命とは「息(い)の霊(ち)」の意味だとも言われています。【息】とは自分の心のことですが。自分の心を失えば、それは「命」では無いことになります。その命とは「霊」であるということなのです。
では、【心】とは何かとなりますと、主立ったものとしては知識とか感情とか意志だとなります。その他にもありますので、心と言うと広範囲になってしまいます。
私達が「生きている」と実感するのは【意識】を持っているからです。では、人間の肉体から「意識」を抜くと、どうなるかがあります。これが一番解り易いのは、俗に言われる「霊媒者」を通して見ると解るのです。
以前はシャーマンとか巫女とか言われて来ましたが、現実に神社で巫女さんをしている女性が霊媒者かと言いますと違います。そんな巫女さんはほとんどいないでしょう。昔は「神主」と呼ばれた存在も霊媒者で、神霊の取次が出来たのです。だが、今はそんな神主さんも数限られています。
では、最近流行のスピリチュアルという言葉を使っている霊能者と呼ばれる人は霊媒者かと言いますと、霊媒質であっても霊媒者とは言いがたい面があります。よく霊感を持つ方が「感じた」を言われますが、これは「霊媒」ではないのです。恐山のイタコとか沖縄のノロが霊媒と言われますが、沖縄は詳しく解りませんが、恐山のイタコさんの場合は完全霊媒者とは言えない人達が見受けられます。
それは、仮に東京弁を喋る霊を招魂して、津軽弁でイタコさんが喋って来たならば、これは完全霊媒とは言えないのです。完全霊媒ならば、津軽弁を喋る本人の意識はそこに居ないからです。
霊学においては、霊媒は四種類に分けられています。簡潔に言うと。
①没我式の巫女型霊媒-自己の肉体を他に委ねて自己の意識は肉体から離れる。
②物理的霊媒-エクトプラズムを肉体から出す存在。
③第六感の敏感者-インスピレーションを受け取るタイプ。
④天才型-科学者や芸術家や音楽家等で霊界からのものをこの世で再現する。
その中で【意識】の存在が解るのは、没我式の巫女型霊媒です。これは持って生まれた本人の天分の上に本人の努力による修行があり、〇〇講習会に行ったから成れるというものではないのです。
私が見て来た霊媒さんの中で、これはという舌を巻くような霊媒さんがおられました。
私のホームページ「あなたの知らない伏見稲荷山」の中の「白狐のお話」の中の「稲荷太鼓」にその話しを書いておりますが、映画などに見られます霊媒が一心不乱に祈祷などをしていてトランス状態になりお告げをすると言うようなものではなくて、瞬間に別の意識に切り替わって行くのです。
http://
inariyama.com/byaltuko/page003.htmlこの霊媒が出来る方、自分の肉体を誰かに貸している間、どこに行っているのかと尋ねましたところ、まったく別の世界に行っているのです。
また「白狐のお話」の中の「霊が酒を飲む話」の中の霊媒さんでもあるのです。
http://
inariyama.com/byaltuko/page024.html酒を飲んでも、その酒はどこかに消えているのです。
余談ですが、私が最初の師匠の元から離れて2番目の師匠の元に居る時、この方の霊が私の前に現れて、いろいろとお世話になりありがとうございました。霊界に旅立ちますと言われるので調べたところ、亡くなっておられました。わざわざ旅立ちの挨拶に私の元に来てくれたのです。
この方の場合は完全霊媒で、霊媒として働いている場合、その間のことは何一つ記憶していないのです。
この完全霊媒と違って「半霊媒」があります。その場合は、自分の肉体を他の霊に委ねていながらも、自分もそこに残っていて、霊が何を言ったかを記憶しているのです。この半霊媒は使いにくいとされます。それは本人の意識がその場に居合わせることで、招魂している霊の言い分を本人の判断で必ずしも伝えて来ないがあるからです。
私も霊媒が出来るかで、霊を懸けることが出来る術者に霊を懸けて貰いましたが、その霊が何を言おうとしているのかは解りますが体は貸せません。そこでその霊の想いを感じて自分の言葉で語る式になります。これは第六感式になるのです。この第六感式は感じるで、必ずしも正しいにはならないのです。
私が何を言いたいのかと言いますと、人が生きていると想うのは【意識】を持っているからなのです。この意識は肉体とは関係しないと言うことなのです。ですから自己の肉体から離れて、別の世界に飛んでいるわけです。
そして、自分が使用している肉体には他の意識が入ることが出来て、その意識が肉体を動かすことが出来るわけです。それは人が霊(ヒ)止(ト)であることの証明なのです。
肉体は魂がこの世で活動する為の容器に過ぎず、私達の本質は命の根元で在る意識にあるのです。
それは魂と呼ばれ、その魂は「光の玉」でもあるのです。魂を磨くとは、光が汚れから透過しにくくなることを防ぐ為なのです。
肉体の死とは、自己の意識の死ではありません。それを如実に教えてくれるのが、没我式の巫女型霊媒の存在なのです。

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