私の家では以前の様に激しくはありませんが、今でも数はさほどではないのですがラップ音があります。ラップ音があると言うことは、私の周囲には霊が居て、私の日々の行動を見ていることになります。
人間様に常に見られているならば落ち着かないでしょうが、霊となると私は霊能者ではないので、霊がさほど見えないから霊に見られているという意識は起きては来ないわけです。
以前は行く先々でラップ音があり、まさか肉体の自分が動いていることが原因でラップ音を引き起こしているとは思ってもいませんでした。煩いなと思っていましたが、自分が霊が居る場所に行くことで、私の背後にいる霊とそこに住む霊との間で諍いが起きていたわけです。で、どこにも行かずに温和しくしていると静かなものなのです。
一般的にはラップ音を起こす人は念力なり霊波動が強いと言われていますが、私の場合は念力も霊波動も自分では発していないと思っていますが、霊能者から背後の霊団の大きさは桁違いと言われていますので、そうした現象が起きてしまうのかも知れません。
オーブ写真など別に珍しくもなんともないのですが、そうしたラップ音を出しているところを写真に撮れば、下記の写真のように三つもオーブが写っているこになります。ラップ音を出しているのは霊なのです。
この写真は縮小してあるので見にくいのですが、黄色い丸で囲んだ部分です。私達の目には見えないけれども、デジタルカメラはこうした存在を写してしまうわけです。こんなどうでもいいような写真を掲載したのは、ラップ音の意味の理解からです。

この様に私達はラップ音が鳴らないと分かり難いのですが、霊的世界からこの世を見れば、全て筒抜けで見られているのです。ただ、霊が自分を見ているからと萎縮すれば、何も出来なくなります。
行者とか霊能者から、昨日の夕飯のおかずは何だっただろう。その前の夕食のおかずは何だっただろう。そうしたことを当てられたからと言って驚くことではないのです。霊に見られているからです。財布の中身のお札の番号も言い当てられてしまいますし、人の預金通帳の額まで解っているぐらいです。
便利という面では霊に頼るのは大変便利なのです。私は日常的に霊との会話をしている者ではありませんが、行者と呼ばれている方達の中では試験問題でも試験問題が印刷されていれば、事前に教えて貰えることも出来るわけです。試験問題を一問幾らのお金で教えていた行者さんも存在しました。
ただ、今場所の相撲は誰が優勝するとか、野球で誰が何回にホームランを打つとか、競馬でどの馬が一着で来るかということが言い当てられるということは、単に霊が見ているでは説明が出来ません。それらは未だこの世では起きていないからです。
これに関しては霊界で先に起きたことが、この世で後から起きて来ると言われていますが、このメカニズムの解明はかなり難しいのです。霊能力があるからと言って、こうした未来の事柄が事前に解るということはかなり高い御神霊の取次をされているような霊能者の方には出来ますが、一般的霊感持ち程度には出来ないわけです。
この情報が筒抜けになるということは、霊的世界において高次元界から重要な情報を人間界の誰かに伝達するとしても、その情報をダイレクトに降ろさないが起きます。その情報が他の霊に盗まれてしまうからです。為に情報を暗号化する。あるいは嘘の情報と真実の情報を織り交ぜて降ろすが起きます。
昨日の夕食に貴方は何を食べたでしょう。こんな情報は誰も妨害には入りませんね。あの霊能者、あんな存在の言葉に騙されていると見えていても、誰もそれを気の毒だと妨害もしません。しかし、神界に関わる機密事項となると、そうはいかないわけです。どうでもいい情報ならば、いくらでも降ろさせるのです。
近年、アメリカで自分に大天使が降りると称する女性があり、その著本が世界でかなり売れました。この女性がある年のある月のある日のある時間を指定して、愛で手をつないで飛び上がる運動を提唱されました。かなりの人が、その言葉を天使の言葉だと信じて飛び上がられたようです。でも、その女性はいつしか消えられたようです。自分は騙されていたことに気付かれたのでしょう。
人は誰しも悲しい時苦しい時などの刹那心が起きると、女性は特に占いとかスピリチュアルに走ってしまわれがちです。そうした時、占いなど当てにしない人は強い人です。
そうした時、よく当たる占い師さんとかスピリチュアルの方が居られます。その方の占いなりアドバイスで立ち直ることが出来ればそれはそれでいいわけです。しかし、そうした物質界次元のことはよく当たったとしても、高次元の事に関しては当たるとは限らないということなのです。
この世の自分の幸せだけを考えているのならば、それはそれでいいでしょう。しかし、自分の魂の存在に気付くならば、主(創造神)と呼ばれる神に向かって進んで行くことが大切になるのです。
上に進めば進むほど「嘘の壁」が来ます。何故ならば、万物は全て【虚空蔵】から発したと言われています。仏教で説く「虚空菩薩」を守り歳とする方は、「牛と虎」歳の方ですね、すなわち、虚空蔵は「ウシトラ」神でもあるのです。その段階に向かって行くと、「嘘の嵐」の中に入ります。そうした嘘の中を通って来ないと、一人前の行者には成れないとも言われています。如何に神霊の言葉と言えども、嘘か本当か吟味していかなければならないのです。
大本教神諭や日月神示に、この神(ウシトラ金神)が神々を誑(たぶら)かして御用に使っている式の記述があったと思います。誑(たぶら)かすと書いてあると、とても悪い印象を受けてしまいますが、誑の漢字を見ますと、「言」が「狂」っているなのです。で、神の試練を言葉の式として練る必要が出て来るのです。
その【嘘を叩いて、誠の骨】とするならば、創造神と呼ばれる神の存在が感じられるようになるのです。
ですから、世に出ておられるどの神様も「ウシトラ」神が解っておられなかったわけです。で、国常立尊(ウシトラ)様は日本書紀で創造神とされながら隠れ神と言われて来たわけです。神に向かうのであれば国常立尊様の旗の元に集結しなければいけないのです。皆さんの魂(鬼と云う)の元神様となるからです。
私は言葉の解読に入る頃、大変不思議な映像を見ていました。それは、【デタラメ】という玉がボンボン降りている光景です。最初は「出鱈目」の漢字を考えたことで、まったく意味が解けませんでした。これは「出多ラ芽」で、何に誑かされているのかを見ることで事の本質が解って来たわけです。
日本では虚空蔵は虚空蔵菩薩として説かれるわけですが、サンスクリット語では「アーカーシャ」と言われ、この虚空蔵にある記録が西洋の神智学で「アカシック・レコード」と呼ばれているわけです。
この宇宙は初発に芽生えた「意識」が創り上げたものです。その宇宙の初発の光景は見ましたが、それらは霊界の虚空蔵(アーカーシャ)にしまわれているわけです。聖書では「最後の審判」が説かれますが、私は最初の頃は最後の審判は単に聖書の影響かと思っていましたが、このアカシック・レコードに在る存在が説かれただけのことなのです。ですから、起きないとは言えないのです。
アカシックレコードと呼ばれる存在に関しては、人によって多少の区別の違いはあるようですが、チャネラーと称している方達がアクセスしている層の上に行ったのがエドガー・ケイシーや日蓮さんや空海さんで、その上の階層がイエスで、それよりも二つ上の階層がお釈迦様であったと言われています。さらにそれよりも3層~4層、上があるとも言われています。その段階まで行かないと創造神のことは解らないということにもなります。
最近のスピの方を見ていますと、どうもお釈迦様もイエスも日蓮さんも空海さんも軽く扱われておられます。自分達はそれ以上の光の者だ!。本当ですか?。
もし、お釈迦様やイエスの魂が発している光を見ることが出来たならば、チャネラーと称している方の魂の光より遙かに高い世界の光の方だと解ると思われます。
決して宇宙の真理は今の時代に合わせて変化しているなどではないのです。私達が暮らしているこの世の時間など、神界時間からすると微々たる時間に過ぎないのです。

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