大本教神諭に、どうして解らないのであれば【ラチ】をつけるとあります。大本教の出口直開祖は俗に文盲と呼ばれておられたように、読めるのは平仮名ぐらいだったと言われています。
その出口直開祖は暗闇でも筆先に光が出て、その光に沿って筆先が進められたのですが、自動書記によって出された平仮名にどのような漢字を当てるのか?。出口開祖にその漢字が解るわけではありませんでしたので、大本教神諭に漢字を振られたのは出口王仁三郎聖師になります。
出口王仁三郎聖師は【ラチ】つけるに【埒】の漢字を振っておられます。それは誰が考えても妥当な判断です。通常は物事の区切りとか秩序のことを意味する言葉です。私達がこの「埒」を言う時は「決着」をつける時に言う言葉です。目に物を見せないと、埒が明かないので実力行使の意味だろうと考えられます。
だが、私は大本教神諭に触れた時、ここで私の思考が「停止」してしまいました。私は出口王仁三郎聖師の漢字の振りではなくて、一度平仮名に戻して見ているからです。そうすると当然に違う意味が出て来ます。
明治31年旧11月5日の大本教神諭「九つ花は誠から咲せる花であるから、三千年の経綸を致した。誠の本であるから誠の人の世話でないと、このお世話は出来んぞよ」とあります。明治29年旧12月2日の大本教神諭に「艮の金神はこの世の閻魔と現れるぞよ、この日本は、元は神の直系の分霊(わけみたま)が授けてある。外国霊魂とは一段も二段も上の身魂であるぞよ。言葉もその通りであるぞよ。」とあります。
この九つ花を誠(言成る)で紐解きますと、大本教が出した「ス」の神論でなくて、この世の閻魔である良心神を語る「ラ(良)」神論になるわけです。で、「ラチ」には【良知】もあるわけですが、【拉致】もあります。
私が霊界から見せられたのは【良知と拉致】になります。拉致とは、無理に連れて行かれることですが、大本教を出した神が言う【拉致】は、嬉し嬉しの五六七(みろく)の世に連れて行くことなのです。通常、神霊の拉致には「神隠し」がありますが、それは肉体事の話です。肉体ではなくて、その人の魂が五六七(みろく)の世に連れて行かれることです。
私は最初、そのメカニズムが解りませんでした。しかし、霊子(たまのこ)線を切断することによって、肉体は突然死して、その魂は五六七(みろく)の世に進むことなのです。私はこれが何時頃から開始されるかを見ておりましたが、どうも始まっていると思えるケースが出て来ています。無論、出始めたの段階だとは思われます。
大本教神諭で予告された立替論ではなくて、大本教とは関係無くスピの世界で言われている内容だと思いますが、去年の雑誌ムーの12月号にある図が出されました。私はその図の通りだとは思ってもいませんが、私が聞いている五六七(みろく)の世は、もう一つの地球と聞かされた新生地球の存在が出されていますので、その図を引用させて貰います。著作権は雑誌ムーのものです。
ただ、この図ではこの地球は存在していないことになります。この地球が五次元にアセンション説ではないようです。この地球が何時まで保つかは、創造神様だけが解っておられるのでしょう。
ある霊能者の方は、その時から悪のやりたい放題が出来ると言っておられる方もありますので、悪が天下を取れるのが今の地球なのかも知れません。いろんな説があるので、どれが絶対とは言えないわけです。

今のスピリチュアルを言っておられる方達は、神は愛だから何をしてもいい。好き勝手をやっていれば五次元だと言う方達が多いかと思います。何故ならば、ほとんどの方が悔い改めなさいと言われないからです。ですから、そうしたスピリチュアルの方達はブログでも人気があります。人は誰しも自分にとって辛いことは逃げるからです。
そうした意見は、この地球が自然に五次元に上昇するからという論理のようです。この地球が自動的に五次元ならばそうかも知れません。
そうした中でも、神の愛の光で浄化されてUFOで次元上昇とか他の宇宙に転出だと唱えておられる方達も多々見受けられます。この図で言えば一番左側の論に近いのものと思われます。この図の左から2番目の死んでからを言う方はスピでは少ないようです。残り二つはアセンションしない人達のことのようです。
私は子供の頃にもう一つの地球(新生地球・予備地球)を神と思われる存在から聞かされています。そちらで嬉し嬉しの世です。だが、その嬉しの世は「ヨロズ(萬)」の世なので、寿命が万年死となりますので、今の私達の魂の服たる肉体は100年ぐらいしか持ちませんので、今の肉体で新生地球に渡る意見は、私は違うだろうと見ています。五次元には五次元に相応しい肉体であってこそ、意味も通じるからです。
なお、今でも魂を腐らせたり潰して、来世が存在しない人達も居られるのですから、立替云々よりも元々消滅する魂は存在していることになります。ただ、そうした魂であっても、このブログの「信じる者は儲かる」http://
kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=17で書いていますように、現世御利益信仰ではない神信仰していれば、助けられる要素が出て来るわけです。
主の神によって五六七(みろく)の世に「拉致」される方は、神の眼鏡に適った人達かも知れません。

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