第113話 傍目八目

 ただいま配信準備中。ただいま配信準備中。ただいま配信準備中。


「はぁぁ。やりたくねぇ……」


 なお、気分は憂鬱とする。……いやマジで。配信することに対してマイナスな感情を抱いたの、冗談抜きで初めてだよ。

 だってそうだろ。誰だって火中の栗なんて拾いたくない。そりゃ俺だって何度も炎上を経験してきたさ。ウタちゃんさんの時だって、草生やしながら乗り越えてやったよ。ウルトラCだって決めてやったさ。

 でも今回はレベルが違う。今までの炎上は線香クラス。対して今回は、溶岩に手を突っ込むようなレベルだ。端的に言って自殺行為である。


「でも、やんなきゃだもんなぁ……」


 しかしながら、無視してだんまり決め込むのも悪手である。今後のライバー生活を考えると、悪手中の悪手である。

 世間の認識では、俺は対モンスターのスペシャリストなのである。ぶっちぎりで世界一の。

 それ事態は間違ってないし、俺もそうした自負はある。あるのだが、今起こっている問題が、俺にしか対処できないかと問われれば、まあ否である。

 夥しい犠牲は出るだろう。国は滅びるだろう。死の大地が誕生するだろう。だが、いつかは乗り越えることはできる。人類の底力は、世間が思っているより侮れない。

 個人的な所感としては、アメリカなら死力を尽くせばギリどうにかできるんじゃねってイメージなのだが、残念なことに世間はそれで納得しない。

 世間の認識では、アメリカはもう駄目らしい。だから俺を引っ張り出して、なんとかドラゴンを倒してもらおうと動いてるのが現在の流れ。


「俺もアメリカの全力なんか知らんのに、よう言うわ本当に」


 案外なんとかなるかもしれんだろうが。それなのに勝手なんかできるかいって話なのに、何故そんな簡単なことも理解できないのか。

 世間に公開されてる戦力が、その国の全戦力なわけないだろうが。ミリオタですらない俺ですら、それぐらい分かるんだぞ。軍事機密なんて単語が存在する意味を考えろ。

 探索者にしてもそうだ。一応、俺は人類の到達ラインみたいなものをざっくりとだが知っている。神様をぶっ殺した時のオマケで教えてもらった。

 現状では俺がぶっちぎりだが、それは結果だ。死線を踏み潰す過程で、なんか人としての壁を乗り越えた。それを繰り返した結果である。

 つまり、俺と同格だった奴はいるのだ。なんなら知り合いにもいる。そいつらも壁さえ越えられれば、俺のいる領域に並び立つことは可能なのだ。

 まあ、言ってしまえばレベルキャップである。天井自体はとっくに解放されてるので、あとは各々がクエストをクリアするかどうかという、そんな単純な話。

 で、だ。アメリカにもそういう奴らいる。明確な証拠があるわけではないが、大国だし、人口も多いし、まあいるんじゃねぇかなって。

 なので、彼らが土壇場で覚醒する可能性も十分ある。なんなら結構高い。何度も言うが、人類の底力を舐めちゃいけない。

 つまるところ、未来は誰にも分からないのだ。俺にだって分からないのに、一般人の集合体風情が分かるわけがない。なので基本は静観一択。一択なのだが……。


「ったく。人が道理に沿って待機してりゃ、好き勝手やりやがってこんにゃろう」


 予想はしていたが、世論の暴走が酷い。流石にこれは無視できない。なにせ相手は、『大量のアメリカ国民の命』という大義名分で武装している。

 これを無視したら、一気に俺は悪者だ。間違いなくVTuberとして活動できなくなるし、下手をすればデンジラスそのものが正義の名のもとに潰される。

 実際、既にその兆候は出ている。俺だけでなく、他のデンジラスメンバーの配信、SNSアカウントにも『正義感に溢れる世間様』が大発生している。……それどころか、一度コラボした相手のところにも湧いてるそうで。

 ふざけんなって話である。運営側も同意見……いや同意見って雰囲気ではなかったが、スルーもできないってことで、苦渋の判断の結果許可が出た。もぎ取った。


「うし、やる──おん?」


 一通り愚痴ったところで、そろそろ配信用のテンション、暴言フィルターを掛けようとしたところで着信音が鳴った。

 誰かと思って確認すると、そこには天目先輩の名前が。


「はい、山主です」

『……あ、出てくれた。配信前なのにゴメンね、山主君』

「いや、それは全然構わないのですが。どうかしましたか?」


 通話に応じはしたものの、正直言って意外だった。天目先輩は常識人だ。それこそ、真の清楚と呼ばれるぐらいには。

 そんな人が、このタイミングで通話を掛けてくるとは。多少余裕があるとはいえ、告知していた配信時間が迫っているこのタイミング。非常識と非難するつもりは毛頭ないが、それはそれとしてイメージに合わないというのが正直な感想である。


『えーと、ほら。山主君、かなり大変なことになってるでしょ? だから先輩としてのメンタルチェックと、あとは応援かな』

「それはそれはご丁寧に。ご心配ありがとうございます」

『お礼を言われるほどのことじゃないよ。こんなの先輩、いや同じデンジラスのメンバーとして当然のことだから』

『一応補足しておくと、長くならないよう代表して一花先輩が喋ってるだけだからねー! 周りに皆いるからねー!』

「待って?」


 何か唐突に雷火さんの声入ったんだけど。てか、今皆って言った? 言われてみると、確かにスピーカー越しに気配を感じる。数も合致してるし、マジでデンジラスのメンバー全員いるじゃん。


「うわぁ。本当にいる……」

『……え? 何か聞こえた? やけに確証ある呟きだけど』

「呼吸音と衣擦れの音が」

『ボタン、それはちょっとキモイ』

「声音がガチじゃん」


 またも雷火さんの割り込み。そして随分な言い草である。……いやまあ、女性の呼吸音と衣擦れの音を聞いてますって言ってるようなもんだし、残当と言えば残当か。


「それで、皆さんお揃いで何してるんです? 女子会配信でもするんですか?」

『あはは。この状況でそれをする勇気は流石にないかな……。皆ね、山主君が心配で集まってるんだ』

「それは……ありがとうございます?」

『困った感じの声だねー。まあ、確かにちょっと重いかも? ……それでも、私たちは山主君の味方だよ。何があってもね』


 これはまた、中々に重い宣言である。……まあ、先輩たちには苦い過去があるもんな。だからこうして集まって、わざわざ声を掛けてくれたのだろう。


「ありがとうございます。でも、そんな宣言しちゃって大丈夫なんですか? 自分で言うのもアレですが、俺って何を言うか分かんないですよ?」

『それでも、だよ。だって今のところ、山主君は何も悪いことしてないでしょ? なら、私たちは堂々と山主君の味方をするよ。もちろん、悪いことした場合は別だけどね? ……それとも、何かする予定はあるのかな?』

「正論をぶちかますだけなんで、今のところはないっすね」

『なんか余計なのが付いてた気がするけど、とりあえずはうん! ないならヨシ!』


 大丈夫? それあの猫のポーズ取って言ってない?


『まあ、私たちは山主君のこと信じてるからね。変なことはしても、酷いことはしないって』

「へぇ? ネットとかだと、俺ならワンチャンアメリカ見捨てるって言われてるのに?」

『それは外野が勝手に言ってるだけの印象論だよ。山主君なら、アメリカを絶対に見捨てるなんてしない』

「……やけに断言しますね。俺、今回のことはアレですよ? 表現はアレですけど、ただの不幸な大災害にしか思ってませんよ?」


 これは本心だ。逆張りでもなんでもない。俺の中でのアメリカの一件は、よくある災害の一種。発端がダンジョンの管理不足であることを考えると、人災から連鎖した最悪の自然災害だと言えるだろう。

 だから正直な話、炎上とかを抜きにすれば、今回の件で思うところは特にない。テレビで外国の災害映像を見て『うわー』と言う程度。

 ガチのスタンピードなら、あの高次元存在たちが何かしら手を出してきたのなら、また違った感想を抱くのだろうが、今回はマジの事故だ。間違いなく事故だ。

 切っ掛けはスタンピードであっても、そこから不運にも派生した自然災害に何を言えと? これは外野がどうこうする話じゃないだろ。当事者がどう足掻くかの話だろ。

 確かに人は死んでいる。気の毒だ。大変だなと思う。でも、それだけだ。お前には解決できる力があるだろうと言われても、普通に困る。

 あらゆる法が、規則が勝手するのを禁じている。そして論理を抜きにしても、そんなことで非難される筋合いはない。

 ならお前らは、外国で災害が起きたらボランティアに行くのかと。大多数が行かないだろう。行ったことがないだろう。

 これをシビアと言う奴は馬鹿だ。脊髄で会話してるだけの馬鹿か、脳にまで綺麗事が染み込んで花を咲かしたアホ。

 人間のなんたるかを全く分かっていない。人は白黒の世界で生きてない。誰しもが複雑な色を抱えている。

 だからこそ、その中で時折見せる美しさに、人は脳を焼かれるのである。

 人を動かしたいのなら、利害でもって取引するか、行動でもって惹き付けるしかない。馬鹿はそれを理解していない。


「俺は別に聖人でもなんでもないんです。前にウタちゃんさんを助けた時とは事情も違う。それでも天目先輩は、俺がアメリカを見捨てないって断言できるんですか?」

『うん。多分すんなりとはいかないし、色々と紆余曲折は挟むことになるだろうけど、それでも最終的にはアメリカのことを助けると思う』

「それはまた、どうして?」

『だってアメリカには、【ばーちかるE】や【ライブラE】に所属してるライバーさん、何人かいるでしょう? 特にばーちかるEのセルバンテス教授って、沙界さんと凄い仲良くしてるって有名だし……』

「……」


 やべぇ。それ言われると一ミリも言い返せねぇ。……え、てかそうじゃん。言われてみるとそうじゃん。あれ、やっぱり積極的に助けた方が良い? いやその前に、沙界さんに確認取るべき?




ーーー

あとがき


タイトル通り。本人もうっかりしてたから仕方ない部分もあるんだろうけど、別に偉い人たちが必死になって頭を悩ませなくても、利害で動かそうと思えば動かせた。

でも全ては後の祭りである。事態はもう進んでいるのです。

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