シグノvs.サラサvs.エナージェル(後篇)。
2010年 12月 02日
本来の研究なら、ここで【考察】となるべきところだが、考察も何も。
つっこみどころ満載のずさんな研究ですみません…
自分でも分かっているつっこみポイントは以下の通り。
1)書く文字の大きさの統制が完璧ではない点
2)3種類の替芯と無関係の軸を使用すべきだったのに、途中から使用軸がエナージェルになってしまった点
3)書く分量が全体的に少ない点
4)一人の人間がやっている点
これでも実験心理学で修士論文を書いた身。
実験計画には本来鬼のような統制が必要。
分かっております。
が、気分は小学生の自由研究。
楽しくやらせていただきました。
なので、1)の書く文字の大きさの統制も、あるいは同じ長さの線を引きまくるとかのほうがよかったのかもしれないが、あえてそうしなかった。
普段ペンを使うときのように、文字を書いてインクを減らしたかった。
文字を書く速度でボールを転がしてインクを減らしたかったというか。
まあ、特にこの替芯のときだけ大きな字を書いてやろうとかそういうことがない限り、実際はそう大差ないとは思う。
一定の大きさの文字を書くことに関してはかなり自信があるほうです。
2)の使用軸に関してはお恥ずかしい限り。
本当は最初から最後まで(3種類の替芯とは無関係の)ジェットストリームの軸を使うつもりだったが、あんなに指が痛くなるグリップだとはつゆ知らず。
ジェットストリームのグリップのふくらみと、縞縞の切れ込み部分。
持ち方にもよるのだろうが、あの部分が小生の親指を直撃。
ひりひりして続行不可能になりかけ途中であえなく軸を変更。
実験とは無関係の替芯であれこれ試した結果、一番疲れにくいエナージェルの軸を採用。
しかし、調査対象の替芯であるXLRN5の本体であるエナージェルを使ったのは公平ではなかった。
とまあ、このように指に相当な負担をかけてまで行った実験だが、インクの減り方を見るにはまだまだ量的に不十分。
3)の書く分量が全体的に少ない点。
承知しております。
が、そんなに年賀状を出す知り合いもおらず。
4)の一人の人間がやっている点というのもやはり限界が。
すごい人数でこれをやってみているところを想像してみる。
楽しい。
今ふと思ったが、もし自分に子どもがいて、夏休みの自由研究何しようかな的なことを言っていたら、即筆記具の研究に協力させる。
いろんな筆記具で漢字の練習をさせたり(一石二鳥だ)、毎日違う筆記具で朝顔の絵を描かせたり。
夏の日光を利用した、インクの耐光性の実験も楽しそう。
が、おそらく子どもはそのうち非協力的になるだろう。
「猫町くんは今年もまた文房具?」
と友達に言われるのが恥ずかしいからだ。
話がそれた。
まあ、こんな感じのぽんこつの研究でした。
が、ZEBRAのサラサが他のゲルに比べてインクの減りが速いということはお客さんから指摘されたこともあり、なんとなく確信してしまったのも事実。
聞かれたら自分の経験の範囲でそう答えるつもりだが、誰も聞いてくれません。
あと、疲れないゲルのグリップについても聞いてくれたらいいのに(絶対にエナージェルと答えるつもり。これは本当に疲れなかった)、やはり誰も聞いてきてくれません。
文具マニアとはさみは使いようなのに。
最後に。
シグノの発色の悪さは意外だったが、これは本当です。
この替芯だけが、とかではありません。
現に今年の年賀状筆記具を決定する際の試し書きでも、ハイパージェルやエナージェルに比べてくぐもった黒色。
2008年の実験の際にも、どれがどれで書いた年賀状か分からなくなりそうな大混乱の中、シグノで書いた年賀状だけはすぐに特定できたほど、それははっきりサラサ、エナージェルとは異なった黒色。
12月。
いよいよ年賀状の季節。
インクの減り方の調査などしなくてもいいが、この機会に筆記具をあれこれ試してみるのも楽しいと思う。
ほとんどをパソコンで作成したとしても、どこか一箇所くらいは手書きで遊んでみてください。
たくさんの筆記具たちがどきどきしながら選ばれるのを待っています。
そして完璧主義! 2)や4)については各芯で条件が同じなので、今回の実験目的を考えると、気にする必要はないと思いますよ。あ、私も理系の端くれです。
シャープ芯の研究、適度に力を抜いてお進めください。そして、くれぐれもご自愛くださるようお祈り申し上げます。
こんにちは。
はじめさんのような熱心な読者に支えられている無罫フォントです。
確かに実験心理学は理系然としてはいましたが、小生は文系人間ですよ。
だいたい実験心理学という領域そのものが、「頑張って科学になろうとしている学問」という感じでしたし(なかなか難しい問題なんですよね)。
ただ、純粋に科学ではなくても、ある現象を数値化し、それを統計的な手法に基づいて分析し、説得的に説明する必要がある学問ではありましたので、その過程の中で、現在のような非常に理屈っぽい感じの思考の持ち主になってしまった気はしています…
しかし一方で、文芸領域への憧れのような親しみのようなものも同時にあり、理系的な思考に徹することができず、論文においても「君のは文学的すぎる」とか「文体が科学論文のそれではない」などとしばしば言われたものでした。
が、憧れを捨て切れず、国語科教育のゼミに無理矢理参加させてもらうと、今度は「従来にはない科学的な分析方法」とか「文体からして文学研究のそれとは違う」などとイロモノ扱い。
どっちやねん、という感じではありました。
シャープ芯の研究、ようやく芯を入手し始めましたよ(キラーン)。
こちらは感触勝負なので数値化は期待できませんが、各芯への思い込みやイメージを完全に排除した実験をスタートさせるつもりでいます(統制マニア)。