人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

火水(カミ)を知りて、天使の羽を卒業する「翡翠」

私は修業時代、私の前に現れた天使姿の者に対して、私の口は「その羽をもぎ取ってやろうか」とコトバを発してしまいました。しかし、それは私の口から出たコトバであっても、私の意志から出たものではありませんでした。私の体内から湧き上がったコトバだったのです。私の中に存在する神が発したコトバなのです。言うならば内在神の声です。
私はその日まで、自己の内在神とは「口に出しては語らぬ神」と思っていました。その存在は、私の前に現れて私に友よと言う〇〇〇も叱りました。そうか、〇〇〇も間違えたのだ。その後、〇〇〇は私にスイスの十字架の光景を見せてくれました。それで私は○○○が瑞霊であったことを知りました。
当然、私も叱られました。「何時まで神の嘘が見抜けないのか」です。そうか!。御神霊と呼ばれる方達のコトバも頭から信じてはいけないのだ。嘘が入っている。「道理」を大切にしなければならないのだと。私は、それを切っ掛けとして「言霊」と呼ばれる世界に身を転じたのです。そして私はコトバに神を見たと言えるでしょう。
しかし、現実の神霊界は群雄割拠の有様で、諸々の神達が自分の思惑で動いておらるとしか感じられません。統一が取れずにバラバラの有様です。だが、コトバによって、私は創造神と呼ばれる神の存在を確信したのです。ですから、私が発信しているのは、〇〇の神様のお告げとか、神示等ではありません。どこまでもコトバの仕組みに、創造神の存在を確信するということです。

私は自分では自分は霊媒ではないと思っています。何故ならば、霊能者とかヒーラーと呼ばれている方達が出す力を何一つ持っていないからです。が、自分の体内で霊の浄化をしたりしていますので、霊媒質だとは解ってはいます。長い間の修業で、浄霊で自分が負けなくなって来ているとも解ります。
しかし、霊能者と呼ばれる方やサイキッカーと称される方達の中には、あなたは立派な霊能力者ですよと言われてしまうことがあります。確かに、常時ではありませんが、神通力者と称している方達から見ると「光」の存在も私には人の姿として見えて来たりしますので、霊能者では無いとは言えないのかも知れません。

私は自分の体内から内在神(直霊)と思われる存在が発した天使の羽をもぎ取ってやろうかの意味を考察してみました。
火水(カミ)は、造化三神の陰陽である火(厳霊)と水(瑞霊)の働きを指しています。

私の元にメールである質問が来ました。それは、日月神示にトドメの(ウシトラ)金神が、人民に成り代わって天の大神様にお詫びするという内容があります。すると、ウシトラ金神国常立尊様より上位の神様が居られることになります。この神様はどなたなのですかの質問です。
確かに、大本教神典にも五六七大神の命をもちて、大国常立尊と豊雲野尊の陰陽の2神が宇宙の造化育成をされたとあります。この五六七大神をどう表現するかは、かなり難しいと思われます。天之御中主と呼称するのは、天地が開いてからの話しであって、天之御中主様を指したコトバではないとも思われます。

火の働きで語られる厳霊の玉の色は通常は「赤」で現されていますが、太陽を描く時には赤色とは限りません。日本の国旗は白地に赤くで太陽を赤色として表現していますが、太陽は黄色としても描きます。そちらが自然です。水の働きとして語られる瑞霊の玉の色は「青」で言われています。しかし、水の本来は無色透明です。
すると、火水(厳霊)で語る玉の色は、光の玉の色では無くて、コトバを意味していると考えないといけません。
下記の写真は光の玉ですが、玉に青色と黄色が見えています。光だと、色が別れています。



図式して見ましょう。作図の色がおかしいと言われる方もあるでしょうが、光の色では無くて、どこまでも「コトバ」の解説なので、そこはお許し下さい。



厳瑞大神とは、火水(ひすい)なので「翡翠(ひすい)」色となります。この翡翠の「翠」は「みどり」と呼びます。つまり「緑(翠)」色なのです。
私はこの三つの玉(赤玉・青玉・緑玉)を幻視(絵伝)で見せられた時、意味がよく解っていませんでした。で、翡翠の漢字を見ますと、「羽に非ず。羽を卒業です」。
この羽に非ずは、天使として現れる者が持っている羽に非ずなのです。ですから、私の体内から発した内在神らしき声は、天使の羽を持っている者に対して、羽をもぎとってやろうかと言われたのでしょう。
スピリチュアルで言う天使の羽を持って出て来る様な存在は、まだ羽を「卒」業出来ていない存在を意味するのです。

日本の神々で、西洋で言う天使の羽を持たれた方は存在するでしょうか?。どの御神霊も、天狗さん以外はそんな羽を持たれていません。ならば、日本で言う神々は西洋で言う天使より劣っている存在なのでしょうか?。
劣っている思っているのが、日本でスピリチュアルで何かと西洋の天使名を言う人達でしょう。で、本当の天人の羽はどんな羽(八根)なのでしょうか?。
それは「十里(トリ)」が持つ八根(羽)のことなのです。



この、大本教神諭では「九つ花」は、各縦の総和、各横の総和、各斜めの総和は369で「みろく」です。すなわち、厳瑞大神なのです。
火水は「ひみつ」とも呼ばせます。大本教から一輪の言霊の火水(ひみつ)と出されたので、皆、秘密探しにやっきになったわけです。秘密の秘にも密にもある「必」は必ずです。秘は隠しましたとか、外から見えないです。密も人に解らぬ様に隠してあるです。隠れているそのものが「火水」なのです。良心神とは、魂の核に秘められて表には出てこない存在です。

西洋では神はゴッド(God)と呼ばれています。ならば、良心はゴッド(God)に近いグッド(Good)かと思うと、コンサイエンス(Conscience)となっています。しかし、これでは良心神が解りません。
西洋でも神ゴッド(God)の遠回し表現としてグッドネス(Goodness)があります。この場合は善良、有徳、優しさ、親切、寛大の意味です。明らかに良心神の働きです。だが、西洋では良心神が理解されずに愛(love)になってしまったのでしょう。

せっかく日本にいて、日本語で神が理解出来るようになっているにも関わらず、神はコトバを理解出来にくい英語表記のことばかり言っていれば、それでは良心神など理解出来ないでしょう。大本教神典に日本人には西洋人より一段と高いミタマを授けてあるとありますが、神のコトバである日本語を使える民族と言うことです。そうした時、これを選民思想と言うようでは、神の厳と瑞の関係がまるで解っていない者となります。

大本教霊界物語では、天法として、天使は鳥の様な羽(翼)を持ってはいけないと通達されたことに対して、まだ西洋では天則違反の羽を後生大事に持っている者達がいるということなのです。

日本神道では神の象徴として、三種の神器があります。一つは神鏡です。これは獣の姿になっているのかどうかを見る心境を写す「心鏡」のことです。私達は心眼でそれを見ることが可能となっているのです。一つは八岐大蛇から取り出した「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」ですが、これは業(カルマ)を取る天の雲上剣のことで、物質の剣ではありません。型が示されているだけです。その働きは私達の魂では良心神が司るのです。
残る一つは勾玉(まがたま)の首飾りですが、これは一番意味不明とされているものです。これは火水(翡翠)を意味しています。天使と呼ばれる段階の卒業です。


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