人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

最高神は天之峰火夫皇太御神様でも、救世神は素戔嗚尊様

世に宇宙の最高神は【ス】の神だと説いておられる方達がかなりあります。かなりあるどころの騒ぎではないかも知れません。新神道系では全面的に「ス」神かも知れません。現代のスピを標榜して神は光だと言っている方達は、何を言ってるのだで終わりだと思います。あまり興味が無いと思いますが。
世間に出回っているのが、この【ス】の神は「素戔嗚尊」様のことで、日本神話にある天照大神の弟君のスサノオノミコトのことではなくて、宇宙の主宰神様だという説です。日本神話にあるスサノオノミコトは「須佐之男命」で違う神という説です。出雲神話とは別の話だという考え方です。
出口王仁三郎聖師の弟子であった世界救世教を起こされた岡田茂吉さんの関係で、今は「主」の字を当てて「ス」の大神と呼ぶ派が多いわけです。

元々、「ス」の神は大本教の出口王仁三郎聖師が言い出されたことで、「素戔嗚尊」として出されたものです。しかし、その位置づけは宇宙初発神ではないのです。最高神は幽の幽界であり、素戔嗚尊はその下位である幽の顕神となっています。では、どうして「ス」の神が初発だという説が流行ったのかと言いますと、推察するには霊界物語第75巻の天祥地瑞寅の言霊の光に【そもそも紫微の天界はスの言霊の水火によりて鳴り出でませるが故に】とあります。そうしたことからでしょう。
それ故に、出口王仁三郎聖師は後から付帯として大本教霊界物語第十三巻の信天翁において、この大本教に現れた変性女子はニセ者だで、十三の「ス」はニセものでしたともなるのです。この「ス」神論に縛られていると、「ラ」神論は出せないのです。いくら「ラ」神論を言われても、頭の中が「ス」神論になっていては、切り替えが難しいわけです。それは世に出ておられる神々にも言えますが。
霊界物語第八十巻未の総説には【凡て宇宙も、神も、万物も、その大原は天之峰火夫の神即ち大宇宙の大極元の言霊幸はひ坐して成り出でませるなれば、実に至貴至尊なるものは此言霊をおきて何物も無しと知るべし。】とありますように、天之峰火夫皇大御神がトップ神なのです。言霊はここから出たのです。

大本教における最高神は【みろく(五六七)】大神。あるいは【天之峰火夫皇大神】の名で出されています。
日月神示を読まれた方から、日月神示の中にウシトラ金神さんが、天の大神様に対して、人民の罪をこの神(ウシトラ金神)が成り代わってお詫びすると言う記述があります。そうなると、ウシトラ金神様より上席の神様が居られることになりますが、その神はどなたなのですかという質問が来ました。一見すると、天之御中主様に対してかとなりますが、それも少しおかしいのです。
大本教霊界物語では、天之御中主様は大国常立尊様が天地を分けて、自ら(大国常立尊様)の魂を分割して天之御中主様として、天の主宰神とされたとありまして、明らかに天之峰火夫皇大御神とは別神となるからです。霊界物語と言われる本は理解に苦しむところがありますので、書かれた内容に全面的に縛られるとまずいのです。それは聖書でも同じことなのです。

この【天之峰火夫皇大御神】は、大本教霊界物語にもその名はあっても詳しい記述は存在しません。それは天之峰火夫皇大御神の下に()を入れて、そこに「天之御中主様」としている為に、同一神だとの思い込みが入ったのでしょう。他に、俗に宮下文書(富士古文書)と言われている「神皇記」には始発の神としてその名があるようです。
この【天之峰火夫皇大御神】とは、宇宙たる天の頂にある十字路に住まいされる独神で人類が知ることがない神。宇宙創生に関わった神々だけが知られる存在だと言えるでしょう。ですから、神社の御祭神に尋ねる力があっても、天之峰火夫皇太御神様に関しての答えは期待しない方がいいのです。この天之峰火夫皇大御神による「八十一」の言霊神の統括で、三六九(みろく)が織りなされますので【みろく大神】とも申し上げることになるのです。
天之御中主様とは、その中心にある言霊神様の意味合いなのです。ここに「ラ」の言霊の展開するのか、あるいは「ス」の言霊を展開するかなのです。
大本教に在籍し、出口なお開祖派とされて後に神道天行居を起こされた友清歓真(ともきよ よしさね)さんは、大本教神諭予告の九つ花をある神から教えられて、「ラ」神論で天之御中主様のことだと発表されたわけです。



仏教の曼荼羅を見られた時、この変形図が多いと思います。日本ではこの仏達を「言霊神」として説けますが、仏教ではそうした言霊神(如来)が太陽や月を従えている図を見ることになります。つまり、私達が見ている太陽とか月とかは、そうした存在によって創られたものなのです。しかし、仏教ではそうした仏を見ても「言霊」の概念に到達出来なかったと言えるでしょう。
この神(みろく神・天之峰火夫皇大御神)の命を持ちて、陰陽の大国常立尊と豊雲之尊の夫婦神が中心となって宇宙創造に関わられたわけです。

しかしながら、何故にそこに「ス」神で【素戔嗚尊】様が説かれたのか?。それは人類の救世をされる神だからです。

下記の図の上右は天文学における惑星記号で、大本教の出口王仁三郎聖師の指にあったとされる〇の中に黒丸は太陽記号です。漢字の「良」の原字で米の量を量る意味なのですが、惑星で考えれば太陽なのです。ですから、太陽神は「ラ」なのです。アイウエオで「ア」から「ラ」なので、アラーの神。第41位です。
大本教霊界物語に記される〇十は地球の記号です。地球は英語でアースですから「ア」から「ス」ですね。第十三位。

どうして、出口王仁三郎聖師は救世主は「素戔嗚尊」様だと言われたのか?。それは、根の国・底の国から弥勒の世と呼ばれる新しい地球に人類を移す大仕事をされる神が「素戔嗚尊」様だからです。その時、新しい地球に移った人類は復活しますので、民は将来に蘇るで「蘇民将来」とも言われるわけです。その時から、人類は永遠に嬉し嬉しの世になるのです。そして主の神の栄光を讃えるのです。

神話で語られる大海原を知ろしめせの大海原とは、宇宙空間を意味する海のことなのです。

日本神話の神代の話はそうした事実があったのではなくて、予言の為に神の手によって創られたものなのです。

大本教の出口王仁三郎聖師がそうしたことを明からに出来なかったのは、当時は天皇が現人神(あらひとがみ)とされた時代で、そんなことを説けばとんでもない処罰を受けたことでしょう。



〇十の薩摩紋(十三里の芋)。

地球維新の旗印

我よしを悔い改めて、素(ス)直に創造神の存在を信じるべし


言葉によるお告げではなく、言葉による仕組みなり。

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