第三十四話:夢と目覚め
[前回までのあらすじ]
鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。
当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。
しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意した。
近江へ出兵し、織田信長の必死の抵抗や大和の筒井家の援軍にも苦戦を強いられながらも、近江の要衝・長浜城、佐和山城、音羽城、安土城の攻略に成功。さらに伊勢、越前をも平定し、ついに京都の二条城をも攻略。上洛への道筋は、ほぼ開かれたかに見えた。
だがその矢先、京の朝廷から、頼朝を中納言に叙任するという、その力を牽制するかのような使者が訪れる。さらに、筆頭家老である羽柴秀長から、今の頼朝はこの時代における「二人目の頼朝」であり、「先代の頼朝」は秀長自身が誤って殺害してしまったのだ、という衝撃的な事実を聞かされ、頼朝はその場で意識を失ってしまうのであった。
[主な登場人物]
源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前にタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。現在、意識不明。
源義経: 平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。
武田梓: 武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。清州城代。
源頼光: 平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。大垣城代。
トモミク: 頼朝をこの時代に連れてきた謎の女性。立花宗茂のはるか先の未来の子孫によって生み出された存在。
出雲阿国: 諸国の事情に通じ、頼朝に助言を与える巫女。砲術に優れ、義経隊の副将。
北条早雲: 戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。安土城にて桜の後見役。
羽柴秀長: 織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。頼朝(先代)を死なせたことに苦悩する。
羽柴篠: 秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。
赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。
源桜、源里: 頼朝の娘たち。桜は安土城代、里は義経隊副将。
太田牛一: 史実では信長や家康の家臣として『信長公記』等を編纂。物語では少し未来の徳川の世からタイムスリップし、頼朝軍に加わる。現在、二条城の城代。
[第三十四話 夢と目覚め]
頼朝は、見慣れた、しかし今はどこか違う気配の漂う、岐阜城の一室にいた。
目の前には、りりしい武者姿の男が一人、静かに佇んでいる。
その男が口を開いた。
「立花宗茂(たちばなむねしげ)と申す。お初にお目にかかる」
男は続ける。
「トモミク殿の『主(あるじ)』は、我が、はるか未来の末裔(まつえい)にあたる者。未来の世の惨状を憂い、過去を変えることで、その流れを変えようと、今も模索を続けておりまする」
「頼朝様には、まことに、数々のご無理をお願い致しておりますが……何卒、我が『主』の悲願を、お聞き届けいただけますよう、この立花宗茂、謹んでお願い申し上げる次第にございます」
立花宗茂と名乗る男は、頼朝の前に、深々と頭を下げた。
過去に、この男と顔を合わせたことなど、一度もないはずだ。だが、不思議と、頼朝には、目の前の男が、紛れもなく立花宗茂本人であると、なぜか、はっきりと分かった。
「…立花殿。そなたが考案したという軍略を取り入れ、我が軍は、確かに強くなった。礼を申す。わしも、一度、そなたに会ってみたいと、そう思うておった」
頼朝は答えた。
「しかし……その、そなたらの『主』の願いとやらに、このわしが、どこまで応えられるものか……正直、今のわしには、分からぬぞ。
たとえ、わしがあの織田信長に取って代わり、天下を治めたとしても、結局は、何も変わらぬやもしれぬのだ。下手するとさらに残忍な覇者となる。この、わし自身が、今まさに、己の中に潜む、かつての『闇』と、厳しき闘いを強いられておる最中じゃというのに……。ここにいる皆は、どうやら、このわしを買い被っておるようじゃがな。」
「……お察し申し上げまする」
宗茂は、静かに顔を上げた。
「しかし、頼朝様。現に、本来ならば滅びるはずであった、武田勝頼様も、そして、かの織田信長様も、今、こうして生きておられる。その他、多くの、有能なる武家の方々も、その命脈を、永らえておりまする。それは、他の誰でもない、頼朝様、貴方様がおられたからこそ、成し得たことでございます。何卒、今しばらくの間、ご辛抱を賜りたく……」
立花宗茂は、再び、頼朝の前に平伏した。
「……お主たちの『主』という者は、何と、無体なことを、このわしにさせるものか、と……時には、恨みたくもなるわ」
頼朝は、ため息をついた。
「だが……。この時代で、義経や、そして桜、里といった、愛しき者たちに、わしの命あるうちに、再び引き合わせてくれたこと、それだけは……心の底より、ありがたく思うておるぞ」
「…恐れ入りまする!」
宗茂は、深く頭を下げ続けたまま、動かなかった……。
* * *
「兄上! 兄上! おお、目が覚められましたか!」
義経の、安堵と喜びに満ちた声が、耳元で聞こえる。
頼朝が、ゆっくりと目を開けると、そこには、義経、妻の篠、娘の里、そして羽柴秀長が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。部屋の隅には、静かに控える出雲阿国の姿もある。
(…そうか。あれもまた、夢、であったか……)
(いや……。あるいは、あの立花宗茂とやらも、トモミクの『主』とやらも、実際に、わしの夢枕に立ち、直接訴えてきたのだとしても、もはや、今のわしには、驚きはないのかもしれぬな……)
(それにしても……なぜ、皆、このように大袈裟に、わしの寝所に集まっておるのだ……?)
ほんのわずかな間、頼朝は、状況が飲み込めずに、躊躇(ためら)った。
だが、目を覚まして間もなく、意識は急速に覚醒し、倒れる直前の、あの出来事が、鮮明に蘇ってきた。朝廷からの使者のこと。秀長との会話。そして……もう一人の『己』が、かつてこの時代に存在し、そして、秀長の手によって、死んだという、あまりにも衝撃的な事実……。
(そうか、わしは、あの時、気を失って……)
目の前にいる秀長は、まるで、この世の全ての罪を、己一人が背負っているかのような、痛々しいほどに悲痛な表情を浮かべている。
頼朝は、まず、弟の義経に、努めて穏やかに、話しかけた。
「…義経よ。先の越前での戦、まことに大義であった。そなたも、そして里も、阿国殿も、皆、よう、無事に戻ってくれた」
「兄上! お言葉は、まことに嬉しく存じますが……! そのような、悠長な話をされておる場合では、ございませんぞ!」
義経が、少し強い口調で言う。
「…む? 何か、あったのか」
「何かあったのか、では、ございません! 兄上は、もう十日以上もの間、ずっと、お目を覚まされなかったのですよ!」
「…ほう、そうであったか。それは、すまなんだな。わし自身は、全く何も、覚えてはおらぬが」
「…して、お体の方は、何ともござらぬのか?」
「うむ。何ほどのこともない。それにしても、そんなに長く眠っておったとはな。…して、わしが眠っておった間に、この日ノ本は、少しは平和になったかな?」
「はは……。お目覚めになられて、すぐに、そのような軽口をたたかれる、と。…少しはお加減が、よろしいようでございますな。まずは、一安心いたしました」
義経は、多少安堵したように、表情を緩ませた。
「本当に、わしは、何ともないのだ」
頼朝は、そう言って、寝所から体を起こそうとした。だが、その瞬間、はじめて、己の体が、まるで悲鳴を上げるかのような、訴えかけてくるものを、感じ取った。
頼朝が、思わず顔をしかめた、その一瞬の表情の変化を、妻の篠が、鋭く見逃さなかった。彼女は、すぐさま頼朝の背中を支え、体を起こすのを手伝った。普段、あれほど気丈な篠も、今は、目に涙を浮かべ、痛ましげな表情を浮かべている。
「篠。…案ずるな。心配せずとも、大丈夫じゃ」
頼朝は、妻を安心させるように、優しく言った。
義経が、再び口を開いた。
「兄上。今は、どうか、ご無理は禁物でございまする。…実を申せば、秀長が、兄上がお倒れになられたのは、全て自分のせいである、と、あれ以来、自らを激しく責め続け、あわや自害しかねないほどの勢いで、兄上に、あの時話をしてしまったことを、深く、深く、悔いており申した。
…いつかは、誰かが、兄上に、あの事実をお話しすべきか、あるいは、このまま、お話しせぬままにすべきか……我ら家臣団も、皆、決めかねておりました。じゃが……。結果として、あの話が、兄上の、お体に障(さわ)ってしまったやもしれぬこと、この義経からも、深くお詫び申し上げまする。」
義経は、秀長を庇うように言った。
「…ですが、兄上。秀長は、兄上に申すまでもなく、我が軍団において、まことに一、二を争うほどの、忠臣中の忠臣でございます。どうか、彼を、お許しくだされ」
「…義経よ」
頼朝は、静かに言った。
「秀長が、わしに、あの話をしたのは、他でもない。わしが、この先のことを憂い、彼に、あまりにも無理な、そして酷な願いをしてしまったからじゃ。…わしが、こうして目を覚ますまでの間、秀長は、さぞかし、己を責め続けていたことであろうな。
だが、そのような、どこまでも誠実で、忠義に厚い秀長であるからこそ、わしが、最も信を置く、我が軍団が誇るべき、名参謀なのよ。許すも、許さぬも、ない。わしが、この先も、秀長を必要としておることに、何ら変わりはないのだ」
「頼朝様……!」
秀長は、もはや、己の中に渦巻く、様々な感情の置き場に困り果て、ただただ、頼朝の前に、平伏するしかなかった。
「兄上。まだ、兄上には、ご相談したき儀が、山ほどございまするが……。まずは、ごゆっくりと養生なされよ。おそらくは、この後、我らが止めるのを聞かずに、兄上のご回復を知った、多くの家臣団たちが、ここ那加城まで、お見舞いに駆けつけてくることでございましょうゆえ」
「ほう、それは、ちょうど良い」
頼朝は、むしろ嬉しそうに言った。
「どうせ、皆が、わざわざ集まってくれるのであれば、評定を開き、皆に話をしたい。
秀長よ。わしは、もう大丈夫じゃ。心配は無用。
義経、阿国殿、そして篠。すまぬが、この後の、新たなる領国の人事について、早急に素案をまとめておいてくれ。なにせ、この短期間のうちに、急に領土が広がったゆえな。
そちらの準備ができるまで、わしは、もうひと眠りしておくとしよう。なに、京へ上ってからの方が、おそらくは、よほど忙しくなるであろうからな」
「ははっ!」
三人は、力強く応えた。
「…ところで、阿国殿。少し、そなたと二人だけで、話がしたいのだが……」
頼朝がそう言うと、義経たちは、心得たように、静かに部屋を退出していった。
頼朝の寝所には、頼朝と、出雲阿国の二人だけが残った。
* * *
「さて、阿国殿」
頼朝は、改めて、阿国に向き直った。
「まずは、一言、礼を申し上げたくてのう。そなたには、これまで、常に言葉を選びながら、時に遠回しに、時に直接的に、この、右も左も分からぬわしを、実によくぞ、ここまで導いてくれた。さぞかし、苦労したことであろう」
頼朝の、その真摯な言葉に、これまで、どのような状況にあっても、決して動じる素振りを見せなかった、あの出雲阿国が、しかし、今、その目には、うっすらと涙を浮かべていた。そして、今まで、その心の奥底に、固く、固く、閉ざし続けてきたのであろう、あらゆる思い、様々な気持ちが、堰(せき)を切ったように、流れ出してきたかのようだった。
「……頼朝様……」
阿国の声は、震えている。
「…先代の、頼朝様の、あのお命は……ある意味、この阿国が、奪ってしまったようなものなのでございます……
あの時、わたくしは、秀長様を、味方へと引き入れることを、あまりにも、安易に考え過ぎておりました。よもや、あのような悲劇が、起ころうとは……」
口調こそ、いつもと変わらぬ、穏やかなものであったが、深く頭(こうべ)を垂れ、その体を、小刻みに震わせている阿国の姿は、頼朝の目にも、痛ましく映った。
「前の頼朝は、皆から、それほどまでに信を置かれた、良き大将であったようじゃのう」
頼朝は、静かに言った。
「だが、阿国殿。わしには、それは、我がことのようでもあり、また、全くの他人事のようでもある。正直、未だに、どうにも整理がつかぬのじゃ」
「いいえ、頼朝様」
阿国様は、顔を上げた。
「今の頼朝様も、皆が、あれほどまでにお慕い申し上げておりました、あの頼朝様と、その御心根は、全く、ご一緒でございますれば」
「皆が、わしのことなど、何も知らずに、ただただ、買い被っておるだけじゃ、と、そう思うておったが……。あるいは、皆は、わしを通して、その『先代のわし』の姿を、見ておった、ということなのか……」
「頼朝様、決して、そのようなことでは……」
「いや、阿国殿。悪い意味で、言うておるのではない」
頼朝は、首を振った。
「むしろ、わしは、これからの、京の朝廷との、おそらくは一筋縄ではいかぬであろう、やり取りを思う時、そして、再び、あの『覇権』という名の『闇』に、己の心が侵されてしまうのではないか、ということこそを、何よりも恐ろしい、と、そう考えていた。
だが……もし、その『わしの前の頼朝』が、かつて、鎌倉の世において、日ノ本の一統を成し遂げた、その後の、頼朝であったのだとすれば……。そして、その頼朝が、今の、この家臣団たちの心を、一つにできるほどの、良き大将であったのだとするならば……それは、むしろ、これからの、このわしにとって、大きな励みともなる。」
「はい!…頼朝様!」
阿の顔が、ぱっと明るくなった。
しかし直ぐに神妙な面持ちとなり、静かに言葉を投げかけてきた。
「実は、ずっと、頼朝様にお伝えしたき儀が、ございました。
それは、先代の頼朝様が、息を引き取られる、まさにその最後に、トモミク様へ、託されたお言葉にございます」
「ほう……。それは、是非とも、教えてもらいたい」
「…『義経を、頼んだ』…と。それが、あの方の、最後のお言葉でございました」
「……なんと……」
頼朝は、言葉を失った。何という、悲痛な言葉であろうか。
「そうか……。義経のことを……」
「頼朝様。」
阿国は続けた。
「頼朝様が良く口にされている、ここで気が付かれたり、あるいは、今の家臣や家族を、何よりも大切にしたい、と、そう思い始められた、という、その価値観……。日ノ本を一統なされた後の、年を重ねられた頼朝様であっても、それは、全く同じでした。
先代の頼朝様は、最期の時まで、ご自身の家族、そして家臣団のことを、何よりも大切にしておられました。また、常に、『未来のため』に、ご自身ができることの限界と、向き合い続けられながらも、この軍団が進むべき、正しき道を、常に、深く考えておられました。
それは、時に悩み、迷いながらも、前へと進まれようとしておられる、今の頼朝様のお姿と、全く、同じでございます。そして、そのような頼朝様であられるからこそ、家臣たちは、心からの忠義を捧げているのでございます。
それは、先代の頼朝様に対しても、そして、今の頼朝様に対しても、家臣が持っております全く同じ気持ちの、源(みなもと)なのでございます。
…『天下の静謐を望みて、天下は望まぬ』…。それが、先代の頼朝様の、口癖でございましたよ」
(……)
頼朝の心は、先代への、深い悲痛の念と、そして、今の己への、かすかな安堵感との間で、複雑に揺れ動いていた。
「…阿国殿」
頼朝は、ふと、思い出したように、尋ねた。
「一つ、聞いてみたいことがあったのだ」
「はい、頼朝様。何なりと」
「わしは、以前に、秀長から聞いた、あの話……つまり、岐阜城で起きた、あの忌まわしき出来事を、実は、夢で見ていた。その時は、ただの不思議な夢じゃ、と、そう思うておった。音は聞こえなんだが、目に映る景色だけは、妙にはっきりとしておった。だがな……」
頼朝は、言葉を選んだ。
「その夢の中で、わしの目の前におった、そなたは……そなた、阿国殿では、なかったのだ。そなたと、全く同じ顔をしてはおったが……わしには、なぜか、それが、古代の女王、卑弥呼(ひみこ)である、と、はっきりと、そう理解できておった。
もちろん、わしは、卑弥呼などという人物に、会ったことなど、あるはずもない。じゃが、なぜか、そう分かったのじゃ。
…そして、先ほど、わしが目覚める直前に見た、あの夢の中でも、会ったこともないはずの、立花宗茂殿との会話をしたが、あれもまた、わしには、ご本人であると、はっきりと理解できておった。
…これは、いったい、どういうことなのであろうか」
出雲阿国は、頼朝のその言葉を聞いて、明らかに、衝撃を受けたかのようであった。
「頼朝様……。それを……夢で……」
「……阿国殿。そなたの、その様子では、どうやら、わしの戯言でも、なさそうじゃのう」
「……はっ……。まだ、頼朝様のお身体が、万全ではないこの時に、このようなお話を申し上げるのは、まことに、大変心苦しく存じますが……。ですが、もし、そこまで、すでに見えていらっしゃると申されるのであれば……」
阿国は、意を決したように、顔を上げた。
「…頼朝様の、御覧になられたものは……夢では、ございませぬ。
わたくしは、今の、この時代においては、出雲阿国と名乗り、かぶき踊りを諸国に伝える者として、生きております。
ですが……遠い、遠い、過去の世においては……わたくしは、『卑弥呼』と、そう名乗っておりました。
…そして、この軍団の中で、その事実を知る者は……トモミク様と、そして、今は亡き、先代の頼朝様、ただお二方のみでございます」
「……やはり、そうであったか……」
頼朝は、もはや、驚きはしなかった。
「…であれば、阿国殿。もう、わしは、何を聞いても驚かぬ。聞かせては、もらえぬか。そなたが知る、全てのことを」
「はい。それでは……」
阿国は、静かに語り始めた。
「わたくしは、古(いにしえ)より、ただひたすらに、祈っております。
そして、願い続けております。
この、日ノ本の、そして、そこに生きる、全ての民たちの、世の平和を。
そして、その、わたくしの平和への祈りの、その先にございまする、ささやかなる『願い』が、わたくしがお仕えする、大いなる神(かみ)の、そのご意向に、もし沿うた時のみ、その願いは、現(うつつ)のものとして、叶えられるのでございます。
しかし、叶えられる願いは、あくまで、わたくし自身が、直接、この手で為(な)すことができる事柄のみ。わたくしが、ただ願っただけで、例えば、人を生き返らせたり、あるいは、天変地異を自在に操ったり、といった、わたくしの力の及ばぬことに関する願いを、神がお聞き届けくださることは、決してございませぬ。
…つまり、わたくしは、ただ、神のご意向を、わたくし自身ができることを通して、常に確認し続けながら、神にお仕えする、か弱き、ただ一人の巫女(みこ)に過ぎませぬ。日ノ本の巫女……すなわち、『ヒミコ』なのでございまする。
今の、この時代で、わたくしが、広く皆様にお伝えしておる、あのかぶき踊りも、元はと言えば、わたくしがお仕えする神に対し、世の平和を祈り、奏上するための、神聖なる祈りの舞、その一部なのでございます。
そして、わたくしが、こうして、時を行き来できるのもまた、かつて、わたくしが捧げた平和への祈りに対し、神がお応えくださり、叶えてくださった、『願い』の一つなのでございます。
わたくしは、そうして、平和への祈りを捧げ、願い、そして時を旅し続けた、その先の、ある時代において、幸運にも、トモミク様の『主』と、巡り会い、お話をすることができたのでございます。
実は、時を自在に行き来できるのは、トモミク様ではございません。彼女は、わたくしと共に、時を旅しておる、同行者に過ぎませぬ。ただ、わたくしが、自らの本当の姿や素性を、この時代の方々に、やすやすと申し上げるわけにはまいりませぬ故、これまで、トモミク様を、いわば『隠れ蓑』として、使わせていただいておりました」
「……まことに、不思議な話よのう」
頼朝は、ため息をついた。
「そなたの話すこと、その全てが、もはや、このわしの理解を、遥かに超えておるわ。
しかし……聞けば聞くほどに、これまで、わしが抱いてきた、数々の疑問、あらゆることに、不思議と、合点がゆくのも、また事実じゃ。そなたが、今、わしに対し、嘘偽りを申しておるとも思えぬし、また、そなたほどの者が、このわしに対し、あえて嘘をつかねばならぬ、その意味も、目的も、あるようには思えぬ。
…阿国殿。よくぞ、ここまで、話をしてくれた。
だが……一つだけ、残念なことがあるとすれば……。そなたがお仕えするという、その大いなる神は、そなたが、ただ平和への祈りを捧げただけで、この乱れた世を、直接、平和にしてくれる、というわけでは、なさそうじゃな」
「はい……。まことに、残念ながら……」
阿国は、寂しそうに微笑んだ。
「大いなる神は、わたくしのような、か弱き者に対し、直接語りかけ、お導きくださるようなことは、決してございません。
また、先ほども申しました通り、わたくしの力の及ばぬところの願いを、お聞き届けくださることも、ございませぬ。
確かに、わたくしには、時を行き来できたり、あるいは、近い未来を知る事ができたり、といった力が、備わっております。それ故に、人々は、時に、わたくしのことを、まるで神か仏のごとくに、崇(あが)め奉(たてまつ)ることもございます。その点においては、他の人様に比べ、ほんの少しだけ、神の御力(みちから)が、この身に宿っておるのかもしれませぬ。
ですが……それでも、わたくしは、神とは、ほど遠き存在。ただの人なのでございます。
であるからこそ、頼朝様のように、この世を、実際に変える力をお持ちの御方の、そのお側にお仕えし、わたくしにできることを、常に神のご意志を確認しながら、ただひたすらに模索し続ける……。それが、今の、このわたくしにできる、唯一のことでございますれば」
「…ふむ。『天は自ら助くる者を助く』、か。神は、自らの力で立ち上がろうとする者を、ほんの少しだけ、後押ししてくれる。そういうことじゃのう」
頼朝は、納得したように頷いた。
「ちと残念な気もするが……。まあ、いずれにせよ、この俗世(ぞくせ)のことは、結局は、この俗世に生きる者たちが、自らの手で、何とかせねばならぬ、ということか」
「ですが、頼朝様。これだけは、確かでございます」
阿国は、力強く言った。
「先代の頼朝様がお亡くなりになった後、今の頼朝様を、再びこの時代へとお連れすること。それは、本来であれば、禁じられた、時への大きな介入であり、わたくし自身の、あまりにも身勝手な『願い』でございました。ですが、それでも、それが、こうして叶えられた、ということは……。それは、すなわち、そのわたくしの願いが、大いなる神の、ご意向にも、沿うていたからに、他なりませぬ。
頼朝様が、今、こうして、この時代に、ここにおられること。それ自体に、必ずや、大きな意味があるのです。それは、わたくしや、あるいはトモミク様の『主』の、勝手な意向などという、矮小なものだけでは、決してないのでございます。」
「…はっはっは! なんと! 神までもが、このわしを、買い被っておられる、と申すか! それは、まことに、困ったことよな!」
頼朝は、そう言って、声を上げて笑った。その頼朝の言葉を聞いて、ようやく、出雲阿国の表情にも、いつもの、柔らかな笑顔が戻った。
「ふふ。そのような頼朝様であるからこそ、わたくしは、これからも、精一杯、お支えしたいと、そう願うのでございます」
阿国は、言った。
「もう二度と、頼朝様を、失いたくは、ございませぬから……」
「…阿国殿。重ねて礼を申す。よくぞ、話してくれた」
頼朝は、穏やかな表情で頷いた。
「そなたも、さぞかし疲れたであろう。もう良い、下がって、ゆっくり休まれよ」
阿国は、深々と一礼すると、部屋を退出していった。その立ち居振る舞いは、いつもの、あの優雅な出雲阿国のものであった。
* * *
「…篠、近くにおるか」
「はい、頼朝様。いかがなされましたか」
頼朝の声を聞きつけ、妻の篠が、寝所へと入ってきた。
「すまぬが、篠。一つ、そなたに頼みがある」
「はい。なんなりと、お申し付けくださいませ」
「今宵は……しばらく、わしの傍らに、いてはくれまいか。どうにも、少し、眠るのが恐ろしくてのう。できれば、もう、夢は見たくないのじゃ」
頼朝は、少し照れたように言った。
「…もし、よろしければ、そなたの、幼き頃の話でも、聞かせてもらえぬか。例えば、父である秀長が、そなたに行ったという、あの無体な(?)躾(しつけ)の話などをな」
「まあ、頼朝様ったら」
篠は、くすくすと笑った。
「眠るのが怖い、などと。まるで、童(わらべ)のようでございますね。
ですが、そのようなことでしたら、お安い御用でございます。どうぞ、この篠に、お任せくださいませ」
篠は、頼朝の傍らに、そっと寄り添った。
* * *
天文十五年(1586年)の暮れ。
西からの織田の侵攻に備えるため、安土城に残った北条早雲殿。東からの徳川の侵攻に備えるため、犬山城に残った太田道灌殿。そして、京の都の整備や、朝廷との交渉、さらには御所の修繕等に、すでに東奔西走している、二条城代の太田牛一。
それ以外の、頼朝軍団の、主だった家臣団、そして各城代たちが、久しぶりに、ここ那加城へと集結していた。
連戦に次ぐ、連戦。一同が、こうして一堂に会するほどの規模の評定が開かれるのは、かつて、頼朝軍が、まだ美濃一国と、尾張の一部を領有していたに過ぎなかった、あの頃以来のことであった。
頼朝が、静かに評定の間へと姿を現すと、集まった全ての家臣たちが、一斉に頭(こうべ)を垂れた。そこには、古くからの家臣団に加え、先の戦いで新たに頼朝軍へと加わった、多くの、旧織田家の家臣たちの顔も見受けられた。
「此度の事、皆に、随分と心配をかけたようじゃな。大事な時期に、少しばかり、長く眠り過ぎてしまったようだ。すまなんだ」
頼朝は、まず、自らの不明を詫びた。
「だが、わしが目を覚ました時には、すでに、越前も、伊勢も、そして山城までもが、見事に平定され、また、その他の領国も、敵に攻め取られることなく、むしろ、目覚ましく発展しておった。
これもひとえに、ここにいる、有能なる家臣団、皆の働きのおかげである。改めて、心より、御礼申し上げる」
頼朝は、居並ぶ家臣たちの顔を、一人一人、ゆっくりと見渡した。
「しかし……。これだけ多くの者たちが、これほどまでに、計り知れない大手柄を、次々と立てておるのだ。果たして、この頼朝に、その全ての功に、十分に応えることができるかどうか……正直、不安はある。だが、同時に、これほどまでに急速に広がった、この広大な領国の管理運営もまた、皆に、これから、さらなる大きな苦労をかけることとなろう。
したがって、おそらくは、恩賞に対する不満などを、申しておる暇(いとま)は、誰にもあるまい!」
頼朝が、そう言って笑うと、評定の間に、ようやく和やかな笑いが起こった。
「…良いか、皆の者。本当の戦いは、これからじゃ。
残念ながら、京の朝廷は、我らが、ただ山城国を支配したからと言って、やすやすと、『惣無事令』の発布に、同意してくれるほど、甘くはなかった」
頼朝の声に、再び力がこもる。
「我らが、真に天下静謐を成し遂げんと欲するのであれば、この頼朝軍団の力が、試されるのは、まさに、ここからぞ。皆の者、引き続き、この頼朝への、さらなる力添えを、お願い申し上げる!」
頼朝が、深々と頭を下げた。
筆頭家老である羽柴秀長が、進み出て、新たな領国体制、そして軍団の配置について、その詳細な計画を発表し始めた。
「…拙者からも、改めて、皆様の、これまでのご奮闘に対し、心より御礼申し上げまする。
さて、それでは、拙者の方からは、今後の、新たなる軍団の陣容について、ご提案申し上げたく存じます。領国が、これほどまでに広大となったことに伴い、今後は、新たに方面軍とも言うべき、いくつかの軍団を設立し、それぞれの軍団長に、その担当する領国の運営の一切を、お任せしたいと考えておりまする」
「まず、荒木村重殿」
秀長は、旧織田家臣でありながら、いち早く頼朝軍へ降った、摂津の将へと、声をかけた。
「此度、頼朝様に、正式に臣下の礼をお取りいただいたこと、頼朝軍全ての者が、心より感謝しておりまする。つきましては、河内以西の、村重殿が元来、治めておられた領土は、そのまま安泰とし、さらに朝宮城、槙嶋城を加増、今後は、西国方面軍の軍団長として、引き続き、かの地の統治と、西からの脅威への備えを、お願い申し上げたい」
「ははっ! この荒木村重、ようやく、真の主君と、巡り合うことができましたぞ! また、旧領を、こうして安泰としていただきましたのみならず、加増まで賜り、重ねて、御礼申し上げます! 今後は、この荒木、残る織田領である丹波、そして畿内方面からの、いかなる侵攻も、必ずや、食い止めてご覧にいれまする!」
荒木村重は、感激した様子で応えた。
「次に、飯坂猫殿」
秀長は、頼朝軍の財政を、一手に支えてきた女将へと、向き直った。
「正直、ここまで、我が軍団が、何とか戦を続けることができてこられたのは、偏に、貴殿を筆頭とする、内政官の方々の、昼夜を問わぬ働きがあってこそ、でございます。つきましては、その功に報いるべく、伊勢国全てを、猫殿の管轄軍団とし、今後は、伊勢方面軍軍団長として、かの地を、さらに豊かに、発展させていただきたい」
「それは、何とも名誉なことでございます! 本当は、わたくしだって、戦に出れば、結構強いのですけれど……。まあ、仕方ありませんね! これまで通り、兵士の皆様への食料や、武器弾薬の調達は、どうぞ、この猫に、お任せくださいませ!」
飯坂猫は、明るく、快活に答えた。
「そして、前田利家殿」
秀長は、かつての同僚であり、今は頼朝軍の重臣となった、勇将へと声をかけた。
「利家殿には、これまで、尾張の領国の発展にご尽力いただき、また、時には、急遽、部隊の副将をお願いするなど、臨機応変なご対応をいただき、まことにご苦労をおかけした。しかし、前田殿のお力と、その篤きご人徳は、もはや、この軍団の、誰もが認めるところ。つきましては、今後は、若狭国、そして越前国をお任せし、北陸方面軍軍団長として、かの地の統治をお願いしたい。人員については、旧織田家臣たちの中から、選りすぐりの者たちを、お預けしたいと考えておりまする」
「はっ! まことに、ありがたき幸せにござる! 今後、もし、京で何か異変が起きた際には、この利家、ただちに越前より、駆けつけまするぞ!」
前田利家もまた、力強く応えた。
「…あらたに設立いたしまする、方面軍は、以上でござる」
秀長は、一呼吸置くと、頼朝直轄となる、中央軍の編成と、その拠点について、説明を続けた。
「次に、頼朝様直轄の軍団編成と、その拠点について、お知らせいたします」
「まず、はじめに……。世良田元信殿、そして里見伏殿。お二方には、これまでの、まことに抜群のお働きぶり、そして、もはや誰もが疑うことのない、将としてのその力量を鑑み、世良田殿はこれまでの副将の任を解き、あらたに、一部隊を率いる、正式な部隊長として、またお二方それぞれ城代を、任命させていただきたく存じます」
新たに発表された、頼朝直轄軍団の陣容と、その担当城郭は、以下の通りとなった。
近江・山城方面軍
長浜城(第四狙撃隊):[城代] 赤井輝子(譜代衆)
安土城(第一突撃隊):[城代] 源桜(頼朝娘)/[後見] 北条早雲(譜代衆)
音羽城(第五狙撃隊):[城代] 里見伏(譜代衆)
伊賀上野城(第二突撃隊):[城代] 世良田元信(新参衆)
二条城(第一狙撃隊):[城代] 太田牛一/[駐留]源頼朝隊
美濃・尾張方面軍
大垣城(第二突撃隊):[城代] 源頼光(一門衆)
岐阜城(第二狙撃隊):[城代] トモミク(譜代衆)
那加城(第三狙撃隊):[城代] 源義経(一門衆)
清州城(第六狙撃隊):[城代] 武田梓 (一門衆)
犬山城(第三・五・六突撃隊):[城代] 太田道灌(新参衆)/[駐留] 大内義興隊(第五)、犬塚信乃隊(第六)
頼朝軍団の、新たなる配置命令、そして論功行賞が、一通り終わったところで、頼朝が、再び口を開いた。
「今宵は、ささやかながら、宴の用意をさせてある。
思えば、織田も、今や、かつての勢いを失い、残るは河内、丹波の四つの城のみとか。もはや、以前のように、我らが領内へ、大規模な波状攻撃を仕掛けてくることもあるまい。
であるならば、今宵くらいは、皆、しばし戦のことを忘れ、ゆるりと過ごしたく思う。
年が明ければ、わしは、いよいよ、この那加城を発ち、京の二条城へと赴くつもりじゃ。わし自身も、今宵は、この那加城との別れを惜しみながら、皆と共に、美味い酒を、心ゆくまでいただくとする」
頼朝の、その言葉に、那加城の評定の間では、久しぶりに聞く、家臣一同からの、大きな、大きな歓声が上がったのであった。
評定が終わり、家臣団が、それぞれの控えの間へと、向かい始めた。
頼朝は、その中から、娘の桜を見つけ、声をかけた。
「桜。この場に、早雲殿を呼べなんだことが、まことに残念じゃ。皆が、こうして、しばし落ち着いて過ごせるのも、我が軍団にとって、最も頼りとなる、あの早雲殿が、今も、かの安土城にて、西の脅威に対し、しっかりと睨みを利かせてくれておるがゆえ、じゃからな。
わしが京へ向かう、その途上にて、必ずや安土城へも立ち寄り、早雲殿とも、ゆっくり話をしたいと思うておる。その折には、とっておきの、美味い酒を、早雲殿への土産として、持参するつもりじゃ。
…桜。わしが、この那加城を出立する、その年明けまで、もし、よろしければ、そなたも、共に、この那加城に残ってはくれまいか」
「はい、父上!」
桜は、嬉しそうに頷いた。
「安土城まで、父上とご一緒できると伺い、まことに嬉しく思いまする! 安土城も、この短い間に、随分と復興が進みました。是非、父上にも、あの天守からの、素晴らしい景色をご覧いただきたく存じます!」
「そうか、それは楽しみじゃな!」
源桜の、先の伊勢、そして山城平定戦での、目覚ましい活躍ぶりは、頼朝も、北条早雲殿からの書面によって、詳しく報告を受けていた。会うたびに、心身ともに、著しい成長を遂げていく、この娘・桜の姿を目にして、頼朝は、これから始まるであろう、さらに厳しき戦いに備え、改めて、その決意を、固めるのであった。
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