(その5の続きです)
三成善次郎は1978年に亡くなりました。1980年には、ユナイテッドの工場は、周囲を高い工場に取り囲まれ、さらに高いアパートもできました。このエリア全体が、日本の自動車産業のための大手関連会社の主要拠点となっていたのです。ユナイテッドの土地は非常に価値のあるものになっていました。
1982年に、ユナイテッドのオーナーはその土地を売却し、ユナイテッドの工場は終焉を迎えます。過去20年間に、日本の賃金がとてつもない率で上昇してしまったことが、この意思決定の理由の1つです。日本の賃金上昇は米国のそれよりもはるかに大きかったのです。そして為替です。第二次世界大戦の終わりから、為替レートは1ドル360円に固定されていました。1970年、為替レートは変動相場制となり、1ドルの価値はおよそ100円まで下落したのです。
それにもかかわらず、修三さん、森山さん、山崎さんは、1983年から1987年にかけて、製造に下請け業者を使いながら、自宅で働き続けました。これらのモデルのための全ての米国製ロストワックスパーツは、PFMから供給されましたが、生産数量はわずかなものでした。
日本人の可処分所得が大幅に増えたため、これらのモデルの半分は、日本のモデラー向けに販売されました。残りのユナイテッド製モデルは、PFMを経ることなく、米国のディーラーに直接販売されました。
モデルレイルローダー誌1988年3月号に掲載された3トラック・クライマックスの広告。PFMではなく「ユナイテッド・ミナリ」の名が記載されています。
それ以降、PFMは2、3のプロジェクトに参画します。例えば天賞堂模型部の50周年に、彼らは41台の限定品ユニオンパシフィック鉄道チャレンジャーを生産しました。これらは天賞堂の米国型プロトタイプの最終製品になるものです。ごく限られた数量の、こういったファインモデルを米国に輸入できたことは、われわれの誇りとするところです。今日、天賞堂模型部は、日本のコレクター向けに、日本型プロトタイプの精緻なブラスモデルを製造しています。
1999年、PFM輸入による最後の天賞堂蒸気、美しきUPチャレンジャー。(お仲間の目利きコレクターの方に写真をお借りしました)
鉄道模型という趣味において、PFMブラスロコを生み出すことに参画できたことは大きな喜びでした。私は遠い将来、おそらく今から1000年後も、われわれのブラスモデルのいくつかは、生き残っていると確信します。将来のオーナーは、間違いなく、これらのモデルをかつての歴史と鉄道が世界に貢献したことを記念する、素晴らしい芸術作品として楽しんでいることでしょう。
今から1000年後、鉄道は廃れているかもしれませんが、これらの美しいブラスモデルによって、鉄道が歴史に果たした役割は人々の心に刻まれ、長く記憶されるでしょう。
ドナルド・H・ドリュー
パシフィック・ファースト・メール
(訳者注:オリジナルの記事には、4か所に、四角囲いのコラムがあります。以下にまとめてご紹介します)
印鑑、鉄製品、時計、そしてブラストレイン-共通点は何でしょう
天賞堂は歴史に富んだ日本の会社で、1879年に印房店として設立されました。全ての日本人は、それぞれの印鑑を持ち、これは全ての公的書類のサインあるいは印章として使われます。天賞堂はこの商品のリーダーとなり、皇室御用達の印鑑メーカーとなりました。加えて、天賞堂は宝飾品ビジネスを立ち上げました。さらに、天賞堂は圧延鋼板からIビームのような構造用鋼材といった、あらゆるタイプの鉄製品をつくる工場を持っていました。(訳者注:鉄製品については、事実が確認できません。諸兄のコメントをお待ちします)。
1880年代、天賞堂はスイスの時計産業のほとんどの会社の日本代理店となりました。1906年の米国の宝飾品雑誌には、天賞堂が「日本のティファニー」として紹介されています。彼らの名声は今日まで続いており、2004年に、天賞堂は創業125周年を迎えました。
鉄のキャデラックからブラスの「キャデラック」へ
何年もの間、PFMの創業者であるビル・ライアンは、ミシガン州デトロイトでゼネラルモーターズのエクゼキュティブでした。後年、彼が太平洋岸北西部に戻ったとき、ゼネラルモーターズは彼にキャデラックの独占的販売代理権を与えました。エリアはワシントン州、オレゴン州、アイダホ州、アラスカ州に及びました。
ビル・ライアンは北西部で育ったため、シェイ、クライマックス、ハイスラーといったロギングロコをこよなく愛していました。1955年まで、こういったタイプのロコは、決して模型化されることがなかったのです。
PFMトップ200ディーラー
興味深いことに、PFMには900を超えるディーラーがいましたが、トップ200が売り上げの80%を占めました。このパーセンテージは長年ほぼ変わりませんでした。いくつかのディーラーがトップ200から消えたりランクを落としたりして、新しいディーラーが加えられるのですが、トップ200は常に売上げの80%を占めていました。
鉄道模型製造のフィナンス面のスナップショット
メーカーに代金を支払う典型的な方法は、信用状(Letter of Credit)を使用することでした。標準的なL / C期間は90日です。メーカーは、生産中の資金調達のためにL / Cを銀行に持ち込むことができます。出荷が行われると、L / Cに対して即座にメーカー側の銀行から支払いが行われます。メーカーのスケジュールが遅れた場合、90日を経た後に延長が認められます。
バイヤーがL / Cを利用する際にはリスクがあるので、L / Cを発行したビジネスを知り、信頼できることが重要です。L / Cが商品を扱うのではなく、書類のみを扱うためです。例えば、あなたがあるブラスモデルに対してL / Cを発行したとします。悪意のあるL / C受領者の場合、実際にはスクラップメタル、おがくず、スポンジでいっぱいの箱を送っていたとしても、モデルを出荷した、として船荷証券とともにL / C を銀行に持ち込むことができます。L/ Cの発行者であるあなたは、貨物の内容を調べる前に支払いを行なわなければならないのです。ありがたいことに、これがPFMで起こったことはありませんが、PFMが期待にそぐわないモデルを受け取った事例は数々あります。
韓国では、生産が予定より遅れていても、L / Cの延長を求められたことはありません。L / Cが有効期限の90日に近づくにつれ、メーカーは出荷ができるように急いで製品を仕上げ、船荷証券を銀行に提示し、L / Cで代金を受領しました。そして通常、PFMは、彼らから、何かが間違ってはいたが、「次回はもっとうまくやる」という謝罪の手紙を受け取りました。これが標準的な仕事の手順になっていました。
数回、送られてきたロット全てを修正のためにメーカーに返品しましたが、これはやっかいなことになります。代金は既に支払われており、メーカーはその時点で未払いとなっているL / Cの新モデルを仕上げるのに忙殺されているのです。つまり、彼らには迅速に問題を修正するインセンティブがありません。いくつかのケースでは、支払い済のモデルがPFMに返送されるのに1年もかかりました。それでも通常、多くのものが、まだ間違ったままでした。
(長文をお読みいただき、ありがとうございました)
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