人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

未来は善(譱)人の羊(未)来るで、神の階級は固定される

神と人との違いは、人には未来が解らず。神は未来が解ると言われています
その力が強い神ほど、早くから警告を出されるわけです。
人は予言の能力を持ちません。だが、神は未来を予言されるわけです。私の最初の師匠であった方は、3日前ではありましたが、御祭神は阪神淡路大震災を師匠に告げて、阪神方面の信徒さんに対して事前に避難勧告を言われています。
大正時代の関東大震災の時、大本教の出口王仁三郎聖師が関東大震災を一週間前に察知されて、東京在住の大本教信徒に逃げる様にされ、大本教信徒は無事に逃げられたと言われていると思います。
しかし、多くの霊能者やスピリチュアルの方達が活動されていますが、そうした警告をほとんどの方は受け取っておられないと思われます。各御神霊において特異不得意の分野もあるでしょうが、各々の御祭神・守護神の力がそこまでの存在ではなかったと言うことも出来るのです。

自分に懸かった霊が単に天使だとか神だと名乗っていても、その存在の真偽も確かめず、その存在が神界における位置がどの辺かも解らぬまま、その存在が言う言葉で踊っていたのではしょうがないわけです。

聖書には第一の死と第二の死が書かれています。しかし、その意味の説明はされていないのが実状でした。この前のブログの文章で図解として、肉体の死を終えて霊体となり、その霊体を死なせて魂のみとなった時、新しい霊界の肉体で神の世界に復活する内容を示しました。
聖書の意味がそれと同じなのかは解りませんが、似通った内容です。だとすれば、宗教が古来より伝えて来たものを一概に否定するのはどうかとなります。違う視点に立って見ればいいことにもなります。
それは私達の魂が神界に入る意味なのですが、神の位に就けたとして、どれだけの力があるのかとなります。天人ばかりの世界に進む場合は別ですが、仮に自分が神社に祭神として祭られたとしても、何の力も無ければ誰も参って来ない存在となるわけです。また、その仲立ちとなる霊能者がいないと、その勢力も広がりません。そうしたシステムが解らないと、人から神に成るも解りづらいのです。こうしたことは既存の神界で修業を積んで来ないと解ることではないのです。

未来とは、ヒツジ(未)が来るになります。【未】は【羊】です。どうして、未来は「羊」でやって来るのでしょうか?。

聖書を信じる者は神の「子羊」として説かれています。「羊」達に対する教えなのです。でも、それだけでは意味が解らないわけです。

大本教は【牛虎(ウシトラ)】金神を宣伝しました。この牛とは、

そして、「虎」の意は「虎の巻」を言いますが、旧約聖書で律法を「トーラー」と言ように、唯一の神(牛)が示す律法(虎)とも呼称するわけです。寅は演じるに通じるわけです。

大本教では、そのウシトラ(牛虎)金神・国常立尊様の反対側に、羊申(ヒツジサル)金神・豊雲野尊様を置きました。こちらは、羊が申すとなります。羊が申すの申すは言葉を申すであり、

譱(善)のことを指します

みろくの世に進むのは、無条件ではないのです。この唯一神で示される「牛」と善を積む「羊」が重要な意味を持つのです。
何故ならば、未来は善の羊で来るからです。と言って、羊の年にみろくの世が来る意味ではないのです。主の神を信じる善なる者には未来が有ると言うことなのです

私が言葉で紐解いている内容は旧来の宗教が示して来た内容で、現在の宗教家が間違った解釈や形骸化した宗教家になっている現実はあるにしても、それをもって旧来の宗教は間違っており、現在のスピリチュアルの直感主義が正しいことにはならないということなのです。逆に神界のメカニズムに疎いが為に、霊的なものに振り回されている方が多数見受けられます。

私達の魂の中には創造神の分魂が存在します。それは、日本古神道で直霊として脈々と伝えられて来た物です。その分霊が各自の魂にあるからと言って、人は創造神だと言う意味にはならないのです。現実に霊界に戻れば、創造神と呼ばれる存在は遙かに遠い世界の存在なのです
スピリチュアルを標榜していて現実に創造神に出会えましたか?。
大本教神典では、正神界・邪神界ともにその階級は180階級と書いていますが、行者さんなどの世界では解り易く「十段」とされています。そして、ピラミッド方式なのです。マウンテン(山)としても表現されるのです。
その大本教の開祖出口直さんに懸かって出られた国常立尊様とは、国常立尊様神界でも七合目の神とも言われています。ですから、大本教は本番では無く、予告であったと言われています。予言教団大本教が予告した内容はこれからなのです


私達の魂は、天帝の分魂を頂いていますので、神とも成れることが出来るわけです。だが、神と成れたからと言って、創造神では無いのです。神界でぞうきんがけをやらされて、経験や体験を積んでその地位を上げて行くわけです。その地位を更に上げる為には【魂の修行場であるこの世】に降りて来なければなりません。そこから、この世は【天人の苗床】とも言われて来たのです。神も輪廻転生すると言われて来ましたが、輪廻転生しないとその地位を上げるも出来ないわけです。
こうした神霊界の構造が解っていたならば、どうして人は一人一人が創造神などと大口が叩けるのでしょうか?。
いくら創造神の分魂である直霊(良心神)を保持しているからと言って、このピラミッド(山)の階段を上がって行かなければならないのです。これを【神の高山に上がる】と言うのです。

大本教の出口王仁三郎聖師は、私達の魂が海の水を柄杓一杯すくった程度の分量であれば、国常立尊様は地球の海水の分量になると言われています。
月とスッポンという言葉があります。主が月だとすれば、私達はスッポンの大きさなのです。イエスは自分が「いと小さき者と知りなさい」と説きましたが、魂の大きさの違いが理解出来ないのであれば、実は神の世界など解りようがないのです
スピリチュアル系の方は、自分がお釈迦様やイエスと同等ぐらいに思っておられる節がありますが、魂の世界では問題にはならないほどの差があるのです。お釈迦様もイエスもその人生において完成された存在ではないのです。元から高い神的な存在が人としてこの世に出られただけなのです。そこには輪廻転生があったからです。

だが、神界の深層にまします頂点の神は、神社等で祭られている存在ではないのです。現在まで、この頂上神たる存在の神は人類の上には臨んでおられないと言われています。始めにして終わりなので、終わりの時に人類の上に臨まれるのです
日月神示にトドメのウシトラ金神が天の大神様に対して、人民に代わってお詫びすると言う内容が存在しまして、ウシトラ金神国常立尊様より上位の天の神が存在するのですかと質問されたことがありますが、存在されるようです。私は最初、天之御中主様のことかと思ってみましたが、大本教神典では、その存在を「みろく」大神。「五六七」大神と書き、その命を受けて大国常立尊と豊雲野尊様の両神が宇宙創造に活動されたとあります。天之御中主様は国常立尊様が天地を分けた時にその魂を割られた存在とありますので別なのです。

これは神霊関係では知られていることですが、国常立尊様が金龍さんであり、豊雲野尊様は銀龍さんですが、その金龍さんや銀龍さんよりも上位の龍神さんが存在しておられます。だとすれば、上位が存在されることになります。だが、この龍神さんを知る方はほとんど無いと言えます。世に知られていないので祭る神社もないのです。当然にインターネットで検索しても、その存在は誰も書いてもいません。だが、一部その龍神さんの存在を知っておられる方は存在していますね。そうした方達は、金龍さんより上と言われます。

聖書のヨハネの黙示録には。【私はまた、新しい天と新しい地を見た。先の天と地は消え去り、海もなくなってしまった】。それは終わりの時でないと、解らないことではあるのですが、旧来の宗教はこの地球が立て替わるを説いて来ているのです。新しい天と地が用意されているなのです。それをスピリチュアルで古い宗教など要らないと否定出来るかどうか?、です。
その立替で問題になる一つには、私達の魂の輪廻転生が終了することなのです。輪廻転生が終了してしまいますと、図で示したもので解る様に、その時の自分の魂の地位がその段階で決定されてしまうのです。神界の上の段階には永久に進めなくなってしまうのです。
大本教神諭には、弥勒の世では魂が永遠に上中下に固定されてしまうので、そんなことは聞いていなかったぞの苦情を聞くのが辛いので、前もって言っておく式の記述があります。その宣伝期間は120年間もあれば充分なのでしょう。

森羅万象「悉(米の心)」くの神に生かされていることを感謝する。それが先です。

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