「それでもお米は高いと感じますか?」JA全農新聞広告に「買い占めたお前が言うな」の声…自己改革を後回しに「ご理解ご協力」求める
制度疲労が限界に達しているからこそ起きている
それにもかかわらず、「適正価格を受け入れなければ農業が崩壊する」と主張するのは、あまりにも責任の所在をずらした論理だ。価格とは市場の需給で決まるものであり、そこに介入するなら、まず供給側の構造的改革が不可欠である。供給コストの内訳を精査せず、すべてを価格転嫁しようとする姿勢では、消費者の信頼を得ることは難しい。 つまり、「農業崩壊の危機」とは、単に価格が低いから生じるのではない。構造改革が行われないまま、制度疲労が限界に達しているからこそ起きているのである。消費者に理解を求める前に、まず農業団体と政策当局は、自らの責任と向き合う必要がある。 広告は最後にこう訴える。 「おいしくて安全な『食』を、次世代の子どもたちにも繋いでいくために」 このフレーズは、道徳的訴求力のある美しい表現であり、批判しにくい力を持つ。だが、「未来への責任」を語るのであれば、まず現在の農業と流通の構造が、未来にとってどれほど持続可能なものであるのかを明らかにすべきだ。 現状、日本の農業は高齢化と人手不足、そして高コスト体質という三重苦に直面している。その大きな一因は、JAを含む農業団体が、自らの既得権を守ることを優先し、国際競争への対応や効率化の取り組みを後回しにしてきたという政策的・経営的背景にある。
自己改革を後回しにしたまま「ご理解とご協力を」
また、「対等互恵」という表現も、理念としては肯定できるが、現実とは乖離している。コスト上昇の責任を消費者に転嫁し、自己改革を後回しにしたまま「ご理解とご協力を」と呼びかける姿勢は、むしろ「不対等な依存関係」を示している。 「未来につなぐ」ことが目的であれば、農業の構造改革、資材流通の自由化、農産物流通の市場開放といった具体的なアクションが必要である。理念だけを掲げ、実行をともなわない訴求は、かえって消費者の共感を損なう。 広告の締めくくりには、「皆さんも一緒に考えてもらえませんか?」というフレーズがある。これは一見謙虚な姿勢に見えるが、実態は、JAが自らの構造問題に正面から向き合わず、責任の一部を社会全体に分散させようとするレトリックにも読み取れる。 「食の未来」を真剣に語るのであれば、まずは供給側が構造的課題に対して具体的な改革案と実行を示すべきである。それがあってこそ、消費者の信頼と協力を得る土壌が育まれる。