人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

民は将来に蘇る蘇民将来の話しは、素戔嗚尊の役割

近世日本が産んだ最高の予言者とされる大本教の出口王仁三郎聖師は、インターネットのあるブログの分類で似せメシアに分類されていました。確かに、大本教の初期の頃、出口王仁三郎師は自分がメシア式の発言をされています。自分はイエスと比べて何等劣る者でもないとも言われているようです。
しかし、後では自分がメシアだとは言っておられません。救世主は「素戔嗚尊」様であると言っておられます。素戔嗚尊とは神です。しかし、出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊の魂を持っていた方と言われていますので、その意味では人であっても神として名乗れたことにもなります。
他に、出口王仁三郎聖師は救世主は「源の日出雄」だと言っています。この源の日出雄とは出口王仁三郎聖師自身だとしています。が、出口王仁三郎聖師は予言者であり、予言として型を演じられたと見るならば、そこには何等かの意味が隠されていることになります。

素戔嗚尊様と言いますと、「蘇民将来」のことがよく言われます。この元となる話しは「備後風土記」にある「武塔神」の話しですが、この武塔神は速須佐能神(すさのおのかみ)と名乗っており、須佐之男神は素戔嗚尊ともされるわけです。
そして、日本民話ではこの素戔嗚尊の存在が、お釈迦様の祇園精舎の守護神「牛頭天王」のこととなり、京都八坂の祇園神社の御祭神は素戔嗚尊=牛頭天王となっていたわけです。しかし、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動で、祇園神社から八坂神社に名が変わったわけです。

私が修業中、牛頭の人が出て来たことがありました。私の幻視だけでなく、即座にその幻視は2番目の師匠により霊媒者にも転送されて、私と霊媒者の二人してその牛頭の人を見ているという出来事がありました。さすがに私も牛頭の人の存在にその時は大変驚いたしだいです。
牛頭は何の意味かと?。その意味の探りに入ったわけです。

私が子供の頃に臨まれた神は、旧約聖書の神と名乗られました。だが、幾多の霊能者から指摘されたのは「国常立尊」様と呼ばれる神の存在でした。大本教からは国常立尊「牛虎」金神としての名も出されたわけです。仏教の祇園精舎の守護神としても牛頭天王が出ているわけです。
私が子供の時に臨んだ声は、【この国は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国で有り、この神の教えを学ぶのに宗教書は要らない。書かれた物はその意味をよく吟味しなさい】と言われたわけです。この日本は【言霊の幸はふ国であり】。私は、それが「言霊」のことであり、「日本語」という言葉のことであり、言葉による仕組みであると理解出来たわけです。

そうした言葉の意味から見て行きますと、素戔嗚尊(武塔神)を大切にした【民は将来に蘇る】が「蘇民将来」の意味になります。逆に宿を断った大金持ちの弟の「巨旦将来」は滅ぼされたということになります。
では、本当の「素戔嗚尊」とは何の意味でしょうか?。これは「地球守護職」を意味しているのです。
日本神話では、太陽(天照大御神)・月(月夜見尊)はよいとしても、素戔嗚尊はだけは何故か伊弉諾尊の「鼻」からとなっています。太陽と月と比較して、あまりにも格が違っているので、これはおかしいぞとなって議論が続出するわけです。素戔嗚尊は太陽や月と比較した場合は「地球」として見るのが本筋なのです。太陽や月や地球を創造したのは国常立尊様であられても、守護の任は別の働きです。

大本教の出口王仁三郎聖師は、何故に「素戔嗚尊」が救世主だと予言したのでしょうか?。そこに、これまでの地球とは別に新しい地球の存在があるのです。新生地球は国常立尊様がこの地球が非常時の為に備えられていたものであり、旧来の地球から新生地球に移る神の働きが地球守護職としての「素戔嗚尊」であり、その新生地球に「復活」するが「蘇民将来(民は将来に蘇る)」であり、救世主と呼ばれる位置づけとなるわけです。

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