弥勒の世と呼ばれる世界に入るのには「水晶」魂でないと行けないと言われて来ました。水晶魂?。
しかし、残念ながら精神世界のブログでは、そのほとんどのブログでは「魂」の存在そのものが無視されているのが実状です。魂磨きは止めましょう等です。
特にスピリチュアルを標榜する人達は、宗教の世界で説かれて来た「主の神・創造神・絶対神・唯一神」などは存在していない。一人一人が創造神であり、光であり、霊界では自分で何でも創れるのだ!。何をしても愛で赦されるのだ!。好き勝手のあるがままでいいのだ!。そうした論調ばかりです。
そして、その意見に賛同する人達はそうした論調に拍手喝采をされているわけです。そうした方が今では大多数になって来ているようです。
片方では少数派かも知れませんが、主の神の存在を信じている者達も居るわけです。主の神などあまりにも高い世界の存在だから、主からお言葉を賜るでなどは期待しませんが、主の為に尽くしたいという主に対する愛を持つ者達です。
私は「主」を愛している者ですから、「主」の為に命を賭しています。
私はヴェーダ典に記載される【人の中に眠れるコブラが目ざめて走り上がる時、人は真理に目ざめる】を体験した者です。これを体験した宗教家はほとんどおられないでしょう。そして、改心をした蛇が棒の様に直立をするという現象を見て来ました。聖書におけます【蛇に唆されてエデンの園を追放された人類】とは何かを見て来たわけです。
私の良心神の教えを学んだ方が、自分から大量の蛇が出て行く夢を見られたと言われます。そして他の人に良心神を説くと、人が遠ざかって行くとも言われます。そうですね、本当の良心神の理解が進みますと「蛇は離れ、巳帰る(ミカエル)が起き」、良心神を他の人に言うと人は嫌な顔をして遠ざかって行かれるでしょう。それは、人の内にある蛇霊との関係からなのです。誰も聖書の蛇の囁きの部分の重要性が解っておられませんからね。
どんな悪事しょうが神の愛で赦されると説くのは、蛇(邪)霊の教えだからです。
悪魔というのは、魂の主(良心を司る神の働き)の場所を【空く間】にすることによって起きます。お釈迦様の菩提樹の下での悟り、悪魔とは実態の無い存在であり、人には良心と呼ばれる神が内在する。つまり、良心神を見失って行くことにより、そこに邪(蛇)が入り込むことなのです。主を墓に葬ることです。
キリスト教では、これを人類の原罪として、イエス(41日目に神の御子となる)を主の一人御子と認めて拝すれば、その罪は許されるとします。そして、大本教ではスの神(ひふみで41番目)をその存在としたわけです。私はスの神論はヒフミではそうであっても、九つ花は81の仕組みなので、それでは似せ形で本当は良心神を告げるラの神(アイウエオで41番目)ですよと言っているわけです。
悪魔を退けることが出来るのは、自分の「良心」神だからです。
私達が今日まで持っていた現有の魂は、捻れたり腐ったりします。そうなりますと、もう神上がりどころか人としての輪廻転生も終わります。
よく、神社等で行われる護摩焚きの時、小さなキラキラしたものが飛んでいるのが見える方が居られます。一瞬、自分の目が異常なのだろうかと思われた方もあるでしょう。それらは人であった魂が捻れて破砕されたもので、もう人として出されることはないけれども、せめて蚊(ボウフラ)の様な命、蟻のような命としての来世を望んでいると聞き及びます。
一度、その魂が破砕されてしまいますと、人として出て来るまでには1億年近い年月が必要だと言われる霊能者の方達も存在しています。
それに比べると現代のスピリチュアルとは実に安易な教えを連発しています。以前の霊能者は長い年月の修業を積み、今は高い金を払う講習会に2日間ほど行けば貴方も今日から霊能者ですと即席ヒーラーの誕生です。講習会で自分にいったい何が憑けられたのか解っているのですかということなのです。
弥勒の世とは、永遠の命となる新しい世のことなので、魂が捻れたり腐ったりしてはいけないので、魂が捻れない腐らない水晶の様な魂になって、新しい世の住人として臨むことなのです。それを水晶魂の世と言っているわけです。但し、私達が現実に見る水晶のことではないのです。それはこの世の物質ではないからです。
ブロガーの方の中にも、出口王仁三郎聖師さんから水晶玉を授かったと書いている方が居られまして、その方がメールでその方の守護神を私に言われた神名がその時は解らなかったのですが、調べたら国常立尊様の別名でした。
魂は「鬼と云う」で解るように、国常立尊(閻魔大王)様が新たな魂の授け神となりますので、西洋ではエホバとかアラーとか神名は違えども旧約聖書の神でもある国常立尊(天之御中主)から聖書を通じて、仏教では牛頭天王〈地蔵菩薩〉の名で解るように南無妙法蓮華経を通じて、日本神道では国常立尊(素戔嗚尊)様に連なる豊受神や大国主命様やコノハナサクヤ姫様や弁天さんや八幡さん等の神々からも鳥居を通じて渡されることになるでしょう。つまり、水晶魂に関しては旧来の神の信仰心を持っている人の方が強いということです。
みろく世に行く人達の魂はその「水晶」魂に改められて授けられます。そうした方達が既に出て来ておられるようです。
そうした魂の授け役のなかに出口王仁三郎聖師さんの霊が居られたとしても不思議ではないわけです。但し、それが本物の出口王仁三郎さんの霊かニセ者かは私には解りませんが。蛇霊と称される存在は、こうした神名を悪用してチャネラーと称している人達に懸かって来て嘘神示を連発して来ますので、霊の名乗りの神名に惑わされてはいけないのです。
最低でもチャネラーではなくて、その神の御代を勤める方でないと嘘神示に責任が取れなくなります。
大本教の出口王仁三郎聖師さんは、よく知られているように広島や長崎に新型爆弾が落ちて火の海になる。その後に黒い雨が降ると予告されてその通りになったのですが、関東大震災を始め、日清日露の戦いの詳細まで予言してことごとく当てておられるわけです。ソビエトが不可侵条約を破って攻めて来ると忠告しても、当時の日本軍部はそんなことはあり得ないと一笑したわけです。だが、想定外のことが起きたわけです。日本人が甘いのは昔からですが。
チャネラーと称している人達の中には、とんでもない高い神名の神様の名を使って神示を振りまかれるチャネラーの方が居られますが、それは本物ですか?。その神霊の神示に過去の実績はあるのですかなのです。
複数の霊能者達からある高い神様の御魂を受けていると言われている方があります。その方とその高い神とされる御神霊の御代をされている複数の方が言われることは内容的に一致しています。ところがブログの世界では、その高い神様の神示として、それとは正反対のことを堂々と書き込んでおられる方が居ます。
そうしますと、どちらかが騙されておられることになります。ブログ主なのか?。多くの霊能者達が認めている数名の一致している神示の内容が嘘なのか?。どちらが正しいのか私には解りませんが、ブログの世界だと、いくらランキング上位におられても、どうかなと思われる人達が居られます。
御本人は頭からその神霊だと信じておられるのですから、違うだろうと言うわけにも行きません。信じる信じないの世界ですから、騙されるのも自己責任です。ただ、深く勉強しておられたならば、自分が受ける神示と、他でその神様の神示として出されているものが正反対の内容であるとすれば、どちらかが嘘だろうと考えそうなものなのですが、何の疑いもされないわけです。
私の最初の師匠であった方は、阪神淡路大震災の時に3日前でしたが豊受様から阪神淡路に大地震が起きると聞かされて信徒さんを逃がしておられます。それほど高い神名の神様の神示を受け取れるチャネラーであれば、今回の東日本大震災も事前に言えているはずなのです。
まず、霊が高い神の神名を名乗って言って来たならば、その神霊の過去の神示の実績を告げるべきです。どこまで言った神示を当てているかです。昨日の夜の食事は卵焼き程度ではダメなのです。そんな神示は蛇霊や狸霊の野狐の部類です。私の師匠であった方は、裁判で神が存在するか存在しないかとなって、裁判長の席に空のグラスを置いて水を満たすで、空のグラスに水を満たして、その裁判に勝っています。そんなことは日常茶飯事の出来事でしたが。今はそうした優れた霊能者の方が数少なくなってしまったのです。
私が修業時代、蛇霊神と話していると、病気治しをしていくばくかのお金を貰ってどこが悪いと言われます。私は別に悪くはありません。問題は、どうして貴方は蛇の身であることを考えないのですかと注意したことがあります。改心を薦めたら、改心などするものか。最後の時が来たならば、暴れに暴れて死んでやると言われます。今は蛇霊が多くの人に懸かって、多数派を画策しているのかも知れませんね。
基本的に、みろくの世と呼ばれるのは「567」の意味と「369」の意味が理解出来ていなければなりません。数霊の働きが解らない等と言う高級神は存在していませんから。日月神示に99パーセントは邪神だと言う内容があるようですが、チャネラーと称している方達の中で蛇霊から脱却出来ている人がどれほど居られるかです。愛だと蛇は喜んで住み着きますから、エデンの園には戻れないことになります。
私は神示等受けて書いていませんが、言葉で織られた仕組みを見て書いています。誰がいったいこれだけの仕組みをされて来たのでしょうかね?。
大本教神諭、【神も人民も知ったことではない】。誰も主がされることなどは解らない。諸々の神達が知ることでも無いし。さりとて、言葉によるこれだけの仕組み。主が存在しないとは考えられず。
今は【想定外】のことが起きる時。そんなものは無いと思って対処しないよりも、有ると思って対処する方がいいわけです。【想定の中に入れておく】。
この世の霊界は、蛇霊や野狐霊や狸霊等の騙し合い。創造神など居ないと主張する人達とそうではないと言う人達。まず創造神を認める派と認めない派の二つに別れて行きます。そして、二つの流れは二度と相まみえることはなくなります。
創造神などは居ない言う人達は一人が一人が創造神となって、自分の天国を創られるのでしょう。
そして、創造神の存在を信じる人達は、如意宝珠によって豊かさが与えられ、住人達が分かちの精神で嬉し嬉しの世にと向かうわけです。もう二つの道に分かれているのです。
どちらを選ぶのかは本人の選択だっただろうし、精神世界では明らかに何をしても神の愛で赦されるのだ!派が強く、創造神などは存在しないで蛇霊天国が成立するのかも知れません。
さて。さて。

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