東方の記事を書いたらアンチコメも来たので、体当たりで治安調査してみた
罪悪感があるのであった。前回の記事のことである。
↑の記事はタイトルのとおり、現在30代で元東方オタクのわたしが「東方界隈にはもう若年層が大量定着している」という噂の真相を確かめるため、博麗神社例大祭へ実際に赴いたルポだ。
たくさんの方々に読んでいただけ、また、非常にあたたかいお声を両手いっぱいにも抱えきれないほどもらってしまった。
もちろんそれ自体はとても幸せなことなのだが、同時に、わたしには後悔があった。
それは、東方界隈の、あまりにも光の側面だけ取り上げてしまったのではないかということだ。
あの日、事実としてとてもまぶしい光を感じ、さわやかな未来を見た。
とはいえ、どんな界隈にも闇というか底はある。現在の東方界隈とて当然、あれだけ大きなコミュニティゆえいろいろ荒れている部分があってもおかしくないはずで、前回の記事はちょっとお綺麗すぎたか……? という疑問がぬぐえない。
界隈のネガキャンがしたいわけではない。ただ、きれいなところだけを取り上げ過ぎるのも現実とのギャップを生ませてよくないという話だ。
きれいだが、それはそれとして危険地帯もあるよ、という注意喚起は必要じゃないか?
なんて悩みながら「でもあったけえ引用コメ、リプライしかないのはほんとにすごいよなあ」とXの通知を眺める。
わたしの考え過ぎだろうか、かつてのサツバツとしていた界隈のイメージをまだ引きずっているだけか。
平和なら平和でいいじゃないか、それならそれで……。
と思っていたわたしの指が止まる。
あった!
あったぞアンチコメ! 思わずいろめき立ってしまう。
内容としては直球の表現で、普通に悪質である。一般的にはちゃんと人を落ち込ませるようなひどい内容だった。
商業作家でもある、つまり事業主であるわたしに対してこれを書き込むのは、法律的な観点から見ると、どうだろう、法廷オフの際の金額が上がる可能性がなくもなさそう。わからんが。
まあそういうのはいい。とにかく悪質なアンチコメが来たのである。
わたしは、アンチコメ民とのレスバを暇なときのライフワークのひとつとしている。
以前には、”アンチコメを打たれた上でブロックされてしまったので、わざわざ自分の別アカを使って話しかけにいってレスバを楽しみ、最終的に「コミケにあなたの本を買いに行きます!」と応援してもらえるくらい仲良くなった”ということもあった。すばらしいインターネット。
なので今回もぜひ一戦と思ったが、ピタリと止まる。
せっかく、誰かをバカにしたわけでもない記事を上げただけのわたしに石をぶん投げてくるような人が現れたのだ。
これは追加調査のチャンスなのではないか?
調査手法:新開発の特殊コミュニケーション
行いたいのは水質調査。このコメントを打ってきたユーザーの住む場所が、どれぐらい濁っているかが知りたい。
それをもって、ざっくり界隈の治安が悪そうな場所の状態を推し量るのだ。
ただ、明確にしておきたいのは、この記事は決して彼、そして彼らの晒し上げを目的としたものではないことだ。
モラルとしてもそうだが個人的感情としても、詳しくは後述するが、わたしは彼らが普通に好きなのである。
なので、彼らの特定につながるような情報(ユーザー名や具体的なツイートはもちろん、中傷コメントに出てくる特徴的な単語など)は一切出さない。
また、彼らがリプや引用を書きこんできた、わたし側のいくつかのポストもすでに削除済みである。
これにはもちろん、前回のnote記事の投稿を紹介したポストも含まれる。ありがたいことにそれなりに話題になり、引用・リプには暖かい励ましの声から最近の東方界隈事情までたくさん集まった、非常に意義のあるポストとなっていたので、とても残念ではある。
とはいえ、やはりそのあたりから探ろうと思えば彼らに行き着けてしまうので、すべて消去している。
さて具体的な調査だが、今回は彼らへの直接なリプや引用コメ打ちといった、通常のレスバ手法は使えない。
上記周りの理由もあるが、どちらかというとこれは、わたし自身のフォロワーさんにご迷惑をおかけしないためだ。
ありがたいことにわたしのアカウントはそれなりにフォロワーさんがいらっしゃるので、わたしがレスバを始めると援護射撃やなんやらで場外乱闘が始まってしまう可能性がある。
それもそれでコミュニケーションだよなと思っている(とはいえ今のところ起きたことはない)のだけど、こと今回に限っていえば、「ごめん、これ裏の目的があったんです」という梯子外しが最終的に起きてしまう。これはよくない。
なので、直リプや引用RTといった、向こうの具体的な情報がわたしのTLに載る手法は採れなかった。
しかし、DMもあまりいい手と言えないだろう。相手の界隈のことが知りたいので、クローズドな場所への誘導はどうなのかなという懸念がある。
じゃあどうするか?
「相手に通知が行き、かつ、自分のTLには情報が載らないDM以外の手法」、そんなのあると思いますか?
ある。それは、公開リスト追加である。
公開リストに誰かを追加すると、その相手には追加された旨と公開リストの名前が通知されるのだ。
話は単純で、「相手からのアンチコメに対するアンサーソングを公開リストの名前にし、件のアンチコメを送ってきたユーザー(以下、アンチコメ主と呼ぶ)をリストに追加する」だけである。
そうするとあら不思議、奥ゆかしい間接方式レスバトルが可能になるのだ。
相手に通知はちゃんと届くし、こちらのTLに情報は載らない。
この手法、実はわたしは以前から考えており、それ用のリストまでいくつかすでに作ってあったのだが、「理論はあるがいつ使うの???」というもっともな理由で長らく倉庫の奥に仕舞いこんでいた。加水分解でベタベタなグリップ。
今回こうして日の目を見させることができ、なにがあるかわからないものだなと思うばかりだ。いやもちろん、こんな手法すでに一般的となってる進んだ界隈もきっとあるのだろうけど。
アンチコメ民になんでわざわざこんなことをとお思いの方々もいらっしゃるかもしれない。
が、これは彼らに対するわたしなりのリスペクトである。仁なく智に欠け義の遠くとも、信と礼だけは持ちたいのだった。
調査開始:ポジションを得るためのアンチコメ
さて、アンチコメ主へ実際にリスト追加を試してみると反応はすぐに返ってきた。
なんなら体感10秒くらいだ。
反応の内容としては冷笑系。「こういうのに反応しちゃって恥ずかしくないんすかw」みたいなよくある感じで、新鮮味に欠けているのが残念ではある。
このアンチコメ主は、ちょっとしたフォロワー数のある人らしかった。
わたしへの対応を見るところ、彼(あるいは彼女)の手法は以下のようなものである。
①目についたバズっているものへ、引用等でアンチコメを飛ばす
②相手が反応したら、すかさずスクショ
③「こんなのに反応しちゃうんすねw」的なコメントを付記し、自分のTLへ流す
④フォロワーさんたちとそれを肴にワイワイ楽しみ、何人かに追撃させる
眉を顰める方もいらっしゃるだろうが、実際、とてもよく見る戦型と言える。
レスバは論理構成力やワードセンスが問われがちだが、一方でこの手法は性格さえ悪ければ誰でもお気軽にできる。
そしてなにより、「みんなで馬鹿にできる対象を外から持ってきてくれる人」というポジションを得られるので、承認欲求が稼げるのだ。
このアンチコメ主のフォロワー数はおそらく、そのようにして出来上がったんだろうことが推察される。
インターネッツの治安の悪いところをウォッチしている皆さんは、「〇〇みたいなやつのことか」と具体的なアカウント名も思い浮かぶことだろう。
ただ、ごく個人的な所感としては、このアンチコメ主にアンチコメ対象(今回であればわたし)への強い意志はあまり感じなかった。なぜなら付記されているコメントは、表現こそ強いが個性がないのである。
彼(あるいは彼女)とのやり取りでは結局、驚くべきことに最後まで中傷の語彙が3つしか出てこなかった。どこかで見つけた借り物の武器をえっちらおっちら投げているみたいな印象である。使いこなされていない言葉に個性は宿らない。
正味、わたしのことをどうこう思っているわけではないんだろうなあというのは、透けて見えてしまった。彼(あるいは彼女)は、ただ身内に褒めてほしいのだろうと思う。
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読まなくても問題のない余談だが、このような界隈は相手から反応が返ってくると音速で「反撃するなんてひどい!」という被害者ポジションをよく取ってくる(もちろん、そのままズバリ言ってくることはまずない。「反撃するのはいいけどお前のやり方は〇〇だからだめだ!」のような、さまざまな言い訳でデコレーションして手渡してくれる)。
これをあなたは理不尽に思うだろうか?
わたしはそうは思わない。だってこれはつまり「自分たちなんて相手にしちゃうのは恥ずかしいことだぞ」という意識が、おどろくほど彼ら全員の中にきれいに通底していることを示しているからだ。
この補助線さえ引かれていれば理解は易い。つまり彼らはフォロワーが多い人、バズっている人、社会的立場がある人たちなどに対し、「強い人よ、自分たちの小石に動じないくらい強い人であってくれ」という願い、あるいは祈りをネット越しにささげているのである。人には縋るものが要るのだ。
ここに気付くとアンチコメ民世界への見る目は大きく変わる。表面的な言葉なんて些事で、本質的には祈りを捧げられているんだなと思うと、愛おしい気持ちが湧いてこないだろうか?
わたしがアンチコメ民とのレスバを趣味としている理由はここにある。
反応することで彼らの「別世界の人として強くあってくれ」という気持ちを裏切り、かつ、対話することで「同じ人間じゃないですか」という気持ちを伝えたいのだ。
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閑話休題。
いったん反応はあったが、もうすこしやりとりがしたい。
しかしここで、トラブルが発生する。トラブルというか、わたしのシンプルな見通しミスであった。
わたしはてっきり、公開リストの名前を変更したときにも、リスト内へのユーザーへ通知が行くものと思っていた。
しかしそれは勘違いで、通知は追加時のみらしい。これでは新しいメッセージを相手に送れない!
すぐに冷静になって「新しいリストを作り、そこに追加すればいいだけ」と気づいたが、その間に検討したほかの手法の方が魅力的に見えてしまった。
それは、自分のTLに相手の名前などは一切明かさない状態で「こんなことがあったんだよね」と記す、いわゆる空リプを書き込むことである。
(自分のフォロワーさんへのご迷惑も、まあ最小限で済むだろう……などと思っていたが、結果としてちょっとだけご迷惑はかけてしまった、申し訳ない)
なぜこちらの方がいいかというと、これはわたしの経験則だが、相手のスタイル的に空リプは大好物なはずなのだ。反応がよくなるだろうという計算があった。
なので、相手が好みそうな内容の空リプを3つほど書き込んで待ってみることにする(現在はもちろんすでにすべて削除済み)。
結果、どうなったか。
朝である。日曜日の、朝4時である。なお母の日だ。
わたしが昼頃に起きて通知欄をチェックしてみると、たしかにその時間にこちらへ対するさらなるアンサーがアンチコメ主から返ってきていた。
わたしが打ったのは空リプなので、相手はわざわざわたしのTLへ足繫く通い、書き込みがあったことにそんな時間に気付いて、せっせとわたしの書き込みのスクショを取って返信してきたことになる。
朝4時だ、日曜だ。日の登りかけ空気澄む、五月の朝だ。
そのまめまめしさに、わたしはほんとうに感激してしまった。煽りのように聞こえるかもしれないが、これは真実だ。
もう調査なんてほっぽりだして「友だちにならん? 秋の例大祭とかって来る?」と送りたい気持ちでいっぱいだった。
結局、都合2時間くらい悩みに悩んで、鋼鉄の意思で調査続行を選んだが、真実辛い決断だったことをよく覚えている。
相手が打ってきた言葉の形として悪意なんて措いておきたい、わたしはこういう人間味のある人間が割りにずいぶん好きなのである。
調査結果と結論:深海に棲むものへ、愛をこめて
さて、ここで今回の調査の根幹にかかわる、非常に大事な話を記しておきたい。
それは、相手のアンチコメへの返信として書いた、公開リストの名前はどんなものなのかということだ。
相手方のコミュニティがそれに反応してしまっているので、やはり彼らの特定を避けるためここにその具体的な名前は記さない。
だが明確に言っておきたいのは、それは極めに極めて趣味の悪いワードチョイスであるということだ。
というのも今回の調査のやり方は、実はこうなっている。
・アンチコメ主へ、彼(あるいは彼女)が初手にこちらへ打ってきたアンチコメよりも趣味の悪い言葉を返す
・それに対し、
A:より悪辣な言葉が返ってくる
B:その表現はちょっとよくないんじゃないかという怒りが返ってくる
どちらのパターンなのか観測する
・結果から、界隈の濁り具合を推定する
要するに、よくない言葉に「それはよくないだろ」とちゃんと怒る人たちなのかどうかを見るのだ。
本当に終わっている界隈は、Aのパターンで普通に返してくる。マジで返してくる。なぜなら終わっているからだ。
インターネッツ歴の長い人たちであれば、「まあ……そうね……」と苦い顔でうなずいてくれることと思う。
なお当然わたしとしても、初手に殴ってきたのは相手だからといって、またこちらの目的が調査だからといって、相手を侮辱あるいは誹謗中傷するつもりは一切ない。なので、実際そのような言葉は使っていない。
わたしが今回使った公開リストの名前は、相手を侮蔑・中傷する内容も意図も一切含まれていない、どこでも使える言葉だけで出来た励ましである。ただ、とにかく趣味がとても悪い。
前回の記事を読んでくれた人、あるいはわたしの作品を読んだことのある人、またわたしの素性をリアルで知っている人ならば、わたしが本来的にはぜったいに使わないであろう言葉だと感じてくれると思っている。それくらい最悪だ。
もっと穏当なものを使いたかったのはやまやまだが、そもそも相手が初手で送ってきた表現も強かったので、諸々の条件を満たしながら言葉としてのインパクトでそれを確実に上回るものは今回のワードになってしまった。
加えて複雑なのは、これは二段底になっていて、
・表面的に読み解くと「ちょっと洒落た言い回し」
・奥まで読むと「マジで不謹慎な言葉」
という構造になっている。
自分のTLに打った空リプの中でわたしはこのリストの名前にも言及しており、それを見てわたしのフォロワーさんたちの何名かが純粋に「ちょっと洒落た言い回し」だと思って褒めてくれたりした。
彼らに迷惑を掛けてしまったというのはこの点のことである。申し訳ない。(なおもちろん、この公開リストは現在削除済みだ)。
さて、アンチコメ主を含めた相手界隈の反応はどうか。
それは――
ふつうに怒った。
Bである。怒っている。
やっぱ心、あるじゃん! わたしはふつうにうれしかった。
というわけで長くなったが調査結果を発表したい。
「濁っちゃいるが終わってはいない」である。
アンチコメ主からは、それまで観測された3つの語彙から唯一外れた言葉で非難がきた。怒っているというか、ちょっと引いている空気をわたしは勝手に感じ取った。
いや、もちろん「相手の失言をただ突いている」という見方もできる。ただ、それは普通の場でのディベートなどで通用する価値観だ。
倫理の観点から相手の失言を突く行為は、当然じゃあどちらが清く正しいかを競い合う勝負にスライドしていくので、「一貫して冷笑し小馬鹿にし、まともに相手をしない」という露悪性の高い彼らの戦法とは食い合いが悪い。
なにより、「悪質なdisり言葉でいきなり見ず知らずの相手を殴る」「それを諫めない」というムーブを初手にしてしまっているのはアンチコメ主たちの方なので、その点からまず大きな弱みを抱えることになる。
なので、そのような状況をまともに把握できる程度の知性があれば、勝つための良い手段でないことは誰にでもわかるのだ。
なお、彼らの界隈すべての反応を見たわけでは別にない(そんなのはさすがに不可能だろうし)。なんならわたしに直接見える形で打たれたもののうち、わたしが存在に気づけたものしか確認していない。が、わたしとしてはそれで十分だった。
わたしの使った表現に対して熱い怒りを書き込むアンチコメ主フォロワーもいた。その姿からは、「普通にその表現はよくないぞお前」という気持ちがいちばん前にあるのを感じた。
とはいえ、もちろん彼らの民度を手放しに誉めるつもりはわたしとて一切ない。
わたしに説教をする件の人に対しても、ついさっき書いた話のとおり、「あなたほどの正義感にあふれた人が、どうして自分のお仲間が見ず知らずの人をあんな言葉でdisったときはスルーだったのか。こっちにだけ激熱お説教引用コメをぶち来むのはポジショントークではないか」という巨大な突っ込みどころがどうしてもあるからである。
つまり、自浄作用は効いてないのだ。濁りは取れない仕組みである。
終わってはいないが濁ってはいる、濁ってはいるが終わってはいない。やはりそんな結論が妥当だろうとわたしは思っている。
現在の東方界隈にも、そういう場所はあるにはあるのだ。
終わりに:
Xの、前回のわたしの記事についてのポストには300件を超える引用が来ていた。そのうち、明確なアンチコメは今回の1件だけである。ほかはすべて基本的に、暖かいものばかりであった。
鍵垢引用は内容が確認できないので、厳密には比率が300:1になるかどうかはわからないが、それを差し引いても昔のサツバツ感はすっかり見当たらない(あれはあれでよかったが)。
わたしのようなカムバック組と違い、ずっと東方界隈でジャンルを支え続けてきた人たちはきっとたくさんいる。この現状は、彼らの継続的で美しい努力あってのことだ。大きな尊敬と感謝の気持ちがある。
今回調査したアンチコメ主界隈がどれくらいの東方歴かは知らないが、彼らの中にも長く界隈を支えてきた人はいるだろう。口と素行の悪さには大いに問題があるが、その点に限っていえば彼らもリスペクトの対象である。
東方界隈が、これからも安定して発展し続けてくれればうれしい。
ここまで読んでくださった方ならわかってくださると思うのだが、何度か書いた通り、嫌味とかではなく、わたしは今回のアンチコメ主およびそのフォロワーたちのことがわりに好きである。会って話せば普通に仲良くなれると思う。
彼らは私に対して突然誹謗中傷してきたわけだが、現時点ではまあご愛嬌だと思っている。祈りだし。
とはいえやはり彼らの特定につながってしまうので、わたしから彼らへコンタクトを取ることは一切ない(もしあちらからなにか強めの祈りが飛んで来たら、またいろいろ考えてみようかなとは思うが)。
こんな調査は初めてするが、なかなか充実した時間であった。ご迷惑かけたフォロワーさんにだけは、ほんとすみませんの気持ち。また、いつもコメントありがとね。
なお当たり前だが、こんな相手を試すような手法は、もちろん通常は非推奨である。わたしは「アンチコメぶっ放してくるってことは"わたしは好きにした、お前も好きにしろ"の合図だな」と受け取って好き勝手やったが、一般のコミュニケーションでは避けた方がいいだろう。
わたしが今回やったことは構造として、相手方のアンチコメ主がやっていることと同じだと言える部分もある。相手方と違って晒上げにならないよう配慮しているし、そもそも先にいきなり殴られたからあくまでそれへのアンサーとしてやっているという事情の違いがあるので、いっしょくたにされるものではないと思っているが、趣味の悪さは同じだろう。
やってみた所感だが、ずいぶん精神的に疲弊してしまった。それはアンチコメ主たちのせいではなく、自分で使った言葉のせいだ。公開リストのあの言葉である。
あれを自分の言葉として振るい、一定期間自分のTLにも残し続けていたことがわたしの精神を疲れさせた。よくないです、ああいうのはほんとうに。
この記事が誰かに読まれるのかどうかはわからないが、しばらく流れの速いインターネッツから離れてゆっくりする予定なので、反応などは追えなくなります。祈りをくれてもいいけれど、気づいたときには今回のような調査対象にしたり、さすがにさすがなものがもし来たらわたしとて傷つくかもなので法廷オフ会の誘いだと判断する可能性もある。そのあたりはご了承ください。
最後に、やはり特定を避けるためにぼやかして違う表現で書くが、アンチコメ主のbio欄には「人間の観察が好き」的なことが記してある。
気が合うね、わたしもだよ。
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コメント
2アンチコメを具体的に提示しないのは決して相手を気遣っているからではなく、法に抵触するようなレベルのものではないことを知られたくないから、また、嬉々として特別支援学級のレッテルを用いて相手を揶揄していたツイートのスクショが耳目に触れることになるからですよね。
百歩譲って本当に調査だったとして、「ラップバトルひまわり学級」などという文言を用いることを一切正当化できるものではないでしょう。
感情的になって非倫理的な揶揄を行っておきながら、あれはただの試しだった、だから無罪なのだ!などという論法を平気で用いるのは、すなわち己の言葉に責任を負わないということで、言葉を生業にする作家という職業に相応しくないと言わざるを得ず、仕事が貰えないのもむべなるかなと言うところですね。
どういうアンチコメか具体的に示さず"普通に悪質"の言葉で済ませておいて持論つらつら述べることについてどうお考えでしょうか?
またあのリストについても"特別支援学級"と明らかに差別的な使用方法についてはどう考えていますか?
あなたが東方は"光もあれば闇もある"と語る前にまずは自分の立ち振る舞い方を見直してからこういうのを書くべきではないでしょうか?
世の中の言葉を借りるなら"人の振り見て我が振り直せ”ですね。