人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

主の神、約三十五万年前に御引退に隠された仕組み

私達は新しい世界、聖書では「羊」来るで説かれる「未」来の世は善(譱)を語り。仏教では、弥勒菩薩で語られる「369」の仕組みは出雲の大国主様の因幡の白兎にて、ダルマ(真理)の七転八起を持ちまして、五十六億七千万の仕組みがあり、お釈迦様が菩提樹の下で悟られた「悪魔は実態の無いものだ。人には【良心】と呼ばれる神が内在をする」は、大本教神諭予告「九つ花」の解読にて、無事にお伝えすることが出来ました。

ただ、それは全て言葉が偶然に連動しているだけで、そんなものは自分には何の関係も無いという方は多々あろうかと思います。偶然と考える人もあれば、明らかに連動するように創られていると思われる人もあるでしょう。

この「九つ花」の仕組みは、大本教神典にこの仕組みを創るのには約3000年かかったとありますが、日本語という言葉の仕組みだけを見れば、そういうことなのでしょう。その大本教神典に主の神は約35万年前に御引退という不思議な内容があります。
一般的にスピの人達が言っている内容は諸説あるようで、9000年前説とか、約12000~13000年ぐらい前とか、存在して消えたと言われているアトランティス時代とかを話されているわけです。大本教神典はそんな比較的新しい時代の話をしているのではないのです。
しかしながら、35万年前という話は証明する術もなく、空論と言われればそれまでのことになります。この「九つ花」の仕組みは約35万年前に御引退を秘めているものなのです。まさに霊界物語になりますので、あえて述べませんが、そこには私達人類が知らない太古の話が存在するのです。その時の神々は押し込められていますので、皆さんはそうした話にぶつかることはないのです。
今、その当時のことを思い出す方があるかも知れません。その当時の天使達であったものは天に帰る時だからです。

皆さんから見た時には、聖書や仏教や日本神道は別々のものだという概念を持たれていたかと思います。しかし、同一神であることがお解りになったかと思います。ウシトラ(牛虎)金神として、私達の魂(鬼と云う牛虎)を産み出して来た神からの教えだったのです。

だが、こうした教えはもう学ぶ必要はありません。何故ならば、五六七の世はこれまでの世を引き継ぐのではないからです。これまでの記録的なものは一切捨てた、新しい世だからです。新生活みたいなものなのです。
私がこれまで神言会として出していた「米」教は実質的には終わっています。後は実った「米」は刈り取るだけだからです。聖書で言えば、実った「小麦」の刈り取りです。イエスは「パン」の教えを説きました。私は「米」の教えを説きました。これからは神が実った「米(良心神)」や「小麦(他者に愛の者)」を刈り取られる。その日を待つことになります。その時期が何時なのかは、私にも解りかねます。

どうも多くの霊能力がある方達の論調からすると、あまり遠い話ではなさそうです。問題は引っ越しの準備なのです。その時に慌ててはいけないので、早めの予告は必要なのです。無論、こうしたことは創造神のみが知られるで、私達人間サイドにその時期は解ることではないのです。
要はイエスが説いた、イチジク(無花果)の葉がどう色づいているかなのです。果無し花の自分が救世主ですと名乗る人が続出している時です。そして、割と正しい発信をされていたブログの撤退です。もう説く必要が無いとなれば、誰しも撤退に向かうのです。
スピの方達は、この地球が自動的に五次元に昇格するので、今のままで何もしなくてもいいのですと宣伝しておられますが、魂が五次元に進むには引っ越し問題があるのです。私達はこれまでも三次元世界から四次元世界に渡る時、薄着を着用していても裸の状態で葬られたように、次元上昇は裸(ラ)に近い状態で行きます。三次元世界・四次元世界の想念や想いは余分な荷物です。

これまでの輪廻転生は「カルマ」の引継がありました。しかし、始めにして終わりの神の登場で終わり、新しい世に入りますので、もう全てのカルマは消滅します。但し、カルマは魂の借金のチャラ問題なので、踏み倒してとはなりません。その分だけの償いはキチンと受けなければなりません。もし、それが嫌ならばこのままの三次元の世に残ることになります。私はそれはお薦めしません。残ることを選んだ者達が創る世は地獄さながらになるからです。

私が子供の時に臨まれた神は言われました。

これまでの舞台(世)が終われば、全ての役者(魂)は化粧を落として素顔に戻る。もう、善の役も悪の役も無いぞ。だが、舞台の悪役ではなくて、根本からの悪であるならば、次の舞台には立たせない。
つまり、世に広まった「ス」の神に秘められた意味は素顔に戻る。元の素直な魂に戻ると言う意味なのです。ですから、「ス」の神に戻れと説かれている神々の教えも、嘘と言うことではないのです。
大本教で「ス」の神を出し、「九つ花」で本当は「ラ」の神でしたと解き明かし、そして「ス」の神にと戻るのです。

では、「ラ」神論は必要無かったのか?。いいえ。新しい世の指導者となるべき人材を育成する為には、「ラ」神論は必要だったのです。これまで世に出ておられた神々に新しい世を任せれば、またもや同じ過ちの繰り返しになります。神界大掃除が実行されます。そして、良心神を主の分魂と仰いで来た者達が、新しい世の礎、神の座にと進むのです。そして永遠の世が開かれるのです。

新しい世に切り替えに当たり、これまで埋もれてしまっていた正しい神達も、全て上がります。これを三十五万年の苦しみと言います。これまでは国常立尊派の神々(天使達)は地に墜ちてしまっておられたのです。
この三十五万年は、大本教神諭予告「九つ花」を見れば、お釈迦様、モーゼ、イエスの演技の意味が解り、そして太陽と月と地球の関係の意味も解るのです。

あまりにもスケール大きな仕組みなので、世に蔓延る自分に創造神が臨まれて、こうお告げされました式の内容の方がよい方には、チンプンカンプンの内容とは言えます。
私はこの仕組みを解読終えた時、これは起きないと否定出来る内容ではないと確信しました。あまりにもスケールが大きく、太陽も月も地球も全て見ての仕組みだからです。

聖書を語る人達は、神の花嫁は説かれましたが、神の花婿(8765)はいずこに。

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