人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

7(質)の世から8(∞)の世へ、が、八の世は二つに別れる時

今の世は聖書では神は六日間でこの世を創られて、七日目が安息日。日本神話では今の世はイザナギ・イザナミの二神で国造りで、神世の七代目となります。これは今の世の並びを説いていることで、6日間で全てが成ったではないのです。現在は「七」の世ということなのです。

さて、蜂は何故に「ハチ」と称するのでしょうか?。それは「8」の字の様に飛ぶからだとの説があります。この「8」は横にすると無限記号「∞」と同じことになります。永遠に続くの意味が秘められます。和数字である「八」は末で広がる意味でも使われますが、左右に分ける意味で「別」の意なのです。「八」の世は別々になりますよと言うことなのです

私達が現在住んでいる世界は三次元とも呼ばれていますが、物質の七(質)の世です。真理(ダルマ)は七転八起なので、この七(質)の世は転び、八(別々に別れる無限の永遠性)の世が起きます。
問題は、私達の魂の格付けなのです。私達の魂は今日まで輪廻転生を通じて高次元の世界に進む修行を積んで来ました。この地球は魂の修業場でした。天人となる苗床とも言われ来ました。
その地球に修業に来て、何も学ばずに遊んでいたのでは落第と同じことになります。一生懸命に学んで来た者達と何もせずに遊んでいた者達が同じですよと説いているのが現代スピリチュアルです。そこに何の力が働いているのか?。それはこの地球に修業に来た魂達を落第させたい力でしょう。創造神の存在を認めたくない勢力だと思われます。
そうした勢力は創造神からすれば邪神ですが、創造神など認めない邪神界から見れば、創造神に従う正神界そのものが魔界なのです。自分達が好き勝手出来るのが正しい世界であって、規制や規則を言う者達は正神界と呼ぶのでなくて魔界の者達なのだ。鬼なのだ。そうした論理にもなるのです。
ですから、邪神界から見れば正神界の者は魔界神とも呼ばれて来ました。それがウシトラ金神国常立尊とされたわけです。節分の炒り豆で追われたわけです。
精神世界のランキングの世界を見ていても、日本書紀の筆頭(初発)にその名が記載されていても国常立尊は魔神だと言っておられ方達もいられます。そこには、主神として絶対に認めないという意志強硬な神々も存在するわけです。まだまだ神界は統一されていなのです。

現代のスピリチュアルは、何をしても自由なのです。好きにやるために貴方達は産まれて来たのですと説くのですから、自分達は自分の派が正神界だと言われるでしょう。国常立尊派とされる神司(天使)達が「悔い改めましょう」と説くと、その反対として神は愛だから何をしても赦されるのですと説くわけです。
もうこの両派に融合はあり得ないのです。片方は何をしても神の愛で赦されるのだの一辺倒であり、片方は悔い改めなさいです。どちらの意見が正しいかは、個々の魂が考えることなのです。好き勝手をやりたい。その好き勝手で誰かが被害に遭おうとも、それは神の愛で赦されるのだ!。そうなると、各自の持っている価値観が違っているのです。

では、どうればいいのだ!。となります。

それは二つを分けることなのです。何をしても神の愛で赦されるのです派と、そうでない派は別の世界を創ることが一番いがみ合わないわけです。大本教以降に言い出された五六七(みろく)の世派とは、創造神と呼ぶ神を奉祭する派です。
創造神など居ない。一人一人が創造神ですという現代スピリチュアル派は、そこに創造神を奉祭する気はさらさらありませんので、別の世界となります。否、今の地球に残る派と言えるでしょう。新しい地球、別地球と呼ばれる世界に転出するのは創造神を主と仰ぐ派でしょう。この地球から出て行く派です。
で、国常立尊様を説いておられる方達の中では「渡河」準備を言われる方が多くなるわけです。しかし、今日明日の話ではないと思いますが、心の準備としてこの世に対する未練とか執着心を捨てておかなければいけないわけです。金で買う世界の話ではありませんので、金を出せと言う方があれば、それは違うでしょう。主の存在を信じているか、信じていないかの話です。
何故ならば、まだ人類は創造神など見たこともないはずなのです。始めにして終わりの神。終わりの時で無いと見ることが出来ない神だからです。七(質)の世の終わりに出て、永遠(∞)の「八」の世を創られるのですから、始めの神ともなるわけです。

精神世界には、この二つの流れがあり、どちらかの極に集約されようとしており、それが二極化と言われているわけです。

「∞」の世は、二つの〇が繋がっていますが、8の世が出来ると二つの世界に別れた後に切り離しとなります。片方は主の神を奉祭して永遠の世に、片方は創造神などは存在していない。自分達一人一人が創造神だ!。何でも好きなように創れるの主張で永遠の世に進みます。どちらも永遠の世ですし、自分の主張をいかせるのですから、両派の建前論からすると何の心配も要らないわけです。

ただ、それはどちらに属するかです。それを一人一人が選択するのです。創造神を仰ぐ派は、「悔い改めれば迎え入れる」なのです。神の裁くとは「捌く」で、二つの世界に別れる意味合いです。

精神世界

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