数霊と呼ばれるものがあります。私達が普段使っている1.2.3・・・・・こうした数字が霊だと言うことです。皆さんは、占いとかで誕生日とか姓名判断占いなどで数霊の判断がされていることは解っておられると思います。しかし、数が霊としての働きを持っていることに対しては、あまり理解されていないようです。
大本教神典の記憶を思いだしての話なので文面通りではないのですが、「神も時節にはかなわない。おいでおいでをしなくても、時節を待っていたならば、やがて時節が参り来て花が咲く」。そんな感じの神諭があったかと記憶しています。
これは一見すると、節分の炒り豆にも花が咲くで節分の時の様に受け止めてしまうかも知れません。どうも、そういう意味ではないようです。宇宙を支配している数霊の存在を意味するようです。この数霊の働きには神と言えども敵わないなのです。
大本教神典に不思議な内容が存在しています。主(国常立尊)の神は35万年前に御引退です。何の意味だろうと思っていました。ところが、神の時計を見せられて。?と計算したら35万年となりました。そうか、そういう意味だったのかと気付いたしだいです。そして、それがモーゼやイエスや大本教出口王仁三郎聖師の演技につながっていったわけです。
私達はこの世では「時」に支配されています。一般的に霊界では時間の感覚が無いと言われています。で、霊界に時は無いのかとなりますが、時の流れがこの世とはまるで違うと「神の時計」で気がつきました。
魂の世界から見ると、この世の私達の時間は一瞬の時だと神が言われる意味です。私が子供の時に臨まれた声は、この世の人の一生とは、魂の世界からみれは修学旅行に行っている様な僅かな時間に過ぎない。その僅かな時において、刹那心に溺れて自分の魂を腐らせたり潰してはいけないと教えられた意味です。
我々が使う時とは三次元世界を支配しているのです。年、月、日。そこにはあるのは「数霊」の論理なのです。
占いではカバラの数秘術が知られていますが、789という数字がありますと、この789は7+8+9=24。さらに2+4=6となり、6が基数になります。
13579という数字ですと、1+3+5+7+9=25。2+5=7となり、7が基数になります。
すなわち、基数は1~9までしか存在しないのです。10は1+0で基数は1です。いくら1000000の様に0を並べても基数は1です。つまり、見かけの大きさではないということです。
私は最初、九つの並びが示された時、よく解りませんでした。この基数は縦(火)に9つ。横(水)に9つが働きます。大本教神諭では九二とこたちとなるのです。私がブログでずっと示して来ました「九つ花」です。九の数理盤とも言います。それを元として展開すると、如何なる膨大な数値も出来上がるのです。それは宇宙に何京と呼ばれる天文学数の星があろうと、基数の展開にしか過ぎないのです。
そして、その数に霊が作用します。それは宇宙の法で有り、神と呼ばれる存在をしても如何ともしがたいものがあるのです。数霊は私達の様な心の意識体ではないからです。法則なのです。
私がサラリーマン当時のことですが、私が仕事で乗っていた大型特殊車が更新されました。一台数千万円もする高価な車です。その新車を私が運転すると、車がふらつくのです。横に乗っている人が、車がふらついているぞ。そこでその人と運転を代わると、その人の運転だと車がふらつかないのです。ふらつかないということは車の異常ではないのですが、私がハンドルを持つと何故か車がふらつくのです。
これはどういうことかと、修業のお世話をしていただいている豊受様の神社に行って、師匠にお伺いをしていただくと、豊受様は五八じゃと言われます。五八?。すると師匠が、その車のナンバーをよくみなさい。五八になっているでしょう。と言われます。
見ると、や88の17-53です。「や」は「8」です。特殊車両で88が来て、17で「8」です。53で「8」です。すなわち、「8」の数字を意味するものが5個並んでいると言われます。なるほどです。
師匠が言われます。豊受様は、とても縁起のよい数字の並びなれども、あなたは体は普通の人と違っていて、数霊の影響をモロに受けてしまわれるそうです。その並びには、とても強い数霊が働くのですと言われます。それで運転している車がふらつくそうです。お守りを出しますので、車にお守りをつけて下さいと言われます。それで、車にお守りをつけると、その症状がピタリと治まりました。
そう言えば、新車で納品された自家用車のナンバーを見た時、この車のナンバーは厭だなと思っていると、駐車中で無人でしたが2回も新しい車なのにぶつけられてしまいました。この車は自分との相性が悪いと半年も経たないで車を替えたことがあります。その車を中古車で買われた方は事故車であったが、まだ新しい車を安く買えた。何の事故もなく喜んでおられましたと自動車屋に聞きました。私が数霊の影響をモロに受ける体質だったからです。数霊の影響を受けにくい人だと関係が無いわけです。
日本語では数字に「ひふみよいむなやこと」等と当てます。これは数霊の働きと言霊の働きを重ねたものなのです。だが、4には「し」を当てたり、9には「く」を言い、2には「に」を当てるように、必ずしも「ひふみ」を当てるわけではありません。数霊の働きが先にあるということになります。
霊界に置いて「数霊」の働きがあるわけです。カバラと呼ばれるものは、ヘブライ語で22文字なので、その22の文字が宇宙の原理を語っていると思ったわけです。ところが数霊は「八十一」個存在しており、ユダヤのヘブライ語では真理が説けないことにもなるのです。日本語が神の言葉だと言われる理由は、言霊の数が世界で最多だからです。
大本教霊界物語が全81巻83冊という変な組み方をしているのは、「81」の数理が霊界を語っていると教える為のものなのでしょう。
仏教における曼荼羅もそれが基本で有り、そうした曼荼羅では太陽と月を従えて描かれています。それが「月日」を従えているわけです。
これから私達の上に来ることは、宇宙の何等かの「数理」の働きが生じて来ることだと考えないといけないわけです。
さて、私達の運命は生年月日だけで支配されるものではありません。それならば同じ日に産まれた人は同じ運命かと言えば違います。同じ名前の同姓同名の人があったりしますが、同じ運命ではありません。産まれた日の作用もあれば、名前が持つ作用もありますし、住んで居る土地に関わること、どこかに行く方位とか、諸々のものが運命に作用して来ます。つまり、宇宙は言霊だけで動いているのではないのです。
そうした時、その危険を早く察知して、教えてくれる存在を守護神と呼んでいます。言葉の通り、守り護衛してくれる存在です。正守護神、本守護神は貴方がた一人一人の魂の本体で有り、魂の親神のことです。また、自己が信仰することによって助けて下さる御神霊も有ると言うことなのです。自力は自己の正守護神・本守護神につながる道で有り、他力はそうでない存在に救いを求めていることなのです。
スピリチュアルで神は愛ですと説いている人達が多数おられます。別に愛の教えを否定する必要はありませんが、数理に愛の教えは関係がないのです。数理の仕組みに有るのは、その人にどれだけ身禄(369)があるかなのです。身禄は神から与えられるものではなくて、自分が造り出すのです。

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