人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

アンゴルモア(モンゴル)大王の型を演じた出口王仁三郎聖師

近代日本が産んだ最高の予言者、大本教の出口王仁三郎聖師の演技には「謎」とされる部分があります。それは、大正13年に出口王仁三郎聖師はボディガードとして合気道の創始者・植芝盛平等の少人数の側近を連れて、自ら「救世主」と称して蒙古に渡られました。何故、出口王仁三郎聖師は救世主と称して蒙古に渡ったのか?。この謎が解けないからです。

出口王仁三郎聖師は何の型を演じようとされていたのでしょうか?。それはモンゴル(蒙古)大王、ストラダムスの予言では「アンゴルモア」の大王の型を演じようとされたからなのでしょう。現在ではアンゴルモアの大王とはモンゴル大王であるとされています。一般的にはモンゴル大王とは、ジンギスカンのことだとなりますが、ジンギスカン(成吉思汗)とは過去の方です。出口王仁三郎聖師は蒙古のジンギスカンではなくて、ジンギスカン伝説に関わる演技をされたわけです。
世の霊能者の中には、出口王仁三郎聖師のその演技で、このことに気付いて自分の前世がそのものだと公表しておられる方かあるようです。そこまでぐらいなら少しは頭が良い方ならば解るし、やろうとすると出来なくはないのですが、もっと仕掛けは大きいのです。

では、このアンゴルモアの大王とは誰なのですかと言いますと、聖書に予言されます終わりの時に人類を救う為に現れる主の御子のことなのです。西洋ではどうしてもその存在はイエスだと偏った概念に囚われてしまいますので、隠した部分もあったのでしょう。
私の記憶も定かではありませんが、ノストラダムスの予言に確か次の様な内容の予言があったと思います。いくら西洋の人が待ち望んでも西洋からは決して現れない。東洋の叡智の馬小屋の飼い葉桶。西洋人は救世主はイエスの再来と思い込んでいますが、東洋の叡智として出て来るなのです。
だが、最後に現れる救世主と呼ばれる存在は一人ではなくて、複数形だと言われていますので、それだけで話が終わるものでもないようです。

大本教霊界物語の如意宝珠の中に【妾は言照姫の命、様子あつて本名は今しばらく名乗りませぬ、奥に寝ませらるる玉照彦様は遠き未来においてミロク神政成就の神業に参加遊ばす尊き伊都能売之御霊、其方は大切に奉侍し、世継王山の麓に在す国武彦の命にお届けあれ、しからば其方は云ふに及ばず高姫、黒姫一派の、今迄瑞の御霊の大神に射向かひまつりし重大の罪を赦され、神界の御用に参加し、偉勲を建つる事を得む】。とあります。

この玉照彦とは、霊界物語に中では主の末子とされる存在なのです。霊界物語の他の場所では玉照さんは誰だろうとなっています。それは玉照彦を担げば、その神霊達はみろくの世においても高い地位を得ることが出来るので、それが誰だか解らない様になっているのでしょう。
よく、伊都能売之御霊を言われる方がありますが、それにはこの「玉照彦」が解っていなければならないのです。玉照彦が伊都能売之御霊となっているからです。
大本教では、玉照姫は大本開祖の前身、玉照彦は聖師の前身とされたようですが、大本教は型を演じる為のものであって、予告編として演じられたと見るべきなのです。何故ならば、まだ本番の時ではないからです。

なお、この霊界物語の中の世継王山と書かれているのは「四つ尾山」という下に藤山という頂を持った山のことでして、その藤山の麓に本興稲荷さんという熊野本宮別当家九鬼神道の九鬼氏のお稲荷さんが在って、大本教出口なお開祖が篤く信仰されていたのですが、これが国武彦の命の社となっているのかも知れません。
と言いますのも、九鬼氏は綾部と三田に分割される前は鳥羽水軍の鳥羽藩で、鳥羽藩の時代に某お稲荷様を勧請して祭っておられます。このお稲荷様の勧請元が神道名で国武彦の命様になるからです。そのことが解っている霊能者の方であれば、この国武彦の命の意味も解るはずなのですが、それだけの能力がある方は少ないと言えます。

聖書で神が言われている存在と大本教霊界物語に書いてある存在は、同一の存在のことなのです。ですから西洋ではなくて東洋からなのです。大本教の出口王仁三郎聖師はその存在(玉照彦)が自分だと思って救世主の演技されたのは事実なのでしょうが、大正13年という時期でしたので、まさか立替がそんな先のことだとは思われてもいなかったのではないでしょうか。
大本教が予言して来たことは人類の滅亡ではないのです。立替と呼ばれるものが起きるとしても五六七(みろく)の世に渡ることなのです。その指揮を取るのが玉照彦であり伊都能売之御霊となっているわけです。

ノストラダムスと大本教の出口王仁三郎聖師、まるで関係が無いように見えていて、関係していたことが解ります。ノストラダムスはユダヤ教徒。聖書の神から降りていたのでしょう。

何も無ければそれはそれでいいのでしょうが、これだけ仕組んでありますと、そこらの神社の神様達がされることではありませんので、準備万端整えておくことも賢い行為と言えるでしょう。

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