第二十六話:織田軍音羽城侵攻


鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。

当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。

しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意し、手始めに近江へと出兵する。

織田信長の必死の抵抗や、大和の筒井家の援軍にも苦戦を強いられながらも、近江の要衝・長浜城、佐和山城、音羽城、そして織田家の本拠地たる安土城の攻略に、ついに成功。上洛への道筋が、ようやく見えてきたのであった


そこに織田軍が音羽城に進軍しているとの連絡が入った。



源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前に戦国時代にタイムスリップした。価値観が揺らぎながら戦国時代を必死に駆け抜ける。

源義経: 平泉にて殺害される直前に戦国時代にタイムスリップした。この時代では兄に献身的に尽くす。

武田梓: 武田勝頼の娘。武田家と頼朝軍友好の証として義経に嫁ぐ。義経軍の参謀として活躍し、現在は一軍を率いる部隊長。

源頼光: 平安時代に藤原道長に仕えていた摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いて活躍する。

トモミク: 頼朝をこの時代に連れてきた不思議な女性。

出雲阿国: 事情に詳しく、悩む頼朝に示唆を与える。砲術にも優れ、義経隊で鉄砲隊の指揮を行う。

北条早雲: 晩年にタイムスリップして頼朝軍団に合流。ご意見番、外交担当、部隊長として力を発揮する。

羽柴秀長: 織田軍家臣羽柴秀吉の弟。信長から主君を変え、頼朝軍団の参謀として活躍する。

羽柴篠: 羽柴秀長の娘で頼朝に嫁いだ。槍使い、軍略は秀長仕込み。

赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。

源桜、源里: 武芸に秀でた頼朝の娘達。


 


天文十四年(1585年)九月。

近江の諸城を落とし、しばしの休息と軍の再編を進めていた頼朝軍のもとへ、報せが舞い込んだ。織田軍が、奪われた近江の奪還、そして頼朝軍の殲滅を目指し、大規模な軍事行動を開始。その先鋒部隊が、南近江の音羽城へと、すでに殺到しつつあるという。

報を受け、筆頭家老である羽柴秀長は、直ちに那加城にいる頼朝の側近たちを緊急招集した。


評定の間に集まったのは、頼朝、義経、そして出雲阿国であった。

秀長は、緊迫した表情で、現状の報告と、対応策の提案を始めた。

「申し上げます! 此度の織田軍の動きは、尋常ではございません! おそらくは、現在、織田家が動員しうる、ほぼ全ての戦力を、この近江へと差し向けてきておる模様!


斥候の報告によりますと、越前織田軍は、すでに北近江より南下を開始。また、畿内に展開しておった諸部隊は、安土方面、そして大和方面の二手に分かれ、進軍中。さらに、伊勢の軍勢も、伊賀方面より、ここ那加城へ迫りつつあります。まさに、三方面からの、同時大規模侵攻でございます!


「幸い、敵の主目標である音羽城は、仮に包囲されたとしても、安土城から、その東西両方面へ軍を派遣し、敵を挟撃することが可能な地勢にございます。


であるならば、我らが為すべきは一つ。

畿内から、そして越前から、それぞれ安土方面へと進軍してくる織田軍主力を、安土城の手前で足止めする。

その間に、別動隊をもって、音羽城へ攻め込んだ敵部隊を、速やかに撃退する。これが、最も現実的な策かと存じます。」


秀長は、地図を広げ、具体的な布陣案を示した。

「まず、畿内より、大津を経て安土へと進軍してくるであろう、織田軍主力(おそらくは明智光秀隊)は、安土城の早雲殿隊と、長浜城の輝子隊が、安土城西方の武佐(むさ)に、急遽築いた砦にて、これを迎撃、足止めしていただきます。


次に、越前より、近江北部を経由して南下してくるであろう、織田軍は、那加城の義経様と、清州城の梓隊が、それぞれ長浜城、佐和山城より出撃し、琵琶湖の両岸より、これを挟撃、迎撃していただきます。


そして、大垣城の頼光隊と、岐阜城のトモミク隊は、安土城東方の愛知川(えちがわ)付近に布陣。安土城西方の武佐の砦にて、桜殿と輝子殿が、無事に織田軍主力を撃退次第、ただちに音羽城へと転進。音羽城に籠る梢様と連携し、城を包囲する織田軍を、東西より挟撃、殲滅していただきます。


音羽城下は、まだ開発が進んでおりませぬが、城自体は、トモミク殿による改修が、ある程度は進んでおります。

また、城代である梢殿は、聡明な御方。加えて、以前、頼朝様の副将を務められていた櫛橋光殿や、織田軍からの降将ではありますが、横山喜内(よこやまきない)殿、富田重政殿、可児才蔵殿といった、優れた武官たちも、守備隊として城内におります。

ある程度の期間、包囲されたとしても、我らが挟撃態勢を整えるまで、持ちこたえることは、十分に可能かと存じまする。」


秀長の提案を聞き、義経が反応した。

「…ふむ。これまでの戦いでは、常に織田信長に先手を取られ、苦戦を強いられてきた。此度は、我らが守る側。であるならば、逆に、こちらから先手を打ち、敵を翻弄してやりたいところではあるが……。今の状況では、秀長殿の策が、最も現実的であろうな」

義経は、しかし、心配そうに付け加えた。

「だが……あの梢殿も、気の毒なことよ。山名家から、はるばる苦労して、ようやくこの美濃まで辿り着き、城代に着任した、まさにその矢先に、いきなり敵の大軍に城を囲まれるとは。さぞかし、心細い思いをしておろう……」


秀長も、頼朝の新たな養女となった、若き城代・山名梢の身の上を案じながらも、義経に語った。

「お察しいたしまする。ですが、先ほども申し上げました通り、音羽城には、櫛橋光殿をはじめ、数々の優れた武官たちも、お守りとして付いております。必ずや、梢殿を、しっかりとお守りいただけまする」


そこで、頼朝が、静かに口を開いた。

「……今の秀長の考えた布陣、それしかあるまいな」

頼朝は、集まった者たちを見渡し、続けた。

「だが、聞け。此度の織田の進軍は、これまでにない大規模、かつ、多方面からの同時侵攻である。我らが、いくら周到に策を練ったとて、その推測通りには事が運ばぬ場面も、必ずや出てくるであろう。そのような時は、それぞれの持ち場を守る、各部隊長の裁量、そして、他の部隊との、密接な連携によって、この危機を乗り切らねばならぬ。


…そして、わしは、此度の織田軍の動きは、いささか、無理な進軍をし過ぎているのではないか、とも考えておる。おそらくは、我らが近江を平定したことに焦り、十分な準備も整わぬまま、全軍を動員してきたのであろう。


であるならば、敵の総力が、一点、例えば音羽城への波状攻撃などに集中しないよう、我らが各方面で、うまく敵を足止めし、分散させることができれば、それぞれの敵部隊を、各個に撃破することは、さほど難しくはないやもしれぬ。


もし、我らが、此度もまた、織田軍を完全に撃退することができたならば……織田の領国は、依然として広いとは申せ、その戦力は、著しく低下するはずである。そうなれば、我らが目指す上洛も、現実のものとなる。


そこで、義経」

頼朝は、弟へと命じた。

「そなたには、越前から南下してくる織田軍を追い払った後、余力があれば、そのまま北上し、兵力が手薄となっているであろう、北近江周辺の織田方の城を、いくつか攻め落として参れ。」


そして、秀長にはその他の部隊長への指示内容と、今回の軍事行動を起こすうえでの己の考えを伝えた。

「秀長。

音羽城の織田軍を撃退した後、南方の伊賀、伊勢方面の情勢を見極めさせたい。状況次第では、そのまま、かの地の織田方の拠点をいくつか制圧することも、各部隊長の判断で、許可したいと思う。


確かに、急速に領土が拡大した我が軍に、これ以上、新たに増えた領土を開発し、統治するだけの、十分な余裕はない。だが、今後の織田軍の侵攻に対し、ただ砦を築いて守るよりは、敵の拠点となりうる城を、こちらが先に奪い、そこで守った方が、はるかに有利であろう。


ただし、深追いは禁物じゃ。防衛が困難と思われるような、織田の重要拠点を、無理に落とす必要はない。いたずらに戦力を分散させることも、避けたいところじゃ。


近江を抜け、京へ至る道を、完全に確保するためにも、近江から見て、北と南に位置する、これらの織田軍の勢力を、今のうちに、できる限り削ぎ、分断しておくこと。


これが、今後の、我らにとって、重要な戦略となると、心得よ」


「ははっ! 兄上、かしこまってござる!」

義経は、力強く応えた。


秀長もまた、頼朝の意図を汲み、賛同する。

「北近江の、あの清水山城(きよみずやまじょう)は、いずれ、早いうちに攻略すべきであると、拙者も考えておりました。城自体に、大きな経済的な価値はありませぬが、越前から近江への侵攻路を抑える、軍事的な拠点としては、今後、ますます重要となってまいりましょう。もし、ここを義経様に抑えていただけたならば、上洛は、いよいよ現実のものとして、見えてまいりまする!


また伊賀、伊勢の状況把握と軍団長への指示内容、委細承知!


では、拙者は、これより、各城代への連絡を急ぎまする! これにて、失礼つかまつる!」

秀長は、足早に評定の間を退出していった。


その、慌ただしい後ろ姿を見送りながら、義経が、頼朝に、そっと話しかけた。

「…兄上。しかし、秀長殿へのご負担も、そろそろ、真剣に考えてあげねばなりませぬな。我が軍団全体の執政を、ほぼ一人で務められながら、さらに、兄上の部隊の副将として、先の戦場でも戦われておられた。いくら何でも、あれでは、あまりにも不憫でなりませぬ」


「……義経の申す通りよな」

頼朝も、頷いた。

「わしも、このところ、諸々のことを、秀長一人に頼り過ぎてしまっておる。


此度の、北近江での戦については、そなたに全てを任せる。わしも、そして秀長も、当面は、後方支援に徹することとしよう」


「はっ! お任せください、兄上!」

義経は、頼もしげに胸を張った。


* * *


安土城では、すでに出撃の準備が、ほぼ整っていた。

城代である源桜、そして、彼女を補佐する北条早雲、副将の谷衞友が、出陣前の最後の陣立てについて、最終確認を行っている。

あとは、長浜城から赤井輝子隊が到着し次第、合流し、安土城の西、武佐(むさ)に新たに築かれた砦へと、向かう手筈となっていた。


「…早雲様」

桜が、少し不安げな表情で、早雲に話しかけた。

「もう少しだけ、時間が欲しかったですね……。先の戦いの後、ようやく兵も集まり始めましたが、まだ、この安土城の兵の配備も、そして調練も、決して万全とは言えませぬ。それが、少々、残念です」


「ふむ。桜殿、あるいは、それこそが、かの信長の狙いなのであろうな」

早雲は、静かに答えた。

「この安土城、そして長浜城が、完全に復興し、十分な兵力をもって守りを固めてしまえば、いかに織田の大軍といえども、そう容易くは落とせぬ。奴らは、そうなる前に、勝負を仕掛けてきた、というわけじゃ。


そしてもっとも弱き城、音羽城を全力で狙うは、戦の定石。


それでも、桜殿。この、かくも短い期間の間に、この安土城にも、一万五千に及ぶ兵が揃っておるのだ。それは、ひとえに、そなたが、城代として、不眠不休で、城の復興と、兵の確保に、尽力してくれた賜物(たまもの)ぞ」


「いいえ、とんでもございません!」

桜は、恐縮して首を振った。

「わたくしなど、何も……。全ては、昼夜を問わず働いてくださった、内政官の皆様方の、その優秀さのおかげにございます。これほど早くに、城が修繕され、あれほど荒れ果てていた城下町が、ここまで整備されたのですから」


まさにその時、物見櫓から、伝令が駆け込んできた。

「申し上げます! 明智光秀率いる部隊、およそ一万が、すでに大津を抜け、こちら安土へ向け、進軍中との報せにございます!」


桜は、安土城の天守から、西に位置する武佐の砦を、じっと眺めながら、隣の北条早雲に、話しかけた。

「…頭では、分かってはおるのです。急(せ)いては事を仕損じる、と。


ですが……敵軍が、これほど間近に迫っておるというのに、焦る兵たちを抑え、ただ、ひたすら砦に籠り、出撃の機を待つ、というのは、これほどまでに、難しいことなのですね……。


正直、このわたくし自身も、この震えを止めるためには、今すぐにでも、馬に乗り、敵陣へと駆け出したい気持ちで、一杯でございます」


「がははは!」

早雲は、快活に笑った。

「桜殿。それこそが、『将』と、ただの『兵』との違いなのじゃよ。

将たる者に、最も必要とされるものはな……『痩せ我慢(やせがまん)』、これに尽きるのじゃ!」


「なるほど……! まさに、『痩せ我慢』、でございますね……」

桜は、早雲の言葉を、噛み締めるように繰り返した。

「あの明智光秀の部隊は、鉄砲の扱いにも長けていると聞きます。であれば、赤井隊の合流なくしては、たとえ、あの武佐の砦に籠ったとしても、我らだけでは、十分な力にはなれますまい……。頭では、分かってはおるのですが……」


「明智隊とて、本気で、我らに勝とうなどとは、思うてはおるまいよ」

早雲は、冷静に分析する。

「彼らの狙いは、おそらくは、我らを、この武佐の地に、できる限り長く釘付けにすること。そうでなくとも、少しでも、我らの兵力を削ることができれば、それで良し、としておろう。織田軍の本体は、あくまで、音羽城を落とすことに、全力を注いでおるはず。


そのために、我ら安土からの増援を、少しでも遅らせ、かつ、消耗させておきたい、という魂胆なのであろうな。


逆に、我らは、味方の兵の消耗を、極力少なく抑えながら、しかも、できる限り早く、この明智隊を撃退し、音羽城の救援へと向かわねばならぬ。…そのための、武佐の砦、なのじゃよ。」


まさにその時。長浜城から、赤井輝子隊が到着した、との伝令が、砦へと駆け込んできた。


源桜は、それまで抑えていた全ての感情を、一気に解き放つかのように、力の限りに、安土城の部隊に檄を飛ばした。


「皆の者! これより、我らも出陣します! 武佐の砦にて、明智光秀を迎え撃ちましょう!」


* * *


明智光秀率いる織田軍が、武佐の砦へ到着するよりも早く、赤井輝子隊の狙撃隊、そして源桜率いる突撃隊(北条早雲隊)は、砦への布陣を完了することができた。


砦の前面に、明智光秀隊が迫ってくる。その整然とした、しかし、どこか不気味な進軍の様子を、砦の物見から、じっと見つめながら、源桜が、隣に立つ北条早雲に、話しかけた。

「…早雲様。恐れながら、これよりの軍の指揮は、今しばらくの間、早雲様にお願い申し上げます。

…これは、安土城代としての、命令にございますよ。もし、ご納得いただけぬ場合は、後ほど、城主解任の儀を、父上に、直接ご具申くださいませ」


「…がっはっは! これは、見事に一本、取られましたな!」

早雲は、愉快そうに笑った。

「よろしいでしょう。城主様からの、直々のご命令とあらば、仕方ありませぬな。では、この老体(ろうたい)めが、これよりの軍略の一切を示し、そして、現場での実際の指揮は、桜殿に、お願い申し上げる、ということで、いかがかな?」

「はいっ!」

桜は、力強く頷いた。


間もなく、明智光秀隊、そして、それに味方する近江の国人衆たちが、武佐の砦の城門へと、一斉に襲いかかってきた。

それに対し、城門の内側に布陣する赤井輝子隊が、猛烈な鉄砲射撃を敢行し、これを迎え撃つ。

明智隊もまた、砦の中からの苛烈な攻撃による被害を最小限に抑えるべく、巧みに距離を取りながら、鉄砲隊を主軸として、城門の破壊を試みていた。


砦の中から降り注ぐ、頼朝軍の、圧倒的な数の鉄砲による弾幕。それに対し、明智隊は、驚くほどに整然と、常に適切な間合いを保ち続け、着実に、しかし確実に、城門の耐久力を削り取っていく。


赤井隊が、撃って出ようと、城門から距離を詰めれば、明智隊は、その赤井隊に対し、射撃を集中させて牽制し、逆に、赤井隊が、明智隊の射程外へと兵を引けば、すぐさま、再び城門への射撃を集中させる。

その、冷静沈着な戦いぶりは、見事なものであった。


「…鶴姫。あの明智光秀ってのも、なかなか、やるじゃないか。これじゃあ、一気に殲滅するってのは、難しそうだね」

輝子は、珍しく、敵将の力量を認めるような言葉を漏らした。

「はい、輝子様」

副将の大祝鶴が、静かに応じる。

「ですが、おそらくは、どこかの時点で、明智隊も、必ずや間合いを詰めて、攻勢に出てくるはず。それまでは、辛抱強く、守りに徹するのが、得策かと存じます」


赤井輝子は、大祝鶴からの進言を聞くまでもなく、この戦いにおいては、いつものような、攻撃的な采配を、自重していた。その様子を、大祝鶴は、静かに、そして、どこか不安そうな表情で、主君の横顔を眺めていた。


やがて、明智隊の執拗な攻撃により、砦の城門が、間もなく崩れ落ちそうになった、まさにその時であった。

北条早雲が、全軍に聞こえるよう、大きな声で指示を出した。

「者ども、聞け! 我が隊は、これより、城門から打って出て、明智隊へ、総攻撃をかける! 赤井輝子殿は、その後方より、援護射撃を、お願い申し上げる!」


早雲殿の号令一下、源桜が、麾下の突撃隊を率い、破壊されかかった城門から、猛然と打って出た。後方からは、赤井隊による、援護の鉄砲射撃が降り注ぐ。

桜率いる突撃隊が、明智光秀隊本隊へと肉薄した、まさにその瞬間。桜隊の中から、副将・谷衛友が率いる、精鋭の切り込み隊が、まるで旋風のように、明智隊の陣中深くへと、突入していった。かつて、頼朝軍の鉄砲隊が、北畠具教や、柳生宗章といった、剣聖たちの部隊に、散々に翻弄されたように。谷衛友もまた、頼朝軍団内にいる、剣の達人たちを選りすぐり、同様の特殊切り込み部隊を編成していたのだ。鉄砲隊を主力とする明も智隊にとって、白兵戦に特化した、この切り込み隊の突入は、まさに悪夢であった。


それまで、あれほどまでに整然と戦っていた明智隊の陣形は、谷衛友隊の突入によって、たちまちにして大混乱へと陥り、そこへ、桜率いる突撃隊本隊、そして赤井隊の猛烈な射撃が加わり、短時間のうちに、壊滅的な打撃を受けたのである。


安土城下で、嶋左近隊によって、自軍が蹂躙された、あの悪夢のような戦術。そして、今、ここ武佐の砦で、源桜と谷衛友が、それと全く同じ戦術を用いて、明智隊を打ち破った光景。その二つを、異なる立場で目の当たりにしていた赤井輝子は、味方である頼朝軍が、勝利の鬨(とき)の声を上げている間も、ただ一人、下唇を強く噛み締めたまま、敗走していく明智隊の姿を、じっと見つめていた。


* * *


明智光秀を、この武佐の砦にて、早々に撃退することには成功した。しかし、その間に、頼朝軍は、他の方面での集結が、大きく遅れていた。

源頼光隊、そしてトモミク隊は、依然として、安土城東方の、愛知川へ向け、進軍中であった。

また、越前の織田勢力を食い止めるための、武田梓隊、源義経隊も、それぞれ、佐和山城、長浜城へ向け、進軍している最中であった。


反対に、織田軍は、その間にも、音羽城へ向け、続々と兵力を集結させており、さらに、越前からの織田勢力もまた、北近江から、長浜城下へと迫りつつあった。


「…早雲様」

武佐の砦にて、戦況報告を受けていた桜が、厳しい表情で呟いた。

「いつもながら、織田軍の動きは、あまりにも早いですね……」


北条早雲もまた、厳しい顔をしていた。

「…どうやら、信長めには、我らの動きは、全て読まれておるようじゃな。


音羽城にて、我らが挟撃を仕掛けてくるであろう、その意図を、奴はすでに見抜いたか。…斥候からの最新の報によれば、信長本隊は、音羽城へは向かわず、途中で反転しておるらしい。おそらくは、大きく迂回し、音羽城を挟撃する我が軍の背後をつくため、この、我らがいる武佐の砦を突き、我らを挟撃しようと、企んでおるやもしれぬぞ。


我らがこの武佐の砦から動かず音羽城に向かわねば、音羽城を包囲する織田軍を効果的に挟撃出来ぬ。

我らが音羽城に向かえば、背後から逆に我らを挟撃する。


それが信長の狙いであろう。」


「……! 一手、対応が遅れれば、まさに、命取りとなりかねませぬね……」

桜の声に、緊張が走った。


* * *


間もなく、安土城東方の、愛知川のほとりに、源頼光隊、そしてトモミク隊が、ようやく到着した。

だが、同時に、音羽城に籠る、源梢から、もはや悲鳴にも近い、絶望的な状況を伝える伝令が、駆け込んできていた。

「囲まれております! 城は、完全に包囲されました! どうか、どうか、お助けくださいませ!」


その、悲痛な伝令の報告を聞いていた北条早雲が、隣にいた源桜に、静かに、しかし、どこか諭すように、つぶやいた。

「…まあ、無理もないことよ。

かの山名家が、これまで戦ってきたであろう、国人衆や、地方の小大名とは、訳が違う。今、彼女が相手にしておるのは、あの織田信長が、総力を挙げて差し向けてきた、大軍なのだからな」


「…梢殿は、わたくしの大切な妹にございます! このまま、見殺しにはできませぬ! これより、わたくしが兵を率い、ただちに、音羽城の救援へと、参ります!

早雲様! もし、織田の部隊が、この武佐の砦から、我らの背後を突き、挟撃を仕掛けてくるのであれば、わたくしの部隊が、盾となりましょう!」


源桜は、そう言い放つと、すぐさま、部隊の最前列へと、自らの騎馬を進め、早雲隊全ての将兵に聞こえるよう、あらん限りの声で、叫んだ。

「皆の者、聞いてください! ただ今より、我らは、音羽城にて孤立する、我らが妹君・梢殿を救うべく、これより、打って出ます! 全軍、出陣です!」


* * *


音羽城を包囲する織田軍に対し、東西両方面から、赤井輝子隊、そしてトモミク隊が接近。おびただしい数の鉄砲による、猛烈な集中射撃を浴びせかけた。

続いて、源頼光の、地響きのような掛け声と共に、大垣城より駆けつけた騎馬隊が、織田軍の陣へと、怒涛の如く突撃してきた。

「者ども! 我が道を開けよ!」

音羽城を幾重にも包囲していた織田軍の陣形は、頼光隊の、その凄まじい騎馬突撃によって、次々と切り裂かれ、突破され、壊滅していった。


まさに、その時。頼朝軍の後方を脅かすべく、大きく迂回していた織田信長の本隊が、ついに北条早雲隊の背後へと迫り、攻撃を仕掛けてきたのである。

「来たか、織田信長! やはり、読んでいた通りよ!」

早雲は、不敵に笑う。

「全て、想定済みじゃ!」


源桜は、すでに早雲の指示を受け、麾下の騎馬隊を反転させ、背後から迫る信長軍本隊へと、猛然と突撃を敢行していった。

しかし、眼前の音羽城を包囲していた、自軍の主力部隊が、頼朝軍の猛攻によって、すでに壊滅状態に陥っている、という状況を、瞬時に理解した織田信長は、すぐさま全軍に反転を命令。桜隊との直接戦闘を避け、早々に、その場からの退却を開始していった。


「桜殿! 見たか! あれぞ、信長の見事な引き際よ! 勝てぬ、と悟れば、何の躊躇もなく、兵を引く!」

早雲は、馬上から、退却していく信長軍を見送った。


だが、その時。音羽城方面から、一隊が、凄まじい勢いで、退却する信長軍本隊へと、猛然と迫っていくのが見えた。

赤井輝子隊であった。


「ちくしょう! 今度こそ、あの信長を、逃がすもんか!」


安土城下での、あの屈辱的な敗北。そして、先の琵琶湖上でも、あと一歩のところで、信長本人を取り逃がした。その二つの記憶が、赤井輝子の闘争本能に、再び火をつけたのであろう。


輝子は、音羽城を包囲していた織田軍を殲滅させ、退却していく信長本隊の姿を認めるや否や、後先のことを一切考えず、全軍に対し、追撃を命じたのであった。


「輝子様! お待ちください! もはや、無用の追撃にございます!」


源桜が、必死に輝子を制止しようとする。だが、一度、勢いのついた輝子の軍勢の進軍を、もはや止めることはできない。


北条早雲が、やれやれ、といった表情で、源桜を諭した。

「桜殿、もはや、致し方あるまい。あれが、良くも悪くも、猛将・赤井輝子という女(ひと)なのじゃよ」

「しかし……」

早雲は、眉を顰めた。

「あの勢いのまま、もし、万が一にも、信長を討ち取ってしまっては、それこそ、ことじゃ。…よし! 赤井隊と共に、我が隊も、これより、織田信長を追撃する!」


「はいっ! 早雲様!」

桜も、すぐさま意を決したように、自らの部隊に指示を出した。

「我が隊も、これより織田信長を追います! 皆の者、良いですか! 敵将・信長を決して殺してはなりませぬぞ! 必ずや、生け捕りにするのです!」


こうして、赤井輝子隊に続き、北条早雲隊もまた、退却する織田信長本隊の、追撃へと入ったのであった。


「……輝子様……」

その後方から、鬼の形相で、一心不乱に信長を追う赤井輝子の姿を、副将の大祝鶴は、ただ、黙って見守りながら、静かに行軍を続けていた。


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