第二十五話:娘たち

 

鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘われた源頼朝。

当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。

しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意し、手始めに近江へと出兵する。

織田信長の必死の抵抗や、大和の筒井家の援軍にも苦戦を強いられながらも、近江の要衝・長浜城、佐和山城、音羽城、そして織田家の本拠地たる安土城の攻略に、ついに成功。上洛への道筋が、ようやく見えてきたのであった。

 


源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前に戦国時代にタイムスリップした。価値観が揺らぎながら戦国時代を必死に駆け抜ける。

源義経: 平泉にて殺害される直前に戦国時代にタイムスリップした。この時代では兄に献身的に尽くす。

武田梓: 武田勝頼の娘。武田家と頼朝軍友好の証として義経に嫁ぐ。義経軍の参謀として活躍し、現在は一軍を率いる部隊長。

源頼光: 平安時代に藤原道長に仕えていた摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いて活躍する。

トモミク: 頼朝をこの時代に連れてきた不思議な女性。

出雲阿国: 事情に詳しく、悩む頼朝に示唆を与える。砲術にも優れ、義経隊で鉄砲隊の指揮を行う。

北条早雲: 晩年にタイムスリップして頼朝軍団に合流。ご意見番、外交担当、部隊長として力を発揮する。

羽柴秀長: 織田軍家臣羽柴秀吉の弟。信長から主君を変え、頼朝軍団の参謀として活躍する。

羽柴篠: 羽柴秀長の娘で頼朝に嫁いだ。槍使い、軍略は秀長仕込み。

赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。

源桜、源里: 武芸に秀でた頼朝の娘達。

 

 


近江での激戦の後、織田軍、そして頼朝軍の双方が兵を引き、しばしの小康状態が訪れていた。

しかし、頼朝軍にとって、それは決して休息の時間ではなかった。先の戦いで失った兵力の補充、疲弊した部隊の再編成、新たに獲得した城々の修復と統治体制の確立、そして今後の戦略の立案と、それに伴う予算の配分。為さねばならぬことは、文字通り山積していた。

特に、那加城にいる頼朝直下の家臣団は、軍団全体の大本営として、休む間もなく、領内を走り回っていたのである。


そんな慌ただしい日々の中、外交任務より戻った北条早雲が、那加城へと登城してきた。頼朝は、筆頭家老の羽柴秀長と共に、急ぎ早雲を出迎えた。


「頼朝殿。先の安土城攻略、まことにおめでとうございまする。これで、貴殿が目指される上洛も、もはや遠い話では無くなりましたな」

早雲は、満足げに頷いた。


「いや、早雲殿。近江での、あの大きな戦果は、何よりも、番場で織田の大軍を食い止めてくださった、貴殿の働きあってこそのもの。心より感謝申し上げる」

頼朝は、深々と頭を下げた。


「本当は、佐和山の手前あたりで、我が隊が織田の主力を引きつけ、頼朝殿には、もっと楽に長浜城を落としていただきたかったのじゃが……。いやはや、力及ばず、申し訳ござらぬことよ」

早雲は、頼朝に答えた。


「あの織田信長という男は、まこと、こちらの思うようには、決して事を運ばせてはくれぬ相手じゃ。前の戦でうまく行った策が、次の戦では全く通用せぬ、などということは、日常茶飯事。此度は、確かに、多くの局面で織田信長に先手を打たれたが、そのような状況の中にあっても、早雲殿には、実によく対応していただいた」


「あの番場では、桜殿が、織田軍が長浜城へ送ろうとする増援を、少しでも抑えるべく、まさに獅子奮迅の働きをしておった、とも聞いておるぞ。わしなどは、ただ安全な後方に座り、桜殿が、自ら陣頭に立ち、部隊を指揮しておるのを、感心しながら眺めておっただけじゃ。……実は、本日は、その桜殿のことについて、頼朝殿に、ちと、お話ししたき儀があって、参上つかまつった次第」


「ほう、桜の話、とな? 早雲殿のお陰で、あの子も、まことに良く育っておるようで、何よりじゃ。貴殿には、まこと、頭が上がらぬわ。


だが、あの織田の大軍を相手に、桜が、それほどまでに奮闘しておったとはのう。それもこれも、ひとえに、早雲殿の、日頃からのご指南あってこそであろう。…して、その桜の話とは、いったい何かな?」


「桜殿には、もともと、将としての優れた資質と、そして、何事にも臆さぬ、良き気概が備わっておりました」

早雲は、桜を評価する言葉から話を始めた。

「わしなりに、厳しく鍛え上げてきたつもりじゃが……もはや、桜殿は、一人の将として、十分に一人前でござるよ。


そこで、頼朝殿。二つほど、お願いがあって参った。


まず一つ目じゃが、現在、大垣城におる、我が第一突撃隊を、今後の重要拠点となるであろう、安土城へ、正式に配属願いたい。あの城は、これからの、京へ向かう戦において、まさに要(かなめ)となる場所。この早雲、及び我が隊一同、かの地にて、命を賭して、頼朝殿のお力となりたく存ずる」


それを聞いた羽柴秀長が、嬉しそうに答えた。

「早雲殿! それは、まことに素晴らしいお考え! 実は、拙者も、安土城の守りには、是非とも早雲殿を、と考えておりました! 頼朝様にとっても、まさに願ってもないお願いかと存じまする!」


「ふふ。秀長殿、まあ、待たれよ」

早雲は、秀長を制した。

「わしの、本当のお願いは、まだ申しておらぬわい。


…その、安土城の城代じゃが……頼朝殿の、お娘御である、桜殿にて、お願いできぬか、と、そう考えておる。無論、このわしは、引き続き安土に留まり、城代となられる桜殿を、全力でお支え申し上げる所存じゃが」


「な……! 早雲殿、それは……!」

頼朝は、驚きのあまり、言葉を失った。

「…父としては、まことに、ありがたき極みのお申し出ではあるが……。しかし、経験も実績もある早雲殿を差し置いて、まだ若輩の桜が城代などと……。それでは、他の家臣たちが、到底、納得しなかろう」

頼朝は、不安そうに答えた。


「頼朝殿が、そう思われるのも、無理はござらぬ」

早雲は、静かに頷いた。

「じゃが、頼朝殿が思っておられる以上に、桜殿は、まことに優秀な将へと成長されておりますぞ。


まず、第一に、用兵の才に、極めて優れておる。先の伊勢、桑名での戦では、押し寄せる信長の動きが、手に取るように見えていたゆえ、それにどう対応すべきか、その手筋を見極めること自体は、さほど難しいことではなかった。じゃが、問題は、その見極めた策を、実際に、戦場で、部隊を思い通りに動かし、実行できるかどうか。それが、将にとって、最も肝要なことなのじゃ。桜殿は、あの時、わしが指示した通りに、いや、時にはそれ以上に、的確に部隊を動かし、織田の大軍を、見事に食い止めておった。あの激戦の中で、わしらの部隊の被害が、あれほどまでに少なかったのは、偏(ひとえ)に、桜殿の、その卓越した用兵の力があったからこそ、でございますぞ。


第二に、確かな戦略眼をも、持ち合わせておる。わしも、はじめは、ただ勇ましいだけの、猪突猛進な娘御かと思うておりましたが、どうしてどうして。戦況全体を見渡し、出るべき時、そして退くべき時を、実に、よう見極めることができるようになっておる。先の番場での戦でも、長浜城へ向かう織田の増援を抑えることが、自らの最大の役割であると、わしが言わずとも、よう分かっておった様子じゃった。そして、先に番場の砦に、織田軍がすでに布陣しておるのを見た時には、誰よりも最初に、その危険性を察知し、わしに嘆いておったわい。


そして最後に、何よりも、将兵の心を、確かに掴んでおる。先の番場の戦いは、まことに壮絶なものであった。何度も織田軍に押し込まれ、絶望的な状況にありながらも、桜殿は、常に将兵を励まし、奮い立たせ続けた。その結果、我が隊からは、あれほどの修羅場にあっても、逃亡する兵が、驚くほどに少なかったのじゃ。将兵の心を、確かに掴んでおらずしては、あのような極限状況で、部隊が、あれほどまでに整然と戦うことなど、できはしませぬ。


…今や、我が隊の者たちは皆、この桜殿の、戦場での見事な活躍ぶり、そして、その確かな心意気を、目の当たりにし、心から、彼女に心服しておりまする」

早雲は、そこで、少し声を潜めた。

「…実を申せばな、頼朝殿。わしも、初めて桜殿を部隊に預かるにあたり、その愛(いと)しきお方が、もし万一、戦場で危険な目に遭われては、と、心配でなりませなんだ。ゆえに、桜殿には内緒で、副将の谷殿には、常に桜殿の傍らで、その身辺を警護するように、と、きつく申し付けておったのでございます。


つまり、戦場における桜殿の一部始終を、最も間近で、冷静に見ておったのは、他ならぬ、あの谷殿であった、というわけじゃ。そして、その谷殿が、『桜様は、もはや立派な将でございます』と、太鼓判を押しておる。…これならば、頼朝殿も、ご安心いただけましょうぞ」


「……そのような話を、こうして聞けるとは……。父として、まことに光栄の至りである……」

頼朝は、目頭が熱くなるのを感じた。

「…あの、か弱く、健気であった桜が、そこまで……。確かに、先日、北条家の姫君である都殿と、関東から早雲殿と共に戻ってきた際、桜の立ち居振る舞いが、以前とは見違えるほどに、立派になっておることに、わしも感心しておったところではあった。


……いやはや、どうにも、己の子煩悩ぶりが、恥ずかしい限りじゃが……」

頼朝は、苦笑した。

「しかし……それでも、わしの方から、『桜を城代に』と申すには、まだ、不安が先に立つ。…だが、引き続き、早雲殿に、すぐ傍らで支えていただけると、そう約束していただけるのであれば……その、あまりにも、ありがたきお申し出、お受けしたいと思う」


「ははっ! ありがとうございまする! この早雲、何があっても、桜殿を、必ずやお守りし、そして、立派な城代として、お支えいたしまするぞ!」

早雲は、満足げに頷いた。

「さて、頼朝殿。僭越ながら、実は、もう一つ、お願いがござる」


「ほう、まだあるのか。何なりと、申すが良い」


「では、遠慮なく、申し上げる」

早雲は、居住まいを正した。

「我が曾孫(ひまご)にあたる、上杉景虎殿と、頼朝殿のお娘御である、桜殿との、婚姻を、お許しいただきたい」


(…それは、少し話が早くはないか……)

危うく、頼朝は、そう口答えするところであった。だが、思い直す。我が妻となった篠にしても、武田梓、上杉弓にしても、皆、今の桜よりも、さらに若くして、嫁いできているのだ。

己は、桜の父でありながら、これまで、何もしてやれなかった。いや、実際には、この北条早雲が、ずっと父親代わりとして、桜を、実によく見て、守り、そして育ててきてくれたのだ。

そのような早雲殿の、心からのお願いに対し、今更、自分が父親然とした立場で、何かを言えるはずもない。

それに、反対すべき理由は、どこにもなかった。桜が、早雲殿に、これほどまでに見込まれた。それは、むしろ、感謝すべきことであったのだ。


「…まことに、ありがたきお申し出じゃ」

頼朝は、静かに答えた。

「早雲殿の血筋なれば、景虎殿も、さぞかし立派な御仁であると、お見受けいたす。…しかし、景虎殿とは、まだ一度も、顔を合わせたことがないのであろう……?」


「がははは! いや、これは失礼つかまつった! まことに、頼朝殿が申される通りじゃ! …これ、景虎殿、中へ入られよ」

北条早雲は、いつの間にやら、上杉景虎を、部屋の外に控えさせていたらしい。早雲に指示され、一人の、涼やかな顔立ちの若武者が、部屋の中へと入ってきた。


「頼朝様。はじめて、お目にかかりまする。上杉景虎と申しまする」

景虎は、頼朝の前に進み出て、深々と頭を下げた。

「ご挨拶が、大変遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。此度は、頼朝様をはじめ、皆様方からの、多大なるご配慮を賜り、こうして命を長らえることができたばかりか、あまつさえ、頼朝様の配下として、お迎えいただけますこと、まことに、お礼の申し上げようもございませぬ」


「これはこれは、景虎殿。こちらこそ、初めてお目にかかる」

頼朝は、穏やかに応えた。

「まことに、大変な目に遭われたと、聞き及んでおる。どうか、今しばらくは、我が軍団にて、ゆっくりと、辛抱をいただきたい」


「とんでもございません! 頼朝様のお側にて、ご一緒できることは、この景虎にとりまして、誠に栄誉なこと。また、頼朝様が目指されるという、その尊き道……それは、おそらく、拙者などには、到底、成し遂げることのできぬもの。この景虎、微力ながらも、最善を尽くし、頼朝様のお役に立ちたく存じまする」


「うむ、ありがたきお言葉、頂戴した」

頼朝は、頷いた。

「して、景虎殿は、我が娘、桜とは、すでにお会いになられたのかな?」


「は、はいっ! せ、僭越ながら、先ほど、大垣城にて……」

景虎は、なぜか顔を赤らめ、口ごもる。


そこに、北条早雲が、悪戯っぽく口を挟んだ。

「がはは! 頼朝殿、申し上げます! この二人、すでに恋仲(こいなか)でござるぞ!


ほれ、先日、秀長殿に嫁いだ都姫も、なかなかの美形(びけい)であったろうが、この景虎も、なかなかの美男子として、女子(おなご)たちの間では、もっぱらの評判じゃ! 何といっても、この、わしの血筋ゆえのう! がはは!」


今回は、横に控える秀長も、あえて反論はしなかった。先日輿入れした、その美しき北条都とは、すでに仲睦まじく過ごしているようであった。


「…そうであったか。であるならば、桜も、この縁談に、異論はない、と、お見受けいたした。…景虎殿、是非とも、お願い申し上げる」


「ありがたき幸せにございまする!」

早雲は、自分のことのように喜んだ。

「この早雲、今後、一層、頼朝様のおんため、力の限りを尽くしまするぞ!」

上杉景虎も、それに続いて、力強く言った。

「まことに、ありがたく存じまする! この景虎も、頼朝様に対し、精一杯お仕えいたします! そして、桜様のことも、必ずや、大切にいたします!」


「うむ、心強きことよ。何卒、桜のこと、よろしくお願い申し上げる」


* * *


「ところで早雲殿」

頼朝は、安堵した表情で、話を続けた。

「秀長と、これからの近江の統治について、話をしておったところじゃ。よろしければ、そなたの、今の考えも、聞いてはくださらぬか」


「はっ! それは是非とも、お聞かせくだされ」

早雲は、居住まいを正した。


秀長が、口を開く。

「はっ。まず、安土城は、先ほどのお話にもございました通り、早雲殿には、引き続きかの地にて、桜様をお支えいただきたく存じますので、正式な城代には、桜様を、と考えております。


長浜城は、赤井輝子殿に、城代をお願いしております。


佐和山城ですが、この城は、安土や長浜に比べ、大規模な部隊を配備する拠点とするには、難しいと考えております。つきましては、先の戦いで頼朝軍に降った、旧浅井家臣で、美濃の稲葉一族の中でも、特に人望の篤い、稲葉重通(いなばしげみち)殿に、城代としてお任せしたいと存じます。


最後に、音羽城でございますが、現状、城そのものも小さく、まとまった城下町もございません。ですが、城の敷地は広く、また、かの地では良質な砂鉄も産出されると聞き及んでおります。いずれは、鉄砲生産の一大拠点として発展させ、先に任命いたしました、里見伏殿隊の、正式な居城といたしたく存じます。それまでの間は、内政に優れた者を、城代として派遣することを、現在、検討しております。


…以上のような布陣とすることで、今後、西からの織田の脅威に対しては、まず、安土城の突撃隊(早雲隊)と、長浜城の狙撃隊(輝子隊)が、先陣として対応。その後詰として、大垣城の突撃隊(頼光隊・渡辺隊)と、岐阜城の狙撃隊(トモミク隊・伏隊)が控える、という、二段構えの防衛体制を構築できます。


また、東にも、西にも、必要に応じて、即座に派遣できる遊撃隊として、清州城(梓隊)、そして、ここ那加城(頼朝隊・義経隊)の狙撃隊が、常に備える形となります。…いかがでござろうか、早雲殿」


「うむ。まことに、良き考えかと存ずる」

早雲は、深く頷いた。

「これまでは、一つの城から、複数の部隊を出撃させ、それを多方面へと、無理に派遣させざるを得なかった。じゃが、今の頼朝軍は、城の数も増え、兵力も増強された。これからは、一つの城に、一つの主力部隊を配置し、城を単位とした、より効率的な戦略を組めるようになった、ということじゃな。一部隊あたりの兵力も、以前とは比較にならぬほど、格段に増えるであろうし、これは、間違いなく、我らが軍は、以前よりも遥かに強くなった、と言えよう」

早雲は、にやりと笑った。

「ふふ。つまりは、今後の、西の織田への対応は、桜殿と、赤井殿、この二人の女将の、双肩にかかっておる、というわけじゃな!」


北条早雲の言葉を聞き、頼朝が、再び口を開いた。

「早雲殿に、ご賛同いただけるのであれば、まことに心強い。

では、この布陣で、決定とする。早雲殿には、早速、安土城へ、部隊の派遣をお願いしたい。景虎殿も、桜と共に、安土へ向かってほしい」


「ははっ! かしこまりましてござる! それでは、準備が出来次第、ただちに安土へ向け、出立いたしますぞ!」


* * *


北条早雲と、上杉景虎が、安土城へ向け、那加城を出立したのと、ちょうど入れ替わるようにして、那加城へ、新たなる客人が到着した。

但馬(たじま)の大名、山名豊国(やまなとよくに)の娘、山名梢(やまなこずえ)であった。

山名豊国は、先の頼朝軍の近江平定を受け、自らも織田家と対抗すべく、頼朝軍団へ、正式に従属することを申し出てきていた。そして、その従属の証として、彼の愛娘である山名梢を、頼朝の養女として、差し出してきたのである。


山名家の領国・但馬と、頼朝軍団の領土・美濃尾張との間には、依然として広大な織田家の領地が広がっており、両者は完全に分断されている。そのため、山名梢は、わずかな供回りのみを連れ、日本海側を北上し、同盟国である上杉家、そして武田家の領内を経由するという、長く、そして危険な旅路を経て、ようやく、この美濃の地まで、辿り着いたのであった。


頼朝は、妻の篠、弟の義経、娘の里、そして出雲阿国と共に、長旅を終えたばかりの山名梢を、丁重に出迎えた。

「山名豊国が娘、梢にございます。これよりは、頼朝様の娘として、お仕えさせていただきます。何卒、よろしくお願い申し上げまする」

梢は、深々と頭を下げた。


「頼朝である。遠路、但馬より、まことに大変であったのう。まずは、ご無事の到着、何よりである。長旅の疲れもあろう。まずは、ゆるりとされるが良い」

「はっ……。恐れ入りまする……」

気丈に振る舞ってはいるものの、その声は微かに震え、これまでの長い旅の疲れ、そして、これからの見知らぬ土地での暮らしへの不安を、隠しきれずにいる様子であった。


そこで、出雲阿国が、優しく声をかけた。

「梢様。ようこそ、おいでくださいました。今後は、何もご心配なさらずとも、大丈夫でございますよ。しばらくの間は、この阿国が、万事、ご不便の無きように、お世話させていただきますゆえ、何かございましたら、いつでも、この阿国にお申し付けくださいませね」


源里も、それに続いて、明るく話しかけた。

「梢様! わたくしは里と申します! これから、姉妹として、どうぞ、よろしくお願いいたしますね! 大丈夫ですよ、父上は、本当は、とってもお優しい御方ですから、どうかご安心くださいね!」


「み、皆様……。まことに、ありがとうございまする……」

温かい出迎えの言葉に、緊張の糸が切れたのか、梢の瞳から、はらはらと涙がこぼれ落ち始めた。


山名家は、決して安泰な状況にあるわけではない。東からは、常に織田家の脅威に晒され、南の播磨では赤松氏、西の備前では宇喜多氏、そして山陰の覇者・毛利氏といった、周辺の有力大名とも、常に小競り合いを続けていた。もはや、家の存続自体が難しい、と判断した上での、苦渋の、頼朝軍への臣従であったのだ。

そして、山名梢は、そのような、家の存亡を賭けた政略の道具として、否応なく、この見知らぬ土地へ、養女として差し出され、あまつさえ、命懸けの、危険な長旅を経て、ようやく、この臣従先の美濃へと、たどり着いたばかりなのである。その心中は、察するに余りある。


しかし、同時に、この山名梢が、あらゆる書物に通じ、非常に聡明な才女である、という高い評判もまた、頼朝の耳には入っていた。頼朝軍に従属している、丹後の一色家からも、同様に、山名梢に対する、高い評価を耳にしていたのである。


「…梢殿」

頼朝は、改めて、梢に向き直り、静かに語りかけた。

「そなたが、わしを、本当の父と思ってくれるのであれば、それは、わしにとっても、ありがたきこと。だが、同時に、そなたは、我が軍団にとって、遠国より来てくれた、まことに大切な客人でもある。最大限の敬意をもって、そなたをお迎えしたい。


今はまだ、我らには、直接、但馬の山名殿をお助けするだけの力はない。それは、まことに申し訳なく思う。だが、いずれ、必ずや、そなたの父君のお力になれるよう、この頼朝、最善を尽くしたく考えておる。どうか、それまで、今しばし、辛抱してはいただけぬだろうか。


…ここ、那加城にて、ゆっくりと、旅の疲れを癒して欲しいところではあるが……。ご存知の通り、我が軍団も、常に人手が足りておらぬ。もし、そなたの気持ちが、少し落ち着かれたならば、早速に、そなたにお願いしたき、大事な役目があるのだが……」


山名梢は、懸命に涙をこらえながら、顔を上げた。

「はい……。わたくしに、できることであれば、何なりと」


「実は、南近江にある、音羽城が、新たに、我が軍団の領土となった。あの城も、そして、その城下も、急ぎ、発展させねばならぬ。

そなたの父君、山名殿をお助け申し上げるためにも、我らは、京へ上らねばならぬ。そのためには、音羽城は、我らが上洛するための、極めて重要な拠点となるのだ。


わしが、上洛を目指すことを決めたがゆえに、このところ、領地を急速に広げたのは良いが……もともと、武人ばかりが多い、この我が軍団においては、城下町の発展や、内政を、安心して任せられる者が、限られておる。


そこで、そなたに、である。もし、気持ちの整理がつかれたならば、早速ではあるが、その音羽城の城代として、城の修繕、そして城下の発展の指揮を、お願いしたいのだ。


そなたは、これよりは、我が娘である。もし、何か足りぬものがあれば、遠慮なく申すが良い。配下の家臣たちも、そなたの好きに動かして構わぬ。…どうであろうか。この役目、お願いできるか」


「……! それは……! まことに、身に余る、栄誉なことでございます……!」

山名梢は、驚きに目を見開いたが、すぐに、強い意志を目に宿し、答えた。

「わたくしは、戦(いくさ)働きでは、お役に立てませぬが……民のための政(まつりごと)、そして、築城や町づくりには、多少の自負がございます。これほど優秀な家臣の方々が多くおられる、頼朝様の軍団で、わたくしが、どれほどお役に立てるか、正直、不安もございますが……この梢、精一杯、努めさせていただきまする!」


「そうか! 無茶な願いであるとは、承知しておったが……。引き受けてくれるか! まことに嬉しく思うぞ!


梢の参謀として、補佐のできる、有能な家臣を、すぐに音羽城へも派遣するゆえ、どうか、よろしくお願い申し上げる」


「はいっ! 頼朝様の上洛のため、この梢、少しでもお役に立つことができましたなら、きっと、父・豊国も、喜ぶと存じます!」


源里が、嬉しそうに立ち上がり、梢の手を引いた。

「では、梢様! 今日から、よろしくお願いいたしますね!」

「本日は、まず、この里が、お部屋までご案内いたします。ちょうど、わたくしの寝所の、すぐお隣が空いておりますのですよ!」


部屋を退出していく、二人の若い娘たちの後ろ姿を、頼朝は見送った。その姿は、先ほどまでの、緊張した面持ちの姫君と、凛々しい女武者とは異なり、年頃の、実に健気で、愛らしい、二人の少女のものであった。


(それにしても……)

頼朝は、改めて思った。多くの、まだ若い女子(おなご)たちが、武官として、日々、危険な戦場(いくさば)にて戦ったり、あるいは、内政官として、このような多忙な毎日を送っている。養女にしたとはいえ、そして我が娘であるとはいえ、彼女たちに、随分と大変な思いをさせてしまっている。

(鎌倉の世では、到底、考えられなかった事態よな……)

頼朝は、かすかな罪悪感を覚えながらも、同時に、自らの強い意志を持ち、それぞれの持ち場で、実に優れた働きを見せる、この時代の女官、そして女将たちに対し、深い敬意と、感心を、抱かずにはいられなかった。

頼朝は、里と梢の、仲睦まじげな後ろ姿を、しばし、感慨深げに眺めていた。


この異世界に来てからの、わずかな期間のうちに、頼朝は、養女も含めて、四人もの「娘」を持つこととなった。


時間軸のズレによって、この時代で初めて出会うこととなった、実の娘、桜と里。


そして、政略的な理由からではあるが、養女として、頼朝を父と慕ってくれる、一色義満(いっしきよしみつ)の娘・宝(たから)と、山名豊国殿の娘・梢。

いずれも、聡明で、心優しく、そして芯の強い、実に良く出来た娘たちであった。


(…もし、この時代が、戦国の世でさえなかったならば……この娘たちの、日々の暮らしは、もっと、どれほど、明るく、楽しいものであったであろうに……)

(鎌倉での、わしは……天下のため、大義のためと称し、結局は、己の家族すら、犠牲にしてしまった。だが、この時代では……決して、そのような過ちは繰り返すまい。家臣や、家族を犠牲にした、その先に手に入れる天下など、もはや、わしは望まぬ)

二人の娘たちの後ろ姿を眺めながら、頼朝は、改めて、その決意を、強く、固めていた。


こうして、近江を、ほぼ完全に制圧した頼朝軍は、新たに獲得した領土の統治体制を固めるべく、それぞれの城に、正式な城代を任命した。


安土城:[城代] 源桜(頼朝娘) [配属] 北条早雲隊(第一突撃隊)

長浜城:[城代] 赤井輝子(譜代衆) [配属] 第四狙撃隊

音羽城:[城代] 源梢(頼朝養女、旧姓 山名梢) [配属] 内政官・守備隊

佐和山城:[城代] 稲葉重通(旧浅井家臣) [配属] 内政官・守備隊

大垣城:[城代] 源頼光(一門衆) [配属] 第二突撃隊・第四突撃隊(渡辺綱)

清州城:[城代] 武田梓(義経妻) [配属] 第六狙撃隊(新設)

岐阜城:[城代] 里見伏(譜代衆) [配属] 第二狙撃隊(トモミク)・第五狙撃隊(新設、伏直属)

犬山城:[城代] 太田道灌(新参衆) [配属] 第三突撃隊・第五突撃隊(大内)・第六突撃隊(犬塚)

那加城:[城代] 源頼朝 [配属] 第一狙撃隊(頼朝直属)・第三狙撃隊(義経)


新たに任命された城代たちは、それぞれの城において、短期間のうちに、多くの課題に取り組むことを求められていた。城下町の復興と発展、そして、落城した城郭の修繕。さらに、新たに部隊が配属された城においては、さらなる募兵と、兵たちの訓練、そして部隊の装備の充実。休む間もなく、彼らは、それぞれの任務に邁進した。


* * *


近江が、しばしの小康状態となってから、まだ半年も経たぬ、天文十四年(1585年)九月。

突如として、音羽城城代の源梢から、那加城の頼朝のもとへ、火急を告げる早馬が届いた。

「申し上げます! 音羽城へ向け、織田の大軍接近中! すでに、城下近くまで迫っておりまする!」


頼朝は、思わず舌打ちをした。

「…ちっ! それほど長く、猶予を与えてくれるとは、初めから思ってはおらなかったが……それにしても、早すぎるわ!」

新たに築いた防衛線の中で、最も南に位置し、まだ十分に兵力も配備できていない、弱い城から狙ってくる。それは、戦の定石であるとはいえ、派遣したばかりの、まだ若い養女・梢を、いきなりこのような危なき目に合わせてしまったことに、頼朝は、強い自責の念を感じていた。


しかし、感傷に浸っている暇はない。この数ヶ月の間に、新しく配属された家臣たちの懸命な働きによって、それぞれの城は、それなりに発展を遂げ、部隊の派遣も、以前よりは、はるかに大規模に、そして迅速に行えるようになっていた。


「秀長! 急ぎ、軍議を開く! 各城へ、伝令を! 織田軍を、再び、この近江から追い払うぞ!」

「はっ! お任せを!」

秀長は、力強く応え、すぐさま諸将への招集をかけるべく、足早に評定の間を後にした。

頼朝軍の、次なる戦いが、また始まろうとしていた。


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