくな人柄が伺われる。
本馬の母タニノシスター(母の父ルション)は祖母がエナジートウショウ(祖母の父トウショウボーイ)で、トウショウ牧場の代表牝系をつなぐが、この牝系は5代先にシラオキという日高で古くから引き継がれている血統。近親にはシスタートウショウやシーイズトウショウの名前がみられ、本馬の活躍をトウショウ牧場の志村場長が自分の産駒のように喜んでいた事を思い出す。
2007年05月27日 日本ダービー Jpn1
静内田原の育成分場に行くと、西山場長は藤井主任と、これから行なわれる調教の打ち合わせ中だった。 二人とも興奮の余韻を残した明るい笑顔をしている。
西山場長に、特別な大舞台で牡馬を一蹴した本馬のレースの印象を聞くと「感動しましたよ。ゴール前の脚が素晴らしかった。跳び(1完歩)が大きく、ゴール手前では無駄なく真直ぐに走って、上り(3F)33秒というスピードには見えない程、綺麗で凄い走りを見せてくれました。桜花賞時はパドックでは仕上がり切っていない様子でしたが、今回は、牝馬ながらも良い感じでテンションが上っていて、行けるとは思いましたけれど、凄い事をやり遂げてくれましたね。すべてオーナーと調教師(角居勝彦師)がダービーに出走させた英断に尽きると思います。皇太子さまの前で四位騎手が一礼した時に、放牧地で掴ませようとしないでうるさかった仔が、大人しく堂々としていたのにも感激しました。」と喜びが溢れる。
「本当に、オーナーの挑戦する意欲は、太っ腹というか凄いよ。」と相槌を打つ藤井主任は調教の熟練者だ。本馬を育て上げた秘訣を伺うと「あの馬を特別に扱ったわけではないよ。夫々の馬の特徴や、癖、性格を考えながら競走馬になる為のしっかりとした土台づくりに徹している。傍からは何をしているのか分からないかも知れないよ。本馬は、馬格もあって、あの頃(明け2歳時)から跳びが良かったので、そこを伸ばそうと首の使い方を教え込んだ。一つぐらいは勝つと思っていたよ。」と嬉しそうに顔を崩す。
2008年06月08日 安田記念 G1
カントリー牧場の西山貴司場長にとっても1年間の胸のつかえが取れたようだ。いつも競馬場まで応援に行っていた場長だが「今回は験を担いで、牧場で応援しましたよ。内を走っていたので前がつまらないようにと思っていたら早めに先頭に出て、今度は後ろから来る馬が気になったりしましたが、馬(本馬)がいつもと違い気持ちよく走っていました。こんなレースも出来るのだと思いましたね。ダービー以来、ファンの方に迷惑を掛けていましたから今回の勝利は嬉しいです。」とホッとした様子だ。
2008年11月02日 天皇賞(秋) G1
オーナーブリーダー(谷水雄三氏)のカントリー牧場を預かる西山貴司場長は、レース当日、繁殖スタッフの田村さんを連れて東京競馬場に応援に行っていた。
「凄いレースでした。ウオッカも改めて強いと思いましたが、さすが武豊騎手です。良いレース運びをして最後の鼻差2センチも上手く首を出してくれたからでしょう。脱鞍所では、‘負けたかな’という思いもありましたので、長い判定の結果、掲示板のトップに
14番(ウオッカの馬番)が出た時は嬉しかった。それにしてもダイワスカーレットは凄い馬ですね。休養明けであれだけきっちりと仕上げてきた先生(松田国師)方も凄い。うちの角居先生やほかの先生方が、つくり上げた名勝負でもありましたよ。」と西山場長は、ホッとしたように笑顔を見せる。
一方、初めて競馬場まで応援に同行したというスタッフの田村さんは「物凄い多くのファンが来ていたので驚きましたよ。その中に自分が世話をしたウオッカがいるのですから、レース前の地鳴りのような声援に思わず胸が熱くなりました。勝った時には興奮して殆ど何も覚えていないけれど、牧場で働いている自分の姿が次々と思い浮んできましたよ。この仕事をしてきて本当に良かったと思います。」と、まだ感動の余韻が残っている様子。
田中さんの言葉は、生産や育成に携わる人達の素直な喜びを表現しているようだ。
競馬場で走る競走馬たちには、一頭一頭、生産者達の深い愛情と想い入れが入っている。
2009年05月17日 ヴィクトリアマイル G1
同牧場の西山貴司場長はレース当日、息子さんと2人で東京競馬場へ応援に駆け付けた。西山場長にレースの感想を伺うと、
「嬉しいという気持ちと、安心したという気持ち、両方ですね。」
と、断然の支持に応えてくれた愛馬の走りに歓喜と安堵の気持ちが折り重なったご様子だ。
レース前の気持ちを思い出していただくと、
「調教の動きが良かったですし、馬体もふっくらして良い状態だなと思っていましたが、前走のドバイが好調子で敗れてしまっていたので、レース前は半信半疑な気持ちもありました。」
という言葉が返ってきた。当日は期待と不安を交えつつの観戦だったようだが、レース内容はその不安を吹き飛ばすかの圧勝劇だった。
2009年06月07日 安田記念 G1
安田記念の前日、東京競馬場は雨に見舞われていた。田村さんは、
「良馬場で走らせたい馬なので、道悪にならなければいいなと思っていました。」
と、牧場を発つ前は東京地方の天気予報を気にしていたという。迎えたレース当日、東京競馬場は青空に恵まれ、良馬場でのゲートインが叶った。
「とてもリラックスしていて、状態も良いように感じました。」
と、田村さんはレース前の様子を思い出す。
生まれ故郷では繁殖スタッフの出口さんと吉村さんがテレビの前でレースを見守っていた。出口さんは、
「興奮しました。最後は手を叩いて応援しました。叩き過ぎて手が痛くなりましたよ(苦笑)」
と、笑みを浮かべた。
吉村さんは、
「鞍上の武豊騎手の手応えは十分あったように見えたので、最後の直線でふさがった時もスペースが開けば間に合うと思っていました。突き抜けてきてくれた時は本当に嬉しかったです。」
と、喜びいっぱいのご様子だ。
これでウオッカは今年に入ってGⅠを2連勝、充実の5歳を迎えている。田村さんは、
「この頃は精神面が強くなった気がしますね。競馬場ではファンの皆さんの声援がすごくて、応援幕や勝負服をあしらったTシャツを着た方もいらして、ありがたく思っています。今後も無事に走って、無事に牧場に戻ってきて欲しいです。」
と、今の心境を語った。
偉大なる名馬への階段を駆け上がる本馬のこれからを、じっくりと目に焼き付けておきたい。
2009年11月29日 ジャパンC G1
「いや、もう、本当にこの馬の頑張りには頭が下がるだけです」というのは生産したカントリー牧場の西山貴司場長(51)だ。今回の勝利でシンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクトと並ぶJRA・G1レース7勝の金字塔。積み上げた賞金13億3356万5800円(=海外含む)はアドマイヤムーンを抜いて単独3位。もちろん牝馬では歴代ナンバーワンだ。
ウオッカは速く、強く、そしてタフだった。ライバルと称されたダイワスカーレットが、ディープスカイが、そしてスクリーンヒーローが脚部不安に倒れてもウオッカだけは、ほとんど休みなく高いレベルを維持し続けた。
今年は、春の安田記念(G1)で驚異的な瞬発力を披露したあと、体調を考慮し、宝塚記念(G1)は自重。夏はグリーンウッドでの短期放牧のあとは栗東の角居厩舎で夏を過ごした。「よい状態で夏を越したと聞いていましたから」と期待した秋の2戦はカンパニーの瞬発力に屈したが、天皇賞(秋)(G1)では自身最速となる32秒9のあがりタイムを記録した。「それでも、多くの人の期待に応えられなかったことが申し訳なく思いました」とこの時ばかりは悔しさをにじませた。
背水の陣で挑んだ大一番。前走までのパートナー武豊騎手が5ハロン通過59秒0のよどみないペースでレースを引っ張る。3着に敗れた昨年は61秒8だったから2秒8も速く流れている。その流れを好位で進んだウオッカは、ギリギリまで仕掛けを遅らせて、弾けるように伸びた。C・ルメール騎手の言葉を借りれば「キープエナジー」。その一瞬のためがゴール前での我慢につながった。
西山場長は「厳しいレースになりましたが、勝ててよかったです。本当にえらい馬です」と愛馬を称えた。現時点での去就は未定。レース後に鼻出血を発症したことで、有馬記念(G1)の出走は出来なくなったが今後のことは「オーナーと調教師が決めてくれることが最善の道です」という。引退か、現役続行か。しばらくはこの不世出の名牝から目が離せそうもない。
その他記事等
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乗峯栄一
先週、リラックスするトライアンフマーチと同じときに撮ったウオッカです。
マーチがダービーを前にしてリラックスするのに対して、ウオッカは恋に夢中。
よく見てみてもらうと分かるけど、隣の馬と金網越しにキスしようとしてる。
しかし前にも書いたけど、角居厩舎というのは真ん中のカイバ置き場を境に向かって右が女子寮(寮長ウオッカ)、向かって左が男子寮(寮長デルタブルース)に分かれている。
この隣の馬、まだ未勝利の馬か何か、角居さんもはっきり名前を言わなかったけど、牝馬であることは間違いない。
女子寮寮長、道ならぬ恋に落ちている。
前に出てきて、まず何をするかというと、いつものように隣の馬との金網越しのキスだ。
スタッフの人はすぐ向こうに行ってしまったから、この金網の馬が何なのか分からないが、とにかく“牝馬区域”だからメスであることは間違いない。
宝塚歌劇団の女子寮も、こんな感じなのかなあ?
「月組トップの男役ウオッカさまがわたしにキスしに来てくださってる」てなことかなあ?
島田明宏
そこまで読んで、以前見たウオッカの写真を思い出した。遠征先のドバイや、繋養先のアイルランドで地面の芝生を食べるとき、だいたい左脚を前に出していた。
ウオッカは左回りに良績が集中しており、GI7勝のうち6勝を東京競馬場で挙げている。
角居勝彦調教師によると、右トモをひねって走る癖があり、そこからエネルギーが抜けてしまうことに起因しているのではないか、ということだった。右トモが内側に来る右回りより、外側に来る左回りのほうが走りやすかったのではないか、と。
そこに、左手前が好きだった(と思われる)ことを重ね合わせると、スムーズにコーナリングができた東京で、特に高いパフォーマンスを発揮したことが頷ける。
手前から話は逸れるが、担当した中田陽之調教助手はこう話していた。
「ウオッカは、レースのあと東京競馬場から栗東に帰ろうとすると、なぜか怒るんです。そのまま動かずにいるほうが、気分がいいんですかね。本当に東京競馬場が好きなのかもしれません」
好きな手前のほうが得意で、速く走れると見ていいだろう。左手前が好きな馬は、直線を左手前で走る右回りコースのほうがいいように思われるのだが、ウオッカは逆だった。
ダイワスカーレット
内側で二の脚三の脚を使うダイワスカーレット、その外で末脚を伸ばすウオッカ。「競馬史上に残る壮絶な叩き合い」でした。レース後、10分以上経っても確定ランプが着かず、同着という声もあった。わずか2センチ差の勝利でした。
対戦成績はウオッカの2勝3敗。しかし2センチ差を勝ったのが大きかった。パドックや輪乗りのとき、「また、あの娘がいる」と気づいたはずです。「ここで勝たないとヤバイ」くらいに思ったのかもしれません。
そこを2センチ差で乗り越え、ウオッカは精神的にも大きく成長しました。しぶとくタフなダイワスカーレットとの戦いが、その後のGI3勝(計6勝)につながった。ダイワスカーレットもたいしたもので、この後の有馬記念を勝っている。
ライバルの存在が馬を強くします。早めに格上挑戦をさせて、ライバルを見つけるという考え方もあります。
この世代は8頭を預からせていただいており、3頭が勝ち上がりました。そのうちの1頭アンブレラデートはウオッカのライバルだったダイワスカーレットの娘です。厩舎にはウオッカの娘タニノミッションもいます。2頭でお母さんの思い出話などしたでしょうか(笑)。
レッドディザイア
こちらでも、新聞で一面を飾るなど、注目度も非常に高いレッドディザイア。だが、今回の遠征をこの時点であらためて振り返ると、ウオッカと一緒にやってきたことが、まず思い出される。その点について、松永調教師も、ウオッカの存在がいかに大きかったかということを語ってくれた。
「ウオッカが一緒にいてくれたことが、本当に大きかったです。いなくなった(アイルランドへ出発)直後は、いつもと違う雰囲気になってしまって……それで馬房を替えて、ブエナビスタが見える位置にしたら、落ち着いてくれたのです。ウオッカがいてくれて、本当に良かったと思っています。今回のレースで、ウオッカの分までなんて考えると、さすがに重すぎますから、自分のレッドディザイアの競馬をしていきます」
ウオッカがアイルランドへ行ってから、ディザイアが、さみしがっているみたい、
ウオッカの顔を見たら安心するかもしれないので
馬房から顔を出してるウオッカの大きな写真を持ってきてくれませんか、というお話でした。
ウオッカがアイルランドへ行く日、
馬房を出て、厩舎を後にするウオッカを、ディザイアがずーっと目で追っていたことを思い出し、
でも、まさか、ほかにたくさん日本から馬が来たのに
ディザイアはさみしがっているのか、と
とてもせつなかったです。
ディザイアが、ホントにさみしくなっちゃったのか、
それはディザイアが話してくれないことには、人間にとっては想像にしかならないのですが、
ウオッカがユニちゃんと、ほんとに仲良しになるまで数日かかっているのを見ていると、
特定のなかよし、それも毎日ずっといっしょに行動していたウオッカが
急にいなくなったら、他に新しく馬が来ても
さみしさを感じてしまうかもしれない、
今は、実感してそう思えます。
アイルランド ユニラテラル
おどろくくらい、毎日、ふたりの仲が良くなっていくのが
目に見えてわかります。
きょうは、あたたかい日差しにまどろみながら
お互いの毛づくろい。
鼻と鼻をくっつけても、全く噛んだり威嚇したり、しなくなりました。
一緒にいると、安心し合ってるのがわかります。
よくよく見ていると、ウオッカはあまり「私が優先!」や「いちばんにかまってほしい」
な感じではありません。
一方、栗毛の彼女、ユニちゃんのほうは、
「かまってほしくて、仕方ないんです」、「何かくれるんなら、私から先にちょうだい」
な感じです。
近づいていくのも、ユニちゃんからウオッカに、というのが、多いようにみえます。
ウオッカは、近づいてきた彼女との挨拶が済んだら、さらっと離れていくことが多いです。
アイルランド 仲良し
当時、同じ放牧地には2頭の繁殖牝馬がいたが、とても仲良しだった。アガ・カーン・スタッドでは、出産を控えた牝馬は分場のシシューンスタッドに移動させるが、環境の変化を最小限に抑えるため、この仲良し3頭は11月下旬に一緒に移動させたという。
補足
柳田悠岐
学生時代から競走馬を見るのが好きだった柳田。野球で走ることに感化されたのも、GIレース通算7勝の牝馬だったと刎田さんは明かす。
「大学3年生の6月、競馬の安田記念を制した人気馬に突然、触発されて『俺、ウオッカみたいに華麗に力強く走りたい!』と。グラウンドでの全体練習はあまり力を入れず夜、帰宅してから深夜に素振りをこなす“コソ練”に加え、そこからは目の色を変えて走る練習に力を入れた」
2024/12 更新


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