第二十一話:加藤清正
前回までのあらすじ
鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘われた源頼朝。
当初は、源氏の血筋である同盟国・武田家を守ることが軍団の目的と聞かされ、織田・徳川両軍と激しく戦っていた。
しかし、軍団に秘められた多くの謎、そして自らの存在意義について少しずつ理解し始めた頼朝は、織田信長を死なせず、多くの武家を滅ぼすことなく安寧の世を目指すという、困難な道を選択。その実現のため、京に上り「惣無事令」を発することを決意し、まずは京への道を開くべく、近江へと出兵する。
織田信長の必死の抵抗に苦戦を強いられながらも、近江の要衝・長浜城、そして番場の砦の攻略に成功。ついに、信長の居城・安土城攻略へと乗り出したのであった。
主な登場人物
源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前に戦国時代にタイムスリップした。価値観が揺らぎながら戦国時代を必死に駆け抜ける。
源義経: 平泉にて殺害される直前に戦国時代にタイムスリップした。この時代では兄に献身的に尽くす。
武田梓: 武田勝頼の娘。武田家と頼朝軍友好の証として義経に嫁ぐ。義経軍の参謀として活躍したが、現在は一軍を率いる部隊長。
源頼光: 平安時代に藤原道長に仕えていた摂津源氏中興の祖。騎馬隊を率いて活躍する。
トモミク: 頼朝をこの時代に連れてきた不思議な女性。
出雲阿国: 事情に詳しく、悩む頼朝に示唆を与える。砲術にも優れ、義経隊で鉄砲隊の指揮を行う。
北条早雲: 晩年にタイムスリップして頼朝軍団に合流。ご意見番、外交担当、部隊長として力を発揮する。
羽柴秀長: 織田軍家臣羽柴秀吉の弟。信長から頼朝に主君を変え、頼朝軍団の参謀として活躍する。
羽柴篠: 羽柴秀長の娘で頼朝に嫁いだ。槍使い、軍略は秀長仕込み。
赤井輝子: 狙撃隊を率いる猛将。
源桜、源里: 武芸に秀でた頼朝の娘達。
第二十一話 加藤清正
頼朝軍が安土城へ向け進軍しているという報は、織田方にも届いていた。しかし、頼朝軍迎撃のために近江へ派遣できるはずの織田軍主力部隊は、先の番場や姉川での敗北により、ほぼ壊滅状態となっていた。
当主・織田信長自らが率いる本隊は、依然として越前で上杉家と対峙しており、近江での戦況悪化の報を聞き、急ぎ引き返そうとはしているものの、すぐには戻れない状況であった。
頼朝軍は、その信長本隊が近江へ帰還する前に、そして、他の織田軍部隊の再編成が進む前に、安土城を攻め落とすべく、進軍速度を上げていた。
この安土城を、頼朝軍の新たな拠点とできるかどうか。それは、頼朝が目指す上洛、そして惣無事令発布の実現において、極めて重要な試金石であった。
安土城の城下。最後の砦として、頼朝軍の前に敢然と立ちはだかったのは、加藤清正(かとうきよまさ)率いる、数千の守備隊であった。
加藤清正。彼は、これまでの戦いにおいて、幾度となく頼朝軍の前に現れ、そして、その都度、苦渋を舐めさせられてきた武将である。
此度もまた、圧倒的多数の敵に対し、寡兵で立ち向かわねばならない。絶望的な状況であることは、清正自身が、誰よりも理解していた。それでも、彼の心は、全く折れてはいなかった。その双眸には、織田家への揺るぎない忠誠と、不屈の闘志が燃え盛っていた。
「良いか、者ども!」
清正は、麾下の将兵たちに檄を飛ばす。
「敵の、あの忌々しい騎馬隊は、先の戦いで、我らが追い払った! 今、眼前に迫る敵は、鉄砲隊が主力よ! 数を頼みに攻め寄せてくるだけの、臆病者の集まりじゃ! 天下の織田軍が、これほどまでに舐められたものよ!
だが、忘れるな! 鉄砲隊なぞ、一度懐に飛び込まれてしまえば、赤子の手をひねるよりも容易い! 何としても、敵の足軽どもに取り付き、その陣形を崩すのだ!
此度こそ、奴らに、我ら織田武士の意地というものを、骨の髄まで思い知らせてくれるわ! みなのもの、覚悟は良いな!」
「「「おおおおおーーーっ!!!」」」
清正の言葉に、兵士たちの士気が上がる。
頼朝軍は、安土城下に進軍し、布陣を完了した。
先鋒を務めるのは、軍神・源義経率いる第三狙撃隊。その後方に、赤井輝子率いる第四狙撃隊、そして里見伏率いる第五狙撃隊が続く。
義経隊の鉄砲隊が、前方に布陣する加藤清正隊を、射程に捉えた。
「…放て!」
義経の号令一下、数千の鉄砲が一斉に火を噴いた。轟音と共に、おびただしい数の鉛玉が、清正隊へと降り注ぐ。
だが、次の瞬間。頼朝軍の将兵たちは、信じられない光景を目の当たりにした。
あれほど密集していたはずの、加藤清正隊の陣形が、まるで蜃気楼のように、頼朝軍の視界から、忽然と消え失せていたのだ。
「伏せぇぇーーーっ!!」
義経隊の一斉射撃の直前、清正は、そう絶叫していた。彼は、この安土城下の地形を、事前に徹底的に調べ上げ、敵の射撃を受けた際に、即座に身を隠せる場所を、あらかじめ全部隊に指示し、徹底させていたのである。
加藤清正は、これまでの苦い敗戦の中で、頼朝軍の戦い方、特にその鉄砲隊の恐るべき威力と運用術を、その身をもって理解していた。幾度も屈辱を味わい、眠れぬ夜を過ごしながら、彼はただひたすらに、頼朝軍への対策を考え続けてきたのだ。
(此度の敵には、あの恐るべき騎馬突撃はない! 敵は大軍とはいえ、鉄砲隊のみ! ならば、勝機はある!)
清正は、この一点に、活路を見出そうとしていた。
「者ども! 敵の射撃が止んだ! 今じゃ! ただちに突撃を開始せよ!」
清正は、自ら先頭に立ち、突撃を命じた。
「鉄砲隊に取り付きさえすれば、我らに勝機はある! 織田武士の意地を見せるは、今をおいて他にないぞ!」
義経隊の一斉射撃が止んだ、まさにその一瞬の隙を突き、加藤清正隊は、再び雄叫びを上げながら、頼朝軍へと突撃を開始した。
頼朝軍は、「早合(はやごう)」等の、立花宗茂が考案したという未来の砲術を取り入れており、他の戦国大名と比較して、射撃と次の射撃までの間隔は、圧倒的に短い。さらに、義経は、三つの狙撃隊を連携させ、断続的に射撃を続けることができる陣形をも構築していた。
しかし、此度は、安土城へと続く、狭い一本の街道上で戦わねばならず、大軍であることの利点を十分に活かせない。横に広がれないため、清正隊に対し、十分な火力を集中させることが、難しかったのだ。
接近戦に弱い鉄砲隊にとって、歩兵や騎馬隊との連携は、本来、必須であった。だが、頼朝軍の精鋭騎馬部隊は、先の長浜城、そして番場での激戦で、そのほとんどが後方へと退いてしまっている。各狙撃隊にも、少数の騎馬隊は配属されてはいるが、それだけで敵の突撃を完全に押し戻せるほどの、まとまった数ではない。
義経隊の第二射が放たれる、まさにその寸前。加藤清正隊は、巧みに部隊を複数に分散させ、頼朝軍が的を絞りきれないように撹乱しながら、猛然と突進してきた。
頼朝軍からも、散発的な応射はあったものの、清正隊の兵士たちは、多少の犠牲など、全く意に介さぬかのように突撃を続け、ついに、頼朝軍の最前列へと取り付いた。
清正隊に接近戦を許してしまった、最前列の鉄砲隊。彼らは、もはや組織的な抵抗はできず、ある者は、白兵戦の餌食となり、ある者は、恐怖に駆られて逃げ出し、またある者は、慌てて個別に、しかし効果のない射撃を行うばかり。頼朝軍の先鋒は、一瞬にして混乱状態へと陥った。
その様子を見て、義経は、静かに呟いた。
「兵の数が多ければ良い、というわけではない、ということか。我ながら、なんとも酷い崩され様じゃな……」
義経は、敵将・加藤清正の、その見事な戦術眼と、麾下の兵たちの勇猛さに、素直に感嘆していた。
「敵は寡兵ながら、まことに良き戦いをする部隊よ。…しかし!」
義経の目に、鋭い光が宿った。彼は、すぐさま陣形の変更を指示する。
「前衛部隊、聞け! ただちに左右へ展開! 中央を開けよ!
騎馬隊! 中央より前進! 左右に散った敵兵を、各個に蹴散らせ!
もし、敵が左右の鉄砲隊へ集中攻撃を仕掛けているのであれば、騎馬隊も二手に分かれ、敵の側面からこれを突き崩せ!
後方の鉄砲隊は、二列横隊となり前進! 敵が、もし中央突破を図らんと押し出してきたら、躊躇なく、一斉射撃を浴びせよ! もし、敵が左右に分散したままであれば、その側面から、援護射撃を行え!
さらに後方の狙撃隊(輝子隊、伏隊)は、部隊を五段に分け、いつでも射撃できるよう、待機せよ!」
義経の、淀みなく、かつ的確な指示により、混乱しかけていた頼朝軍の陣形は、瞬く間に再編され、新たな迎撃態勢が整えられていく。
その動きを見た加藤清正は、思わず唸った。
「…おのれ! あの指揮官、ただ者ではないな……!」
清正隊は、もはや選択肢がないことを悟った。今、ここで退却すれば、追撃する鉄砲隊の、格好の的となるだけだ。かといって、中央を突破しようとすれば、左右、そして後方からも、十字砲火を浴びることになるだろう。左右に分散した敵の鉄砲隊を攻めるのが、唯一の活路か。だが、それも、敵の騎馬隊によって、側面を突かれる危険性が高い。ただでさえ寡兵である自軍の戦力を、さらに分散させるわけにはいかない。
(狭い街道という地形を利用し、敵の大軍の利点を殺ぎ、接近戦に持ち込む。それが、こちらの策であったはず。だが……逆に、敵は、この限られた広さの街道であるからこそ可能な、こちらの選択肢を完全に封じ込める陣形を、瞬時に構築してみせた、というのか……!)
加藤清正は、義経の、その恐るべき戦術眼に、驚愕していた。
もはや、彼に残された選択肢は、一つしかなかった。左右どちらかの鉄砲隊に対し、全軍で決死の突撃を敢行し、これを突き崩す。そして、敵陣にわずかでも隙が生まれれば、そこに活路を見出し、さらに前進するか、あるいは、退却の時機を計るか。それしか道はない。
(だが、それすらも、おそらくは、あの指揮官には読まれているであろうな……)
戦術的には、すでに織田軍は敗北していたのかもしれない。
それでも、加藤清正は、最後の可能性に賭け、意を決して、頼朝軍の右翼、赤井輝子隊と思われる部隊に対し、全軍での決死の突撃を敢行した。
清正隊の、まさに死兵と化した猛攻を受け、頼朝軍の右翼は、大きな被害を出し始めた。
しかし、その瞬間を待っていたかのように、頼朝軍の中央から、騎馬隊が突出。二手に分かれた清正隊の、がら空きとなった側面から、猛然と攻撃を仕掛けてきたのである。
頼朝軍が保有する騎馬の数は、決して多くはない。だが、分散し、前面の鉄砲隊との戦闘に集中していた清正隊にとって、この側面からの奇襲は、致命的であった。矛先を分散させられ、隊列は一気に乱れ始める。
義経は、容赦なく、次の指示を部隊に伝えた。
「後方の鉄砲隊、前へ! 左右の敵部隊が射程に入り次第、ただちに撃て!
騎馬隊は、敵の後方へと回り込み、味方の射撃を避けながら、敵を完全に包囲殲滅せよ!
左右翼の鉄砲隊は、おのおのの判断で、味方騎馬隊を援護しつつ、敵を掃討せよ!」
義経の的確な指示により、頼朝軍の騎馬隊と鉄砲隊は、見事な連携を見せた。前後左右、全方位から攻撃を受ける形となった加藤清正隊は、もはや成す術なく、間もなく壊滅した。
完全に包囲殲滅され、逃げ道も塞がれた加藤清正は、ついに捕虜となった。
* * *
「…あの、最後まで抵抗した織田軍を率いていた武将。阿国殿は、存じておるか」
戦闘後、義経は、副将の阿国様に尋ねた。
「はい、義経様。あれは、加藤清正という、なかなかの剛の者(つわもの)にございます」
阿国は答えた。
「先の、東美濃での戦、そして那古野城の戦でも、我らに捕らえられましたが、その都度、主君・信長様への忠節を貫き、決して、我が軍門に降ろうとはしませんでした」
「さようであったか……」
義経は、捕らえられ、縄打たれた清正の姿を見つめた。
「此度は、我が軍の兵数が多かったがゆえに、勝つことができた。だが、もし互角の兵力であったなら……あるいは、加藤清正に、突き崩されていたやもしれぬ。それほどの、見事な戦いぶりであった。…どうにか、あの者を、味方に引き入れることは、できぬものだろうか」
「義経様が、直接、お話しされてみては、いかがでしょう」
阿国が提案した。
「…そうじゃな。よし、決めた。たとえ味方にならずとも、あの加藤清正とやらと、一度、話をしてみたい」
義経は、副将である出雲阿国と、そして、もう一人の副将、里を伴い、捕虜となった加藤清正のもとを訪れた。
頼朝軍の将らしき一行が近づいてくるのを目にした瞬間、清正は、ありったけの力で吠え始めた。
「おのれぇ! 早く、この首を刎(は)ねぬか! 幾たびも捕らえては逃し、これ以上、わしに生き恥をかかせようというつもりか!」
「…ふふ。阿国殿、あれはまるで、檻の中の虎じゃな。まこと、剛の者よ」
「はい。しかし、ただ猛々しいだけでなく、知恵も働く御仁でございますよ」
「ああ、それは、先の戦いぶりを見て、よく分かった」
はじめに口を開いたのは、出雲阿国だった。
「清正殿。ご無沙汰しておりまする」
「ん……? その声は……。な、阿国殿ではないか! なぜ、貴殿が、このようなところに!」
清正は、驚きに目を見開いた。
「ふふ。今、わたくしは、こちらにおられる御二方にお仕えしておりますのですよ」
阿国様は、義経と里を指し示した。
「こちらにおわすは、我が主、源義経様。そして、こちらは、源頼朝様の、お娘御にあたる、源里様でございます。わたくしは、この義経様の部隊にて、鉄砲頭を務めさせていただいておりまする」
「はっはっは! 何を馬鹿な!」
清正は、嘲るように笑った。
「捕虜にしたわしを、今度は戯言(たわごと)で愚弄しようというのか! まさか、このわしは、亡霊どもと戦って、敗れたとでも、そう申されるか!」
そこで、義経が、静かに口を開いた。
「源九郎義経と申す。…加藤清正殿と、お見受けいたす。
この時代において、拙者にまつわる、数々の心地よき伝説が、語り継がれておることは、いくつか耳にしておる。もし、拙者が、まこと亡霊であったならば、あるいは、もっと良き戦い方ができたやもしれぬな。あれほど多くの兵を犠牲にすることなく、貴殿を捕らえることが、できたであろうから」
義経は、真っ直ぐに清正の目を見据えた。
「しかし、今、貴殿の目の前にいるこの者は、亡霊ではない。この時代を、確かに生き、そして、たった今、貴殿と、真剣に刃(やいば)を交えた者でござる。…そして、拙者は、貴殿の、あの見事な戦いぶりに、大いに感服いたしましたぞ」
「……ふん。戯言を申すような、軽々しい御仁には、お見受けできぬな……」
清正は、疑いの目を向けながらも、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。
「もっとも、かの源頼朝が、死後、亡霊となって美濃に現れた、などという噂は、わしら織田家中でも、まことしやかに囁かれてはおったが……。まさか、源義経までとは……。阿国殿。貴殿の口から、真(まこと)を聞かせよ。あの、羽柴秀長殿や、前田利家殿、池田恒興殿までもが、この者たちと、共におると聞いたが、それは、誠か」
「はい、清正殿。皆々様、今は、『今』を生きる、頼朝様に対し、心からの忠節を尽くしておいででございます」
阿国は、静かに頷いた。
「この軍団が、一体、何を志しておるのか。そして、どのような家臣たちが、頼朝様のもとに集い、力を尽くしておられるのか……。清正殿ご自身の目で、一度、お確かめになられては、いかがでしょう」
「……ふん。源義経を名乗られる、貴殿の軍略には、確かに、恐れ入ったところではあった。あれでは、何度戦っても、わしに勝ち目はなかったであろうな。もし、本当に、軍神・源義経の亡霊と戦ったのだ、というのであれば、この敗北も当然のこと、と、己に言い訳もできようものを……。残念ながら、どうやら、わしは、生身の人間に、完膚なきまでに、敗れたようじゃな」
「いや、加藤殿。もし、互いの兵数が同じであったなら、おそらくは、貴殿が勝っていたであろう」
義経は、正直な気持ちを述べた。
「はっは! 無駄な慰めなど、無用!」
清正は、吐き捨てるように言った。
「兵の数など、言い訳にはならぬわ! 貴殿とて、先の小牧山では、我が軍よりも寡兵をもって、我らを散々に打ち負わしていたであろうが! 戦とは、勝つか負けるか、ただそれしかござらぬ! それを、誰よりも良くわかっておるのは、むしろ貴殿の方であろう!」
「…加藤殿。まことに、恐れ入る」
義経は、清正の潔さに、敬意を表した。
「我らは、これより、さらに先へと進軍せねばならぬが……もし、よろしければ、一度、我が兄、頼朝とも、会うてはいただけぬだろうか。その上で、改めて、貴殿のお考えを、お聞かせ願いたい。
我らは、ただ、日ノ本の安寧を目指し、戦っておる。…それは、あるいは、貴殿の主君・信長殿が目指す『天下静謐』とは、少しばかり、形が異なるやもしれぬがな」
義経は、声を潜め、付け加えた。
「…にわかには、信じられぬやもしれぬが、実は、我らは、あの信長殿の命を、救おうとして、戦っておるのだ。そして、願わくば、これからの世で、信長殿と、共に手を携えることさえ、望んでおる」
「今はまだ、覇道を突き進む者とは、戦わねばならぬ。だが……我らは、捕虜とした者を、いたずらに殺すことは、決してせぬ。もし、貴殿が、どうしても、我らに味方することができぬ、というのであれば、何度でも、貴殿を解放いたそう。
それを『生き恥』と思われるか、あるいは、新たな道への『機会』と思われるか……それは、全て、貴殿次第。どうぞ、お心のままに、お決めくだされ。…拙者は、また、加藤殿と、こうして話ができる日が来ることを、強く望んでおる」
「……はっはっは!」
清正は、天を仰いで、大声で笑った。
「おい、阿国殿! これは、いったい、どうなっておるのだ! この御仁は、もしや、仏か如来か何かか? それとも、ただの、いかさま師か? …まあ、良い! もし、いかさま師でないのであれば、このわしとて、仏や如来には、逆らうまいよ!」
「……感謝申し上げる」
義経は、清正に深く一礼すると、傍らの兵に命じた。
「加藤清正殿を、丁重に、那加城までお連れせよ!」
そして、義経は、阿国と里を伴い、再び自らの部隊へと戻っていった。
* * *
一方、佐和山城にて、後詰として待機していた頼朝のもとへ、斥候からの連絡が入った。
「申し上げます! 義経様率いる先鋒部隊、安土城下の守備隊を蹴散らし、これより、安土城本体への攻撃を開始する、とのことにございます!」
「そうか! 大義であった!」
頼朝は、安堵の息をついた。だが、すぐに、更なる報告がもたらされる。
「申し上げます! 安土城の南方に位置する、音羽城(おとわじょう)にて、織田軍が集結中! 」
「…なに、音羽城に、とな? して、その兵力は、いかほどか」
「はっ! 寡兵ながら、精鋭と見え、およそ千五百ほどかと!」
「…そうか。ご苦労であった! 下がってよい!」
頼朝は、斥候を下がらせると、傍らに控えるトモミク、武田梓、そして羽柴秀長と、急ぎ軍議を行った。
「…聞いた通りじゃ。義経たちが、安土城を攻めている、まさにその背後から、音羽城の織田軍に襲われては、挟撃されかねぬ。そうなる前に、手を打たねばなるまい」
「幸い、織田軍が、南方面から、安土への大規模な援軍を差し向けてくる気配は、今のところない。であるならば、我らが、先んじて、あの音羽城を攻め落としてしまうのが、一番の得策ではないか。今であれば、音羽城の守備隊も、寡兵。我らの手勢であっても、十分に落とせるのではないか。…秀長、そなたの考えは、いかに」
「はっ! まことに、良きお考えかと存じます」
秀長は頷いた。
「ただし、頼朝様。音羽城へ向かわれるのは、頼朝様と、トモミク殿の部隊のみにて、攻略なされるべきかと存じます。
我が隊(頼朝隊)、そしてトモミク隊は、先の長浜攻略、そして番場での戦いで、大きな損害を被っております。その点、現在、この佐和山に待機しておる部隊の中で、ほぼ被害無く、戦力を完全に温存できておるのは、梓様の部隊のみにございます。
この先、もし、安土城攻略が難航し、我が軍が苦戦を強いられるような事態となった場合、あるいは、首尾よく安土城を落とせたとしても、その後の城の守備を考えた場合、この、梓様の、ほぼ無傷の精鋭部隊の存在が、極めて重要となってまいります。
ゆえに、梓様には、引き続き、この佐和山城にて待機していただくのが、最もよろしいかと、愚考いたします」
「…うむ。秀長の言うこと、まことに、もっともであるな」
頼朝は、梓へと向き直った。
「梓。そういうわけじゃ。すまぬが、そなたには、今しばらく、この佐和山にて待機してもらいたい。そして、この後の戦況次第では、特に、安土城での戦況を、よくよく確認した上で、軍を動かすべきかどうか、そなた自身の判断で、決めてほしい。…頼めるか」
「はい、頼朝様。万事、お任せくださいませ。…頼朝様も、トモミク様も、どうか、ご無理はなさらないでくださいませね」
武田梓は、穏やかに、しかし、力強く答えた。
頼朝隊と、トモミク隊。近江へ出陣した当初に比べれば、その兵力は、相当に損耗していた。
当初、近江へ出陣した際に立てた作戦通りには、事は運ばず、織田軍の周到な備えの前に、頼朝軍は、多くの局面で手こずらされた。その結果、頼光隊、早雲隊といった、頼朝軍が誇る精鋭騎馬部隊は、すでに戦線を離脱し、後方へと退いている。今、前線に残る、頼朝隊、トモミク隊といった、精強な狙撃部隊もまた、本来であれば、十分な休息と再編成が必要となるほどの、大きな被害を受けていたのである。
それでも、安土城の攻略だけは、此度の近江出兵において、何としても成し遂げねばならぬ目標であった。
当初、頼朝は、近江攻略について、「無理せずとも、いずれは成し遂げられるであろう」と、やや楽観的に考えていた。しかし、実際に、安土城を間近に目の当たりにした頼朝軍の将兵たちは、誰もが、その想像を絶する巨大さと、堅牢さに驚き、同時に、言い知れぬ、底知れぬ恐ろしさのようなものを感じていたのだ。
(織田軍の主力が、遠く越前へと向かっている、まさに『今』をおいて、この安土城を攻略できる機会は、おそらくは、二度と来ないのではないか……)
頼朝軍の将兵たちは、言葉には出さずとも、皆、同様の危機感を抱いていた。
頼朝は、安土城を攻略中の義経たちが、南と北から挟撃される危険性を少しでも減らすため、安土の南方に位置する、音羽城を攻略すべく、兵を率いて、佐和山城を後にした。
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