「それでもお米は高いと感じますか?」JA全農新聞広告に「買い占めたお前が言うな」の声…自己改革を後回しに「ご理解ご協力」求める
「お米が高くなった」という感覚は、単なる印象ではない
「ごはんは高くない」と主張するのなら、適切な比較対象を選び、構成と分量をそろえた上で議論すべきである。消費者は、そのような表面的なメッセージにだまされるほど無知ではない。 加えて、消費者の「お米が高くなった」という感覚は、単なる印象ではない。政府統計に基づく2023年から2025年にかけての小売価格推移によれば、コシヒカリ5kgの平均価格は約2,200円から4,300円へとほぼ倍増している。こうした実質的な価格上昇の中で、「49円だから高くない」とする訴求は、事実を恣意的に切り取った印象を与える。 広告にはさらに、次のような文言もある。 「『対等互恵』 作る人と食べる人、互いに『食』という恵みを分かち合うことが大切」 その理念自体に異論はない。だが現実には、生産コストの上昇を全面的に価格へ転嫁しながら、流通や集荷体制における非効率性や高コスト構造を是正する姿勢が見られないことは、JA自身の構造改革の不徹底を示している。理解を求める前に、自らの透明性と責任の所在を問うことが先ではないか。
あたかも「消費者が理解を示さなかったせい」とするかのような論調
JAは「この価格にはコストがある」と主張するが、そのコストの中には、市場競争を回避して維持されてきた高価格資材や、行政との制度的癒着によって温存されてきた独占的な供給体制の負担も含まれている。それをすべて「消費者に理解を」と言ってのけるのは、対等な関係とは言えまい。広告の中には、農業の将来に対する強い危機感を示す以下の文言もあった。 「再生産価格が見合わなければ、農業が崩壊し、農業従事者数は2030年に約75万人まで減少する」 農業の担い手が減少しているのは事実である。農林水産省の予測によれば、農業就業人口は2030年に131万人、農業経営体数は40万戸前後にまで減少する可能性がある。これが日本の農業の持続性に深刻な影響を及ぼすのは明白である。 しかし、それをあたかも「消費者が理解を示さなかったせい」とするかのような論調には疑問が残る。日本の農政は、1970年代から続く減反政策と補助金政策、価格支持制度を通じて、農家の経営自主性と市場競争力を大幅に制限してきた歴史がある。これは、農業団体(特にJA)と政府(主に自民党・農水省)によって共同で築かれてきた「官製のぬるま湯」だった。 その結果、若手の新規参入は困難となり、経営の集約化も進まず、農業の魅力は失われ、担い手の高齢化と後継者不足が進行した。消費者の理解不足が原因なのではなく、こうした制度的構造こそが要因である。