人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

輪廻転生が終わるの意味の理解が不足している

今、幾多のブログでも輪廻転生が終わり、新しい世に入ると説く方が増えています。それはそうかも知れませんが、輪廻転生が終わるという意味がどのような理解の元になされているかが、重要なポイントになります。

人は神の姿に【似せらし者】とされています。どんな光の中であろうとも,朧な世界であろうとも、神は人のような姿で視ることが可能なのです。ただ,光としてしか見えない人。霞のような感じでしか見えない人。それはその人の能力の問題に過ぎないわけで、神は光だから見えないとか、霞のような存在だから見えないということでは無いわけです。
ただ、人は自分の能力が絶対だと思い込んでしまうことから、自分には神は光としか見えないから、光でも見えると言う人があれば否定論に走り、自分には姿が見えないから見えると言う人が居ると否定論に走ってしまいがちです。それは自己の能力の過信から起きるのです。自己の能力の過信から、他にはこんな話もあるのだと学ぼうとされていないのです。

日本で最高の予言者で知られる大本教の出口王仁三郎聖師は、国常立尊様や豊雲野尊様の絵を描いておられます。出口王仁三郎聖師にはその姿が見えたわけです。それが贋作の絵で出口王仁三郎聖師は山師だということならば話は別ですが、出口王仁三郎聖師が予言して来られた数々を的中させた能力とは、そこらの霊能者の比ではありません。何故ならば、神社に祭られている御神霊で、そこまで予言出来るような御神霊がおられないからです。
病気治しが出来る様な存在の御神霊はゴロゴロおられます。特に蛇霊系は病気治しには滅法強いのです。だが、個人の恋愛や結婚などの未来ではなくて、社会や国家の未来が予言が出来るということはとてつもない段階の神様で無いと無理なわけです。病気治しが出来るから高い神が自分におられるではないわけです。私もあまりきついことを言っていると、以前に黒龍神群団に狙われて攻撃されて怪我をしてしまいましたので、自分の身も大切なのでほどほどにしておきますが。

人は神に似せられし者であっても、人間は神では無いのです。どこまでも神に似せられし者であって、神とも成れる魂(直霊・直日・良心神と称される)を授かっている者なのです。神の姿に似せられし人の時に神に近づくことによって、神の世界に進むことも出来るわけです。但し、宇宙の創造神には成れません。
【人は神の子・神の宮】と言われるのはそこにあるのです。ただ、それほどの数ではないでしょうが、神であった存在が目的の為に人間界に降りておられるケースはあるようです。お釈迦様、イエス様、モーゼ様、マホメット様、弘法様と呼ばれている様な存在は元々が神の座から降りて来られた存在なのです。人間が神に成ったのではないのです。
ここをずいぶんと勘違いされている方が多いわけです。

今、言われているのは【輪廻転生】が終わると言うことなのです。私達は死んで産まれて死んで産まれてを繰り返して来たわけです。そのサイクルが終わるということです。
【転生】と言われていた意味は、次の世で必ずしも人間として産まれずに、牛や馬や羊や豚や犬や猫や蛇や鳥や昆虫や魚等の世界に転出する意味なのです。アメリカで眠れる偉大な予言者と言われたエドガー・ケーシーは自分は魚の時があったと言っています。
俗に神霊とされる狐霊とか蛇霊とか呼ばれる存在も、人の肉体に入れてその魂を浄化してやれば元の人間姿に戻るなどがあります。何故、魂に肉体が必要だったのか?。それは肉体には魂を浄化する働きが備わっているからです。

スピリチュアルを標榜している方達の全員ではありませんが,別に何もしなくてもいいのです。それぞれの行く道が違うだけです。そうしたことを言われる方が多々あります。確かに、その通りなのです。別に間違っているのではないのです。が、それはあまりにも無責任な意見なのです。
今生では人として誕生した。その人として誕生した時に努力すれば神と呼ばれる座にも就けるわけです。だが、スピリチュアルの人達が何もしなくてもいいです。遊んでいればいいのですと言われたので、何もせずに遊んでいました。その結果、次の世には豚で出たとしても、今日までは豚で幾度か修行して再度人間界に戻して貰えたでしょう。それは【輪廻転生】と呼ばれるサイクルがあったからなのです。

その【輪廻転生】のサイクルが終わると言うことは、今生の結果として豚で出る者は永遠に豚の世界。犬で出る者は永遠に犬なのです。それは今生においての自分の結果ですから、文句を言う筋合いのものではありません。それがスピリチュアルを標榜している人達が多々言うところの「それぞれの道」です。
創造の神が一番畏れておられたことは、自分はそんなことは知らなかった。そんなことならば、どうしてもっと早くから教えてくれなかったのだなのです。為に宣伝期間を用意されていたのです。
自分はスピリチュアルで何もしなくてもいいです。遊んでいればいいのですと言われた言葉を信じて来ました。それは神に対してでなく、貴方が信じたスピリチュアルの人に言ってください。そうした方達は必ず言われたはずです。貴方がた一人一人が創造神なので何でも創れるのです。ですから、スピリチュアルを言う人には何でも創れるのでしょう。その時の文句はそうしたスピリチュアルの人達に言ってください。神に言わないように。

今、オセロの中島さんの話題が賑わっています。そのスピリチュアルの方を信じて全財産を注ぎ込み、芸能活動も出来なくなっておられます。それは神に対して文句を言う筋合いのものではありませんね。文句を言うのならば、そのスピリチュアルの人に言うべきことです。で、文句を言ったところで,湯水の用に使われてしまった中島さんの全財産も消えた芸能界での地位も取り返すことは出来ないでしょう。一つや二つの占いが当たったからと言って、全面的に信じたのは自己責任なのです。占いで世の中は片付きませんし。

病気治しで有名であった某スピリチュアルの方は、有名人の怪我などを治されて、その関係からテレビにも出演されていましたが、今はお告げの外れから被害を被った信徒さん達からの集団訴訟裁判になっていました。霊力で病気治しがいくら出来ても、お告げは外れる。そんなものだと理解しておく必要があるのです。

精神世界

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