上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害

上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害
ちょうど1年前の春、女性は上司からの性被害を訴えた。

大阪地方検察庁のトップを務めた元検事正が、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性検事に性的暴行を加えたとして逮捕・起訴された事件。

女性は、組織に大きな影響が出るのではないかと、声を上げるまでに6年かかった。

さらに苦しめられたのは、職場での“二次被害”だった。

「私は検事である前に1人の被害者」と訴える女性。

守られるべき被害者が、なぜ苦しみ続けなければならないのか。

尊敬していた上司からの被害

大阪地方検察庁で働く女性検事が被害にあったのは7年前の2018年9月。
北川健太郎被告(65)の大阪地検の検事正就任を祝う懇親会のあとのことだった。

被告は、女性が検事になりたてのときの上司。

「関西検察のエース」と呼ばれ、事件捜査や組織運営の能力が高く評価されていたほか、部下からの信頼も厚かったという。
2024年10月に始まった初公判。

検察の冒頭陳述によると、女性は、ふだんは仕事や育児に追われ、酒は少し飲む程度で、酒に強い方ではなかった。

この日は、飲酒の影響でろれつが回らなくなり、机に突っ伏してしまうほど酔ってしまったという。

その後、被告はタクシーに乗った女性を押し込むようにして半ば強引に乗り込み、自分の官舎に連れ込んで事件を起こしたと、検察は主張している。

女性は、何が起きているのか全く理解できなかった。
女性検事
「検察庁での恩師というか親のような存在であった被告が、なんでこんなことをしているのかということが頭に入って来なくて、最初は悪夢かと思いました。現実として受け止められないショックですべてなかったことにしたいと思いました」

沈黙を強いられた6年間

被害にあった当時、子育てをしながら働き、性犯罪や児童虐待の捜査に特に力を入れていた。

組織に迷惑をかけるのではないかと周囲に被害を打ち明けることができないまま、つらい体験を忘れようとこれまで以上に仕事に没頭した。

しかし、仕事の上で、被告と関わりを持たざるを得ないことに苦しめられた。

そして、事件から9か月たったある日、女性は被告からかけられた言葉に絶句した。

被害のことを訴えないか何度も確認されたという。

怒りの感情があふれ出し、事件についての認識を問いただすと、被告からこんな書面が届いた。
「あなたの同意があると思っていた」
「被害を表沙汰すれば私は絶対に生きていくことはできない」
「大スキャンダルとして大阪地検は組織として立ちゆかなくなる」
(2024年10月の記者会見より)
みずからの命や組織を持ち出して公にしないよう迫られ、被害を訴えることを断念せざるを得なかった。

しかし、その後、被害のことを突然思い出すフラッシュバックに苦しみ、PTSD=心的外傷後ストレス障害と診断された。

心と体が限界を超えていたことに気づいた女性は、自分が立ち直るには被害と向き合うしかないと、北川被告を刑事告訴した。

事件から6年がたっていた。

女性はこの時の心境を初公判のあとの会見で語った。
女性検事
「私は堂々としていたい、検事の仕事もしたい、被害者に寄り添って一緒に闘ってあげたい。私自身を取り戻すためには、私のアイデンティティーを守ることしかない」

被害者は守られていたのか

事件をめぐっては、女性はさらに傷つけられることになった。

事件直前の懇親会に参加していた同僚の副検事が、女性が被害者であることを職場で複数の職員に伝えていたことが明らかになった。

女性からの訴えを受けて調査を行った検察は、高度のプライバシー情報を事件とは無関係の第三者に伝えたことは、被害者の心身や職場環境に悪影響を及ぼす不適切な言動として、副検事を懲戒処分とした。

一方で、女性は名誉毀損などの疑いで副検事を告訴・告発したが、検察は、北川被告を案じる心情などから個別に情報を伝えたにとどまり、副検事を起点として情報が拡散した事実も認められないと判断して不起訴に。

副検事の代理人は「このたびの処分は、事実関係の誤った評価に基づいて判断されたもので、不当なものと考えている。不起訴とされたことから明らかなとおり、副検事は、犯罪に該当する行為には一切及んでいない」とコメントしている。
被告が逮捕されたあと女性が復職する際、検察は、この副検事と女性を同じ職場に配置していた。

検察の現役職員からは、この対応を疑問視し、職場での二次被害にあたると指摘する声が聞かれた。
「検察組織が、女性検事の職場復帰の時点で、事件関係者である副検事と同じフロアに復帰させたのは不可解であり、明確に誤った措置だと思います。被害者の精神状態に多大なダメージを負わせたわけですから、幹部が責任を取るべきだと思います」
さらに、女性をおとしめる内容の情報が、検察内部で出回っていたこともわかった。

ことし3月まで大阪高検の検事だった田中嘉寿子さんは、2024年7月、「事件が起きたのは、被害者が北川被告に好意を持っていたからだ」という内容のメールを東京の検事から受け取ったと証言する。
田中嘉寿子さん
「うわさ話で真偽ははっきりしないけれども、被害者が被告に好意を持っていて、飲み会も自分から積極的にセッティングして、こういうことになったんだという話がありました。被告がハニートラップにでもかかったのかなと思いました。私の知り合いの検察OBも同じ話を聞いていたので、検察の内部でも広まっていたのだろうなと思います」
その上で、組織の対応は被害者保護の観点から十分ではないと話す。
田中嘉寿子さん
「彼女が検事なので二次被害から守るべき対象だという認識が欠如していたのではないかと思います。被害者としてきちんと扱うところから始めないと、自分たちの組織が、現在進行形で二次加害をしているという自覚が生まれないと思います」
女性検事
「私が検察職員でなければ、相手が検事正でなければ、すぐに被害を打ち明けることもできました。私が職場に復帰した頃には、副検事が私が被害者であることなどを周囲に伝えていたことを検察はわかっていたはずなので、しっかりと被害者を守る対応をしてほしかったです。私は検事である前に1人の人間で被害者です」
大阪高検に、被害者の保護や職場の安全配慮義務について質問すると、次のような回答があった。
「被害者の意思を確認するなどし、被害者の心身への影響にも配慮して、できる限りの対策を講じてきた。その際、職場環境の調整にあたっては、職場内で被害者が誰であるかが特定されないようにも注意を払った」

今後の裁判は

北川被告は、初公判で起訴された性的暴行の罪を認めた。

しかし、去年12月、弁護人が会見を開き、「2人の関係性や現場に至るまでの状況などをふまえると、女性が抵抗できなかったという認識はなく、同意があったと思っていた」として、一転して無罪を主張する方針を明らかにした。

当初、起訴内容を認めた理由については「事件関係者を含め、検察庁にこれ以上の迷惑をかけたくない」と被告が考えていたと説明。

無罪主張に転じたことについては、検察に対する批判が相次いだことから「みずからの記憶と認識に従って主張することにした」としている。

現時点での認識を改めて弁護人に問うと「これまでと主張は変わっていない」とした。

現在、証拠や争点を整理する「期日間整理手続き」という裁判の準備手続きが進められている。

この手続きは、今後も数回行われる見通しで、次回の裁判の期日は、決まっていない。

女性は、今後の裁判で、被害者参加制度を利用してみずから法廷に立ち、被告人質問を行ったり、意見を述べたりしたいと考えている。
女性検事
「被害を受けた人が長く傷つけられるということを国民や司法関係者の人たちに正しく理解してほしいです。被害を訴えることができる人は氷山の一角で、ずっと苦しんで誰にも言えない人たちもたくさんいます。性犯罪を許さないという社会を司法の場で表明していきたい」

もし性被害にあってしまったら

【ワンストップ支援センター】
性犯罪・性暴力にあった被害者のための相談窓口です。
「こころやからだのことが心配」、「警察に相談したい、相談するか迷っている」、「妊娠や性感染症が心配」、「法律や裁判のことがよくわからない」といったことについて、1つの窓口で対応が可能で、全国の都道府県に最低1か所設置されています。
全国の「ワンストップ支援センター」は内閣府のホームページで紹介されています。
全国共通の電話番号「#8891」から最寄りのセンターにつながります。
通話料は無料です。

(4月11日「かんさい熱視線」で放送予定)
大阪放送局 記者
バルテンシュタイン永岡海
2017年入局
仙台局や奈良局を経て、現在は司法取材を担当
大阪放送局 ディレクター
泉谷圭保
2000年入局
記者を経てディレクターに
子育て、教育、多文化共生問題などを取材
大阪放送局 ディレクター
岡本直史
2012年入局
男性社会にまつわる問題や阪神・淡路大震災などを取材
上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害

WEB
特集
上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害

ちょうど1年前の春、女性は上司からの性被害を訴えた。

大阪地方検察庁のトップを務めた元検事正が、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性検事に性的暴行を加えたとして逮捕・起訴された事件。

女性は、組織に大きな影響が出るのではないかと、声を上げるまでに6年かかった。

さらに苦しめられたのは、職場での“二次被害”だった。

「私は検事である前に1人の被害者」と訴える女性。

守られるべき被害者が、なぜ苦しみ続けなければならないのか。

尊敬していた上司からの被害

大阪地方検察庁で働く女性検事が被害にあったのは7年前の2018年9月。
北川健太郎被告(2018年3月 大阪地検の検事正 就任会見)
北川健太郎被告(65)の大阪地検の検事正就任を祝う懇親会のあとのことだった。

被告は、女性が検事になりたてのときの上司。

「関西検察のエース」と呼ばれ、事件捜査や組織運営の能力が高く評価されていたほか、部下からの信頼も厚かったという。
2024年10月に始まった初公判。

検察の冒頭陳述によると、女性は、ふだんは仕事や育児に追われ、酒は少し飲む程度で、酒に強い方ではなかった。

この日は、飲酒の影響でろれつが回らなくなり、机に突っ伏してしまうほど酔ってしまったという。

その後、被告はタクシーに乗った女性を押し込むようにして半ば強引に乗り込み、自分の官舎に連れ込んで事件を起こしたと、検察は主張している。

女性は、何が起きているのか全く理解できなかった。
女性検事
「検察庁での恩師というか親のような存在であった被告が、なんでこんなことをしているのかということが頭に入って来なくて、最初は悪夢かと思いました。現実として受け止められないショックですべてなかったことにしたいと思いました」

沈黙を強いられた6年間

沈黙を強いられた6年間
被害にあった当時、子育てをしながら働き、性犯罪や児童虐待の捜査に特に力を入れていた。

組織に迷惑をかけるのではないかと周囲に被害を打ち明けることができないまま、つらい体験を忘れようとこれまで以上に仕事に没頭した。

しかし、仕事の上で、被告と関わりを持たざるを得ないことに苦しめられた。

そして、事件から9か月たったある日、女性は被告からかけられた言葉に絶句した。

被害のことを訴えないか何度も確認されたという。

怒りの感情があふれ出し、事件についての認識を問いただすと、被告からこんな書面が届いた。
「あなたの同意があると思っていた」
「被害を表沙汰すれば私は絶対に生きていくことはできない」
「大スキャンダルとして大阪地検は組織として立ちゆかなくなる」
(2024年10月の記者会見より)
みずからの命や組織を持ち出して公にしないよう迫られ、被害を訴えることを断念せざるを得なかった。

しかし、その後、被害のことを突然思い出すフラッシュバックに苦しみ、PTSD=心的外傷後ストレス障害と診断された。

心と体が限界を超えていたことに気づいた女性は、自分が立ち直るには被害と向き合うしかないと、北川被告を刑事告訴した。

事件から6年がたっていた。

女性はこの時の心境を初公判のあとの会見で語った。
女性検事
「私は堂々としていたい、検事の仕事もしたい、被害者に寄り添って一緒に闘ってあげたい。私自身を取り戻すためには、私のアイデンティティーを守ることしかない」

被害者は守られていたのか

被害者は守られていたのか
事件をめぐっては、女性はさらに傷つけられることになった。

事件直前の懇親会に参加していた同僚の副検事が、女性が被害者であることを職場で複数の職員に伝えていたことが明らかになった。

女性からの訴えを受けて調査を行った検察は、高度のプライバシー情報を事件とは無関係の第三者に伝えたことは、被害者の心身や職場環境に悪影響を及ぼす不適切な言動として、副検事を懲戒処分とした。

一方で、女性は名誉毀損などの疑いで副検事を告訴・告発したが、検察は、北川被告を案じる心情などから個別に情報を伝えたにとどまり、副検事を起点として情報が拡散した事実も認められないと判断して不起訴に。

副検事の代理人は「このたびの処分は、事実関係の誤った評価に基づいて判断されたもので、不当なものと考えている。不起訴とされたことから明らかなとおり、副検事は、犯罪に該当する行為には一切及んでいない」とコメントしている。
被告が逮捕されたあと女性が復職する際、検察は、この副検事と女性を同じ職場に配置していた。

検察の現役職員からは、この対応を疑問視し、職場での二次被害にあたると指摘する声が聞かれた。
現役職員からNHKに届いたメール
「検察組織が、女性検事の職場復帰の時点で、事件関係者である副検事と同じフロアに復帰させたのは不可解であり、明確に誤った措置だと思います。被害者の精神状態に多大なダメージを負わせたわけですから、幹部が責任を取るべきだと思います」
さらに、女性をおとしめる内容の情報が、検察内部で出回っていたこともわかった。

ことし3月まで大阪高検の検事だった田中嘉寿子さんは、2024年7月、「事件が起きたのは、被害者が北川被告に好意を持っていたからだ」という内容のメールを東京の検事から受け取ったと証言する。
田中嘉寿子さん
「うわさ話で真偽ははっきりしないけれども、被害者が被告に好意を持っていて、飲み会も自分から積極的にセッティングして、こういうことになったんだという話がありました。被告がハニートラップにでもかかったのかなと思いました。私の知り合いの検察OBも同じ話を聞いていたので、検察の内部でも広まっていたのだろうなと思います」
その上で、組織の対応は被害者保護の観点から十分ではないと話す。
田中嘉寿子さん
「彼女が検事なので二次被害から守るべき対象だという認識が欠如していたのではないかと思います。被害者としてきちんと扱うところから始めないと、自分たちの組織が、現在進行形で二次加害をしているという自覚が生まれないと思います」
女性検事
「私が検察職員でなければ、相手が検事正でなければ、すぐに被害を打ち明けることもできました。私が職場に復帰した頃には、副検事が私が被害者であることなどを周囲に伝えていたことを検察はわかっていたはずなので、しっかりと被害者を守る対応をしてほしかったです。私は検事である前に1人の人間で被害者です」
大阪高検に、被害者の保護や職場の安全配慮義務について質問すると、次のような回答があった。
「被害者の意思を確認するなどし、被害者の心身への影響にも配慮して、できる限りの対策を講じてきた。その際、職場環境の調整にあたっては、職場内で被害者が誰であるかが特定されないようにも注意を払った」

今後の裁判は

北川被告は、初公判で起訴された性的暴行の罪を認めた。

しかし、去年12月、弁護人が会見を開き、「2人の関係性や現場に至るまでの状況などをふまえると、女性が抵抗できなかったという認識はなく、同意があったと思っていた」として、一転して無罪を主張する方針を明らかにした。

当初、起訴内容を認めた理由については「事件関係者を含め、検察庁にこれ以上の迷惑をかけたくない」と被告が考えていたと説明。

無罪主張に転じたことについては、検察に対する批判が相次いだことから「みずからの記憶と認識に従って主張することにした」としている。

現時点での認識を改めて弁護人に問うと「これまでと主張は変わっていない」とした。

現在、証拠や争点を整理する「期日間整理手続き」という裁判の準備手続きが進められている。

この手続きは、今後も数回行われる見通しで、次回の裁判の期日は、決まっていない。

女性は、今後の裁判で、被害者参加制度を利用してみずから法廷に立ち、被告人質問を行ったり、意見を述べたりしたいと考えている。
女性検事
「被害を受けた人が長く傷つけられるということを国民や司法関係者の人たちに正しく理解してほしいです。被害を訴えることができる人は氷山の一角で、ずっと苦しんで誰にも言えない人たちもたくさんいます。性犯罪を許さないという社会を司法の場で表明していきたい」

もし性被害にあってしまったら

【ワンストップ支援センター】
性犯罪・性暴力にあった被害者のための相談窓口です。
「こころやからだのことが心配」、「警察に相談したい、相談するか迷っている」、「妊娠や性感染症が心配」、「法律や裁判のことがよくわからない」といったことについて、1つの窓口で対応が可能で、全国の都道府県に最低1か所設置されています。
全国の「ワンストップ支援センター」は内閣府のホームページで紹介されています。
全国共通の電話番号「#8891」から最寄りのセンターにつながります。
通話料は無料です。

(4月11日「かんさい熱視線」で放送予定)
大阪放送局 記者
バルテンシュタイン永岡海
2017年入局
仙台局や奈良局を経て、現在は司法取材を担当
大阪放送局 ディレクター
泉谷圭保
2000年入局
記者を経てディレクターに
子育て、教育、多文化共生問題などを取材
大阪放送局 ディレクター
岡本直史
2012年入局
男性社会にまつわる問題や阪神・淡路大震災などを取材

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