第三十二話:京への道筋

[前回までのあらすじ]


鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。

当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。

しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意した。

近江へ出兵し、織田信長の必死の抵抗や大和の筒井家の援軍にも苦戦を強いられながらも、近江の要衝・長浜城、佐和山城、音羽城、そして織田家の本拠地たる安土城の攻略に、ついに成功。さらに伊賀上野城、北近江の清水山城をも攻略し、織田軍を完全に分断することに成功した。

織田軍の弱体化を確信した頼朝は、伊勢平定を麾下の諸将に命じ、北条早雲、赤井輝子、源頼光、トモミクらの活躍によって、これを難なく平定。

いよいよ、残すは山城国、そして二条城。上洛への道筋は、目前に迫っていた。


[主な登場人物]


源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前に戦国時代へタイムスリップ。価値観の変化に悩みつつ、頼朝軍団を率い「惣無事令」を目指す。

源義経: 平泉で最期を遂げる直前にタイムスリップ。兄・頼朝に献身的に仕える軍略の天才。

武田梓: 武田勝頼の娘。義経の妻。武田流軍学に通じ、現在は狙撃部隊の部隊長。清州城代。

源頼光: 平安時代の武将。摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いる。大垣城代。

トモミク: 頼朝を導いた謎の女性。時を超える能力を持つ。岐阜城代。

出雲阿国: 諸国の事情に通じ、頼朝に助言を与える巫女。砲術に優れ、義経隊の副将。

北条早雲: 戦国初期の大名。晩年にタイムスリップ。軍団のご意見番、外交役。安土城にて桜の後見役。

羽柴秀長: 織田家臣・羽柴秀吉の弟。信長を見限り頼朝へ。軍団の筆頭家老、優れた参謀。

羽柴篠: 秀長の娘で頼朝の正室。父譲りの才覚を持つ。頼朝隊の副将。

赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。譜代衆。長浜城代。

源桜、源里: 頼朝の娘たち。桜は安土城代、里は義経隊副将。

源梢: 頼朝の養女(旧姓 山名梢)。音羽城代。


[第三十二話 京への道筋]


源頼光は、伊勢平定の後、正直なところ、これでようやく本拠地である大垣城へ凱旋帰国できるものと期待していた。


一年近くにも及んだ断続的な戦闘による、麾下の将兵たちの疲労は、当然のこととして、限界に達している。何よりもまず、彼らを十分に休息させ、労ってやりたかった。


加えて、此度の連戦を通じて、副将である世良田元信の、武勇のみならず内政や軍略における非凡な才覚を、頼光は改めて目の当たりにしていた。もはや、彼を一人の副将に留めておくのは惜しい。いずれ、一軍の将として、頼朝様へ推挙したい。頼光は、そう考えていたのである。


しかし、同時に、北条早雲隊や赤井輝子隊といった、他の主力部隊との共同歩調も、今後の上洛戦を考えれば、必要不可欠となる。そして、最終的な軍団の方針は、総大将である頼朝、そして筆頭家老である秀長の指示を仰がねばならない。


頼光は、やむなく、トモミク隊と共に、ひとまず伊賀上野城へと帰陣することにした。



時を同じくして、伊勢湾岸沿いを平定した北条早雲隊と赤井輝子隊もまた、音羽城へと帰陣していた。


伊勢への出陣前と同様に、安土城代である源桜が、今後の作戦計画の調整役として、馬を走らせ、伊賀上野城の頼光の本陣へと、駆けつけてきた。


「頼光様、トモミク様! 此度の伊勢平定戦、まことにお見事でございました! 心より、お慶び申し上げます!」

桜は、馬上から、溌剌(はつらつ)とした声で言った。


「おお、これは桜殿。いやはや、そちらの軍も、ご活躍であったと聞き及んでおるぞ」

頼光は、笑顔で応えた。


「いいえ、とんでもございません!」

桜は、謙遜して首を振る。

「此度の戦は、頼光様とトモミク様が、内陸部にて、織田の主だった攻撃を、その一身に引き受けてくださったればこそ。おかげさまで、我ら湾岸沿いの部隊は、ほとんど抵抗らしい抵抗も受けず、多くの城が、戦わずして降伏いたしました」


「ほう、そうか。であるならば、我らが力を入れて戦った甲斐も、あったというものじゃな」

頼光は、満足げに頷いた。


「はい! まことに!」

桜は、そこで、本題へと入った。

「そこであらためて、ご相談に上がった次第でございます。この勢いを駆り、このまま一気に、京の二条城まで進む、というのは、いかがでしょうか。我が隊、そして早雲様、輝子様の隊は、そう考えております。


ここから二条城までの道筋を阻む、織田方の城は、もはや、あと二つ。近江領内の朝宮城(あさみやじょう)、そして、京の都への、まさに最後の入り口にあたる、山城国の槇嶋城(まきしまじょう)のみにございます。


お陰様で、先の伊勢平定戦において、我が軍は、兵の損耗も比較的少なく、目的を達することができました。織田の力は、いよいよ弱まっております。今こそ、一気呵成に攻め上る、またとない好機かと存じますが……頼光様、トモミク様は、いかがお考えでしょうか」


「…ふむ。桜様が、そこまで申されるからには、おそらくは、すでに具体的な進軍の計画も、おありなのではないかな?」

頼光が、探るように尋ねると、桜は、にっこりと微笑んだ。


「はい! 恐れ入りまする。では、僭越ながら、わたくしどもの考えを、お聞きくださいませ」


桜は、地図を広げ、説明を始めた。

「まず、先の戦で損耗の少なかった、ほぼ無傷の、我が安土の早雲様の隊と、長浜の赤井輝子様の隊にて、先行し、近江の朝宮城を、速やかに攻略いたします。


その間に、伊賀上野におられる頼光様とトモミク様の部隊には、ここより、音羽、そして大津を経由し、山城国の槇嶋城へと、直接向かっていただきたく存じます。


おそらくは、頼光様とトモミク様が、槇嶋城へ攻めかかる頃には、我ら別働隊は、すでに朝宮城を落とせているものと、そう見ております。その後は、我らもただちに槇嶋城へと転進。南からの、大和の織田軍や、あるいは筒井軍の増援は、我ら早雲隊と赤井隊で抑え込みながら、東と南の二手より、槇嶋城を完全に包囲し、これを攻略できるものと考えておりますが……いかがでしょうか」


「……しかし、桜殿」

頼光は、懸念を口にした。

「早雲殿も、そして赤井殿も、それぞれの居城は、まだ開発途上にあり、先の出陣においても、それほど多くの兵を率いてはおられなかったはず。いくら無傷とは申せ、その兵力で、朝宮城の攻略と、同時に、南からの大和・筒井の援軍まで、ご負担ではござらぬか? …むしろ、そちらは、兵力に勝る我ら、頼光隊とトモミク隊が抑えた方が、良かろうと思うが」


「いえ、頼光様、それにはおよびません」

桜は、自信を持って答えた。

「この伊賀上野城の付近で、これまで繰り返されてきた攻防戦において、頼光様とトモミク様が、大和、山城方面からの織田軍、そして筒井軍の増援部隊を、その都度、ことごとく粉砕し続けてくださった、と聞き及んでおります。

もはや、南方面から、我らの脅威となるほどの、まとまった兵力は、残されてはおりますまい。


それよりも、むしろ警戒すべきは、二条城に残されているであろう、織田軍本隊の兵力でございます。万が一、安土、あるいは槇嶋の攻略に手間取り、信長本人が帰還するような事態となれば、その後の戦いは、極めて困難なものとなりましょう。


それに備え、今、頼光様とトモミク様の、その強力な部隊の兵力を、できる限り温存しておくことこそが、最も得策かと、わたくしは存じます」


(なるほど……)

頼光は、桜の、その的確な状況分析と、大胆な発想に、内心、舌を巻いていた。そして、ふと、傍らに控えるトモミクの表情を確認する。

トモミクは、特に異論はない、といった様子で、静かに頷いている。


ただ、その表情には、先の伊勢平定戦において、もはや勝ち目が無いにも関わらず、玉砕覚悟で突撃を繰り返してきた、多くの織田軍の将兵たちを、敵とはいえ、一方的に打ち倒し続けねばならなかったことに対する、かすかな嫌悪感、あるいは、憐憫(れんびん)の情のようなものが、浮かんでいるように、頼光には見えた。


(…この者もまた、多くの戦を経て、変わってきているのかもしれぬな……)

頼光は、少し気になり、あえてトモミクにも話を振ってみた。


「…して、トモミク殿は、いかがか。今の、桜様の策に、何か異存はござるかな」


「頼光様、私は桜様の計画に異存はございません。早くに頼朝様を京に迎えられるのであれば、それに越したことはございません」


常に己のことよりも、頼朝を優先するトモミクに、聞くまでもなかったと、頼光は思った。


「…トモミク殿が、そう申されるのであれば、この頼光も、もはや異存はない。それに、桜様の策は、まことに理に適っておる。


だが……正直、わしは、この伊勢平定の後は、大垣城へ戻り、ゆっくりと、勝利の美酒にでも、酔いしれたいと思うておったのだがな……。いやはや、残念じゃ!」

頼光は、わざとらしく、大きなため息をついてみせた。


「頼光様! ありがとうございます!」

桜は、顔を輝かせた。


「桜殿。そなたが、そこまで言うのであれば、仕方あるまい」

頼光は、桜に向き直った。

「そなたが、城へ戻られたら、早雲殿と、そして輝子殿にも、そうお伝えくだされ。『我ら頼光、トモミクの両隊は、此度もまた、貴殿たちの計画に、謹んで従わせていただく』とな」


「はい! では出陣の時期はまた連絡いたします!」

言い終わるや、源桜は、再び馬上の人となり、音羽城方面へと、疾風のように駆け去っていった。


* * *


天文十五年(1586年)六月。

北条早雲隊と赤井輝子隊は、音羽城を発ち、京へ向かう最初の関門となる、朝宮城(あさみやじょう)へと向け、進軍を開始した。

一方、源頼光隊とトモミク隊もまた、早雲隊、輝子隊の出陣を確認すると、やや時期をずらして音羽城を出立。琵琶湖南岸の街道を、大津方面へと向け、進軍を開始した。


早雲隊と輝子隊が、朝宮城へと差し掛かったところで、先行させていた斥候からの報告が入った。

「申し上げます! 朝宮城に兵二千程度、迎撃態勢を取っております! 率いるは織田信長と推察します!」


(ほう、信長自らが、たかが二千の兵で、この朝宮城を守っておる、と申すか……)

北条早雲は、眉を顰めた。自らが、先の戦で信長本隊を追撃した後も、彼は神出鬼没に現れ、清水山城付近で義経に撃退され、伊賀で頼光殿と何度も遭遇しては、その都度撃退されていた、と報告を受けている。

(もはや勝ち目はないと分かっておろうに、早々に逃げ出すのが常であった、あの信長が……。ここは、よほど退けぬ、ということか)

(あるいは……この城には、何か、我らが知らぬ、特別な意味でもあるのか。いや、ここで勝算があるような策を、持ち合わせているとも思えぬが……)

(少なくとも、戦わずして降伏する気だけは、毛頭ない、ということか。ふん、その心意気だけは、受け取ってやろうではないか)


「…さて、桜殿」

早雲は、傍らの桜に、静かに、しかし、厳しく語りかけた。

「これよりが、難しきところぞ。トモミク殿からは、くれぐれも、『信長を殺してはならぬ』と、そう言われておる。じゃが、目の前の敵は、二千とはいえ、信長本人が率いる精鋭部隊。一方、我らは、軽く十倍以上の兵力を持っておる。もし、我らが、本気で突撃や銃撃を仕掛けてしまえば、下手をすれば、敵は一瞬にして全滅。その混乱の中で、信長本人が命を落とす危険性も、十分に考えられる。


つまり、我らは、敵に、常に逃げる『余地』を与えながら、それでいて、着実に、敵の戦力を削り取り、最終的には、城を明け渡させねばならぬ、ということじゃ。…まことに、難しき戦よな。できるかな、桜殿?」


「…はい。早雲様、やってみます!」

桜は、覚悟を決めた表情で答えた。


「此度は、後方の赤井隊の砲撃は、できる限り抑えていただくよう、お願いいたしましょう。まずは、我ら騎馬隊が、小分けにして、敵の前衛部隊へと、繰り返し突撃をかけます。それで敵の陣形を崩し、その様子を見て、さらに次の隊列へと突撃を仕掛ける。それを繰り返すことで、敵の戦意を挫き、あるいは、潰走へと繋げられるかもしれませぬ」


「うむ、良かろう。だが、桜殿。くれぐれも、流れ矢、流れ弾には、注意せよ。そして、此度ばかりは、決して、桜殿自らが、先陣を切るでないぞ」

早雲は、念を押した。

「万が一にも、信長の命を守る、という、その目的のために、そなた自身の命に、何か万一のことでもあれば、わしは、頼朝殿に対し、顔向けができぬ。


…これは、すまぬが、この老人の、勝手な願いじゃ」


「早雲様、ありがとうございます」

桜は、深く頭を下げた。

「ですが、ご心配には及びません。父上が、まだ上洛を果たしておられぬ、この大事な時に、この桜が、ここで命を落とすわけには、参りませぬゆえ!」


「そうじゃ、桜殿!」

早雲は、力強く頷いた。

「まことに、難しきは、これからじゃよ。上洛を果たし、そして、その後、この日ノ本を、どう治めていくのか。それもまた、桜殿自身の目で、最後まで見届け、そして、頼朝様を、しっかりと支えていくこと。それこそが、そなたにとって、今、最も大事なことなのじゃぞ」


「はい、早雲様!」

桜は、再び力強く頷いた。

「…では、赤井様へのご伝言は、早雲様からお願いいたします。此度の戦、この桜率いる騎馬隊の、援護に徹していただくように。お願い申し上げます。では早雲様! 出陣いたします!」

源桜は、そう言い残すと、自ら騎馬を走らせ、麾下の部隊へと、号令をかけるべく、駆け去っていった。


その頼もしい後ろ姿を見送りながら、早雲は、傍らに控える副将・谷衛友に、そっと声をかけた。

「…谷殿。桜殿は、あのように申しておったが……やはり、心配じゃ。引き続き、頼んだぞ」


「はっ! 早雲様、ご心配なく。この谷、必ずや、桜様をお守りいたしまする」

谷衛友は、力強く応えた。

「…しかし、正直なところ、最近の桜様の、あの目覚ましいご成長ぶり。もはや、わたくしめの出る幕も無く、いささか退屈をしておりましたがな」


「がはは! そうか! いやはや、谷殿。この心配性の、老人の我が儘(まま)に、いつも付き合わせてしまい、まことに、かたじけないことよ」


「いいえ。桜様は、まこと、生まれながらにして、将たる器を備えておられる。拙者は、常々、そのように感じておりまする。ですが……それでも、戦場では、何が起こるか分かりませぬゆえ。この谷、せいぜい、早雲殿の、安らかなる老後のために、この身を捧げるといたしましょうぞ!」


「…重ね重ね、すまぬ。だが、谷殿。もし、万が一、本当に危うくなった時には、貴殿が率いる、あの精鋭の切り込み隊の力が、必要となるやもしれぬ。その時は……お願いいたすぞ」


「はっ! お任せを!」


* * *


果たして、戦いは、北条早雲が望んだ通りに、事は運んだ。源桜が率いる騎馬隊による、浅く、しかし執拗に繰り返される突撃によって、織田信長隊は、次第にその戦意を喪失。有効な反撃もできぬまま、やがて潰走を始めたのである。頼朝軍は、最小限の損害で、信長隊を撃退することに成功した。

主将を失った朝宮城もまた、頼朝軍による包囲を受けた後、早々に開城した。


* * *


天文十五年(1586年)七月。

早雲隊と赤井隊が、朝宮城を開城させた、まさにその頃。

源頼光隊とトモミク隊もまた、山城国の入り口に築かれた要衝、槇嶋城(まきしまじょう)を、完全に包囲していた。

だが、予想通り、南の大和方面からは、織田方の援軍、そして、同盟を結ぶ筒井家の、嶋左近率いる精鋭部隊が、槇嶋城救援のため、こちらへ向かって迫っていた。


「ふん! またしても、壇直政に、松永久通(まつながひさみち)、そして嶋左近か! まことに懲りぬ奴らよな!」

頼光は、吐き捨てるように言った。

「早雲殿が、此度は、南からの援軍を、朝宮城で食い止めると、そう約束しておったはずじゃが……。どうやら、間に合わなかったようじゃのう」


副将の世良田元信が、頼光に進言した。

「頼光様。この槇嶋城の包囲は、もはや、我ら頼光隊のみで、十分に可能かと存じまする」

「ここは、トモミク殿に、一旦、城の包囲を解いていただき、南から迫る織田・筒井の援軍が、これ以上、こちらへ近づかぬよう、威嚇射撃を行ってもらう、というのは、いかがでしょう。あの程度の、少数の援軍を威嚇するには、二万近くの兵力を有する、トモミク殿の鉄砲隊をもってすれば、それで十分かと存じます」


「うむ。元信殿の進言は、いちいち、もっともじゃな」

頼光は頷いた。

「よし、そのように、トモミク隊へ、伝令を頼む」


果たして、南から迫ってきた松永久通隊は、頼朝軍(トモミク隊)を、槇嶋城を包囲する別働隊と侮り、攻撃を仕掛けようとした。だが、その瞬間、側面から、トモミク隊による、威嚇を目的としたはずの、しかし猛烈な鉄砲斉射を浴び、一瞬にして壊滅してしまった。

そこへ、後続の壇直政隊もまた、早雲隊と赤井隊によって、背後から奇襲を受け、撃ち破られた、との報せが入った。


槇嶋城を包囲する頼光の本陣を、救援を終えた北条早雲が、訪れた。

「いやはや、頼光殿! まことに、かたじけない! こちらの到着が、少々、遅れ申したわ!」


こうして、早雲隊、赤井隊も、槇嶋城の包囲に加わり、四方を完全に頼朝軍に囲まれた城主・細川藤孝は、もはや抵抗は不可能と悟り、開城の使者を送ってきた。


* * *


頼朝軍が、京への最後の関門である槇嶋城を落とし、いよいよ二条城攻略への算段を整えようとしていた、まさにその矢先であった。


京の都から、朝廷の使者が、頼朝軍の本陣へと、訪れたのである。


予想だにしなかった、あまりにも突然の出来事に、さすがの北条早雲も、戸惑いを隠せない。

「…むぅ。この時期に、朝廷から、使者が……? いったい、何の用じゃ……?

…桜殿。頼朝殿は、今、ここにはおられぬ。であるならば、安土城代たるそなたが、頼朝殿の名代として、この使者に対応していただこう。

…太田牛一殿も、同席を願いたい」


太田牛一は、あるいは、朝廷からの、この突然の使者の狙いに、ある程度の察しがついているかのようであった。

「おそらくは、朝廷も、もはや、二条城が、間もなく我らが手によって落ちるであろう、と、そう考えているのでしょう。

であるならば、今回の使者の目的は、二つ考えられます。


一つは、我らが二条城へ入る前に、今のうちに、こちらへ尻尾を振っておきたい、という魂胆か。


あるいは、その逆か……。我らの、これ以上の勢力拡大を牽制し、『これ以上、都で、思い通りにはさせぬぞ』という、朝廷なりの、強い意思表示か……」


「…さすがは太田殿。まことに、大局が、よう見えておいでじゃ」

早雲は、頷いた。

「であるならば、なおさら心強い。桜殿の傍らにて、どうか、朝廷の使者に、睨みを利かせていただきたい」


「はっ! お任せください。まずは、先方の出方を、慎重に見てまいりましょう」



頼朝軍の本陣に現れた朝廷からの使者は、なんと、関白である近衛前久(このえさきひさ)、本人であった。

「近衛前久にございまする。いやはや、このような、大変な戦の最中に、急な訪問、まことに失礼つかまつった。にも関わらず、こうして、お目通りを許していただけますこと、大変ありがたく存じまする」

近衛前久は、極めて丁寧な言葉遣い、そして優雅な態度ではあったが、その表情からは、真(まこと)の心が、全く感じられない。その独特の、どこか人を食ったような言葉遣いや、芝居がかった立ち居振る舞い。それは、源桜が、これまでの人生で、初めて目の当たりにする種類のものであった。


(なんと……。型式的な態度であることが、相手にも分かっていながら、それを、一切躊躇(ためら)うことなく、こうも堂々と見せつけられるとは……)

源桜は、目の前の公家に、ある種の恐ろしさすら感じていた。


太田牛一が、前に進み出て、対応する。

「これはこれは、近衛様。

関白殿下ご自身が、このような、むさ苦しき陣所まで、わざわざお運びいただきますとは、恐縮の極みにございます。御覧の通り、戦の最中の陣屋にて、何の、おもてなしも出来ませぬこと、まことに申し訳ございません。数々の失礼の段は、平に、ご容赦くださいませ」


太田牛一が、これ以上ないほど深々と頭を下げる。源桜も、横目でその牛一の態度を確認しながら、見様見真似で、同様に深く頭を下げた。


太田牛一は、頭を上げた後、話を続けた。

「こちらに控えるものは、我が軍の当主、源頼朝が娘、源桜でございます。此度の出陣は頼朝の名代として、全権を任されております。このような場所ではございますが、ここで近衛様がお話いただくことは、我が当主にお話をいただくのと、同等の事とお考えくださいませ」


近衛前久は、桜を一瞥(いちべつ)すると、わずかに口の端を上げて、言った。

「ほう、これはこれは、驚き入り申した。女子(おなご)ながらも名代とは、大したものでございますな。この近衛前久、感服いたしましたぞ」

だが、その口調には、どこか、桜を、そして頼朝軍全体を、侮っているかのような響きがあった。

「しかし、源頼朝が実在するというのは、噂ではなく、本当という事ですな」


そこで源桜が、毅然(きぜん)として口を開いた。

「いかにも。私の父は、鎌倉幕府を開いた、征夷大将軍の源頼朝です。ゆえあり、今の時代でも日ノ本のため、力を尽くしております」


近衛前久は、頼朝の真偽や事情には、必要以上の興味は無いかのように、源桜の話には対応せず、本題に入った。

「朝廷は、もっと早くに源頼朝軍の戦勝の祝を届けたいと常々考えておりました。しかし、何せ京は信長が抑えておりましてな、自由が利かないところはご想像の通りで。そのような折、槙嶋城まで頼朝軍が迫っていると耳にし、一も二も無く参った次第。

そこで、朝廷としては最大限の敬意とこれまでの頼朝軍のご活躍にお応えできるよう、源頼朝を中納言に叙任をしたいと考えておる。指折りの高い官職ゆえ、よもやご不満はございますまいの」


太田牛一は、これ以上に無い礼をしながら、

「有り難き事この上無し。

主、頼朝にとって、大変な栄誉な事。御礼の申し上げようもございません!」

太田牛一は、目線を源桜に送り、対応を促した。


「此度は父頼朝に代わり、朝廷のお心遣い、心より御礼申し上げる。父も大変なる栄誉と、喜ぶことでしょう」

源桜は慌てて月並みな言葉を返した。


「それを聞いて安心した。ここまで急ぎ参った甲斐があったというもの。御所や二条城を一日も早く、信長の手から解放いただけるよう、心待ちにしておりますぞ」



近衛前久を見送った後、源桜は先方の意図も太田牛一の本音もわからぬまま、太田牛一に質問をしようと顔を向けた。

すると太田牛一は、近衛前久の前で見せていた穏和な表情と異なり、苦虫を潰したような顔をしていた。


「桜様は、どう見られた」

「太田様、お恥ずかしながら、あのような人は初めて拝見いたしました。本音が見えず、大変失礼ながら、恐ろしくも感じました」


「桜様、突然の面会で、そこまでお感じになられたのは、上出来でございます。先ほど近衛前久が申されていたことは、全て悪意、朝廷なりの我々への威圧の言葉、と考えても大袈裟ではございません。恐ろしい、と直感的に感じ取られた桜様のご印象は正しき解釈でございましたぞ」

「はあ、、、」

桜は頭を抱えながら、北条早雲や源頼光が待つ陣所に戻って行った。


太田牛一が戻って来たところを見て、真っ先に北条早雲が口を開いた。

「いかがであった、太田殿!」


「は! 朝廷は我らが京に上り、力を持つ事を良しとしない、そのような意思表示でございました。京都を支配下に置くのは勝手であるが、朝廷はそれによって動かされない、それでも良ければ信長を京から追い出すのは好きにせよ、そのように拙者は理解いたしました。具体的には頼朝様を中納言を叙任されました」


「何!中納言か! 中納言では全国に惣無事令の発出など出来ぬ! しかし不服を申すには、中納言は低い官位では無い。相変わらず狡猾じゃ!」


「は! 朝廷は我らにくぎを刺しに、わざわざ参りました。信長を良しとはしておりませんでしたが、かといって我らに肩入れをするつもりもない。

尾張、美濃、近江、伊勢、伊賀、越前を領有する程度では、力を与えるつもりは無いどころか朝廷に力が及ばない様に抑えていたいのでしょう。

どこかの勢力に肩入れをして、裏から我らに牙を向けるかもしれませぬ」


「腹立たしいの。朝廷は一筋縄ではいかぬとは思っていたが、ここにきてくさびを打ってくるとは!」


そこで頼光が口を開いた。

「早雲殿、そのようにお怒りになられては。。我らのような老将は体がもちませぬぞ。いつの世も、朝廷とは伏魔殿ですな。この時代に来て、吾妻鏡を拝見する機会があった。史実だとすると、頼朝殿と義経殿は、朝廷にしてやられたとわしは思っておったが、今も変わらぬの。

しかし朝廷が力に弱い事も変わらぬ。力を畏れるからこそ、工作を続ける。圧倒的な力を見せつけるしか、武家が出来る事はあるまい。

まずは京を支配する。我が軍団の優れた参謀達と武人達がおれば、何とかできるであろう」


早雲は頼光の話を聞いて、少し冷静さを取り戻したようであった。

「そうであったな。我らは武官、まずは二条城を攻略する。その後の事はまた考えるとしようぞ!」


頼光は、少し未来から来た織田、徳川家臣で、歴史家でもあった太田牛一に質問を投げかけた。

「太田殿、頼朝殿がおらなかった世では、徳川家康が征夷大将軍となったようじゃの。どの程度の領土を支配されてた」


「現在の石山本願寺を除く全国でございます」

頼光は失望の態度を隠さずに、続けた。

「あの家康は全国を支配したと申すか!」


「ただし、臣従した大名の家名は残し、譜代や外様等と区別をして支配しておりました」

北条早雲も続いた。

「確かに頼朝殿が鎌倉の世で征夷大将軍を宣下されるのは、奥州藤原氏を打倒し、全国の武家を臣従させてからであったの。頼朝殿は惣無事令を発出する難しさを承知で、京都に上る事を決意されたのじゃな。。。」


太田牛一が反応した。

「はい、拙者も頼朝様は困難を覚悟で、まず力を見せ、その後京都に上り、朝廷を説得しようとお考えだったのかと。しかし京都にたどり着く前に、朝廷からくぎを刺されたのは、誠に無念でござる。今我らが出来る事は、まず京都を支配下に置く事。その後に頼朝様を支え、日ノ本の静謐のあり方を模索いたしましょう」


「太田殿の申す事、ごもっとも! よし、決まった! では二条城に攻めあがろうぞ!」

北条早雲は決意をあらたに、皆の団結を促した。

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