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終わらない戦争(2) “生きていることが疎ましい” 知られざる戦渦の中絶

初回放送日:2024年8月28日

旧満州などで性暴力に遭い引き揚げた女性たちは、国立病院などで中絶手術を受けた。今回、関係者70人以上を取材。人道目的で自発的に始まった手術を国が組織化し、「外国人の血は本土に入れまい」と「混血児の出生を防ぐ水際対策」になっていた。「身も心もきれいになった」とされた当事者たち。実際には「生きていることが疎ましかった」と職も故郷も捨て、壮絶な戦後を送った女性が。戦争と性暴力、顧みられなかった実相に迫る

放送内容

目次
  • 戦禍の女性たち 知られざる苦悩
  • 知られざる戦禍の中絶 国・GHQの思惑は
  • 戦時の性暴力 根絶するために
  • 生きていることが疎ましい 戦禍 女性の苦悩

戦禍の女性たち 知られざる苦悩

取材の始まりは、終戦後に引き揚げてきた女性に出会ったことでした。

山本壽美子さん、93歳です。
父親が鉄道会社の社員だった山本さん。家族で旧満州、今の中国東北部に渡りました。

山本壽美子さん
「満鉄社員は豊かでした。だから、みんな満州に行ったんですよ」

当時、満州などには国策として開拓団が送り込まれ、300万人以上の民間人が暮らしていました。
しかし、終戦直前に旧ソ連軍が侵攻。女性たちへの性暴力が相次いだのです。

昼夜といわず 物に飢えたような
ソ連兵と朝鮮人の略奪が始まった
ある夜 逃げ遅れた女性が三人組におそわれた
悲鳴を聞きながら敗戦の惨めさをいやというほど味わった
旧満州 引き揚げ者 大塚文代さんの手記より

吉林の広いダムの水源地
鉄の柵がはられ
出入口は閉められ
若い女性が強姦されていると分かっていても
機関銃を持っているので どうしようもなく
なすがままにされなければなりませんでした
旧満州 引き揚げ者 泉静子さんの手記より

山本壽美子さん
「女の人と見たら、もう動物と一緒ですね。真昼間であろうと、人が見ておろうと、親の前でも強姦する」

山本さんの幼なじみの家にも、ソ連兵が押し入ってきたといいます。

山本壽美子さん
「(幼なじみが)自分で自決して、舌かみ切った。純潔を守るためには命をかけて、自分で自決しようと言われていました。むごいですよ。花の盛りにね。あんなにきれいだったし、どんなにいい人生を送れたか分からないのに。でも、そういう人がたくさんあるわけですよ。私の知らない(幼なじみの)トミちゃんがたくさんいるはずです」

終戦の翌年、外地にいた民間人の引き揚げ事業が本格化。性暴力を受け、妊娠した女性たちへの中絶手術が始まっていきました。
7月になって、京都の舞鶴港に引き揚げた山本さん。

山本壽美子さん
「これですね。引き揚げ証明書。厚生省舞鶴引揚援護局長」

取材班
「これ当時のものですよね」

山本壽美子さん
「そうですよ」

山本さんは、当時15歳。国の施設で受けた問診の様子を鮮明に記憶していました。

山本壽美子さん
「『何か怖い目に遭いませんでしたか』っておっしゃったから、『いいえ』と言ったら、『ずっと、ご両親とご一緒でしたか』っておっしゃいました。強姦されていないかというのを、そこで見つけ出して」

当時の記録によれば、舞鶴港で問診を受けたのは13歳から55歳の女性。山本さんが帰国した前後の3か月間で、13人の妊娠が確認されていました。

女性たちは国立舞鶴病院に入院。ここで、中絶手術が行われていました。
病院の事務員だった92歳の女性から届いた手紙です。十分な設備もない中で手術を受ける女性の様子が記されていました。

第三病舎は産婦人科
引き揚げ女性が数名入院していた
麻酔なしの手術で悲鳴があがった
胎児は古布に包まれ
手術室の片隅に放置されていた
遺体を入れた木箱をリヤカーに乗せて運んだ
余りにもあわれな姿に落涙
元事務員からの手紙

当時、日本での中絶は原則、違法とされ、違反した場合、最長で7年以下の懲役が科されると定められていました。

なぜ、違法とされた中絶手術が行われたのか。手術に関わった医師が取材に応じました。
先月、102歳を迎えた相馬廣明さん。終戦直後は、医学生でした。

相馬さんがいたのが、博多港近くの二日市保養所です。引き揚げ援護に当たる医師などが集まり、自発的に中絶手術を行っていました。

当時、性暴力による妊娠を苦に自殺する女性が相次いでいました。医師たちはこうした女性を救おうと、人道的な目的で手術を行っていたといいます。

産婦人科医 相馬廣明医師
「なんとか、こういう人たちを助けなきゃだめだって。人道愛だよ。思いやり。何とかしなくちゃって思うじゃない」

翌年、広島の国立病院の産婦人科医になった相馬さん。みずからも、妊娠後期の女性への手術を行いました。

相馬廣明医師
「もう満期ですよ。赤ちゃん育つのに、(女性に)頼まれて。今でも忘れないよ。赤ちゃん生まれてくる。もう育っているんだよ。それを中絶するって、どうするか。でも、やったの」

今回の取材で、少なくとも全国5か所の施設で、中絶手術が行われていたことが分かりました。
しかし、公的な記録はほとんど残されず、性暴力を受けた女性たちが手術について語ることもありませんでした。

埋もれてきた女性たちの声。
取材を進めると、中絶手術をめぐる葛藤が見えてきました。

今回の取材で入手した相談員の音声記録。手術を受けた後の女性の様子が語られていました。

声・婦人相談員
「(手術した女性が)そうやって子どもを処分した。それでも、子どもは子どもなのよね。悲しがって、お線香あげて、毎日、拝んでたわ」
音声提供 駒澤大学 加藤聖文教授

中には、手術を希望しない人がいたことも分かりました。

妊娠者もかなり発見されたので
博多港に着いたらすぐ中絶を申し出るよう勧めた
しかし なかには どうしても堕胎を拒む女子もいた
相手はソビエト人だといっていたが…
宮下義正 博多検疫病院長の手記より

性暴力に遭い、手術を受けたという女性を、15年にわたり支援した人にもたどり着きました。

元福祉相談員の河島悦子さんです。

元福祉相談員 河島悦子さん
「先生らしく、はっきりものを言う人でした」

その女性は福岡の師範学校を卒業後、満州で小学校の教員をしていたといいます。20代前半で独身だったという女性は、引き上げのさなか、開拓団からソ連兵や中国人に引き渡されたといいます。

河島悦子さん
「全員を助けるために、人身御供にあがったのよね」

繰り返し、性暴力を受けたという女性。日本に戻る船から身を投げようとした時、同じ開拓団の女性から投げつけられた言葉を河島さんに打ち明けていました。

河島悦子さん
「飛び込んで死のうと思って、立ち上がろうとしたのよね。教え子が『先生どうしたの』って、パッと来たんだって。親御さんが『汚らわしい、そばに寄らないで』って。本当に血が逆流したって。みんなのために自分は汚れていったものを。『こんな人たちのために死んでたまるか』」

長崎の佐世保に引き揚げた後、トラックに乗せられ、近くの国立病院に運ばれたという女性。妊娠の自覚が無かったにも関わらず、手術台に乗せられ、体の中に器具を入れられたといいます。

河島悦子さん
「『妊娠はしてなかったんですけどね』」

取材班
「同意があるとか、ないとか」

河島悦子さん
「そんなの関係ない。一度でも身に乱暴を受けた体は、日にちがたって妊娠してないことが分かってても、全部かきだしたんだって。本当に涙も出ないような思いした。ショックでした。私自身が」

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出演者・キャストほか

  • ゲスト
    佐藤 文香
    一橋大学大学院社会学研究科教授
  • キャスター
    桑子 真帆
    アナウンサー
  • ナレーター
    中井 和哉
    声優