投資等詐欺の被害者から50億集めた弁護士たちのなれの果て

投資等詐欺の被害者から50億集めた弁護士たちのなれの果て
「カネに目がくらんだ」
「自分がだまされるとは思わなかった」
「携帯料金が未払いで止められていた」

いずれも、国内最難関と言われる司法試験を突破した弁護士たちの言葉だ。

彼らは、「投資詐欺やロマンス詐欺の被害金を回収できる」とネットで大々的にうたい、被害者たちから少なくとも50億円もの着手金を集め、結局ほとんど回収できずに窮地に追い込まれていた。

私たちはこの1年間、詐欺の“二次被害”とも呼ばれる“着手金ビジネス”の闇を追い続けてきた。

そこで浮かび上がってきたのは、弁護士がわずかな分け前に釣られ、利用される現実だった。

(社会部記者 倉岡洋平 出原誠太郎 / 社会番組部 大門志光)

弁護士による詐欺の“二次被害”問題

SNSをきっかけにしたロマンス詐欺や投資詐欺の被害は拡大を続け、去年1年間の被害者は1万人を超え、被害総額は1268億円にのぼっている。

そうした中、近年あるトラブルが急増している。

被害金をなんとかして取り戻そうと、高額な着手金を支払って弁護士に依頼するものの、ほとんど回収できないという「着手金トラブル」だ。

詐欺の被害金を回収することは難しいとされているが、『全額返金成功』などと過度に期待を抱かせるネット広告が後を絶たない。

そうした弁護士の一部は、ネット広告を制作する広告会社などから派遣された事務員に電話対応や契約などの業務を任せ、本来弁護士がやらなければならない法律事務を事務員が行う、いわゆる「非弁行為」と呼ばれる違法行為が繰り返されていた。
その実態を明らかにしたのが、去年12月に公開したこちらの記事だ。

着手金トラブル8000人 総額50億円

こうしたトラブルはどこまで広がっているのか。

私たちは、詐欺被害金の回収をめぐって
▽弁護士会から懲戒請求を受けたり
▽弁護士法違反の罪で起訴されたりした弁護士がどれぐらいいるのか、裁判記録などをもとに調べた。
すると、この4年間で11人の弁護士が懲戒請求や起訴などをされ、契約は少なくとも8000件、着手金の総額は50億円以上に上ることが分かった。
こうした弁護士は東京、大阪など都市部に集中していた。
なぜここまで広がったのか。
ノウハウなどを共有するネットワークがあるのではないか。

“着手金ビジネス”の実態 事務員が証言

私たちは、去年取材した弁護士事務所を再び取材した。この弁護士Aは、事務員に名義を貸し、被害金回収の契約をさせたとして弁護士法違反の罪で逮捕・起訴された。契約はおよそ270件、着手金は1億円に上っていた。

こうした手法をどうやって知ったのか。改めて取材すると、事務員の1人から重要な証言を得ることができた。
「私は別の弁護士事務所で研修をしていました」

事務員の1人は、この事務所で働く前、「弁護士B」の事務所で1か月間、詐欺被害者からの電話の問い合わせなどに対応する研修を受けたという。

その内容を記したメモが、残っていた。
電話対応の研修内容
「あの手この手で相手を攻めていきますので、それなりにお時間をいただきます」
「期間としては大体、6か月ほどかかります」
依頼人に対し、業務にどれくらいの時間がかかるのか具体的な文言を示している。
事務員
「周りの電話口で話している事務員の話している内容を自分なりにメモして、それをまねながら、話していました。口座凍結の方法などいろいろ教わりました」
さらに着手金の計算方法も教わっていた。
「被害金額の8%に消費税がつきまして8.8%になります」

被害金1000万円なら88万円になる。
被害額にかかわらず、割合は一律だったと証言した。

複数の弁護士会によると高額な設定だという。
本来は弁護士がやらなければならない契約を、専門知識のない事務員だけで完結できるように教育する仕組みが構築されていた。

知人の紹介でこの仕事をはじめた事務員。徐々に、被害金の回収はほぼ不可能なのではないかと気がついたとも振り返る。
事務員
「研修の講師役の人に『こういう方法で、相手(詐欺グループ)から連絡が来たことはあるんですか?』と聞いたら『返事が来たことは一度もない』と返ってきました。じゃあ、回収なんて難しいんじゃないかと思って…。倫理的にどうなんだろう、自分も加担しているのではないかと、心の中で思っていました…」

広がる“闇のネットワーク”

こうした研修を受けた別の事務員が、弁護士Cの事務所でも働いていたことも分かった。
弁護士Cは3年前に被害金回収の事業を開始。1300万円の着手金を集めた結果、同様のトラブルになっていた。

この事務所でも、弁護士Bの事務所で研修を受けた事務員が着手金を集めるノウハウを伝えていたという。
弁護士C
「弁護士事務所でやっていたことをそっくり持ってきた感じだった。事務所を一手に取りしきっていて、『先生は何もしなくていい』と言われた」
弁護士Cは被害金回収を始めたことについて「カネに目がくらんだ」と話した。


弁護士会から指摘を受け、着手金は全額、依頼者に返金したという。

“研修所”となった弁護士Bに取材すると…

取材をまとめると、弁護士Bが起点となって、着手金を集める手法が2人の弁護士に伝わっていた。
弁護士Bとは何者なのか。
弁護士Bは、過度な期待を抱かせる不適切な広告を出しているなどとして、弁護士会から懲戒請求が出されていた。当時の調査で明らかになった被害金回収の契約は、1000件以上に上っていた。

私たちは本人に直接話を聞きたいと思い、関係先に現れた弁護士Bに声をかけた。
1時間余りの面談で語られたのは、弁護士会の調査や私たちの取材とは大幅に食い違う主張だった。
弁護士Bの主張
▽研修が行われていたことは知らなかった
▽被害者との契約にはすべて自分が対応し、非弁行為はない
▽被害金の回収もできていて、返金実績を紹介したネット広告の内容に間違いはない
▽依頼者には返金の保証はないと説明している

弁護士資格を失い、携帯料金も未払いに…

「被害金の回収は正当な契約だった」という姿勢を最後まで崩さなかったが、生活は追い込まれていたようだ。
弁護士Bとスマートフォンで連絡を重ねるうちに、しばらく返信がない時があった。ようやく返信がくると、料金を払えず通信を止められていたと明かした。
弁護士Bから届いたメッセージ
「携帯料金が未払いでしたが、復活しました」
弁護士Bには依頼者からの着手金返還の要請が殺到し、依頼者や弁護士会の申し立てで破産手続きが開始されていたのだ。開始にともない、弁護士資格も失っていた。

明らかになった 桁違いの“被害”

今月、東京地方裁判所で債権者集会が開かれ、着手金の返還を求める人たちが集まるなか、弁護士Bの財務状況が明らかになった。

契約は、弁護士会の調査を大きく上回る4000件。着手金は30億円に上っていた。私たちが全国調査した中でも飛び抜けて多い金額だ。

管財人がまとめた資料には次のように記載されていた。
管財人がまとめた資料
「多くの依頼者より、委任契約締結にあたって弁護士B本人から十分な説明等が得られていない、あるいは受任後も状況等の報告がなく問い合わせにも真摯に対応しない等の苦情が弁護士会に寄せられていた」

「紛議調停(弁護士と依頼者との間のトラブル等について、調停で解決を試みる制度)の申し立ても相次ぎ、その数は2024年8月9日時点で153件、着手金の返金希望額は合計約1億7000万円に上っていた」

多額の着手金はどこに?

入手した資料をみると、弁護士Bの事務所の口座には6400万円しか残っていなかった。

30億円もの着手金はどこにいったのか。

これまでの弁護士A、B、Cへの取材で、着手金を集めるノウハウが共有されていたことがわかった。しかし3人とも着手金で大きな利益を得た様子はなく、弁護士Bに至っては破産手続きにまで陥っていた。

私たちは金の流れに着目して関係者に取材し、裁判資料などを精査した。

その結果が以下の図だ。
弁護士Aは集めた1億円のうちの8800万円、Bは30億円のうちの22億円、Cは1300万円のうちの1200万円を少なくとも、被害金の回収をうたうネット広告を制作した複数の広告会社に広告費として送金していた。大半が広告会社に流れていたのだ。
このうち弁護士Aは、事務所の口座の管理を、ある広告会社の関係者に任せていたという。その関係者に「広告費として必要だ」と言われ、数百万から1000万円単位の送金を見過ごしていたという。

この広告会社は弁護士Bの広告も請け負い、派遣された事務員が事務所の口座から無断で送金していた。弁護士Bはそれを理由に損害賠償を求める裁判を起こし、勝訴が確定していた。

裁判や破産手続きの記録によると、広告会社には、弁護士AとBから8億円以上の着手金が流れていた。

“着手金ビジネス” 持ちかけたのも広告会社か

この広告会社が被害金回収を弁護士に持ちかけようとしていた、という証言も得られた。

弁護士Aにこの“ビジネス”を誘った男性だ。

この男性は、もともと知人関係にあった広告会社の代表者から、「弁護士を紹介してくれないか」と持ちかけられたという。
男性
「広告会社の経営者から『いま被害金回収の事業をしているが、案件が多すぎて手に負えない。弁護士を紹介してくれないか』と言われた。人助けになると思い紹介したが、後にトラブルになっているのを知った。振り返ってみると、仕事がなくて困っている弁護士につけ込んでいたのではないかと思う」

広告会社の実態は…

この広告会社とはいったい、どんな会社なのか。私たちは本社として登記されている住所に向かった。

そこにあったのはオフィスではなく、下町にある木造2階建てのアパートの1室だった。

玄関先には引っ越し用の段ボールが積まれていて、一見生活感はあるものの、部屋の窓はカーテンが閉められ、人の気配はない。

インターホンを押しても反応はなく、何時間待っても人が出入りすることはなかった。

役員が同一人物など関係がありそうな複数の企業も調べたが、会社とは無関係の人物が住んでいるなどとして話を聞くことはできなかった。

中東の投資会社に同姓同名の経営者が

広告会社の代表者を知るという複数の関係者に当たると、「いまは中東のドバイで飲食店や投資会社を経営している」という情報を得た。

調べると、ドバイの投資会社の経営者で同姓同名の人物がいた。ホームページに載っている顔写真を弁護士Aなどに確認すると、本人だという。
私たちはこの投資会社に複数回電話をかけ、メールでも取材を申し込んだが、これまで返答がなかった。申し込んだ数日後、投資会社のホームページから経営者の名前も顔写真も消されていた。

代表者を知る人物にも会いSNSなどで連絡を試みたが、折り返しはなかった。

取材後記

弁護士という職業にはどのようなイメージがあるだろうか。

「最難関の国家資格を突破したエリート」
「弱い立場のひとの人権を守る、正義の味方」

という見方があるだろう。

しかし私たちが取材した弁護士たちは、そうした理想像とはかけ離れていた。

広告会社などの誘いに流され、結果的に多くの二次被害を生み出していた。そして罪や責任を背負う事態に発展していた。

日本弁護士連合会はネット広告の規制を強化するなど、対策に動いている。
しかしそもそも、この20年で2倍以上に増えて4万5000人以上いる弁護士の業務についてどのようにチェックし、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という職業倫理を保つのか、根本的な対策には至っていないように感じる。

SNSをきっかけとした投資詐欺の被害は今もなお増え続けている。詐欺事件以外の債務整理などの分野でも「弁護士の過大な広告がある」という声も聞く。

私たちは深層に迫るべく、取材を進めていく。

QA 詐欺に遭ったと気が付いたら…

最後に、非弁提携に詳しい複数の弁護士から聞いた、被害金回収をめぐる注意点をまとめた。
Q.弁護士による詐欺の“二次被害”に遭わないためにはどうすればいいのか?
以下のような弁護士事務所のネット広告には注意が必要だ。
▼弁護士が1人しかいないのに「24時間対応」「全国対応」とうたう
▼警察庁、金融庁、消費者庁など公的機関のバナーが貼られている
▼弁護士以外の人物の画像が頻繁に使われている
▼費用の安さを強調している
▼所属する弁護士会に登録している電話番号とは別の番号が、相談用の電話番号として記載されている(フリーダイヤルが多い)

また、契約を締結する際はその法律事務所に行って、弁護士本人に直接会い、詳しい説明を受けて、納得した上で、紙の委任契約書に手書きで署名、押印してほしい。

Q.詐欺の被害金は取り戻せるのか?
被害金を取り戻すのが難しいケースもあり、特に国際ロマンス詐欺は回収が極めて困難で、事実上不可能と言われている。
被害金の回収は、以下の方法が考えられる。

1 詐欺に使われた口座の凍結を銀行に依頼し、振り込め詐欺救済法に基づいて返還の手続きを進める
2 弁護士に依頼して口座の持ち主を特定し、返金の交渉をしたり返金を求める裁判をしたりする

しかし口座を凍結しても金が残っている可能性が低く、仮に残っていても、1の救済法に基づく手続きでは大勢の人で分配するので配当率が非常に小さいという。2の返金交渉で取り返せることはまれにあるが、着手金を超える金額になる可能性は低い。

その事実を踏まえた上で、まずはしかるべき公的な窓口に相談してほしい。

詐欺被害の公的な相談窓口

消費者ホットライン 電話「188」
最寄りの消費生活センターなどにつながり、適切な対処の方法を教えてくれる。

日本司法支援センター=法テラス 電話「0570-078374」
解決に役立つ制度や弁護士会などを案内してくれる。経済的な余裕がない人向けに、弁護士、司法書士の費用を立て替える制度なども紹介。

私たちはこれからも取材を続けていきます。
以下のサイトに情報をお寄せください。
社会部記者
倉岡洋平
2010年入局
松江局、青森局、札幌局を経て2019年から社会部
国税、警視庁、公正取引委員会の取材担当を経て、現在は遊軍としてさまざまな事件取材に携わる
社会部記者
出原誠太郎
2018年入局
福島局を経て、2023年から社会部
現在は司法クラブで裁判取材を担当
報道番組部ディレクター
大門志光
2018年入局
福島局を経て、2023年から「おはよう日本」で勤務
原発事故、能登半島地震、精神科医療など、幅広く取材
投資等詐欺の被害者から50億集めた弁護士たちのなれの果て

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特集
投資等詐欺の被害者から50億集めた弁護士たちのなれの果て

「カネに目がくらんだ」
「自分がだまされるとは思わなかった」
「携帯料金が未払いで止められていた」

いずれも、国内最難関と言われる司法試験を突破した弁護士たちの言葉だ。

彼らは、「投資詐欺やロマンス詐欺の被害金を回収できる」とネットで大々的にうたい、被害者たちから少なくとも50億円もの着手金を集め、結局ほとんど回収できずに窮地に追い込まれていた。

私たちはこの1年間、詐欺の“二次被害”とも呼ばれる“着手金ビジネス”の闇を追い続けてきた。

そこで浮かび上がってきたのは、弁護士がわずかな分け前に釣られ、利用される現実だった。

(社会部記者 倉岡洋平 出原誠太郎 / 社会番組部 大門志光)

弁護士による詐欺の“二次被害”問題

SNSをきっかけにしたロマンス詐欺や投資詐欺の被害は拡大を続け、去年1年間の被害者は1万人を超え、被害総額は1268億円にのぼっている。

そうした中、近年あるトラブルが急増している。

被害金をなんとかして取り戻そうと、高額な着手金を支払って弁護士に依頼するものの、ほとんど回収できないという「着手金トラブル」だ。

詐欺の被害金を回収することは難しいとされているが、『全額返金成功』などと過度に期待を抱かせるネット広告が後を絶たない。

そうした弁護士の一部は、ネット広告を制作する広告会社などから派遣された事務員に電話対応や契約などの業務を任せ、本来弁護士がやらなければならない法律事務を事務員が行う、いわゆる「非弁行為」と呼ばれる違法行為が繰り返されていた。
その実態を明らかにしたのが、去年12月に公開したこちらの記事だ。

着手金トラブル8000人 総額50億円

こうしたトラブルはどこまで広がっているのか。

私たちは、詐欺被害金の回収をめぐって
▽弁護士会から懲戒請求を受けたり
▽弁護士法違反の罪で起訴されたりした弁護士がどれぐらいいるのか、裁判記録などをもとに調べた。
すると、この4年間で11人の弁護士が懲戒請求や起訴などをされ、契約は少なくとも8000件、着手金の総額は50億円以上に上ることが分かった。
こうした弁護士は東京、大阪など都市部に集中していた。
なぜここまで広がったのか。
ノウハウなどを共有するネットワークがあるのではないか。

“着手金ビジネス”の実態 事務員が証言

私たちは、去年取材した弁護士事務所を再び取材した。この弁護士Aは、事務員に名義を貸し、被害金回収の契約をさせたとして弁護士法違反の罪で逮捕・起訴された。契約はおよそ270件、着手金は1億円に上っていた。

こうした手法をどうやって知ったのか。改めて取材すると、事務員の1人から重要な証言を得ることができた。
「私は別の弁護士事務所で研修をしていました」

事務員の1人は、この事務所で働く前、「弁護士B」の事務所で1か月間、詐欺被害者からの電話の問い合わせなどに対応する研修を受けたという。

その内容を記したメモが、残っていた。
電話対応の研修内容
「あの手この手で相手を攻めていきますので、それなりにお時間をいただきます」
「期間としては大体、6か月ほどかかります」
依頼人に対し、業務にどれくらいの時間がかかるのか具体的な文言を示している。
事務員
「周りの電話口で話している事務員の話している内容を自分なりにメモして、それをまねながら、話していました。口座凍結の方法などいろいろ教わりました」
さらに着手金の計算方法も教わっていた。
「被害金額の8%に消費税がつきまして8.8%になります」

被害金1000万円なら88万円になる。
被害額にかかわらず、割合は一律だったと証言した。

複数の弁護士会によると高額な設定だという。
本来は弁護士がやらなければならない契約を、専門知識のない事務員だけで完結できるように教育する仕組みが構築されていた。

知人の紹介でこの仕事をはじめた事務員。徐々に、被害金の回収はほぼ不可能なのではないかと気がついたとも振り返る。
事務員
「研修の講師役の人に『こういう方法で、相手(詐欺グループ)から連絡が来たことはあるんですか?』と聞いたら『返事が来たことは一度もない』と返ってきました。じゃあ、回収なんて難しいんじゃないかと思って…。倫理的にどうなんだろう、自分も加担しているのではないかと、心の中で思っていました…」

広がる“闇のネットワーク”

こうした研修を受けた別の事務員が、弁護士Cの事務所でも働いていたことも分かった。
弁護士Cは3年前に被害金回収の事業を開始。1300万円の着手金を集めた結果、同様のトラブルになっていた。

この事務所でも、弁護士Bの事務所で研修を受けた事務員が着手金を集めるノウハウを伝えていたという。
弁護士C
「弁護士事務所でやっていたことをそっくり持ってきた感じだった。事務所を一手に取りしきっていて、『先生は何もしなくていい』と言われた」
弁護士Cは被害金回収を始めたことについて「カネに目がくらんだ」と話した。


弁護士会から指摘を受け、着手金は全額、依頼者に返金したという。

“研修所”となった弁護士Bに取材すると…

取材をまとめると、弁護士Bが起点となって、着手金を集める手法が2人の弁護士に伝わっていた。
弁護士Bとは何者なのか。
弁護士Bは、過度な期待を抱かせる不適切な広告を出しているなどとして、弁護士会から懲戒請求が出されていた。当時の調査で明らかになった被害金回収の契約は、1000件以上に上っていた。

私たちは本人に直接話を聞きたいと思い、関係先に現れた弁護士Bに声をかけた。
1時間余りの面談で語られたのは、弁護士会の調査や私たちの取材とは大幅に食い違う主張だった。
弁護士Bに話を聞く記者
弁護士Bの主張
▽研修が行われていたことは知らなかった
▽被害者との契約にはすべて自分が対応し、非弁行為はない
▽被害金の回収もできていて、返金実績を紹介したネット広告の内容に間違いはない
▽依頼者には返金の保証はないと説明している

弁護士資格を失い、携帯料金も未払いに…

「被害金の回収は正当な契約だった」という姿勢を最後まで崩さなかったが、生活は追い込まれていたようだ。
弁護士Bとスマートフォンで連絡を重ねるうちに、しばらく返信がない時があった。ようやく返信がくると、料金を払えず通信を止められていたと明かした。
弁護士Bから届いたメッセージ
「携帯料金が未払いでしたが、復活しました」
弁護士Bには依頼者からの着手金返還の要請が殺到し、依頼者や弁護士会の申し立てで破産手続きが開始されていたのだ。開始にともない、弁護士資格も失っていた。

明らかになった 桁違いの“被害”

明らかになった 桁違いの“被害”
今月、東京地方裁判所で債権者集会が開かれ、着手金の返還を求める人たちが集まるなか、弁護士Bの財務状況が明らかになった。

契約は、弁護士会の調査を大きく上回る4000件。着手金は30億円に上っていた。私たちが全国調査した中でも飛び抜けて多い金額だ。

管財人がまとめた資料には次のように記載されていた。
管財人がまとめた資料
「多くの依頼者より、委任契約締結にあたって弁護士B本人から十分な説明等が得られていない、あるいは受任後も状況等の報告がなく問い合わせにも真摯に対応しない等の苦情が弁護士会に寄せられていた」

「紛議調停(弁護士と依頼者との間のトラブル等について、調停で解決を試みる制度)の申し立ても相次ぎ、その数は2024年8月9日時点で153件、着手金の返金希望額は合計約1億7000万円に上っていた」

多額の着手金はどこに?

多額の着手金はどこに?
入手した資料をみると、弁護士Bの事務所の口座には6400万円しか残っていなかった。

30億円もの着手金はどこにいったのか。

これまでの弁護士A、B、Cへの取材で、着手金を集めるノウハウが共有されていたことがわかった。しかし3人とも着手金で大きな利益を得た様子はなく、弁護士Bに至っては破産手続きにまで陥っていた。

私たちは金の流れに着目して関係者に取材し、裁判資料などを精査した。

その結果が以下の図だ。
弁護士Aは集めた1億円のうちの8800万円、Bは30億円のうちの22億円、Cは1300万円のうちの1200万円を少なくとも、被害金の回収をうたうネット広告を制作した複数の広告会社に広告費として送金していた。大半が広告会社に流れていたのだ。
弁護士Aの通帳記録 広告会社に1000万円と300万円が送金されていた
このうち弁護士Aは、事務所の口座の管理を、ある広告会社の関係者に任せていたという。その関係者に「広告費として必要だ」と言われ、数百万から1000万円単位の送金を見過ごしていたという。

この広告会社は弁護士Bの広告も請け負い、派遣された事務員が事務所の口座から無断で送金していた。弁護士Bはそれを理由に損害賠償を求める裁判を起こし、勝訴が確定していた。

裁判や破産手続きの記録によると、広告会社には、弁護士AとBから8億円以上の着手金が流れていた。

“着手金ビジネス” 持ちかけたのも広告会社か

この広告会社が被害金回収を弁護士に持ちかけようとしていた、という証言も得られた。

弁護士Aにこの“ビジネス”を誘った男性だ。

この男性は、もともと知人関係にあった広告会社の代表者から、「弁護士を紹介してくれないか」と持ちかけられたという。
男性
「広告会社の経営者から『いま被害金回収の事業をしているが、案件が多すぎて手に負えない。弁護士を紹介してくれないか』と言われた。人助けになると思い紹介したが、後にトラブルになっているのを知った。振り返ってみると、仕事がなくて困っている弁護士につけ込んでいたのではないかと思う」

広告会社の実態は…

広告会社の実態は…
この広告会社とはいったい、どんな会社なのか。私たちは本社として登記されている住所に向かった。

そこにあったのはオフィスではなく、下町にある木造2階建てのアパートの1室だった。

玄関先には引っ越し用の段ボールが積まれていて、一見生活感はあるものの、部屋の窓はカーテンが閉められ、人の気配はない。

インターホンを押しても反応はなく、何時間待っても人が出入りすることはなかった。

役員が同一人物など関係がありそうな複数の企業も調べたが、会社とは無関係の人物が住んでいるなどとして話を聞くことはできなかった。

中東の投資会社に同姓同名の経営者が

広告会社の代表者を知るという複数の関係者に当たると、「いまは中東のドバイで飲食店や投資会社を経営している」という情報を得た。

調べると、ドバイの投資会社の経営者で同姓同名の人物がいた。ホームページに載っている顔写真を弁護士Aなどに確認すると、本人だという。
私たちはこの投資会社に複数回電話をかけ、メールでも取材を申し込んだが、これまで返答がなかった。申し込んだ数日後、投資会社のホームページから経営者の名前も顔写真も消されていた。

代表者を知る人物にも会いSNSなどで連絡を試みたが、折り返しはなかった。

取材後記

弁護士という職業にはどのようなイメージがあるだろうか。

「最難関の国家資格を突破したエリート」
「弱い立場のひとの人権を守る、正義の味方」

という見方があるだろう。

しかし私たちが取材した弁護士たちは、そうした理想像とはかけ離れていた。

広告会社などの誘いに流され、結果的に多くの二次被害を生み出していた。そして罪や責任を背負う事態に発展していた。

日本弁護士連合会はネット広告の規制を強化するなど、対策に動いている。
しかしそもそも、この20年で2倍以上に増えて4万5000人以上いる弁護士の業務についてどのようにチェックし、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という職業倫理を保つのか、根本的な対策には至っていないように感じる。

SNSをきっかけとした投資詐欺の被害は今もなお増え続けている。詐欺事件以外の債務整理などの分野でも「弁護士の過大な広告がある」という声も聞く。

私たちは深層に迫るべく、取材を進めていく。

QA 詐欺に遭ったと気が付いたら…

最後に、非弁提携に詳しい複数の弁護士から聞いた、被害金回収をめぐる注意点をまとめた。
Q.弁護士による詐欺の“二次被害”に遭わないためにはどうすればいいのか?
以下のような弁護士事務所のネット広告には注意が必要だ。
▼弁護士が1人しかいないのに「24時間対応」「全国対応」とうたう
▼警察庁、金融庁、消費者庁など公的機関のバナーが貼られている
▼弁護士以外の人物の画像が頻繁に使われている
▼費用の安さを強調している
▼所属する弁護士会に登録している電話番号とは別の番号が、相談用の電話番号として記載されている(フリーダイヤルが多い)

また、契約を締結する際はその法律事務所に行って、弁護士本人に直接会い、詳しい説明を受けて、納得した上で、紙の委任契約書に手書きで署名、押印してほしい。

Q.詐欺の被害金は取り戻せるのか?
被害金を取り戻すのが難しいケースもあり、特に国際ロマンス詐欺は回収が極めて困難で、事実上不可能と言われている。
被害金の回収は、以下の方法が考えられる。

1 詐欺に使われた口座の凍結を銀行に依頼し、振り込め詐欺救済法に基づいて返還の手続きを進める
2 弁護士に依頼して口座の持ち主を特定し、返金の交渉をしたり返金を求める裁判をしたりする

しかし口座を凍結しても金が残っている可能性が低く、仮に残っていても、1の救済法に基づく手続きでは大勢の人で分配するので配当率が非常に小さいという。2の返金交渉で取り返せることはまれにあるが、着手金を超える金額になる可能性は低い。

その事実を踏まえた上で、まずはしかるべき公的な窓口に相談してほしい。

詐欺被害の公的な相談窓口

消費者ホットライン 電話「188」
最寄りの消費生活センターなどにつながり、適切な対処の方法を教えてくれる。

日本司法支援センター=法テラス 電話「0570-078374」
解決に役立つ制度や弁護士会などを案内してくれる。経済的な余裕がない人向けに、弁護士、司法書士の費用を立て替える制度なども紹介。

私たちはこれからも取材を続けていきます。
以下のサイトに情報をお寄せください。
社会部記者
倉岡洋平
2010年入局
松江局、青森局、札幌局を経て2019年から社会部
国税、警視庁、公正取引委員会の取材担当を経て、現在は遊軍としてさまざまな事件取材に携わる
社会部記者
出原誠太郎
2018年入局
福島局を経て、2023年から社会部
現在は司法クラブで裁判取材を担当
報道番組部ディレクター
大門志光
2018年入局
福島局を経て、2023年から「おはよう日本」で勤務
原発事故、能登半島地震、精神科医療など、幅広く取材

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