第十九話:近江出兵

鎌倉の世より、謎の女性トモミクによって戦国時代へと誘(いざな)われた源頼朝。

彼の下には、弟・義経をはじめ、北条早雲、太田道灌といった、異なる時代の名将たちが次々と集い、強力な軍団が形成された。

義経やトモミク、そして多くの有能な家臣たちと過ごす中で、かつて武力による支配のみを志していた頼朝の価値観は、大きく揺らぎ始める。

当初、頼朝軍団は、滅亡の危機に瀕した同盟国・武田家を守ることを主な目的として戦っていた。だが、後に、本来の歴史では1582年に起こるはずだった「本能寺の変」を回避し、織田信長を死なせないこともまた、密かな使命であったことを知らされ、頼朝はますます困惑する。

しかし、多くの武家を滅ぼすことなく、新たな安寧の世を目指すべく、頼朝はついに京へと上り、「惣無事令」を発することを決意するのであった。


源頼朝: 鎌倉幕府を開く直前に戦国時代にタイムスリップした。戦国時代の頼朝軍団を率いる。

源義経: 平泉にて殺害される直前に戦国時代にタイムスリップした。この時代では兄頼朝に献身的に尽くす。

武田梓: 武田勝頼の娘。頼朝軍団と武田家の友好の証として、義経に嫁いだ。武田の軍略を受け継ぎ、義経の参謀としても、部隊長としても活躍する。

トモミク: 頼朝をこの時代に連れてきた、時間を自由に行き来できる不思議な女性。

出雲阿国: 事情に詳しく、悩む頼朝に示唆を与える。砲術にも優れ、義経隊で鉄砲隊の指揮を行う。

北条早雲: 晩年にタイムスリップして頼朝軍団に合流。ご意見番、外交担当、部隊長として力を発揮する。

羽柴秀長: 織田軍家臣羽柴秀吉の弟。主君を信長から頼朝に変え、頼朝軍団の参謀として活躍する。

羽柴篠: 羽柴秀長の娘で頼朝に嫁いだ。

赤井輝子: 頼朝軍団の狙撃隊を率いる猛将。

源桜、源里: 武芸に秀でた頼朝の娘達。


 

天文十三年(1584年)十月。

那古野城攻略成功の吉報が、羽柴秀長からもたらされた。

「頼朝様! 那古野城、落ちました!」

「おお! それは幸先が良い!」

頼朝は満足げに頷いた。


「はっ! これで、当初の予定通り、十一月には、全軍、近江へ向けて出兵することが可能となり申す」

「うむ。…秀長、急ぎ、各城の部隊長を集めよ。出陣に先立ち、岐阜の聖徳寺にて、戦勝と道中の無事を祈願したい。此度の戦、できる限り、犠牲を少なくできるよう、御仏(みほとけ)のご加護を、皆で祈願しようではないか」

「頼朝様、それはまことに良きお考えかと存じます。では、ただちに諸将を聖徳寺へ招集し、祈願の後、そのまま彼の地にて、出陣前の最後の評定を開くことといたしましょう」

「うむ、頼んだぞ、秀長」


* * *


数日後、岐阜の古刹・聖徳寺には、頼朝軍団の主だった部隊長たちが、一堂に会していた。

本堂にて、頼朝は静かに口を開いた。

「此度の、京への出陣は、これまでの戦とは異なり、我らにとっても、極めて厳しきものとなろう。


願わくば、我らが大切な家臣や兵たちの犠牲が、最小限に留まるように。そして、敵味方を問わず、この戦で失われるであろう、将兵たちの尊い犠牲の先に、真の安寧の世が訪れますように……。我ら、ただひたすらに、御仏のお導きと、ご加護を、お祈り申し上げる」

頼朝の言葉の後、家臣一同は、しばし、静かに目を閉じ、黙祷を捧げた。


聖徳寺に集った部隊長は、犬山城から太田道灌、犬塚信乃。清州城から赤井輝子、武田梓。岐阜城からトモミク、里見伏。大垣城から北条早雲、源頼光。そして那加城から、頼朝、義経、羽柴秀長。まさに、頼朝軍団の精鋭中の精鋭たちであった。


御仏への祈りを終え、場所を移し、出陣前の最後の評定が始まった。

「皆も知っての通り、わしは、京へ上ることを決意した」

頼朝は、改めて、その決意を表明した。

「これより、我らは、今以上に強き軍団となる。そして、天下の武家同士の、無益な争いを止めさせるために、その強き力を行使する。

その手始めとして、まずは近江を制圧し、京への道を切り開ける。しかる後、安土城をも攻略する。


だが、織田の抵抗は、これまでに無く、激しいものとなろう。決して簡単な戦いではない。覚悟してもらいたい」


続いて、羽柴秀長が、具体的な陣立てについて指示を出す。

「此度の近江出兵におきましては、長浜方面、そして佐和山方面の、二方面に、軍を分けて進軍いたします。


まず、佐和山城方面へは、敵主力を引きつけ、これを食い止めるための陽動部隊を派遣します。先陣は、北条早雲殿の第一突撃隊。その後詰として、岐阜城より、トモミク様の第二狙撃隊、そして里見伏殿の率いる新たな第五狙撃隊が続きます。


一方、主攻となる長浜城方面へは、先陣を、大垣城より源頼光殿の第二突撃隊。その後詰として、那加城より、頼朝様ご自身の第一狙撃隊、そして義経様の第三狙撃隊が続きます。


清州城の赤井輝子殿の第四狙撃隊、そして、同じく清州に新たに配属となられた武田梓殿の第六狙撃隊は、当面、後詰として待機。状況に応じ、いつでも出撃できるよう、準備をお願いいたします。


なお、犬山城の太田道灌殿、大内義興殿、犬塚信乃殿の各突撃部隊には、東の徳川勢への備えとして、引き続き、その守りをお願いいたします。


また、織田軍の兵力を少しでも分散させるため、我らの動きに呼応し、越後の上杉景勝様が、越前方面へ出陣される手筈となっております」


「出陣は、来月、十一月とする!」

頼朝が、力強く宣言した。

「我が軍団は、これまで、守りの戦いを強いられてきた。だが、これからは違う! 他国をいたずらに滅ぼそうとし、覇権のみを目指す者を『敵』と定め、我らは、攻めに転じる!」

頼朝の檄に、家臣一同の士気も、最高潮に達した。

「目指すは京!」「応!」

「織田信長に、我らが力、思い知らせようぞ!」「応!」


* * *


翌十一月。各隊の出陣準備は、滞りなく整った。

諸将、そして兵士たちは、頼朝軍団にとって、新たな地平線を切り開くことになるであろう、この歴史的な出兵を前に、これまでにない高い士気と覚悟をもって、出撃の号令を待っていた。


「早雲様!今の我が軍のこの勢いは、まことに凄まじいものですね!」

大垣城にて、出撃準備が整ったのを確認し、源桜が、傍らの北条早雲に、興奮した様子で話しかけた。

「これほどの勢いがあれば、あの織田信長軍など、何ほどのこともありませぬ!」


「…ふむ。確かに、今の我が軍の士気は、天を衝くほどに高い」

早雲は、静かに頷いた。だが、その表情は、桜とは対照的に、厳しいままであった。

「じゃが、桜殿。此度の頼朝殿は、いつになく、張り詰めたご様子であったと思われぬか?


…桜殿は、なぜ、今の我が軍が、これほどまでに気持ちが高ぶっておるのか、どのように見ておられるかな」


「は、はい! それは、我らがこれから京へと上り、天下に号令をかけることになる…その、大いなる目標が、軍全体の将兵の士気を、高めているものと…」


「うむ、そうであろう、そうであろうな」

早雲は、桜の言葉を遮るように言った。

「…では、逆に問うが、桜殿。今の、織田信長が、一番恐れておるのは、いったい何であろうか」


桜は、しばし考え込み、そして、はっとしたように顔を上げた。

「……! つまりは……そういうことでございますか? 信長もまた、我らが京へ上ることを、何よりも恐れ、それを阻止すべく、万全の備えで待ち構えている、と? …だから、此度の戦は、そう簡単ではない、我らの高い士気以上に織田軍は並々ならぬ覚悟で我らにかかって来ると、早雲様は、そう申されたいのですね?」


「…その通りじゃ、桜殿。我らの士気が高いことは良き事、しかしそれだけで勝敗を占う事は出来ぬ。」

早雲は、厳しく頷いた。

「信長は、必死ぞ。我らの想像を、遥かに超える覚悟と、準備をもって、我らを待ち受けているはずじゃ。此度の戦は、まこと、今までに無い、厳しい戦いとなるであろうと、覚悟しておくべきじゃ。


秀長は、我らが、まず佐和山城下まで進軍し、そこで敵を引きつける、と望んでおるようじゃが……今の状況では、果たして、そこまで、無事に辿り着けるかどうかすら、分からぬぞ。


そして、仮に、先陣である我らが、佐和山の手前、番場あたりまで辿り着けたとしても……おそらくは、そこで、織田軍本体による、とてつもない猛攻を受けることになるであろう」


「で、ですが……先の伊勢での戦では、早雲様の、あの見事なご采配で、織田の大軍を、いとも容易く蹴散らしておいででした! 此度も、早雲様であれば……!」


「桜殿。あの時と、此度とでは、全く状況が異なるのだ」

早雲は、諭すように言った。

「先の伊勢攻めでは、織田軍の主力は、他の方面へ出払っておった。我らが対峙したのは、いわば、残り物に過ぎぬ。じゃが、此度、我らが近江で対峙するは、もしかしたら、死兵と化した、織田の全軍であるやもしれぬのだ。…そう、心しておくべきじゃ。

そうなれば、我ら突撃隊、騎馬部隊が、一体どれだけの間、敵の猛攻を踏み留まれるか……。此度の戦は、そこが、大きな鍵となろうぞ」

早雲は、桜の目を、じっと見据えた。

「…覚悟は、良いかな、桜殿」


「……はいっ!」

桜は、ごくりと唾を飲み込み、しかし、力強く頷いた。


「頼朝殿も、先ほど話されておったが……」

早雲は、少しだけ表情を和らげた。

「もし、わしが『退く』と申せば、その時は、躊躇(ためら)うことなく、直ちに退くのじゃぞ。此度、安土城まで行けずとも、まずは長浜城さえ取れれば、それで十分じゃ」


* * *


那加城下の頼朝から、ついに、各城へ向け、出撃の命令が下された。

頼朝軍は、関ヶ原を越え、近江国へと進軍を開始する。だが、関ヶ原に差し掛かった、まさにその時であった。

前方の街道筋から、土煙を上げて迫りくる、おびただしい数の軍勢を発見した、との報せが、斥候より飛び込んできた。

「敵襲! 織田軍、大挙して、こちらへ向かってまいります! 数、不明なれど、相当数!」


それに続くかのように、早馬が、断続的に頼朝の本陣へと駆け込んでくる。

「羽柴秀吉隊、姉川(あねがわ)の手前、砦を構え、我が軍を待ち受け!」

「織田の大軍、番場(ばんば)の関周辺にも布陣! その数、およそ五万!」

「さらに、番場の織田軍の一部が、長浜方面へ向け、早くも進軍を開始した模様!」


頼朝は、思わず舌打ちした。

「…我らの動きを、完全に予測していたというのか! ことごとく、信長めに、先手を打たれておるではないか!


かつて、我らが小牧山の砦に籠った時のように、此度は、織田方が、逆に、堅固な砦に籠り、我らを待ち構える、というか……!」


「も、申し訳ございません、頼朝様! 此度もまた、拙者の策が通じず……!」

傍らに控える秀長が、顔面蒼白となり、頼朝に詫びる。


「いや、秀長。そなたを責めておるのではない」

頼朝は、首を振った。

「信長もまた、我らが京へ上ることを、当然、警戒し、備えていたであろう。これほどの迅速な動き、さすがと言うべきじゃ。


だが……!」

頼朝は、前方を睨みつけた。

「たとえ、先手を打たれたとて、ここで退くわけにはいかぬ! 全軍、このまま前進を止めず、進む! 何としても、まず、長浜城は、攻め落とさねばならぬ!」

「御意!」


* * *


番場方面へと進軍していた、北条早雲率いる部隊にも、織田の大軍が、すでに前方に布陣し、待ち構えている、という状況は、伝わっていた。

(佐和山城下まで進み、そこで敵を引きつける、という当初の作戦は、もはや不可能か……)

早雲は、即座に判断した。

(だが、少なくとも、この番場までは進軍し、ここから長浜方面へと向かおうとする織田軍を、可能な限り、食い止めねばならぬ。その間に、頼朝殿が、長浜城を攻略してくださるはず……!)


「おのれ、織田め! 番場まで、易々と進軍を許してしまうとは! 我らを見くびりおって!」

早雲は、吐き捨てるように言った。

「こうなっては、致し方あるまい! 少しでも、織田軍の勢いを押し戻し、時を稼ぐしかあるまい!


全軍に伝令! このまま進軍を続けよ! 敵と遭遇次第、ただちに、全軍で、全力をもって突撃をかける!」

さすがの老将・北条早雲も、予想を遥かに超える織田軍の、その迅速な展開と、周到な備えに対し、当初の作戦を変更し、正面からの力押しを選択せざるを得なかった。


「桜殿!」

早雲は、隣の桜に声をかける。

「良いか! ここに至っては、もはや、小細工は通用せぬ! ただひたすら、力で、目の前の敵を押し返すのみじゃ!」

「我ら騎馬隊が、ここで少しでも長く、織田軍を食い止めねばならぬ。もし、この方面で、我らがやすやすと押し込まれるようなことになれば、長浜を攻めておられる頼朝殿が、背後から挟撃される恐れもあるのだ。


後方には、トモミク殿も、里見殿も控えてはおられるが、あの者たちには、この先、安土城攻略という、さらに重要な役目がある。彼女たちの力を、ここで無駄に消耗させるわけにはいかぬ。我らで、少しでも、この戦線を押し戻すのじゃ!」


「はい、早雲殿! 承知いたしました!」

桜は、きりりと表情を引き締めた。

「我が騎馬隊、これより突撃を敢行いたします!」


「うむ!」

早雲は、力強く頷いた。

「しかし、桜殿、重ねて申す! 決して、全滅するまで、戦い続けるでないぞ! 勝負は、安土城を落とし、京へ攻め上る、まさにその時じゃ。それまでは、決して、命を粗末にしてはならぬ。…引き際を見極めること、それもまた、良き将たる者の、大事な心得なるぞ!」


「はい! 早雲様、この桜も、父上を、必ずや、京の都までお連れしたいと、そう、強く願っておりまする! その日が来るまでは、決して、この命、落としはいたしませぬ!」


「はっはっは! それは良い心がけじゃ、桜殿!」

早雲は、満足げに頷いた。

「ここは、街道が狭まる、一本道じゃ。であるから、敵に、左右から挟撃される恐れはない。ただただ、目の前に現れる敵を、打ち倒せるだけ、打ち倒すが良い! …頼んだぞ、桜殿!」


「はいっ!」

桜は、深く頷くと、早雲のもとを離れ、自らが率いる騎馬隊の先頭へと駆け寄った。

「者ども! 我らは、これより、前面の織田勢へ、突撃をかける! この、源桜に、続け!」

桜は、そう叫ぶと、自らの愛馬の腹を強く蹴り、力の限りに鞭を打ち、眼前に迫る、黒々とした織田軍の陣へと、猛然と突撃を開始していった。


* * *


番場方面では、早雲隊の、決死の騎馬突撃。そして、後方から続く、トモミク隊による、間合いを詰めた上での苛烈な斉射。さらに、里見伏隊による、的確な援護射撃。

頼朝軍は、押し寄せる織田軍を、何とか押し戻そうと、必死の攻防を繰り広げていた。

それでも、次から次へと現れる織田軍の増援を、完全に食い止めることができず、一部の部隊は、早雲隊の脇をすり抜け、長浜城方面へと向かってしまう。


その報は、刻一刻と、長浜方面を進む頼朝本隊のもとへと、早馬によって届けられていた。

「織田軍は、番場より琵琶湖沿いの道を進軍中! 大軍が、長浜城、そして姉川方面へ、続々と向かっております!」


「聞かずとも分かっておるわ!」

頼朝は、思わず、伝令の兵に当たり散らしたくなる衝動を、必死に抑えた。

「眼前に、雲霞(うんか)のごとく押し寄せる、この織田の大軍が、わしの目にも、はっきりと見えておるわ!」


一方、長浜城方面の最前線においては、先陣を務める源頼光隊が、後続の頼朝隊、義経隊のために、何としても突破口を開けるべく、繰り返し、姉川の手前に築かれた織田軍の砦へと、猛然と突撃を続けていた。

「あの姉川の砦を突破せねば、我らが目指す長浜城攻略どころではない! ここで退くわけには参らぬ! 我らは、頼朝様、義経様の、道を切り開くための先駆けである! 決して退くでないぞ!」


* * *


続々と長浜城、そして姉川の砦へと集結してくる織田軍。だが、頼光殿隊は、怯むことなく突撃を繰り返し、ついに、羽柴秀吉が守るという砦の、目前まで迫った。


「いかぬ!」

後方から、その様子を見ていた頼朝は叫んだ。

「今、頼光隊が、あの砦へ単独で攻めあがっても、後方から次々と現れる織田の増援に、包囲される恐れがある!」

「秀長! 我らも、これより前進する! このまま、頼光殿を、見殺しにはできぬ!」


頼朝隊もまた、頼光殿隊の後を追い、姉川の砦へと攻めかかった。

砦を守る織田軍は、羽柴秀吉隊、そして近江の国人衆である磯野(いその)隊に加え、周辺地域から、織田に味方する他の国人衆たちも、増援として駆けつけており、その守りは堅い。


頼光は、自軍の犠牲を全く顧みることなく、砦の城門の破壊を試み、猛攻を加えていた。

「頼朝様の部隊に、これ以上の被害を与えてはならぬ! この砦は、何としても、我ら頼光隊のみで、突破するのだ!」


頼光殿隊の、鬼気迫るほどの気迫は、後方の頼朝にも、ひしひしと伝わってきた。だが、それ故に、頼朝は、頼光殿隊の損害を、ますます心配せずにはいられなかった。

「大砲(おおづつ)を用意いたせ! 頼光隊を、援護する! 急げ!」


頼朝隊が、持ち込んだ大砲による砲撃を開始し、やがて、砦の一つ目の城門を粉砕した。

勢いづいた頼光殿隊は、山頂の砦本体へと退却していく敵兵を追撃しながら、最後の城門を破壊すべく、急な斜面を駆け上がっていく。


それを見ていた頼朝は、すぐさま頼光殿隊へ、早馬の伝令を送った。

「頼光殿へ伝えよ! 間合いを詰めすぎである、と! 頼光隊は、一旦、城門から距離を取り、我らの射撃によって、城門を破壊させるように、と! 頼光殿の突撃は、城門を完全に破壊してからで、十分間に合う! 今は、無理をせず、我らと合流するように、と、そう伝えよ!」


伝令が、頼光殿隊へ届いたか、あるいは届かないか、という、まさにその時であった。

後方の山陰から、突如として、新たな織田軍の増援部隊――富田重政(とだしげまさ)隊――が現れ、斜面を駆け上がる頼光殿隊の、まさにその後背へと襲いかかったのである。

頼光殿隊は、前面の城門内の織田軍と、そして背後から現れた富田重政隊とに挟撃される形となり、多くの兵たちが、次々と敵の凶刃に倒れ始めていた。


「秀長! あの織田の増援は、いったいどこから現れたのだ!」

頼朝は叫んだ。

「射撃隊! 目標、後方の富田隊へ変更! 射撃を、あの増援部隊に集中させよ! 何としても、頼光隊を援護するのだ!」


それでも、頼光殿隊は、城門への攻撃の手を緩めなかった。そして、ついに、最後の城門をも、破壊したのである。

源頼光殿は、背後からの挟撃を、もはや全く意に介さぬかのように、前面の、砦内の織田軍本隊へと、最後の突撃を敢行した。

「狙うは、目の前の羽柴秀吉、ただ一人! 者ども、かかれぇぇーーーっ!」


狭い山頂の砦の中で、両軍入り乱れての、壮絶な白兵戦が始まった。兵数を大きく減らしながらも、頼光殿隊は、鬼神の如く突撃を続けていた。


「頼朝様! 後方の織田の増援、富田隊は、せん滅いたしました!」

秀長からの報告が届く。

「ですが、頼光隊は、砦内にて、羽柴秀吉隊と、激しく交戦中! なおも、突撃を敢行しております!」

秀長からしてみれば、それは、実の兄が率いる部隊に対する、味方からの攻撃を報告する、という、あまりにも辛い役目であった。


「…つらき思いをさせるな、秀長」

「とんでもございません、頼朝様! わたくしは、我が主君を、頼朝様ただお一人と、心に決めておりまする! 主君のためであれば、この命、喜んで捧げる覚悟!」

「かたじけない、秀長……。では、我が隊も、これより砦へ突入し、頼光殿を援護する! そして……秀吉隊を、完全に殲滅させる! …良いな」

「…ははっ! 御意! 我が隊も、これより山頂の砦まで、駆け上がりましょうぞ!」


頼朝隊が、砦内で激戦を繰り広げる頼光殿隊と合流し、両翼から秀吉隊を攻撃すると、まもなく、富田隊の残党、そして磯野隊も壊滅。羽柴秀吉隊も、ついに支えきれず、砦を放棄し、敗走していった。


どうにか、姉川の砦を突破し、長浜城への道は開かれた。しかし、その代償は大きかった。頼光殿隊は、甚大な被害を受け、頼朝隊、義経隊もまた、少なからぬ損害を被っていた。彼らは、ひとまず、長浜城へと向かった。


* * *


「おおおおーーーっ!!」

番場方面では、源桜が、咆哮しながら、繰り返し織田軍へと突撃を敢行していた。だが、次から次へと現れる織田軍の断続的な増援の前に、ついに、番場の陣所から先へ、織田軍を押し戻すことができずにいた。

それどころか、断続的に織田軍が、番場の陣所の脇をすり抜け、長浜方面へと、増援として向かってしまっている。


「父上……! この、力なき桜を、お許しください……!」

桜は、馬上から、悔しさに唇を噛んだ。


だが、その時であった。前方の織田軍の動きに、明らかな変化が生じた。一部の軍勢が、慌ただしく、北西方面へと転進し、兵を引き始めているのが見えた。


「何がございましたか!」

桜が尋ねると、斥候が駆けつけ、報告した。

「はっ! 上杉景勝殿が、越前へ出兵された模様! それを受け、織田軍は、その軍勢の一部を、急ぎ越前方面へと割いておりまする!」


「そうでございましたか! …よし!」

桜は、再び手綱を握りしめ、刀を抜き放った。

「早雲様から、退却の命があるまでは、このまま、織田勢へ突撃をかける! 者ども、続け!」


何度、突撃を繰り返したか、もはや分からない。それでも、源桜は、最後の力を振り絞るかのように、部隊の将兵たちに檄を入れた。

「かかれぇ! 敵を押し戻すのは、今ですぞ!」

桜は、再び、自らの騎馬に力の限り鞭を打ち、前面の織田軍へと、猛然と突撃を再開していった。


* * *


姉川の砦を突破した頼朝軍であったが、長浜城へと向かう道には、なおも、織田軍の増援部隊が、次々と現れ、その数は増えるばかりであった。

「もはや、刻一刻と、状況は悪化しておる! 織田の増援が、これ以上増えぬうちに、ただちに長浜城を、力攻めにて攻め落とす!」

「番場方面の味方も、限界が近いであろう! 長浜城を、一日も早く落とし、その後、番場で苦戦する早雲殿たちと合流するのだ!」

頼朝は、長浜城への力攻めを決意する。


長浜城下へ差し掛かったところで、織田家古参の猛将、柴田勝家隊が、城から打って出て、頼朝軍を迎え撃ってきた。織田軍本隊の増援が到着するまで、少しでも時間を稼ぎ、頼朝軍を城から引き離そうという意図であろう。

柴田隊は、先行する頼光殿隊へと、牙を剥いた。


「我ら源氏の意地、見せるは今ぞ!」

源頼光は、残った兵たちを鼓舞しながら、自ら先頭に立ち、勝家隊へと襲いかかる。


「これ以上、頼光隊の犠牲を増やすわけにはいかぬ!」

義経隊も、すぐさま柴田隊の後方へと回り込み、攻撃を開始する。

「敵が、射程に入り次第、一斉に撃ち込め!」


頼光隊による正面からの猛攻と、義経隊による後方からの射撃。この挟撃を受け、さすがの柴田隊も支えきれず、城内へと引き上げようとした。

「柴田隊を、城へ入れるな! 追え!」

頼光隊は、猛然と城への坂を駆け上がりながら、退却する柴田隊を追撃した。


柴田隊が、長浜城の城門へたどり着く、まさにその寸前。頼光隊と義経隊が、ついに柴田隊を捕捉。激しい白兵戦の末、間もなく柴田隊を殲滅した。


「よし! このまま、城門を破壊する!」

源頼光が、勢いに乗り、城門へと攻撃を仕掛けようとした、その時。副将の世良田元信が、頼光を制止した。

「頼光様! しばし、お待ちください! 後方にて、頼朝様が、大砲の準備を整えておられます!

大砲の建設中に、敵から頼朝様への攻撃があってはなりませぬ! 我らは、一旦、ここを引き、頼朝様の護衛に!」


「むぅ……目の前の敵を倒すことに、必死になりすぎておったわ……。世良田殿、よくぞ申してくれた」

頼光は、頷いた。

「よし! 全軍、一旦山を下り、頼朝隊の援護に回る!」

「頼光様、お聞き届けいただき、感謝いたします!」


頼光隊と義経隊は、山を下り、大砲の準備を進める頼朝隊の周囲に布陣した。織田軍の、更なる増援を警戒しての布陣であった。

やがて、大砲の準備が整い、頼朝隊による砲撃が開始される。轟音と共に放たれた砲弾が、長浜城の三の丸城門を直撃し、これを粉々に破壊した。


だが、まさにその矢先。破壊された城門の逆方向から、城内の守備隊が、突如として撃って出てきたのである。率いるのは、細川藤孝(ほそかわふじたか)。

(長浜城の守備兵は、寡兵であると聞いていたが……。撃って出てくるとは、予想外じゃ)

おそらくは、これも、織田軍本隊の増援が到着するまでの、時間を稼ぐための、決死の突撃なのであろう。細川藤孝は、一直線に、頼朝の本隊を目指して突撃してきた。


「敵襲! 部隊を反転させよ! 細川隊に備えよ!」

頼朝隊は、真正面から細川隊を迎え撃つ。その後方から、義経隊、頼光隊も、細川隊を射程に捉え、集中砲火を浴びせる。決死の突撃も、数の差の前には及ばず、間もなく細川隊は壊滅した。


「急ぐぞ! このまま二の丸を攻め落とす!」

頼朝隊がいち早く、破壊された三の丸城門を抜け、二の丸の城門へと差し掛かった。

そこには、羽柴秀吉が、残存兵力を率いて、最後の守りとして待ち構えていた。


秀長は、その姿を一目見て、兄と分かった。

「……兄者……」

城壁の上の秀吉もまた、眼下の敵軍の中にいる、弟・秀長の姿を、はっきりと認識したようであった。

「そこにいるのは、秀長か! この、裏切り者めが! そのようなところで、一体、何をしておるか!」


秀吉の怒声に対し、秀長もまた、吠えるように叫び返した。

「兄者! もはや言葉は無用! 正々堂々、尋常に、勝負じゃ!」


頼朝隊は、容赦なく、秀吉隊に対し、鉄砲の一斉射撃を浴びせた。後続の義経隊も、それに加わる。おびただしい数の砲撃を受け、秀吉隊もまた、成す術なく壊滅していった。

鎌倉で、あれほど憎み、敵対した己の弟・義経は、今の時代では、兄である自分を助け、共に戦ってくれている。

一方で、今の時代で、共に手を取り合って戦っている、羽柴家の弟・秀長は、敵対する実の兄を、今、自らの手で殲滅した。

(…なんと、皮肉なことよ……)

守備隊が、ほぼいなくなった長浜城。それを、頼朝軍が完全に落城させるまでに、もはや時間はかからなかった。


* * *


だが、短時間で強引に力攻めを行ったため、長浜城の城門等は、ほぼ完全に破壊され、城の防御能力は、無きに等しい状況であった。

そこへ、斥候からの早馬が、再び駆け込んできた。

「申し上げます! 織田信孝(おだのぶたか)、そして、ねね率いる部隊が、長浜城下へと、急速に接近中との由!」


「なに……!? 長浜に到着するまで、あと、いかほどの時がかかる!」

「はっ! おそらくは、三日のうちには、城下へ!」

「…大義であった。下がってよい!」


頼朝は、急ぎ、長浜城内にて、秀長、義経、そして頼光殿と、対応を協議した。

秀長が、厳しい表情で提案した。

「もはや、これ以上の犠牲は、避けねばなりませぬ。…ここは、一か八か、夜襲を仕掛け、敵の先鋒を叩き、その勢いを挫くしかありますまい」


頼光が、いち早く賛同した。

「うむ、良き考えじゃ! 夜襲とあらば、我が騎馬隊も、喜んでこれに加わろうぞ!」


だが、それに対し、義経が、静かに、しかし、きっぱりと異を唱えた。

「お待ちくだされ。頼光様の部隊は、先の姉川での戦いで、あまりにも大きな犠牲を払われました。これ以上の損耗は、看過できませぬ」


「いや、義経殿」

頼光殿は、首を振った。

「夜襲は、部隊が多過ぎても、かえって動きが鈍るもの。ここは、我らと、頼朝様の部隊とで、十分じゃ。

それに、我らの今の戦力では、もはや、番場までお供することは、できぬであろう。城下の敵を一掃した後、わが隊は、大垣へと退却させていただく。番場の織田軍と戦うには、やはり、義経殿の部隊の力が必要となろう。ここは、我らに任せよ」


「……承知、つかまつった」

義経は、頼光の覚悟を汲み、頷いた。

「では、夜襲は、兄上と、頼光様にお任せいたします。…ただし、もし夜襲がうまく行かぬ時は、決して無理はなさらず、ただちに退却なされよ。その時は、この義経も、必ずや駆けつけまするゆえ」


「うむ、そのようにいたそう」

頼朝も頷いた。

「それでは、頼光殿。準備が整い次第、参ろうではないか!」

「ははっ! 頼朝殿、感謝申し上げる。では、今宵、もう一暴れいたしましょうぞ!」


* * *


その日の夜半。

頼朝隊と、頼光隊の精鋭は、密かに長浜城から下山し、城下に野営していた織田信孝隊、そしてねね隊の陣へと、音もなく襲いかかった。

完全な不意を突かれた織田軍は、大混乱に陥った。夜襲は、見事なまでに成功し、頼朝隊、頼光殿隊も、被害を最小限に抑えながら、敵の先鋒部隊を、壊滅状態へと追い込むことができた。


夜が明け、混乱が収まった頃。

「頼光殿。見事な働き、まことに大義であった。これにて、そなたの役目は終わりじゃ。これ以上、無理をなさらず、兵をまとめ、大垣城まで、お引きくだされ」

「ははっ、承知つかまつった」

頼光は、頷いた。

「頼朝殿。ここで退くは、まことに無念ではあるが……。一刻も早く、番場で苦戦しておるであろう、早雲殿たちの救援へ、向かわねばなるまい。道中のご武運を、お祈り申し上げる!」


頼光隊が、大垣へと退却していくのと入れ替わるように、頼朝軍の新たな増援として、清州城から赤井輝子隊が、長浜城へと到着した。

番場方面には、同じく清州城から、武田梓隊が、増援として急行していた。

長浜城を確保し、後方の安全を固めた頼朝軍は、いよいよ、最後の決戦の地となるであろう、番場へと、全軍を進めることとなった。




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