ここのところ社会に現れる現象を見ていると、相次ぐ交通事故、竜巻などの異常現象。おかしいなと感じられるものが多くなって来ています。無論、竜巻など科学的に言えば地球温暖化が原因だと片付ければ、それまでなのですが。
社会に現れる現象は、その時だけを見ていると解らないのですが、社会を変えるタ-ニング・ポイント(転換点)が存在して来ます。
どこから変化が顕著に出始めたかと考えますと、どうやら京都祇園で起きたてんかん運転によると思われる交通事故(4月12日)の大惨事でないかと考えられます。その後に京都亀岡の児童に居眠りによる運転事故(4月23日)。そして千葉県館山でも通学途中の子供さんが犠牲になる交通事故(4月27日)。これはおかしいぞと思っていると、居眠りによる関越バス事故(4月29日)が発生。そして大竜巻が起きてしまいました。
京都祇園で起きた「てんかん」による運転なのですが、「てんかん」の言葉を見ますと、通常は「転換」が浮かびます。で、転換を辞書で調べますと。
①物事の性質・傾向・方針などが、それまでと変わること。
②〔心〕、抑圧された願望が身体的症状の形として表に出されること。
転換とは、物事だけでなくて、心のことも言っているのです。
そこで脳の病とされる「てんかん」の漢字を調べますと、「癲癇」です。やまいだれを取った「顛」は「顛末」の顛で、始まりですよです。そして、顛倒の倒すです。顛覆の逆さまにするです。「癇」の「閒」は間を置いてまた起こるです。ここのところ起きる出来事を見ていると、予告されていた立替が始まったとしか思えないのです。
無論、連続して起きた交通事故などの原因は運転者の居眠りなどでしょうが、そこには我れよしが入っています。自分のことしか考えていなかったです。
こうした事故などは、自分がいくら気をつけていても事故を貰ってしまいます。巻き込まれてしまいます。また、今回の竜巻で解ったように、自分のところは水害の心配が無い所だと安心していても、風でなぎ倒されてしまいます。今回の竜巻では土台ごとひっくり返されてしまった家もでて尊い犠牲が出ました。
今、科学者達も巨大地震の発生、富士山噴火など、これまで予言されて来たことを言い出して来ています。予言されて来た世界経済の破綻も、時間の問題にしか過ぎません。ギリシャやスペインでは25歳以下の若者の失業率は50%を越えて、イタリアやスペインで30%越え、イギリスやフランスでも20%を越えています。明日を背負う若者達に職が無い。将来が見通せない状態になっているのです。
では、年寄りはリタイヤせよと言われたら、年金支給までどうしてくれるのだとなります。その年金もどうなるのかが解りません。日本では国や地方公共団体を合わせれば1000兆円という天文学的借金を背負っています。消費税を10%にしょうとするだけでも、反対する人達が続出します。皆、自分のことしか考えない。
もう誰が考えても返せない額なのです。人は破綻する前は反対して、破綻してから解る者なのかも知れません。神による立替と呼ばれるものも、その前はそんなことは絶対に起きないと言うでしょう。だが、起きてからでは遅いわけです。
日本でも理想と言われていた福祉国家のスエーデンも年金破綻が言われだしました。やはりそこには少子化問題が起きています。今は経済が順調な中国も、一人っ子政策のつけで、支えきれなくなるのは時間の問題なのです。
日本が実力以上の円高になるのも、世界が破綻しかかっているから、少しでも安全な円が買われているのです。普通ならば、これだけ国家財政が借金だらけの円など買えるものではありません。それが買われる異常さは、世界が破綻に向かっているからなのです。
このままに進めば、結局は自分が生きんが為に他者を喰らうが起きるのです。その時、もはや人ではなくて力の強い者が勝ち、面白く楽しく生きる。弱者は虐げられる獣の論理が支配するのです。その時、私達は生き地獄の世を見ることになってしまいます。豊かさと利便に慣れた者は、もう元には戻れなくなるのです。
人類に未来は無い。いいえ、新しい未来の夜明けが来ているのです。何故ならば、魂には死は存在せず、永遠の命を秘めているからです。そして、五六七(みろく)の世にと向かうからなのです。その為には三次元物質界の価値観の意識に囚われてはいけないのです。
その為には、私達は五次元界に昇格しないといけないのです。
日本で初めて言霊学を説いた大本教の基本宣伝歌は
朝日は照るとも曇るとも 月は盈(み)つとも虧(か)くるとも
たとへ大地は沈むとも 枉曲の神は荒(すさ)ぶとも
まことの力は世を救ふ
例え、月が崩れようと日本列島が沈没しょうとも、「まこと」の神が在る限り救われると歌ったのです。
369(みろく)の仕組みは、言成(誠)るの仕組みです。コトバを創った神が存在するのです。それは人類は未だ見たことがない創造神なのです。その存在は神々をもってしてもよく解らないのです。それは世に出ておられる神々との次元の違いがあるからです。
私達はコトバの仕組み。社会に現れる現象などを通じて、創造神の存在を確信して行けばいいのです。
自分の魂を磨き、主の分魂である「良心」神を柱として貫いて行けばそれでいいのです。そうすれば、「月は盈(み)つとも虧(か)くるとも たとへ大地は沈むとも 枉曲の神は荒(すさ)ぶとも」関係の無いことなのです。私達の魂は永遠の中にあり、宇宙で輪廻転生の旅をしてきのです。また、新しい旅の始まりをするだけなのです。
新しい世では、これまでの世の失敗を総括して、どうすれば良いのかを考えないといけないのです。遊んで入れば「みろくの世」ではないのです。

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