人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

意識に死は存在しないので、まず下着を新しくする

私達が生きていると実感するのは【意識】と呼ばれるものを持つからです。この「意識」は肉体の生死には関係がありません。
その証拠としても霊媒と呼ばれる人に他の「意識」を入れますと、その「意識」の持ち主となります。それは、他の意識によってその肉体が支配されてしまうことなのです。
これは、よくある霊感持ちが他の意識の干渉を受けているというものではありません。これまでにも説明して来ましたが、霊媒者には完全霊媒と半霊媒があり、完全霊媒者を見ないと理解しにくい話でもあるのです。
一時期、テレビの超常現象番組で活動された青森の木村藤子さんや裁判騒動が起きている下ヨシ子さん、今は亡くなられた小白井誠一さん、そして江原啓之さんはそうしたタイプの霊能者の方ではありませんでしたので目に付きにくかったのですが、お不動様に仕えておられる前田和慧さんという尼さんの方は完全霊媒型でした。

自己の肉体から自分の意識を抜いて、他の意識に自分の肉体を支配させてしまうことです。そんなことをとしても大丈夫かとなりますが、そうした方達にはしっかりした守護神さんが就いていられますので大丈夫なのです。

その意識は肉体を支配していても、肉体の命が終われば、別の世界にと渡りますので、自分生きているという意識は消えることがないわけです。この意識を消すと言うことは仏教で説く【無意識界】しか存在しないのです。
つまり「輪廻転生」を外れる。一切の「喜怒哀楽」を離れるは【無意識界】のみなのです。これは私のブログの中の「個と場」でも書きましたが、自己と呼ばれる存在を消してしまいます。自己と呼ばれる存在を消すということは、もう生きているではないのです。生も死も無い「ム」なのです。それを望んでも生きているではありません。

生きるとは、「息る」です。
自分の心(息)があって、生きるなのです。

この自分の心の存在を玉思惟(魂)と呼称しているわけです。
私達の肉体がこの世を去る時、「息」を引き取ったと言いますが、それは肉体が呼吸をしなくなったという意味で、自分の心(息)が無くなったわけではないのです。霊界に引き取ったなのです。

これから先に何が起きようと、それは皆さんの生きるが無くなることではないのです。本当に死のうと思えば「無意識界」に入るか、意識の風化を待たない限り意識には死は存在していないのです。天国だとか地獄だとかは、「意識」の想いによって創り出される世界のことなのです。

まず、私達はこれまで着ていた古い下着を脱いで捨てなければなりません。古い下着を脱ぐとは、今の私達の魂(意識の集体)が来ている下着たる霊体は新しい時代に即していないからです。これまでは下着を洗濯することで、洗濯した度合いの違いで霊異での行き先に選択の幅がありました。しかし、次は高次元界に進まなければならないので、これまでの下着で無い新しい下着の着用となるのです。
私達が持っている肉体は魂の服ですが、未だこの服は新しい高次元界に進むまでは必要なのです。まずは汚れた下着の霊体を捨てて、新しい下着たる霊体に替えることからなのです。

では、その新しい下着はどこにあるのかとなります。その下着は主の神の存在を信じることにあるのです。主の神の存在を信じることによって与えられるのです。主の神は魂の中の円真(エンマ)として存在しています。ですから、これまでもエンマ大王の存在によって、私達は来世という世に踏み出して来たわけです。
だが、新しい高次元の世界に移行するにあたって、主と呼ばれる神に対する認識を持たないと行けないのです。

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