私のブログを見てる方の中で、お二人から質問メールが来ましたので、取り敢えずそちらを答えましょう。
一つ、龍神ですが、ブログのどこかに書いたのではないかと思いますが、どこに記載したか探すのもなんですから述べます。私のHPでも書いてはいます。
まず、日本で龍神と呼ばれている存在は、聖書に霊界の年老いた蛇霊と書かれている存在が大半なのです。私の最初の師匠は龍神とは、蛇霊が海・山・川で各千年の三千年修行した存在と言っておりました。中には海・山・火の三千年と言われる霊能者の方もありますが、基本は皆さん霊界の年老いた蛇霊だと思います。
だが、本来の龍神とは霊界で修行を積んだ蛇霊のことではなく、想像神の息吹。それを言霊と言い、言霊神とも言います。これが本当の龍神なのです。大国常立尊様、豊雲野尊様、素戔嗚尊様などと言っている存在は、金龍、銀龍、白龍神と言う龍体でも表現しますが宇宙創造に関わられた龍神です。想像神の息吹(命・ミコト)のことなので、言霊神とも言うわけです。
ただ、宇宙最高龍神に関しましては、現時点では完全確認が取れていませんので伏せさせてもらます。未だほとんど知られていないのです。
言霊神は火水(かみ)を意味しますが、自然界の力も火水で、こちらは自然界の流神となります。地震とか台風(気圧)などは自然界の流神と言えるでしょう。ただ、その姿を霊視すれば一緒なので龍神としての括りなのです。要はその大きさなのです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、確か霊界物語の中で世に龍神と呼ばれるものの90数パーセントは蛇霊だと残しておられたと記憶しています。
さりとて、聖書にアダムとイヴに囁いた蛇の囁きで、エデンの園を蛇と一緒に追放された人類ということで、皆さんに蛇霊は憑いているのです。ですから、蛇霊のことを「巳(み)」と言うでしょう。巳に自分の意味が秘められます。イエスは弟子達に「蛇のように賢くあれ!」と説いたと言われていますが、自分の知恵として戴いているのです。
悪いこと考えると、悪知恵が涌いて来る。そうなると、蛇霊の虜で、権力とか地位とか金権とか名誉とかに執着、異性との色情が強いも蛇霊の働きなのです。で、死後の世界で蛇霊となるなのです。自分が呼んだ結果なのです。
このブログの中に「蛇の直立」を書いておりますが、悔い改めたならば蛇霊であった存在も全て天人として神界に帰ります。蛇とは何であったかを理解していないと、エデンの園と呼ばれる世界に戻ることなども出来ないのです。蛇は舵(かじ)が直立でなく、曲がりくねった蛇行の意味です。ですから、棒の様に直立します。
次に幽霊とは、きちんと三途の川と呼ばれる線を越えて霊界に渡っていない存在と言うことです。三途の川とは、別にそうした川が絶対的にあるではないのです。無論、川がある場合もあるのですが、死後の世界でおおまかな三途があるの意味なのです。天国・現界に戻る期間が短い中有界・地獄界の三途です。
よく幽霊を霊能者の方が霊界に送ると言われますが、すなわち本当の霊界に渡っていないことなのです。この線(川)を渡らないと、次に生まれ変わって出て来るもないわけです。迷うのはこの世に対する未練とか執着とか誰かを恨むことから起きます。また自殺などです。そうした存在が幽霊として見られてしまうわけです。ですから一般的に不浄仏(不成仏)と言っているわけです。
三途川で表現されていますが、大海として出る方もあれば、どこにそんな川があったのか解らないで川を越えている方もあるわけです。
大本教の出口王仁三郎聖師は、神一筋の少途川(しょうずがわ)を説いておられますが、これは今では非常に珍しいでしょう。神に仕えないと渡れません。
次に、体の具合が悪いのは「悪霊」などは、ほぼ無いと思ってください。ほぼと言うのは、希にはあるからです。
まず、お医者様に相談する。そのお医者様がどうにもならないと言われるまでは、医師に診て貰うことです。また、医師のみならず整体師さん、針・マッサージ師・指圧師さんで良くなる場合もあるのです。西洋医学で治らなかった方が、東洋医学で治った事例はいくらでもあります。西洋医学では、目には見えない「ツボ」はレントゲン写真には写りませんから。弘法大師さんのお灸は「ツボ」にするのです。
昔の行者さんとか霊能者と呼ばれる方の中には、病気治しでも本当に凄い方がおられました。医師が見放した患者さんを治すです。しかし、今はそうした行者に成る辛い修業を積んでおられない方が大半で、どこにそうした方が居るのか探すのが困難でしょう。
某有名霊能宗教家が癌を治すで何百万円もの大金を受けながら治らなかったで、裁判になっている事例もあります。つまり、神頼みと言ってもそうした事件も起きます。本物の行者は金では動かれません。やはり気持ちです。
神仏に病気治しの願掛けは、本人に神仏にすがる熱意が無いと、神仏の世界も簡単に聞いては貰えません。困った時だけの神頼みは難しいのです。
人間誰しもそうですが、普段のお付き合いがあってこそ、無理な話も聞いて貰えるものなのです。

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