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mi0nn5ie6さんのご質問で、 以前「不若人有其宝」はお答えした覚えがあるんですが、 ご希望の回答内容と違うのですか? 補足ででもコメントいただければ回答書き直しますが・・。 【不若人有其宝/新序:節士第七】劉向 宋人有得玉者、献諸司城子罕、 子罕不受。 献玉者曰 「以示玉人、玉人以為宝故。敢献之」。 子罕曰 「我以不貪為宝、爾以玉為宝。 若与我者、皆喪宝也。不若人有其宝」。 故宋国之長者曰 「子罕非無宝也、所宝者異也。 今以百金与摶黍以示児子児子、 必取摶黍矣。 以和氏之壁与百金以示鄙人、 鄙人必取百金矣。 以和氏之壁与道徳之至言、 以示賢者賢者必取至言矣。 其知弥精、其取弥精。 其知弥粗、其取弥粗。 子罕之所宝者至矣」。 『書き下し文』 宋人に玉を得し者有り。 諸(これ)を司城の子罕(しかん)に献ずるも、 子罕は(玉を)受けず。 玉を献ずる者曰く 「以て玉人に示すに、玉人は以て宝と為す。 故に敢へて之を献ず」と。 子罕曰く 「我は貪らざるを以て玉とし、爾(なんじ)は玉を以て宝と為す。 若し我に(玉を)与ふれば皆宝を喪ふなり。 人ごとに其の宝を有するに若かず」と。 故に宋国の長者曰く 「子罕は宝無きに非ざるなり。 宝とする所の者が異なるなり。 今百金と摶黍(たんしょ・黍団子)とを以て児子(じし)に示さば、 児子は必ず摶黍を取らん。 和氏(かし)の璧(へき・玉)と百金とを以て、 以て鄙人(ひじん・田舎者)に示さば、鄙人は必ず百金を取らん。 和氏の璧と道徳の至言(しげん・真実の言葉)とを以て、 以て賢者に示さば、賢者は必ず至言を取らん。 其の知弥(いよいよ)精なれば、其の取るや弥精なり。 其の知弥(いよいよ)粗なれば、其の取るや弥粗なり。 子罕の宝とする所の者至れり」と。 『現代語訳』 宋の人で玉を得た者がいて、これを司城(役職名)である子罕に献じたが、 子罕は受け取らなかった。 玉を献じた者は、 「玉人(玉を鑑定する人)に示すと、玉人は(本物の)宝だとしています。 だから私は敢えて(無理をして・進んで)あなたに献じたのです」と言った。 子罕は、「私は貪らないということを玉とし、あなたは玉を宝としています。 若し私に玉を与えれば、皆が宝を喪うことになります。 (つまり,あなたは宝である玉を失い、私は貪らないという信念(玉)を失うからです。) 人ごとに其の宝とするものが有るのであって、 それ以上には及びません(それに越したことはありません)」と言った。 だから宋国の長者は、 「子罕は宝が無いのではありません。 宝とする所のものが異なるのです。 今,大金と黍団子を子供に示せば,子供は必ず黍団子を取るでしょう。 和氏の璧(宝玉とは判らない)と大金を田舎者に示せば、 田舎者は必ず大金を取るでしょう。 和氏の璧と道徳の至言を賢者に示せば、 賢者は必ず至言つまり真実の言葉を取るでしょう。 その知恵・知性が精緻(優れたもの)であれば、 その取るところはますます精緻となります。 その知恵・知性が粗雑(劣るもの)であれば、 その取るところもますます粗雑となります。 子罕が宝とする所のものは、 至ることは、最上のもの(真実の言葉)です」と言った。
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