イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

らんま1/2:第12話『必殺シャンプー』感想ツイートまとめ

 さよなら、華国姑娘。
 中国からやってきたお騒がせ暴走娘を巡り、”らんま”の基本型がガッチリ固まっていく、令和らんま”一期”最終話である。

 

 つーわけでシャンプー一時帰国で幕となったが、煮えきらない結論をホールドしつづけ、魅力的なキャラクターがどんどん出てきて関係性がもつれていく、らんまワールドの基本が垣間見えるエピソードである

 後の大人気と超長期連載(に伴う構造披露)、この作品自体が”ラブコメ”のお手本となって数多の後続を生み出していく歩みを知っていると、あって当然に思える濃口のキャラがたくさん出てきて、騒々しく殴り合ったり恋の鞘当てをしたり、時折真心のある人間味を見せたり。
 多彩な事件が絶え間なく起こって、止まることなく動き続ける青春狂騒曲の心地よさは、この段階でかなり形になっていたのだなぁ…などと思わされるエピソードである。

 

 あかねの髪といっしょに、しっとり落ち着いた情感を深く掘り下げ、リアリティのある思春期を苦み交えて刻み込んでいく落ち着いた方向性から、拳法と怪しき中国つう創作的ブラックボックスを最大限活用し、魅力的なカオスをハイテンションかつ矢継ぎ早に叩きつける、BPMの早い作劇へと舵を切った決断。
 それを、”らんま”の始まりから順を追って丁寧に、「このペースでやってたら、完結まで何年かかるんだ…」と思うほどじっくり追いかける令和のアニメ化は良く教える。

 登場当初は異国の言葉を喋り、愛と死しかスイッチがないチャーミングなバトルサイボーグだったシャンプーも、カタコト日本語を習得し東風先生のところに居候し、急激に人間としての立体感を得ていく。
 それは明るく楽しい狂騒の少し奥、心からの涙を流して「別了」を告げる体温を、物語の便利な装置に宿してキャラクターにしていく操作でもある。
 シャンプーという異分子を投げ込むことであかねの嫉妬…許嫁を譲れないというエゴは刺激され、悪友でありライバルでもある良牙と乱馬の関係性は深堀りされ、賑やかで心地よい「いつものらんま」の奥にある、泣いたり苦しんだりする魂の温度が、青春格闘ラブコメを支える柱としてしっかり立つ。

 ラブコメ記号論(このジャンルコード自体、金字塔であるこの作品自体が手書きで作り上げたからこそ、後に色んな作品が活用する”定番”が成立しているという自己言及の難しさもあるけど)を適切に活用/製造しつつ、それだけで終わらないシリアスな涙と後悔を、一滴ポップな狂騒に混ぜることで、らんまは傑作たり得ているのだろう。
 そこら辺の配合率と手触りを、一期最終話に確認できるエピソードで、なかなか面白かった。
 やっぱ自分の中に深く根ざしている作品なので、作品を分析することでその何処が気に入っているのか、らんまを通じた自己分析みたいな筆致になっちゃうな…(多分、悪いことではない)

 

 

 

 

 

 

画像は”らんま1/2”第12話より引用

 というわけで少しコミュニケーション性能と人間味が上がったシャンプーは、記憶をぶっ飛ばすエキセントリックな洗髪拳法を駆使してあかねの記憶を奪い、コミカルな大騒動をしっかり引き起こす。
 思わず乱馬くんも泥にまみれて本気になる、命の取り合いのシリアスな空気はキレイにふっとばされ、ちゃかちゃか可愛い安全な”あかねの死”を起爆剤に、若人たちはワイワイガヤガヤ、賑やかで暴力的な青春を存分に楽しむ。
 この参加人数が多く、複雑に感情と関係が絡み合う野放図(に見えて適切に制御された)な混沌こそが、やはり”らんま”の魅力であろう。

 答えは見えているのにすれ違いを続ける、甘酸っぱく不安定な(しかし見ていて安心もできる)ラブコメを成立させるために、暴き描かなければいけないあかねから乱馬への感情は、消されてなお消えないからこそ強調される。
 お互い思い合っているのに素直になれない、感情の発露がどうしても暴力を伴う荒々しい未熟は、殴り合いに青春を賭ける少年拳士達の物語にふさわしく、力強くて面白い。
 思わず乱馬をぶん殴るあかねの拳も、失われた記憶を治してやりたいのにぐじぐじ乱雑な乱馬の手のひらも、優しさの使い方を全然解っていなくて、だからこそ可愛い。
 それを見つけてしまえば、成長しないことで成立するネバーランドは終わりなのだ。

 

 乱馬たちがこの後すっげー長く足踏みすることになる、行ったり来たり迷ったりな関係性と自己。
 その保留がイライラさせられるよりワクワク楽しくて、彼らの未熟な衝突が破天荒かつ面白いモノだということを、ハチャメチャでアップテンポなド付き合いは良く教えてくれる。
 ここで示した賑やかで破壊的な関係性は、”らんま”の基礎を形作る大事な音符なわけだが、そこには妙にしみじみしたいい感じの距離感も同居している。
 四角関係が大暴れする今回、恋敵であるはずの良牙と乱馬がどれだけ気のおけない関係なのか、示すシーンが随所に埋め込まれているのは興味深い。

 復讐心に駈られて、周りの被害も見えずに襲いかかってきてた登場当初より、良牙くんは落ち着きとあかねへの恋心を強くしている。
 すっかり天堂家にも馴染み、乱馬と対面しても殴り合う以外の選択肢を選べるようになっている彼は、同時にあかねを取り合う恋のライバルでもあり、それにも関わらず乱馬と一番親密にコミュニケーションする、いい感じの悪友でもある。
 あかねに全く相手にされていない独り相撲加減を見ていると、ぶん殴るべき相手が一番自分と向き合ってくれるという、魅力的な矛盾が良牙くんを取り巻いていることが、より鮮明にもなってくる。
 このコミュニケーションのねじれは、あかねが大事だからこそすれ違う、乱馬くんにとっても同じだったりする。(好きだからこそ、あかね相手には良牙くんと自分を繋げるような素直さは、乱馬から極めて遠い)
 そらー”良らん”も一大ジャンルになるわなぁ…。

 

 

 

 

 

 

画像は”らんま1/2”第12話より引用

 僕は令和らんまを、主人公が地面に足をつけない(つけられない)アニメとして見ているわけだが。
 今回も乱馬くんはぴょんぴょん高いところを飛び回り、軽妙でエキゾチックな自分らしさを取り戻して、ワイワイガヤガヤ楽しく飛び回る。

 あかねの無事を確認し、良牙くんから話を聞いて現状打破の契機を掴めそうだとなった時、乱馬の足が地面から離れ、超人的に軽やかな飛翔を見せるのは印象的だった。
 そういう”らんまらしさ”を取り戻して、物語は格闘ラブコメへと帰還していく。  それは逆説的に、前回乱馬くんに泥臭く地べたを走らせた”あかねの死”がどれだけシリアスで、致命的かつ決定的に物語を変質(その結果としての終焉)させうるかを、すでに語ってもいるわけだが。

 

 ともあれまだ軽薄かつ軽妙でいて良い長期連載の始まり、乱馬くんは素っ裸の良牙くん相手に高いところを取り、シャンプーと屋根の上の追いかけっこに興じる。
 彼らはハイテンションにうわっついた”らんまらしさ”に順応できる存在で、超人的な身のこなしで軽やかに、高いところを飛ぶ。
 しかしあかねは許嫁の小脇に抱えられ、どんくさく騒ぎ立てながら、らんま的飛翔について行けない。
 そこは彼女の生息域ではないのだ。

 乱馬くんが身を置く軽やかな高みと、あかねが足を付けている常識的な現実。
 この釣り合いが取れて、お互いの気持や呼吸が重なってしまえば、すでに両思いなラブコメは結末へとたどり着き、彼らの青春は終わってしまう。
 永遠にすれ違うことを約束された二人は、まだまだお互いの領分に安住しきらず、己の本心に素直になる強さにたどり着くことも出来ない。
 それは永遠に続く日常の中で、成長と真心の萌芽をしっかり見せつつ、しかしそれが開花することは許されずに狂騒が続いていく、『日常ラブコメ』という檻の必然なのだろう。
 (ここら辺、”うる星”から変質しつつ継承されている味で、個人的には興味深い)

 

 あかねが乱馬の領域に飛び上がった時、馴染めずバタバタもがく仕草は、そこにこそすれ違いラブコメが成立する核があることを可視化する。
 自分の領域で軽やかに戯れられる特権を、一見シャンプーが有しているように見えながら、本命でないからこそ素直にコミュニケーションでき、残酷な真実も戯けた仕草で突きつけられる、無邪気な凶暴さもそこにはある。
 こんがらがった因果の糸を、大上段から断ち切るように「俺は女だ!」という嘘を突きつけた結果、シャンプーは初めて人間らしい涙を流すわけだが。
 あかねが相手だったら、乱馬はそんな粗雑な解決に飛びついてはいないだろう。

 大事だから傷つけたくない、守りたいから遠ざけすれ違う。
 空中と地面、生息域の違う二人の思春期が、それでも確かに繋がっている様子を、トンチキ洗髪が奪った記憶…の再生は語るわけだが、そこには必ず存在したときから選ばれない宿命を背負わされた存在の悲しさがある。
 フツーに喋ってフツーに繋がれる素直さは、本気じゃない証明になってしまう捻れた構造のなかで、シャンプーは(あかねと違って)乱馬の隣を、軽やかに舞う。
 すでにこの青春が駆け抜けた先を知っている身としては、可憐で可愛らしいその仕草に微かな寂しさを見てしまうわけだが…それはまぁ、先見と感傷がすぎる態度だろう。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”らんま1/2”第12話より引用

 記憶を奪われても、運命の恋人たちの絆は真実あるべき形を自発的に取り戻していき、あかねは彼女のために不器用に必死になるらんまを、背に庇い殴りつけ、言葉の刃で傷つけられて自分を取り戻す。
 他人を害する暴力こそが、一番ダイレクトなコミュニケーションとなってしまう転倒を作品の基礎に置く”格闘ラブコメ”にふさわしく、あかねの記憶を呼び覚ますのは愛の告白ではなく、素直になれない許嫁の口撃だ。
 そこで傷つくばっかりでなく、殴り飛ばし返す力強さがあるから、この荒っぽいコミュニケーションを笑ってみてられるんだろうなぁ…。

 トンチキ洗髪拳法から始まり、ドッタンバッタンな青春の大騒ぎを俯瞰で見ている立場からすると、あかねのために必死に走る乱馬くんはちょい、熱が入りすぎているようにも思える。
 しかし彼の一人称からすれば、あかねの中の自分が消えてしまった一大事ではあり、生身で海を渡る困難も当たり前に受け入れ、空回り気味に全力疾走する誠実さを、改めて示すエピソードでもある。
 このあかね真っしぐらな献身こそが、乱馬くんを彼女に選ばれるべき主役にしているわけで、不格好ながら必死に何かをしてくれる男の子を見て、記憶が戻っていくのも納得だなー…って感じ。

 対等に殴り合える関係性に見えて、ナイトたる乱馬がお姫様たるあかねを守る保守的なロマンスが、二人の根本にはある。
 気づけばメイン戦場から遠ざけられていた格闘ペアスケートに引き続き、乱馬くんはあかねちゃんに迫る危機を体を張って遠ざける。
 一度は”あかねの死”に間に合わなかった無様な男が、必死こいて彼女を守ろうとあがいた結果二度目の防衛を許される構図でもあって、乱馬くんの純情奮戦記として見ごたえのあるエピソードだな…。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”らんま1/2”第12話より引用

 そしてシャンプーや良牙も、そのためのダシにされて終わるわけではなく、彼ら特有の可愛げや面白さ、良い立ち位置を用意されていることが、コクのある読後感にも繋がってくる。
 「自分の本性は女である」という嘘で、拗れた関係性を寸断しようとした乱馬くんへの一撃は、複雑さのない愛憎バトルサイボーグだったはずのシャンプーに心からの涙を流させ、永訣の言葉を引き出す。
 ここで乱馬の内心の複雑さ、泣かせてしまった後ろめたさと、湿り気ある可憐へのもったいなさを共有するのは、やっぱり良牙くんである。

 ぶっ飛んだ勢いの良さも、迷わず殺しに来るヤバさも、厄介だけど嫌いにはなれなかった。
 それでも自分が選んだ嘘が、なんだかんだ”人間”だったあの子を傷つけ、泣かせ、別れさせた。
 拳法少年たちが味わう、人生の妙味は少し苦い。

 

 この複雑さに隣り会えるポジションって、つまりは”親友”なんだけども、良牙くんは自分がそこに立ってること…殴り飛ばすべき仇であり恋敵でもある相手と、そういう繋がりを得てしまっていることを認めない。
 つうか自覚がない。

 この、スゲー眩しく輝いているものの意味に全く無自覚なまま、お互い形だけの大事さに縛られず、時に本気で殴り合い傷つけあえる平らかな距離感で繋がれた二人って、今見るとあんまりにも美味しいな…。
 ”ラブコメ”を看板に貼りつつ、同性間の関係性にも手を抜かずすんげぇモンを作り上げているところが、傑作の傑作たる所以なのだろう。

 

 あと圧倒的可憐さで殴りかかってくるシャンプーの描線が、彼女をブレーキのぶっ壊れたカタコト恋愛サイボーグだと、”人間”として見てなかった自分を突き刺しても来て、大変良かった。
 この後ろめたさは、半笑いで都合のいい決着を叩きつけたらシャンプー泣かせちゃった、乱馬くんの痛みと視聴者をシンクロさせるものだと思う。
 日常離れした格闘ラブコメだろうと、その物語を生きているキャラクターにとってはリアルな人生であって、そこで傷つき恋をする心は、僕らと変わるものじゃない。
 記号論を飛び越えた心音を、別れの涙とともに叩きつけることで、”らんま”という作品がまた一つ、境界線を越えてきた手応えがあった。

 罪悪感を生み出す、新たな真実の発見こそが人間を物語に前のめりにさせるのであれば、乱馬くんと一緒にシャンプーが”涙を流す人間”なのだと突きつけられることで、僕らはもっと”らんま”に夢中になっていく。
 極めて記号的で極端なキャラクター性を、言葉や居場所などの描写を交えて静かに”人間的”に変化させた上で、シャレじゃすまない重たさで傷つけられた涙でもって、真実を暴く。
 どっか遠い世界のハチャメチャだと思い込んで、気楽に”らんま”を消費しようとしていた読者に、心地よい足払いを食らわせる。
 その手際があまりに鮮やかで、「やっぱつえーな古典的名作…」と思う回でした。
 このエピソードが一期最終話で、めっちゃ良かったわ。

 

 

 

 というわけで、令和らんまファーストシーズンが無事終わりました。
 4クールの長く…しかしあまりにも短い枠のなかで、どうにか”うる星”を描き切り終わらせようとする令和版の仕上がりが大変良かったので、声優変更ナシで原作通りの尺な令和らんまが、どういう覚悟で”今”に挑むのか…正直不安な部分もあった。
 「ノスタルジーという麻酔に浸らせて、特定層にだけ気持ちいいリメイクだったらちょっとなぁ…」と思っていたわけですが、80'sリバイバルの最先端を疾走るヴィジュアルの強さ、原作の良さを再解釈し新たに削り出された鮮烈なキャラクターとドラマが、その不安をぶっ飛ばしてくれました。

 すでに”らんま”の結末…そこに至るまでの長い長い道のりを知っている立場から、実はかなり”らんま”っぽくない序盤を見守り、一個一個のエピソードが”らんま”らしさを掴み取っていくダイナミズムを、改めて体験する面白さもあった。
 「傑作が傑作足り得るには、当然そうなるべき理由があるのだ」という当たり前を、毎回工夫をこらした魅せ方で思い出させてくれる作品、とてもありがたかったです。
 良いリメイクに出会うといつも、「俺はこのお話しが、こんなに好きだったんだなぁ…」という気持ちになるわけですが、しっかりそういう自分の中の宝物を取り戻させてくれる再アニメ化で、とても素晴らしかった。

 アニメファンとしては、乱馬くんが軽妙かつ軽薄に空を舞う、軽功に長けた武術家であることが、地面に足をつけて常識の中で生きてるあかねとの生息域の違いに繋がっているのだという、新たな見方にたどり着けたのが面白かったです。
 この根本的な生き方のすれ違いこそが、永遠に終わらない青春、決着のつかないラブコメを成立させる大事なエンジンなわけですが、それを心地よく揺らす複雑怪奇な恋模様の基本形も、シャンプー参戦でしっかり形作られた。

 やがて来るセカンドシーズンが、今回掴み取られた”らんま”らしさをどう加速させ、強化し、あるいは迷走させていくのか。
 再び見れる日を、心から楽しみにしています!