第114話 ご照覧あれ その一
うーん。困った。配信直前に衝撃の事実である。一旦配信を中止したい。スタンスがブレる。
にしても、まさかまさかである。いや、言われてみれば確かにその通りなんだけど、海外ライバーの存在を忘れてたのは痛恨だった。
でも仕方ないじゃんか。海外ライバー、俺詳しくないんよ。VTuberは大好きだけど、だからといって全てを把握してるとは思わないでほしい。
そもそも国内のライバー、それも大手であるばーちかるに所属している人らですら、アンテナに引っかからないと抜け落ちていくのがVTuber業界である。
国内大手所属のライバーさんですら、冗談抜きで『え、この人誰? ばーちかる? マ!?』なんてことがザラにあるのだ。それが海外ともなるとね……ねぇ?
もちろん、海外勢を見下してるとか、馬鹿にしてるとかではない。ただ俺の興味の範囲外ってだけである。現状ですらキャパオーバー気味なのに、海外勢まで追っかける余裕なんかないんよ。
そんなわけで、すっかり頭の中から存在が抜け落ちていたのである。さてさて、どうしたものか……。
「天目先輩に言われなければ、正論と口八丁と建前で有耶無耶にする気だったんだけどなー」
ついさっきまでは、アメリカに対して積極的に介入する気はあまりなかった。
コンプラ的問題……企業の名を背負っている以上、法律違反に当たる行為に堂々と手を出すわけにはいかないってのもあるし、なにより個人的な感情で動きたくなかった。
だって面倒くさいじゃん。こういうのって、一回善意で助けると際限なくなるし。ことあるごとに助けろなんて言われたら、普通にイラッとくるし。
別にアメリカを助けたくないわけじゃないのだ。天目先輩の前ではああ言ったが、俺だって馬鹿じゃない。アメリカが崩壊して、生活に影響が出たら普通に困る。
だから上手い具合にラインを見極めて、良い感じの状況で首を突っ込みたいってのが正直なところである。
アメリカに甚大な被害が出て、このままだと日本にも多大な影響がってところで介入。または、アメリカ政府からデカめの対価を提示されたら介入。
当初の予定ではザックリこんな感じだった。玉木さんとの会話で出した覚悟云々も、上手い具合の条件を提示してくれたらなぁって言う願望混じりの台詞である。
これで高値を付けてくれたのなら、喜んで参戦する。こちらの意図を汲まれず、安値を付けてきたら釣り上げる。そのためのネタも用意してある。
そうしてコキ使われないよう、世界の警察様にハードルを定めてもらうつもりだったのだが……状況が変わった。
「どうすっかなぁ……」
海外勢、それも沙界さんのご友人がアメリカにいるとなれば、心情的には『ひと狩りいこうぜ!』とダッシュしたいところなのだが。……ご友人がテキサス在住だった場合はアレだけど。
しかしながら、じゃあ今から急ぎますと宣言することは不可能である。法律の問題は既に挙げた通りだが、ことがバレた時には沙界さんに迷惑が掛かる。
俺を間接的に動かせると世に知れ渡ったら、沙界さんに対してハニトラなどが集中しかねない。いやそれどころか、推し、及び関わりのあるライバーさん全員に工作が開始されるだろう。
玉木さんの情報では、現状ですらそんな感じのことが行われており、公安の人らが必死になって介入しているらしい。
そこに追加でガソリンぶっ込んで、日本のVTuberを巡って工作員が暗闘開始とか普通に笑えん。
「……っと、時間か」
となれば、やはり表面上は気乗りしない風を維持しなければって感じかなー。とりあえず、無駄に騒いでる外野を正論で黙らせながら、アメリカ政府からコンタクトが来るのを待つかね。
「分かりやすく表舞台に出てやったんだから、是非とも食いついてほしいところだが……」
まあ、それはともかく。時間になったし、配信開始といきますか。とりあえず、失言だけは気をつけましょう。……いや冗談抜きで。外面と内面の差が結構あるので、ふとした拍子に本心ポロリしかねん。
「──ふぅ。はい、皆さんこんばんは。デンジラスのスーパー猟師、山主ボタンです。今日は久しぶりに、メインチャンネルでの配信となっております」
:待ってた
:いや配信なんかしてないで早くアメリカ行けよ
:なにのんびりしてんだ!
:世界の危機だぞ!
:山主さんも大変やの……
[メッセージが削除されました]
[メッセージが削除されました]
:早くあのモンスターをなんとかして!
:予想はしてたけど荒れてるな……
[メッセージが削除されました]
:配信してる暇があったら、さっさと助けに行ってこい
:お前のせいで大勢の人が死にかけてんだぞ!?
[メッセージが削除されました]
うーむ。開幕からカッ飛んでるなぁ。待機画面の時点でも中々だったが、配信開始と同時に怒涛のコメント投下である。
読めない海外コメントは弾いてこれだ。ここまで来ると、相当な動体視力がないと対応できないな。俺も読めはするけど、反応しようとは思えない。大半がアンチコメントだし。
てか、これ大丈夫? コメント欄、この勢いだとワンチャン吹っ飛ばない? なんなら配信ごとバグって落ちたりしない? ……まあ、その時はその時か。
「さて、と。いつもだったら、挨拶のあとは軽めの雑談を交えるところなんだけど。今日は内容が内容だからね。さっさと本題に進んでしまいましょう」
雑談なんてしたら、うっかり暴言とか吐いちゃいそうだからね。仕方ないね。
「あ、まず先に断っておくと。コメント関係は基本的に反応しないんで、悪しからず。反射で応えるぐらいはするかもだけど、質問とかは基本的にはスルーします。量が多すぎてキリがないしね。あと海外コメントはマジで分からんので、そこもよろしく」
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:ノリが軽い!
:いやちゃんとコメントには応えろよ
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:早くアメリカ行け
:なんか機嫌悪そう……
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:海外の人には答えてやれよ……
:だからさっさとモンスター倒してこい
:お前が無駄話してる間に、大勢の人がどんどん死んでいってるんだぞ!
いらぁっ。……文字の分際で、ギャーギャーうるっせぇなぁ。分かってはいたけど、こうして騒がれるとやっぱり腹立ってくるわ。
マジで完全拒否してやろうかな。沙界さんのご友人がいるからやんないけどさぁ。心情としてはガリガリやる気が削がれていくというか。
ウタちゃんさんの時もこんな感じではあったけど、あの時とは状況が全然違うし。
まず規模が規模なので、純粋にアンチコメントの量が桁違い。それに加えて、こっちからは動けないのが凄いストレスだ。
あの時は、俺が裏で桃を渡せばそれで終了だった。根回しも後始末も、玉木さんを筆頭にした国のお偉いさんたちがやってくれたし。
対して今回は、他所の国のできごとである。絶対的なイニシアチブこそ俺にあるが、事態を推し進めるのはアメリカ政府である。
向こうがコンタクトを取ってくれないと、こっちは何もできないのだ。……だからこうも好き勝手言われると、凄まじくイラッ☆とくる。
「はぁぁ……」
なんかアレだなー。普段の配信ならともかく、今のコイツらを相手に行儀良くする必要性を感じねぇわ。
あとこの感じだと、正論で返しても火に油だな。余計に燃え上がって、逆に収集がつかなくなる。
これはもう、何を言っても無駄だ。正直なところ時間潰しでしかないのだが、それにしたって暴徒を相手に穏便に済ませようとするのは不毛だ。
それが弁舌を用いてならなおのことである。議論のぎ文字も成立しない。ただの怒鳴り合いにしかならん。……だから仕方ない。うん、これは仕方ない。
「──はい傾聴。それができないなら、問答無用で黙らさせちゃうゾッ☆」
──ここから先は、山主ボタンはお休みだ。いつかのように、いやそれ以上の冷や水をぶっ掛けてやろう。仏に次なる覚者と見込まれた、もっとも神に近いこの『俺』が。
ーーー
あとがき
ゲリラ投稿じゃよ。理由は、新作を発表したから。
タイトルは【リリィカーネーション〜ここは性転換者特別クラス。これより始まるは尊厳奪還学園恋愛頭脳戦】。
ジャンルはラブコメ。新たな挑戦として、TSをメインテーマにしてみました。
人気が出れば連載決定の読み切り形式。書きだめ三万ちょい。書きだめが尽きるまで毎日18時更新。
どうか皆さん、読んでくだしあ。そんで☆くれ。♡も。コメントももらえたら嬉しい。
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