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陸上自衛隊の幹部候補生学校の2024年度の学習資料で、沖縄戦の日本軍第32軍の戦いについて、「本土決戦準備のために偉大な貢献をなした」と肯定的に評価する記載をしていたことが分かった。第32軍の牛島満司令官と長勇参謀長の辞世の句も掲載。多くの住民を巻き込んだ責任には触れず、「従容として見事な自刃を遂げられた」と美化している。
「台湾有事」に備えた配備強化を進める陸自は、沖縄戦の体験者を含めた県民から強い批判が出た後も、第15旅団(那覇市)の公式ホームページに牛島司令官の辞世の句を掲載し続けている。学習資料の記載は、句の掲載に固執する組織の歴史認識を示すもので、識者は「偏った歴史観の教育で、見直しが必要だ」と指摘している。
資料は「学習資料 沖縄戦史 令和6年度」。琉球新報が防衛省に開示請求して入手した。
資料では、序説で「沖縄作戦は(中略)本土決戦の準備を整える時間の余裕を得るために、第32軍が行った持久作戦」と明記。住民を守る目的ではなかったことを認める形だ。
「作戦経過の概要」の章では、「圧倒的な空海からの支援を有する米軍に対して、孤軍奮闘3ヶ月にわたる強靱(きょうじん)な持久戦を遂行し、米軍を拘束するとともに多大の出血を強要して、本土決戦準備のために偉大な貢献をなしたのである」とたたえている。
持久戦を支えた最大の要因として、各地の「地下洞窟陣地」を記載。「守備兵が臆病になる」などの「欠陥」を挙げているが、避難していた住民を追い出した日本軍の行為には触れていない。
住民対策をしなかったことについても「当時の国民思想から、あえて軍政等を行う必要が無かったからである」と正当化している。
陸自幹部候補生学校を巡っては、2016~20年度の教育要領に「日本軍が長期にわたり善戦敢闘し得た」と記載していたことが昨年発覚。政府は「すでに使用していない」と説明していた。
(南彰)
日本復帰を翌年に控えた1971年。沖縄から初めて防衛大学生が誕生し、そのうち3人が自衛隊の沖縄配備を特集した雑誌「青い海」の座談会に参加した。 「異民族に支 …
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