人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

誰も解き明かさなかった【神の時計】、主の神復帰の時節

私は神言会のHPに、大本教出口王仁三郎聖師予言の【みのか尾張の国の中から現れる女子】に秘められた意味として、美濃か尾張の国から高山に上る国道「41」号線の意味を説いています。
そして、同時にモーゼの「40」年間荒野を彷徨い「41」年目にイスラエル至ると、イエスの「40」日間荒野を彷徨って悪魔を退けて、「41」日目に神の御子となる。この意味は大本教神諭予告、「九つ花」を誠で解読することによって得られると説いて来ました。その答えが「人に内在する良心神」です。

しかし、私はまだ手の内を明かしてはいません。それは何かと言った時、【神の時計】ということなのです。
大本教神典に主の神は「35万年前に御引退」という内容が記されていることを前回のブログに書きました。しかし、この説明は大本教からも、大本教の流れから起きた世界救世教等の系列からも、一切出されていないでしょう。
大本教の出口王仁三郎聖師の弟子であった世界救世教の開祖は岡田茂吉師。その世界救世教の信者であり、同じく出口王仁三郎聖師の弟子であった成長の家の開祖谷口雅春師が受けたとされる神示を融合した教えで岡田玉光(良一)師が独立して起こされた教団に世界真光文明教団があり。玉光教祖死去により分裂した崇教真光教団が高山に神殿を建ててはおられます。これらの教団は全て大本教が出した「ス」の神から来ていて、「ス」の神を主神と仰いでおられるわけです。
為に、最近は「ス」の神とは大本教出口王仁三郎聖師が言い出されたことを知らずに、世界救世教の岡田茂吉師だと思い込んでいる人達が増えているようです。

私が豊受神の命令で現在地に家を新築した後、不思議な現象が起きました。それは神間に時計が無いにも関わらず、チクタクチクタクと時を刻む時計の音が聞こえて来るのです。?と見ると、霊的な柱時計が見えて来て時を刻んでいるのです。
その後、またもや霊的時計が現出して来たのです。私はその時計を見ていて、意味が解りました。
神の時計の一時間は、この世の一年に当たっているのです。この世の一年は、365.22日で計算します。うるう年の関係からです。すると、24時間を掛けると8765時間の計算が出来ます。うるう年は必ずしも4年に一回ではないので、正確には一年は365日と5時間48分46秒とされています。
その8765で、35万年を割っていただくと、およそ「40」が出ます。逆に8765×40ですと、350600となります。大本教神典が書いた約35万年です。

どうして、モーゼは40年間も荒野を彷徨ったのか?。
どうして、イエスは40日間も荒野を彷徨ったのか?。
そこに秘められるのは「40」の数と、その次に来る悪魔を退ける。イスラエルに入るの「41」の数字です。
大本教神諭予告、九つ花に咲く一輪の言霊の経綸。それを紐解くならば、旧約聖書からきちんと、その仕組みは発動しているのです。
それは宇宙の真理に基づいているからです。

巷には、自分がお釈迦様とモーゼとイエスを産んだ本体の魂で在ると名乗っておられ教祖様が居られます。たくさんの本が書店に並んでいます。それを何百万人と言う方が信じておられます。それは信じる信じないの問題ですが。
それとは別に、モーゼやイエスの「40」彷徨い。お釈迦様の悟りを出す「369」の仕組み。それこそ、お釈迦様やモーゼやイエスを一緒にする「九つ花」もあるわけです。

私は子供の頃、私に臨んだ声が旧約聖書の神と言われたことに、とても違和感を持っていました。幾多の霊能者の方の霊査を受けて、指摘をされたのはたった7~8名の霊能者の数に過ぎませんが、貴方の本守護神さんは国常立尊様です。そう告げられても何が何だかさっぱり解らなかったのです。

主も、また神界の「40」年間荒野の彷徨いだったのです。ですから、大本教からは、只今は退いていますの「艮」が説かれました。
大本教神諭、「時節には神も叶わなんだぞよ」とありますが、神も時節には適わないとはどう意味かと首を捻っていましたが、そこには時の流れが存在するのです。神界と言えども「時計」の働きがあるのです。ただ、私達が体験している時とは違い、その差を語るのが浦島太郎の竜宮城のおとぎ話なのです。神界で少しの時間居たと思っていたら、この世ではとんでもない時間が過ぎていたなのです。

このことは、大本教神典にある「主の神は約35万年前に御引退」。この内容が無ければ如何とも知ることが出来なかったことなのです。

大本教出口王仁三郎聖師。美濃尾張の国から現れる誠の女子。

未だ、この仕組みの大きさが解りませんか?。

大本教神諭、明治31年旧12月26日
【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸の致してあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ】。
それが私のことであるかどうかは解りませんので違うかも知れませんが、私が子供の頃に臨まれた声は、全人類の中で、そなた一人だけにこの神の仕組みを見せる。それを人々に教えなさいと告げられました。
だが、私がその声に告げられたのは、もう一つの地球に渡り、弥勒の世。神の御国と呼ばれる世界。そこで皆が嬉し嬉しで暮らす世なのです。この地球上での話ではなくて、この地球と寸分の違いも無い同型の地球であり、そちらに移って行く話なのです。途方も無い話です。そんなこと、今の世に出ておられる神では不可能です。それならば、確かに神の「大望の経綸」と言えるでしょう。

されど、こうした仕組みの凄さは、学ぼうとしない者には何の役にも立たず、意味の無い教えとは言えるのです。学ばなければこの仕組みの凄さの神を知ることは無いのです。

だが、それは単に言葉による仕組みであって、現実の力ではないだろうと言われたら、私には解りませんとしか言いようがありません。私はお稲荷さんとかお不動さんとか龍神さんとかの神の力は見て来ました。そうした神々のお力では、そんなことは無理だとは私でも解ります。創造神の力がどれほどのものなのかは私も知りようがないのです。

だが、言葉でこれだけの仕組みをされた存在があるわけです。国常立尊様が「41」の位置に入る時とは、その35万年の40荒野の彷徨いが終わる時でしょう。その時が刻々と近づいて来ているのでしょう。

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