スピリチュアルの方達は、何かと言えば善も悪も無いのだと言う言い方をされています。本当にそうなのでしょうか?。
【悪(惡)】の字は【亞の心】ですね。では、「亞」は何の意味でしょうか?。
亞の字は、下記の形から来るのです。下記の図は「亞」の漢字を解説しているものです。亞の中の十字形は王などの長を祭る【墓】を意味しているのです。

悪は「墓」の心?、となるでしょう。で【亞】の漢字の意味はと言いますと、主たる存在の次の地位にある者です。古来の中国で、基本的には神を祭司する者が亞と呼ばれていました。また、王に次ぐ軍の指揮官(司令官)も亞と呼ばれていたこともあるのです。大本教神諭に、国常立尊様に次ぐ者達が悪かったの記述があります。すなわち、主の神の仕えた実力者達の意味が隠されているのです。
スピリチュアルの人達は何かと言えば天使だ天使だと言われますが、
天使とはメッセンジャーの意味で、日本語に直せば郵便配達。神界に及ぼす権限などさほどないのです。日本で言えば天照神界。白山神界。稲荷神界。出雲神界。八幡神界と言われる様に各神界の長たる御神霊が力を持っておられるのです。各神界は長たる御神霊の元に、そこに所属する神々や眷属たる家臣団などで巨大な霊団を保有するのです。言うなれば幕藩体制なのです。
私は鍾馗神のご案内で、国常立尊様の御引退後地上神界の主宰神になられたと言われている磐古大神(中国で創造神と言われ、木星の精たる神とされている。木星はジュピターでゼウスとも言われている)に拝謁しましたが、この磐古大神から国常立尊様に地上神界の大政奉還がなされると大本教霊界物語は告げたのです。
その磐古大神に従う無数の将軍達を見た時、スピリチュアルで自分は天使でございますなど言っていたならば、麾下の将軍達に捕まえられてひねり潰されてしまうでしょう。だが、木星の精たる神と言われているように、宇宙の創造神様ではないのです。国常立尊様の御引退後の太陽系に関わる地上神界の主宰神様だったわけです。私はゼウスと称されている方がどなたのか解りませんでしたが、磐古大神様で意味が解りました。
大本教神典では、国常立尊様はそうした神達によって、東北に押し込められたとするわけです。で、その御復帰は何時にとなると聞かれたならば、節分の炒り豆に花が咲く時なのです。
魂論を展開すれば、どんな玉にも核があることは論理的に解ります。そうしたことすら解らずに、何をしてもいいのです。善も悪も無いのです。そうしたことを言っているのは、
主の存在を世間に解らぬように(墓)に葬ってしまっている存在の心で「悪」なのです。この世の犯罪の意味で善悪を言っている場合は、良心が在るのか無いのかの意味合いなのです。
スピリチュアルで勘違いされていることは、良心など持ったら自己の意識が重くなって高次元に進むのに邪魔になるのではないか、そうした考え方かも知れません。
高次元に進む時に邪魔になるのは、この世に対する執着心とか未練であることは間違いないのです。それは重い(想い)荷物です。しかし、良心は「徳(悳)」の心であって、重い(想い)荷物では無いのです。逆に「天の直たる心」を吊り上げて行くのです。
私は修業をしていて、ある疑問を感じました。
どの神様も愛はあるのです。だが、良心が存在していない。神とは、良心を持たない存在を指すのだろうか?。たいへんな疑問符を抱いたのです。そうした神々を見ていて、高度の次元に上がるのに良心は邪魔な存在だと勘違いされたのならば、それは間違いなのです。
現在の神界の神々が主の存在を崇めておられるかとなったならば、主の存在には言及されないでしょう。
主を崇めて祭司しなければならない存在は、実は世に出ておられる神々なのです。為に、主の神が表に立てていないのです。大本教神諭、世に出ておられる神々の心の持ち方が悪かった。なのです。
スピリチュアル系の人達は、善も悪も無い。言葉も要らない。そうしたことばかり言われます。また、主の存在にも言及されません。一人一人が創造神で何でも出来るのです!。創れるのです!。そこには宇宙を創造されたであろう存在に対して、何の崇めもありません。
では、悪の意味は言葉が無ければ紐解けたのでしょうか?。たぶん、スピリチュアル系では善も悪も無いのだから紐解く必要が無いと言うことなのでしょう。しかし、こうした文字が無ければその意味合いも解りません。
前にも書きましたが、天界を訪れた人が天人達から聞いた噂話ですから、真偽は解りませんが、これから創造神は各自の良心神(主の分魂)によって、主と共に永遠の世に進む者達と、主など居ないと言う人達とに別けられて、主と共に進む人達には主の恵みを授け、主など居ないと言う人達は各々が創造神なので、自分で自分の世界を創り出して自分で恵みを産み出し、その人に賛同する人達の魂と永遠にその世界に住むということなのでしょう。
私が子供の頃に聞かされたのは、永遠の私を知る者と知ろうとしない者とに別れて永遠の世に入るでした。もう二度と交流することは無いと言われました。お互いに別れて行くだけの話しです。それが喧嘩の元にならないからです。
ならば、
スピリチュアルの人達が言う各々が創造神なので、自分の好きなようしていいのですという説は正しいことになります。永遠に主の存在を知らぬ者達になるのでしょう。
国常立尊様とは立法に厳しく、その厳しさ故に神々の反発を受けて表舞台から消えられた神と言われています。決して、自分で好きなようにしていいのですと言う世界は創られません。それが「41」が立法として示されているわけです。また、その精神は分かちで何事も分け合うですから、均一な恵みを受けられる世界を目指されるでしょう。それは、大本教神諭に富める者と貧しき者の差があっては行けないので、マスで引いたように世を均一にするとあります。
最近、ある説が流れているようです。人類は次元上昇によって地球の内部に人工太陽を創って住み。その人工太陽エネルギーで大儲けを考えている神々です。神々もいろいろ考えておられるようです。
その国常立尊様の御復帰を認めない神々にとっては、自分達の好きなようにやりたいで、自分は財を唸るほど保持するのだ。しかし、誰が国常立尊様の御復帰を決定されたかとなると、天帝と呼ばれる天之御中主様である以上、推測ですが、その命に逆らうことも出来ないので、地球内部に王国を建設をするという考えに成り立ったのかも知れません。
私は夢でしたが、地球の内部に出来る何でも自由のやりたい放題の世界を見ていましたが、ああした世界が大好きな方もおられますし、私の様に規則の中で正しく生きる者にとっては、ああした世界は住みたくはないと思う人もあると思います。
どちらを選ぶかは、個々の考え方なのでしょう。善悪よりもイデオロギーが違っているので、そうした存在と何時までも同じ世界に混在すべきではないのでしょう。
問題は、反国常立尊で集まられた神々は集団の力で、そうした世界を創られるだけのお力はあるでしょうが、スピリチュアルで各々が創造神ですよと言われて、本当に創り上げる力があるのかどうかなのです。
自己の創造で何もかも創り上げる力があるならば、スピリチュアルで言う人達の様に何の問題もないわけです。
善と悪とに別けると言う意味は、この世の善悪の二元論ではなくて、
主を仰ぎ望む羊達は「善」で表し、主を墓に葬っている者達を「悪」で表現しているだけの話しなのです。
良心神を言う場合は、人に内在する魂の直霊(天帝の分魂)のことである為に、魂と天帝の存在を言わなければなりません。
だが、天帝の存在を否定する各自が創造神なのですよならば、別に魂論を話す必要も無く、愛のみを言っていればいいわけです。

にほんブログ村この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。