第四十話:正義=殺戮の軍団
《前回までのあらすじ》
鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。
当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。
しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意した。
さらに、今の頼朝はこの時代における「二人目の頼朝」であり、「先代の頼朝」は秀長自身が誤って殺害してしまったこと、そして頼朝に寄り添っていた出雲阿国の正体が、古代の巫女・卑弥呼であった事、時を超える力を持つのは彼女自身であったことなど、衝撃的な事実を聞かされ、頼朝はその場で意識を失ってしまう。
頼朝は決意を新たに京の二条城へと入り、友軍や徳川への対応、朝廷工作に奔走する。その矢先、心労が祟ったのか、再び頼朝は吐血して倒れてしまうのであった。だが、頼朝はこれ以上、時の流れを別の時代から来た者たちが創り出すのではなく、"本来の時"に生きる者たちへ戻すべく、徳川家康に軍団を引き継がせることを模索し始める。そして、そのために頼朝が選んだ道とは、意外にも、家康に攻めかかることであった。
《主な登場人物》
源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。二条城にて病床に伏す。
源義経: 平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。那加城にて東国の守りを固める。
武田梓: 武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。清州城代。
源頼光: 平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。大垣城代。
トモミク: 頼朝を導いた謎の女性。立花宗茂のはるか先の未来の子孫によって生み出された存在。
出雲阿国: 正体は卑弥呼。時を旅する巫女。頼朝の側近として上洛に同行。
北条早雲: 戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。安土城にて桜の後見役。
羽柴秀長: 織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。頼朝(先代)を死なせたことに苦悩する。
羽柴篠: 秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。頼朝の看病にあたる。
赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。
源桜: 頼朝の娘。北条早雲に師事。安土城代。
源里: 頼朝の娘。武芸に秀で、義経隊の副将。
太田牛一: 少し未来の徳川の世からタイムスリップ。二条城代であり、頼朝の側近・参謀。
お市: 織田信長の妹。頼朝軍に加わり、京に滞在中。
源宝: 一色義満の娘。頼朝の養女。砲術に長け、義経隊に配属。
[第四十話 正義=殺戮の軍団]
天文十六年(1587年)十月末。
頼朝が下した「徳川討伐」の命は、軍団内に大きな波紋を呼びつつも、着々とその準備が進められていた。
一方で、丹波の織田信長直属の部隊が、頼朝軍に臣従した丹後の一色家に対し、本格的な攻撃を開始したとの報せが、京の二条城へもたらされた。頼朝は近江周辺の部隊を出撃させ、織田軍を丹波から追い払う事を命じた。
以前に比べ、格段にその戦力が削(そ)がれたとはいえ、丹波の織田軍の戦力は、依然として丹後一色家のそれを凌駕(りょうが)していた。
一色家の先鋒を務める稲富祐直(いなとみすけなお)が、織田軍の猛攻を受け、その戦線が大きく崩れ始めた、まさにその時であった。攻撃を仕掛けていた織田軍の動きが、突如として止んだ。
頼朝軍の主力部隊が、織田軍の背後を突き、織田丹波領の重要拠点である籾井城(もみいじょう)へと迫っている、との急報が、織田軍本陣に届いたのである。
安土城代・源桜が率いる北条早雲隊、伊賀上野城代・世良田元信隊の精鋭突撃隊、そして岐阜城代・里見伏の狙撃隊。その総勢、実に八万近くにも及ぶ大軍勢であった。
先の戦で、摂津の荒木軍団によって領国を分断されてしまっている今の織田軍にとって、この八万という兵数は、まさに絶望的な数であった。
それでも、織田軍は、一色家への攻撃を急遽中止すると、城兵が頼朝軍に降伏し、城を明け渡す前に、何とか部隊を再集結させるべく、籾井城へ向け、慌ただしく進軍を開始した。
しかし、その織田軍の動きこそが、まさに頼朝軍が出撃するにあたって準備していた、織田軍殲滅のための筋書き、そのものであった。
「早雲様、籾井城が、ようやく見えて参りました」
源桜が、馬上で前方の、霞んで見える城影を見据えながら、傍らの北条早雲に語りかけた。
「今のまま、丹波、河内の二国を領する大名として、大人しくしておれば、頼朝殿も織田信長に、手出しはなさらなかったであろうに…。まこと、愚かなことよ」
早雲は、吐き捨てるように言った。
「思えば、この時代へ来た当初の、あの織田信長という男、まことに全てが見事であった。じゃが、一度、勝敗が決してからは……まるで、断末魔の苦しみの中で、ただもがいているだけかのようじゃな」
「はい……」
桜は、静かに頷いた。
籾井城下には、織田軍の重臣・明智光秀が、千にも満たない寡兵な守備兵を率い、それでもなお、果敢に迎撃態勢を取っていた。
「では、早雲様。事前の策に従い、細切れとなった織田の部隊を、各個に、順次殲滅いたします」
桜の声には、もはや、かつての少女の面影はない。そこには、一軍の将としての、揺るぎない覚悟と、冷徹なまでの決意がみなぎっていた。
「此度の戦は、友軍である一色家のためにも、この丹波の地より織田を追い出します。もともと、この丹波国は、我らが友軍であった波多野家の領地。
もはや織田とは戦う前より勝敗は決しておりますが、それでもなお、我らに刃向かうというのであれば、一切の容赦はいたしませぬ」
桜は、一呼吸置くと、全軍に聞こえるよう、高らかに号令した。
「みな様、出陣いたします! 」
源桜は、自らの愛馬に力強く鞭を打ちながら、どこまでも冷静に、しかし、その奥底には、燃えるような闘志を秘め、麾下の部隊に突撃の号令をかけた。
此度の戦場は、山間の、狭隘(きょうあい)な道が続く地形であった。そのため、頼朝軍は、あえて前面に鉄砲隊を出さず、まず、桜を先鋒とする、圧倒的な数の騎馬隊による突撃で、敵の陣形を強引にこじ開け、これを崩す。
そして、後続の里見伏率いる狙撃隊が、陣形の乱れた残敵を、容赦なく掃討する。
まさに、少数の敵を、確実に、そして完全に殲滅させるための陣立てであった。
城下に布陣する、明智光秀隊。
過去には、鉄砲隊を巧みに操り、頼朝軍を散々に苦しめた、あの有能な指揮官であった。しかし、今の、この圧倒的な兵力差、そして、地の利をも無視するかのような、源桜の、あまりにも苛烈な騎馬突撃の前には、もはや成す術はなかった。
多くの兵が、瞬く間に蹴散らされ、あるいは踏み潰された。そして、騎馬突撃を凌いで生き残った者たちもまた、まるで夜空の星の全てが、一度に鉄砲の鉛玉となって地上へと降り注いできたかのような、残虐なまでの、里見伏隊の一斉射撃を浴び、明智光秀隊は、文字通り「全滅」した。
その後、二千五百あまりの織田信長本隊が、遅れて猛烈な勢いで進軍してきたが、今度は街道筋に巧みに布陣し、さらには山間の各所に伏せていた鉄砲隊を、里見伏が的確に指揮し、絶妙のタイミングで一斉射撃を浴びせる。
頼朝軍は、ほとんど被害を出すことなく、信長本隊をも壊滅させた。
丹後国の建部山城(たけべやまじょう)に、救援のため布陣していた赤井輝子隊は、頼朝軍が、籾井城を完全に包囲した、との報を受けた。一色領がこれ以上、織田軍に攻められる危険は、完全に去ったことが確認された。
これを受け、赤井輝子隊はただちに、丹波における織田軍のもう一つの重要拠点、八上城(やかみじょう)へ向け、その進軍を開始した。
一色家の危機は、こうして、頼朝軍の迅速かつ圧倒的な軍事行動によって、完全に回避されたのである。
* * *
一方、その頃、東国の守りの拠点である那加城では、徳川軍討伐の準備が着々と進められていた。徳川討伐軍の総大将である源義経が、新たに自身の隊の副将となった、一色義満の娘であり、頼朝の養女でもある、源宝(みなもとのたから)と、言葉を交わしていた。
宝は、実の父である一色義満が治める丹後国が、織田に攻められた、という報せに、大きな不安を感じ、夜も眠れぬ日々を過ごしていた。加えて、自分自身も、頼朝軍の徳川討伐軍の一員として、間もなく本格的な初陣を飾ることになる。そのことへの、言い知れぬ不安と緊張感も加わり、彼女は、心身ともに苛(さいな)まれている様子であった。
「…宝殿。案ずることはない。そなたの父君の丹後については、先ほど良き知らせが入った」
義経は、努めて優しい口調で、宝に語りかけた。
「桜殿、早雲殿、そして伏殿たちの、見事な働きによって、一色領に攻め込んだ織田軍は、完全に駆逐され、一色家の危機は、去ったそうじゃ」
「まことですか! 義経様!」
宝は、安堵と喜びに、ぱっと顔を輝かせた。
「うむ。されば、そなたも、もはや余計な心配はせず、これより始まる、初陣のことのみを、考えるが良い」
「義経様、お心遣い誠にありがとうございます。初陣ではお役にたてるよう、精一杯頑張ります。」
義経は、宝の、その類まれなる砲術に関する技量の高さ、そして、数多の兵法書にも精通した、その深い戦略への理解力についても、すでに聞き及んでいた。ただ、その並外れた実力の高さとは裏腹に、彼女には、まだ、自分自身に対する確固たる自信が、やや欠けているようにも、義経には見受けられた。
(であるならば……ここは一つ、この娘の考えを、直接聞いてみるのも、面白いやもしれぬな……)
義経は、あえて宝に問いかけた。
「さて、宝殿。此度の徳川との戦で、我が軍が、特に気を付けなければならぬこととは、何であろうか。そなたの考えを聞かせてはくれまいか。
兵の武装も、その兵数においても、我が軍が徳川軍を圧倒しておる。よもや、我らが負ける事は無いとは思うておるが……。万が一我らの部隊が負けたとしても、いくらでも後詰が控えている」
義経は、わざと、不遜な態度で続けた。
「しかし、相手は、あの徳川家康殿、世に名高き名将である。そう簡単には、いくまいとも考えておる。…いかがか、宝殿。そなたの忌憚(きたん)なき意見を、聞かせてほしい」
宝は、尊敬する義経から、突然、軍略について意見を求められ、一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。
(どうしよう……。何を申せばよいのだろう……)
普段、兵法書を読んでは、あれこれと考えていることを、ただ伝えれば良いだけのはずなのに、今は、何も言葉が浮かんでこない。
「は、はい……。あ、あの、義経様……」
宝は、ようやく声を絞り出した。
「そ、その……此度の徳川攻めには、尾張・美濃からは、およそ、どの程度の兵力で、ご出撃なされまするので……ございましょうか……?」
「そうであったな。まずは、そこから話さねば、そなたも考えようがあるまい」
義経は頷いた。
「今、出撃準備を進めておるのは、この那加城、そして清州城の狙撃隊。また、大垣城、犬山城の突撃隊。合わせて、総勢、およそ十二万、といったところかのう」
「は、はい……。十二万……」
宝は、その数に圧倒されながらも、さらに尋ねた。
「あ、あの……。では、その軍勢を、いくつかに分けて、例えば、複数の経路から、同時に徳川領内へと南下させたり、あるいは、武田家や北条家といった、我らが友軍からの援軍を、どこかの地点で合流させたり……そのような、お考えは、おありなのでございましょうか……?」
「はっはっは! これは面白い! 宝殿。まるで、拙者の方が、そなたから、此度の戦略について、問い詰められておるようじゃな!」
義経は、声を上げて笑った。
「あ! こ、これは、大変失礼つかまつりました! わたくし、そのようなつもりでは、決して……! ただ、その、敵の動きを考える上で、こちらの動きも、ある程度はっきりしておりませんと、その、徳川方の出方も、大きく変わってくるのではないか、と、そう思いまして……」
宝は、顔を真っ赤にして、慌てて弁解した。
「いやいや、すまぬ、すまぬ。宝殿の疑問は、まことにもっともなことじゃ」
義経は、笑いを収め、真顔に戻った。
「此度の戦、我らは、尾張の那古野城より、一気に南下し、徳川領へと攻め入ることを、考えておる。そして、友軍には、此度の出陣は、一切知らせてはおらぬ。あくまで、我ら頼朝軍、単独での戦じゃ」
義経は、そこで、少し声を潜めた。
「…そして、もう一つ。これは、まだ、そなたには伝えてはおらなかったの。実はな、宝殿。此度の戦、我らは、ただ徳川領を攻め取るだけでなく、できることならば、あの徳川家康殿を、我が軍へと、お迎えしたい、と、そう考えておるのじゃよ」
「はあ……。徳川家康様を……我らが軍へ……」
宝は、ますます混乱し、落ち着きを失っていくように見えた。
(まずい……。少し、からかい過ぎたか……。これでは、この娘の、本来の才覚を引き出すどころか、かえって萎縮させてしまうやもしれぬ……)
義経は、この辺りで話を切り上げ、心労で疲れ果てたであろう宝を、一度休ませようか、と思った、まさにその時であった。
宝が、ふと顔を上げ、不安そうな表情のまま口を開いた。
「…それでしたら…… この先、三河国の刈谷城(かりやじょう)にて行われるであろう、初戦が、何よりも大事かと存じます……
此度の戦は、ほぼ一方向から、敵の、奥深い領地へと、一気に攻め込む形となります。我らにとって、一番厄介なのは、敵に、いわゆる『縦深(じゅうしん)の陣』を取られることかと……。つまり、敵が、街道沿いの拠点毎に、適切な兵力を巧みに配備し、我が軍が、進めば進むほど、こちらの兵力が削られ、そして、補給線も伸びきってしまい、途中で息切れをしてしまう……。
それこそが、一番心配すべきことではございませんか……?
まず、その初戦である刈谷城において、いかにして、徳川軍の主力を、その地へ集結させ、そして、そこで、徳川軍が、もはや縦深の陣を敷くことなど思いもよらぬほどに、徹底的に、その戦力を損耗させることが、最も肝要かと……。
わたくしは、そのように愚考いたします……」
(ほう……!)
義経は、思っていた以上に、的を射た考察を、しかもこれほどまでに理路整然と、不安げな表情のままに、端的に語る宝の姿に、正直、少しばかり面食らっていた。
義経が、感心し、すぐには言葉を返せずにいると、宝は、急に不安になったらしく、慌てて付け加えた。
「あ! こ、これは、大変申し訳ございません! わたくしのような、未熟者の浅はかな考え、まことに、お耳汚しであったかと……! どうか、お許しくださいませ!」
「いや、とんでもない! 宝よ、まことに恐れ入ったぞ!」
義経は、心からの称賛の声を送った。
「そなたの才覚、前評判以上のものであったわい。正直、このわし自身も、今、そなたの話を聞き、改めて気づかされたことも、いくつかあったほどじゃ。
ついでに、もう一つ、宝の考えを教えてはくれまいか。その、初戦で、徳川軍の主力を引きずり出し、そして損耗させるための、何か具体的な手立ては、そなたには、あるのかな?」
宝は、相変わらず恐縮した表情と声色で必死に義経に言葉を投げかけた。
「あくまでも、わたくしの、浅はかな考えに過ぎませぬので、全く自信はございませんが……。例えば、ですが……。事前に、忍びを放ち、そして、おそらくは我が軍の中にも、すでに紛れ込んでおるであろう、徳川方の忍びにも、あえて聞こえるように、『頼朝軍は、全軍をもって、三河、遠江(とおとうみ)へと攻め込むつもりである』というような噂を、大々的に流させれば……縦深の陣どころでは無くなります。
徳川軍が、その情報を信じてくれましたら、初戦にて決戦を仕掛けざるを得ないと考えるのでは無いかと。そうなれば、各地から兵を集め、この刈谷へ、主力をつぎ込まざるを得なくなるのでは、ないでしょうか……?
刈谷城周辺の地形は、挟撃の態勢を取る事も出来そうですし、広い街道を存分に生かし、各個に撃破する事も考えられるのかと・・・・」
「……いやはや、宝。そなたの考え、いちいち、もっともじゃ。素晴らしい! まさに、その通りにいたそう!」
義経は、快活に笑った。
「よくぞ、そこまで考えて、わしに話をしてくれた。感謝するぞ」
「恐れ入りまする!」
宝は、相変わらず申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
(…ふむ。此度の初陣、この宝殿には、いきなり砲撃の指揮を執らせるよりも……。まずは、このわしの傍らで、近習(きんじゅう)、あるいは刀持ちとして、そうじゃな……かつて、妻の梓が、そうしてくれていたように、参謀役として、様々な助言をしてもらう、というのも、良いやもしれぬな……)
義経は、そう結論づけた。
「…宝殿。そなたには、此度の戦、わしの、すぐ側近くにて、戦の全てを、その目に焼き付けてもらいたい。そして、何か気づいたことがあれば、今後も、遠慮なく、わしに進言するが良い。そなたの、その、若く、そして曇りのない、新鮮な視点こそが、あるいは、この、老いぼれの、凝り固まってしまった戦術眼を、打ち破る、大きなきっかけとなるやもしれぬからのう」
「は、はいっ! 義経様! この宝、力の限り、お供させていただきまする!」
宝は、緊張の中にも、確かな決意を秘めた声で、力強く応えた。
そこへ、もう一人の副将である源里が、慌ただしく駆け込んできた。
「叔父上! ただ今、徳川討伐軍の、全ての出撃準備が整いました! いつでも、ご出立いただけます!」
「そうか、里、大義であった!」
義経は頷いた。
(徳川家康……)
義経は、かつて、岡崎城下のあの寂れた茶屋で、家康と、そして早雲と共に、言葉を交わした、あの密会の事を思い出していた
(あの時、家康殿は、我が軍への臣従をきっぱりと拒絶した。だが……あの男の、あの底の知れぬ瞳の奥には、何か別の、我らには計り知れぬ思いが、隠されていたのかもしれぬ……)
徳川討伐への出撃に対し、義経は、一抹の戸惑いを未だに感じずにはいられなかった。だが……。
(今は、ただ、兄上の、そのご決断を信じ、そして、兄上のために、全力を尽くす。ただそれだけのことよ……!)
義経は、覚悟を決め、頼朝の待つ京の二条城へ向け、出撃準備完了の報を送らせた。
* * *
天文十六年(1587年)十一月。
義経より、頼朝軍・徳川討伐軍の、全ての出陣準備が整った、との連絡が、京の二条城にいる頼朝のもとへも、届けられた。
頼朝は、その報を受けると、お市、太田牛一、出雲阿国様を寝所に呼び寄せ、軍議を開いた。
頼朝の体調は一時期より回復したとはいえ、完全復調とは言えないのか、寝所にての軍議であった。
「義経より、美濃、尾張の徳川討伐軍の出撃準備が整った、と伝えて参った。
わしからの号令があり次第、出陣するであろう。
その前に、お市殿、先日、早雲殿と、徳川家康とが、岡崎城下で密談に及んだ際の様子について、少し話を聞かせてはもらえぬか。」
お市は、その時の家康の言葉、表情、そして、その場の張り詰めた空気までも、詳細に、頼朝へと伝えた。
「家康様の覚悟は変わりませんでした。
臣従する事は無いと予想しておりましたが、残念です。」
(…やはり、家康という男は、一筋縄ではいかぬか……)
「ただ、家康様が良くご存知の、織田家の忠臣とされた重臣の多くが、頼朝様に心服している、その話で多少なりとも家康様の心が揺らいだようには感じました。
しかし、ここまで家康様に命がけで働いてくれている家臣の手前、臣従はできぬとはあらためて言い直しておいででした。
ここからは私の勝手な推測でございますが、
もしや、家康様個人としては、、、、、」
お市からの話を聞き、頼朝は、深く、長く、ため息をついた。
「本当に、徳川を攻めることが、あの家康を我らが臣下として迎え入れるための、最善の方策なのであろうか……。そして、それが、天下静謐の世へと、本当に繋がるのであろうか……」
頼朝は、自問自答を繰り返していた。
そこへ、太田牛一が、進み出て、頼朝に進言した。
「頼朝様。お気持ちは、お察しいたしまする。ですが……」
牛一は、きっぱりと言った。
「最悪の場合、徳川家康が最後まで我らに臣従しなかった、といたしましても……。それでもなお、我らが、この機を逃さず、甲斐・相模・越後の、あの三国間の、複雑な関係に楔(くさび)を打ち込み、そして、その緩衝地帯となる、相模、甲州に隣接する駿河を、我が領土として組み入れておくことは、東国の平和と安定のためには、火急に必要なことであると、この太田牛一、愚考いたしまする。
万が一、北条なり、武田なりが駿河を支配下にしてしまいますと、我らが介入する事は益々難しくなります。猶予はございませぬかと。
また、現状、これだけの領土、力を持ちながらも、未だ朝廷が我らに対し、煮え切らぬ態度を取り続けておることも、目の前にある紛れもない現実でございます。今、この時点で、我らが、遠江、東海、そして駿河の三国をも完全に抑え、あらためてその力を改めて天下に示すこと。それもまた、今後朝廷との交渉を有利に進める上で、極めて大事なことであると、考えざるを得ませぬ」
牛一の、冷静かつ的確な進言を聞きながら、頼朝は傍らで静かに、お市と阿国も強い眼差しで、自分を見つめている事に気が付いた。
「結局は。。。。。 いや、もう言うまい!」
頼朝は、ついに、最後の決断を下した。
「……よし、分かった。義経に告げよ! 徳川を攻めよ、と!」
* * *
天文十六年(1587年)十二月。
ついに、徳川領制圧のため、頼朝軍の各部隊が、それぞれの拠点から、一斉に出撃を開始した。
犬山城からは、太田道灌隊、およそ三万。
那加城からは、源義経隊、同じく三万。
清州城からは、武田梓隊、およそ三万三千。
そして、大垣城からは、源頼光隊、およそ三万一千。
これらの、頼朝軍が誇る主力部隊が、尾張の那古野城へ集結すべく進軍を開始した。その総勢、実に十二万を超える、大軍勢であった。
一方、丹波方面においては、籾井城が、頼朝軍の猛攻の前に降伏。最後の抵抗の拠点としていた八上城へ向け、建部山城方面から、赤井輝子隊が、そして、別方面からは、籾井城を落としたばかりの、北条早雲殿隊、里見伏殿隊、世良田元信隊が、それぞれ進軍を開始していた。
* * *
天文十七年(1588年)一月。
那古野城に集結した、頼朝軍の徳川討伐軍は、二手に分かれ、三河国の重要拠点で徳川領の入り口に位置する、刈谷城(かりやじょう)へ向け、その進撃を開始した。
迎え撃つ徳川軍もまた、頼朝軍の出撃に合わせ、ただちに刈谷城へと部隊を集結させようとしていた。その数は、後詰部隊も合わせ、総勢、およそ四万五千。
義経は、先の軍議での宝殿の献策を採用し、多くの忍びを放ち、また軍団内でも「頼朝軍、総勢二十万以上の大軍が、遠江へ向け大挙する」との噂を流させた。その甲斐があったのか、徳川軍は、この刈谷の地で頼朝軍と決戦を行うべく、領内の全拠点から、慌ただしく兵をかき集め、刈谷城へと進軍している最中であった。
徳川軍の主な将は、水野勝成、酒井忠次、渡辺守綱、成瀬正成(なるせまさしげ)、鳥居元忠(とりいもとただ)、水野忠重(みずのただあり、勝成の父)。
後詰には、大久保忠世(おおくぼただよ)、督姫(とくひめ、家康の娘)、石川家成(いしかわいえなり)、大久保忠佐(おおくぼただすけ)、そして本多忠勝(ほんだただかつ)といった、徳川家が誇る、歴戦の猛将たちが、ずらりと顔を揃えていた。
ついに、頼朝軍と徳川軍とが、三河国、刈谷城下にて、激突する。まさに、その直前であった。
義経は、眼下に集結しつつある徳川軍の布陣を、馬上からじっと眺めながら、傍らに控える源宝に、不意に問いかけてみた。
「宝殿、この事態は、そなたの想定通りか?」
「いえ、義経様……」
宝は、少し俯きながら、答えた。
「恐れながら……わたくしが考えておりました状況よりも、さらに、我が軍にとって、有利に進んでいるように、お見受けいたしまする……」
相変わらず、どこか自信なさそうに語る宝ではあったが、その言葉の内容は、義経にとって、大変心強いものであった。
「そうか、宝殿! それはいかなることか、詳しく聞かせてもらえぬか」
義経が促すと、宝は、意を決したように顔を上げた。
「はい、では、僭越ながら申し上げます……。徳川軍は、我らが流した噂の通り、ほぼ全軍が、この刈谷城へ向け、集結しつつあります。ですが……ご覧ください。まだ徳川軍が、全軍集結しきる前に、我が軍の方が、先にこの刈谷城周辺に、有利な布陣を敷くことができました。
今、徳川軍は、複数の部隊が、突出して我が隊と太田道灌様の部隊を挟撃しようと進軍しており、また、別の部隊は、源頼光様と武田梓様の部隊に対し、正面からの迎撃を試みようとしております。これでは、徳川軍は、少数の部隊が、それぞれ、ばらばらに動いているだけの布陣となってしまい……我が軍としては、それらを各個に撃破することが、極めて容易になっているように、思われまする……」
宝の声に、次第に熱がこもり始める。
「また、今、我が軍に攻撃を仕掛けております、徳川軍のいくつかの小部隊を、まず集中的に撃破いたしましたならば、それこそ徳川軍は、総崩れとなることを恐れ、この刈谷城下へと、全軍を集結させ、後詰到着まで守りを固めるしかなくなります。そうなれば、今度は、逆に我が軍が、挟撃を仕掛けやすくなりましょう。
そうなりますれば、たとえ徳川軍の後詰めの部隊が、断続的にこの刈谷城へと到着いたしましても、我らは、挟撃の態勢を崩すことなく、それらを順次、殲滅させていくことができるのではないか、と……わたくし、そのように愚考しておりました……」
(なんと……! この宝殿という娘は、この、ほんの短い時間の間に、己の目に映った限られた情報の中から、これほどまでに、的確な戦況分析と、その先の展開までをも、考えていたというのか……!)
義経は、宝の、その恐るべき洞察力と戦略眼に、内心、舌を巻いていた。
(これであれば……梓や阿国殿が抜けた、我が隊の参謀としての穴を、この娘は、十分に、いや、あるいはそれ以上に、埋めてくれるやもしれぬ……!)
義経は、もはや隠すことのできない喜びに満ちた表情で、宝に語りかけた。
「…宝殿! そなたの、その見事な見立てを聞き、この義経自身、此度の戦の勝利への確信を、改めて強く持つことができた! まことに、大義であったぞ!
ただし……。戦況というものは、常に、刻一刻と変化するもの。もし、この先、何か大きな変化が見て取れた際には、その都度、遠慮なく、そなたの考えを、わしに具申してほしい。頼んだぞ」
「は、はいっ! 義経様! もったいないお言葉、恐れ入りまする! この宝、微力ながら、力の限り、お仕えさせていただきます!」
宝は、緊張した面持ちの中にも、確かな自信と、そして、義経からの信頼を得られたことへの、純粋な喜びを、その瞳に輝かせていた。
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