前回に引き続き、Brasstrains.comが制作してYouTubeで公開しているMonday Morning Expressの松本謙一氏インタビュー2回目です。

 

松本謙一氏インタビュー 第2回

マンデーモーニングエクスプレス セッション4 エピソード4 2018年9月24日公開より 29:55から)

 

(字幕)日本ではクラフトマン、アーティサン、スキルのあるワークマンは「職人」と呼ばれる。日本において職人は長きにわたって非常に尊敬され、それは今日まで続いている。職人は決して妥協せず、多くの人が気づかないであろうディーティルにまで注意を払う。

 

ダン:クラフトマンはどのように尊敬されていたのか?

 

松本:日本では熟練したクラフトマンは、常に敬われます。また、すべてのクラフトマンは自らの仕事に誇りを持っています。だから、彼らは常によりよいスキルを得ようと努力します。その結果、クオリティがどんどん上がります。

 

(画像はBrasstrains.comのYouTubeよりお借りしました)

 

フレッド:ゴトーモデルの後藤さんは、決してモデルを完成させたいと思わなかった。いつまでも改善を続けるので、インポーターをいらいらさせた(笑)。

 

ダン:だから非常によいモデルが作られたんですね。

 

松本:ひとつ幸いだったのは、ケムトロン、カルスケールが日本の輸出用ブラスモデルのために、非常によいロストワックスパーツをつくるようになりました。1952か1953年に、ビルダーは米国製の非常によいロストワックスパーツを使えるようになって、クオリティが突然高くなりました。

 

ダン:クリスプなキャスティングでロコによりディーティルがついた。

 

松本:それまでは、例えばヘッドライトは単純なチューブでした。それが突然、ケムトロンのシャープなロストワックスパーツを使えるようになったのです。PFMのビル・ライアン氏は、最初に、彼らの商品にたくさんのロストワックスパーツを使いました。このため、ライアン氏の模型は米国の顧客に歓迎され、米国の1950年代後半から1960年代初頭にPFMはトップインポーターになりました。

 

フレッド:2000年の終わりになっても、祖父江さんは米国製のキャスティングを使うことにこだわった。彼はパターンをつくってカルスケールに送り、カルスケールがキャスティングを行なっていた。パターンは自ら作ったが、カルスケールのクリスプでクリーンなワークマンシップがお気に入りだった。だから最後までカルスケールのキャスティングを使った。

 

ダン:祖父江さんは素晴らしいクラフトマンだった。

 

フレッド:彼は最後の傑出したクラフトマンだ。

 

ダン:ビルダー達はときにいっしょにつくって、お互いの作品を比べたりしたのですか?

 

松本:うーん、不思議なことなのですが、ときに彼らは協力することもありますが、ときに非常に競争的です。

 

ダン:その競争によって、さらによいものが生まれたんですね。

 

フレッド:面白いのは、デイブと自分が日本にいくと、彼らとは別々に会った。夜、飲むときも、1社ずつだった(笑)。

 

松本:天賞堂、ユナイテッド、鉄道模型社はたぶんいつもフレンドリーでした。しかし、カツミと天賞堂の間は、非常に競合的でした(笑)。

 

フレッド:Adachi did mainly the wheels and staff, the most important part of best product, so they always wanted him to make the best for them right away.(すみません、この部分、うまく訳せません。編集時に発言の冒頭が切れているのかもしれません)

 

ダン:そのようにしてオーダーを満たしたて、さらにお金を稼いだ。

 

フレッド:これらの日本のモデルの多くは、天賞堂を除いて、未塗装だった。

 

松本:彼らは手早くこなせるオーダーを受けたかったんでしょう。

 

フレッド:そして安いのを。

 

ダン:モデルの塗装に要する費用や時間を、持ちたくなかったんでしょうね。天賞堂の多くはきれいに塗られたモデルだった。

 

松本:おそらく、1つの理由は、GIオフィサーが常に塗装済みモデルを注文したためでしょう。天賞堂はよい塗装工場を下請けに持っていました。塗装済み製品を好む日本市場向けの商品を売っていたこともあります。鉄道模型社のようなビルダーは、ハンダ付けの技術を誇っていたので、それを見せたかったのだろう。

 

フレッド:フジヤマもそうだ。彼らも塗装はしなかった。

 

ダン:その方が職人技をより見せられた。

 

松本:子供の頃、鉄道模型社を訪れると、オーナーの鳥飼さんは「何かに触る前に、まず手を洗え」と命じたものでした。ショーケースにはたくさんの輸出前のブラスモデルが入っていて、われわれはティーディルをみるために触りたいのだが、彼はいつも「まず手を洗え」と命じていました。

 

ダン:若い頃、それらのモデルを買うことはできたのですか? それとも見ていただけ?

 

松本:天賞堂では買うことができましたが、鉄道模型社とつぼみの模型は、ほとんどが日本向けではなく輸出用でした。だから、当時、私は沢山のモデルが輸出されているのを知っていましたが、買うことはできませんでした。何年もたって、そういったメモリアルモデルを、米国の模型店から買いました(笑)。例えば、私はつぼみが作ったオレゴン・エレクトリックのオブザベーションカーを覚えています。つぼみ模型店のショーケースに1台だけサンプルがあって、私は「どうか売ってくれ」と何度も頼みましたが、その度に非売品だと言われて、結局その模型を入手するのに35年かかりました(笑)。

 

ダン:ついに手に入れたときは、さぞや嬉しかったでしょうね(笑)。

 

(第3回に続きます)

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