第十話:死闘 大垣城
大草城下の商業都市としての目覚ましい発展、そして東美濃と清州城という新たな領土の獲得により、頼朝軍の財政状況は著しく改善しつつあった。ようやく、莫大な政策経費や軍事費を賄ってなお、余剰の収入が確保できるようになったのだ。
この短い期間で領国を発展させ、軍団の経済基盤を築き上げた飯坂猫をはじめとする内政官たちの働きがあってこそ、軍団はこれほどの激戦を戦い抜き、存続することができている。
弱小勢力が、これだけの規模の常備軍を維持するための革新的な政策(兵農分離、刀狩り)。その費用を捻出し、兵糧を確保するための経済振興(楽市楽座、商業都市開発)。そして何よりも、善政を敷くことによって、敵国からであっても民を惹きつけ、領内へと流入させる求心力。強大な敵国の発展速度を上回る、我らが領土の急速な発展。これらの要素の、どれか一つが欠けていても、この小国はとうの昔に、織田や徳川によって滅ぼされていたであろう。
(収支の要である大草城代、猫殿は、まことに変わった女子(おなご)であったが……その手腕と功績は、計り知れぬほど大きい)
頼朝は、改めて内政官たちの働きに感謝した。
(計画通り、大垣城を攻略し、我が軍団の防衛体制が盤石となった暁には、必ずや大草城へ足を運び、猫殿や、他の内政官たちの労を、十分に労わねばなるまい……)
* * *
だが、今は目の前の戦いに集中せねばならない。
「秀長。此度の戦、我らが動員できそうな兵力は、いかほどか」
評定の席で、頼朝は尋ねた。
先の南信濃遠征と、それに続く織田軍との激戦。その傷は、まだ全く癒えていない。それでも敢えて、今、大垣城攻略へと踏み切る。それは、織田軍もまた、先の敗戦で甚大な損害を被り、すぐには回復できぬはず、という見立てがあってのことではあった。
しかし、相手はあの織田信長である。油断はできない。可能な限りの兵力は、やはり欲しいところであった。
秀長は、手元の資料に目を落とし、厳しい表情で報告した。
「はっ。まず犬山城からは、太田道灌隊が、ほぼ動員可能な全兵力、およそ一万四千、
この那加城からは、義経様の守備隊を残し、頼朝様直属の部隊として、およそ二万三千、
岐阜城からは、トモミク隊が、こちらもほぼ全軍を率い、およそ二万七千、
総勢、六万四千あまりとなります。
もし、一気呵成に、短期決戦で大垣城を攻略できるのであれば、これほどの兵力は必ずしも必要ないかと存じます。しかし、もし織田軍が我らの予想よりも早く対応し、大規模な迎撃に出てきた場合、苦戦も想定しておかねばなりませぬ」
秀長の声に、憂慮の色が滲む。
「そして、頼朝様……最も懸念すべきは、我が軍団に残されている騎馬突撃部隊が、もはや、この太田道灌殿の率いる一万四千騎のみ、ということでございます。もし、この太田隊に万一のことがあれば……当面の間、我が軍団は、騎馬隊による有効な突撃戦術を行えなくなりまする」
「……秀長、大儀であった」
頼朝は、重々しく頷いた。
「我らが戦い方は、どうしても騎馬隊に大きな負担をかける。先の戦でも、彼らの犠牲は大きかった……。いずれにせよ、今、動かせるのは、現状における我が軍団の、ほぼ全ての戦力ということだな」
頼朝は、集まった将たちの顔を見渡した。
「此度の戦、もし負け戦となったり、あるいは、再び大きな犠牲を出すようなことになれば……もはや、大垣城を落とすどころか、早雲殿が語っておった、その先の長島城攻略など、夢のまた夢となろう」
「はっ……。何としても、ここで大垣城を落とし、織田の西方からの侵攻を抑えている間に、領内を安定させ、国力を回復させねば……」
秀長も、その覚悟を口にする。
「しかし、もう後には引けぬな。秀長、それで良いのだな」
頼朝は、念を押すように尋ねた。羽柴秀長は、長期的な戦略眼の持ち主であり、北条早雲が提案した大垣城攻略の重要性は認めつつも、本来であれば、もう少し領国の安定と国力の回復を待ってから、次の軍事作戦へと移行したい、と考えていた節があったからだ。
「はい、頼朝様」
秀長は、迷いのない目で答えた。
「織田信長の、その広大な領土と国力を背景とした軍事力は、常に我らにとって最大の脅威でございます。早雲殿が仰せの通り、大垣城の攻略は、防衛的な観点からも極めて重要です。加えて、先の戦で消耗しきった騎馬隊の補充と再建も、今後のためには必須となります。まことに、早雲殿のご慧眼には、この秀長、恐れ入りました」
「…このような、成り立ちも定まらぬ小さき国が、織田のような巨大な敵に対し、ここまでどうにか踏みとどまってこられたのは、ひとえに、そなたたちのような、優れた家臣たちのおかげよのう」
頼朝は、しみじみと言った。
「利家殿が申しておったが、兄の秀吉殿も、そなたという片腕を失い、さぞや苦労しておられることであろうな」
「はっ……。何とも、申し上げようもございません……」
秀長は、複雑な表情で俯いた。
* * *
天文十一年(1582年)五月。
犬山城より、太田道灌率いる第三突撃隊。
那加城より、源頼朝率いる第一狙撃隊。
岐阜城より、トモミク率いる第二狙撃隊。
現有の兵力をほぼ総動員した、総勢六万を超える頼朝軍が、大垣城を目指し出陣した。
道中、織田軍の迎撃を受けることを想定し、北からはトモミク隊、東からは頼朝隊と太田隊が、互いに連携を取り、挟撃態勢を維持しながら、慎重に進軍する。
もし、織田軍が大垣城へ到着する前に、頼朝軍が大垣城を完全に包囲することができれば、この戦の幸先は良いと言えるだろう。
しかし――。
常に頼朝軍の先手、先手を打ってくる、恐るべき軍団、織田信長。
頼朝軍の出陣と、ほぼ時を同じくして、織田軍は、またしても神速とも言うべき速度で、大垣城へと兵力を集結させていた。頼朝軍が、ようやく大垣城下へと到達した時には、すでに織田軍は、万全の迎撃態勢を整えていたのである。
さらに、その後方からは、近江、伊勢方面から、続々と織田軍の後続部隊が、大垣城目指して行軍してくるのが見えた。
「…秀長。織田信長とは、つくづく、底の知れぬ、優れた人物(やつ)じゃ。こちらの思うようには、決して事は運ばぬものよな」
頼朝は、眼前に広がる織田の大軍勢を睨みつけながら、苦々しげに呟いた。
「はっ、誠に……。大垣城に籠る敵を攻めるつもりが、まずは、あの、まるで巣から大挙して湧き出てきた蟻のような大軍を、平地で追い払わねば、城に辿り着くことすらできませぬな……」
秀長の声にも、焦りの色が浮かぶ。
「……秀長よ」
頼朝は、静かに問いかけた。
「そなたが最も心配していた事態に、我が軍団は陥るやもしれぬぞ。今ならば、まだ、退くこともできる。…いかがする、秀長」
「……頼朝様も、お人が悪い」
秀長は、ふっと息を吐くと、決然とした表情で答えた。
「もはや、覚悟は決まっております。今、ここで大垣城を落とせなければ、この先、我らが織田に抗う術は、さらに限られましょう。この大垣城を落とせるか否か、それは、まさに我が軍団の死活問題と、心得ておりまする」
「…そうか。秀長の覚悟、しかと聞いた」
頼朝は頷いた。
「よし! 北のトモミク隊、そして東の我ら(頼朝隊)と太田道灌隊とで、挟撃の態勢を崩さず、これより、断続的に織田軍へ攻撃を加える! 各隊へ伝令!」
「はっ! ただちに!」
トモミク隊、頼朝隊が、大垣城を守る織田の軍勢に対し、苛烈な鉄砲射撃を浴びせかける。敵の先鋒部隊の陣形が崩れた、まさにその瞬間を突き、太田道灌率いる騎馬隊が、怒涛の如く突撃を敢行した。
幸先良く、太田隊は、ねね(豊臣秀吉の正室)が率いていたとされる部隊を含む、織田軍の先鋒数隊を瞬く間に壊滅させた。
ここまでは、まさに頼朝軍の描いた作戦通りの展開であった。
しかし――。
その直後、予想だにしなかった事態が、太田道灌隊を襲う。
織田軍は、頼朝軍の騎馬突撃を予測し、巧妙な罠を仕掛けていたのだ。
太田隊が、先鋒部隊を蹴散らし、勢いに乗って深追いした、まさにその瞬間。西の伊吹山方面と、南の養老山地方面から、待ち伏せていた織田軍の別働隊が、一斉に太田隊の側面へと襲いかかったのである。
同時に、北からのトモミク隊の前進を食い止めるべく、さらに別の部隊がこれを抑え、頼朝軍が得意とする挟撃の態勢をも、巧みに崩していた。
完全に意表を突かれ、左右から挟撃を受けた太田道灌隊。たとえ、いかに精強な騎馬隊といえども、この状況下では成す術はなかった。馬上の武者たちが、次々と敵の凶刃に倒れ、あるいは鉄砲玉に打ち抜かれ、あっという間に屍の山を築いていく。
「な、何という体たらくじゃ! 深追いしすぎたわ! 敵の罠に気づかぬとは!」
太田道灌は、己の油断を呪った。
「退けぇ! 全軍退却! 生きている者は、今はただ、ここから逃れることだけを考えよ!」
織田軍を追い払うどころか、このままでは太田隊は全滅しかねない。まさに、絶体絶命の危機であった。
歴戦の名将・太田道灌も、もはや、生き残っている兵たちを、一人でも多く戦場から離脱させることに、必死になるしかなかった。
新たに太田隊の副将となったばかりの坂田金時も、自ら先頭に立ち、鬼神の如く奮戦し、一人でも多くの味方を守ろうとしていた。
「坂田殿! そなたも退くのだ! ここは危ない!」
太田道灌が叫ぶ。
「いや! しかし、まだ残っている兵たちが!」
「わしも気持ちは同じじゃ! だが、今は、今は退くしかない! 一刻も早く、ここを離脱し、態勢を立て直すのだ! 頼朝様も、我ら騎馬隊なくしては、織田の大軍は追い払えぬ! これ以上、ここに留まっては、我ら自身も危ういぞ!」
「……くっ! 了解した、道灌殿!」
金時は、悔しさに顔を歪めながらも、道灌に従った。
頼朝と秀長も、眼前の恐るべき光景を、呆然と見つめていた。
「まさか……我が軍の騎馬突撃を、完全に見越した上で、このような罠を仕掛けて待ち構えていたとは……! 織田信長……! やはり、同じ手が二度も通じる相手ではなかったか!」
頼朝は歯噛みした。
「これより、我が隊は全軍で前に出る! 太田隊の戦線離脱を、何としても援護するのだ!」
壊走を始めた太田隊に対し、織田軍は勢いづき、追撃し、包囲しようと迫ってくる。
これまで、適切な距離を保ちながら援護射撃を行っていた頼朝隊も、太田隊の全滅を避けるためには、もはや敵の攻撃射程内へと踏み込み、接近戦を挑まざるを得なかった。当然、頼朝隊自身も、無視できない損害を被り始めていく。
「まだ引くな! 持ちこたえよ! 太田隊が、完全に離脱するまでは、何としても、ここで踏みとどまるのだ!」
頼朝隊副将の里見伏も、頼朝の本陣前面に立ち、鬼気迫る表情で、敵兵の突入を食い止めている。
(義経……! もし、このような時に、義経がいてくれたならば……! この絶望的な状況を、いかにして切り抜けたであろうか……!)
頼朝の脳裏に、弟の姿が浮かぶ。
頼朝隊の必死の援護も虚しく、太田隊の残存兵力は、次々と織田軍の追撃に飲み込まれ、包囲の輪は、刻一刻と狭まっていく。
しかし、その時。頼朝は、活路を見出した。
「今だ! 太田隊の退路を塞いでおる、あの織田の一団に、鉄砲を集中させよ!」
味方の太田隊に誤射せぬよう、敵兵のみを狙い撃つ。それは、組織的な一斉射撃とはならず、戦況としては、ますます不利になっていた。
だが、太田隊が包囲されたことで、皮肉にも、その周囲を取り囲む織田兵が、後方の頼朝隊からの鉄砲玉に対する、「盾」となる形になったのだ。
太田隊を取り囲む織田の一団に向け、頼朝隊の鉄砲が火を噴いた。集中砲火を浴び、敵の包囲網に、一瞬、綻びが生じる。
「この機を逃すな! 全軍、頼朝隊の後方へ向け、退却する!」
太田道灌は、力の限りに声を張り上げ、己の馬にも、力いっぱい鞭を入れた。
銃撃を受けて一瞬動きが止まった織田軍であったが、すぐに態勢を立て直し、退却する太田隊を追撃、そのまま頼朝隊本体にも肉薄してきた。
頼朝隊の前衛が、次々と崩されていく。退却する太田隊の兵士と、追撃してくる織田軍の兵士とが入り乱れ、頼朝隊の損害も、大きくなるばかりであった。
* * *
その頃、遠く岐阜城の天守からは、北条早雲と源桜が、大垣方面の戦況を固唾を飲んで見守っていた。
頼朝隊が敵に突き崩され、危機に陥っていく様子を見た桜は、涙ながらに早雲に訴えた。
「早雲様! 父上が! このままでは父上が危のうございます! どうか、出撃させてくださいませ!」
「……桜殿。落ち着かれよ」
早雲は、静かに、しかし諭すように言った。
「今、この稲葉山から、我らが寡兵で打って出たところで、何の役にも立たぬ。かえって、足手まといになるだけじゃ。今は、辛抱する時ぞ。」
しかし源桜への言葉は、北条早雲自身を説得する言葉でもあった。
しかし戦況の動きがあった。
「桜殿!頼朝様は、きっと大丈夫じゃ!ほれ、あれをご覧なされ」
早雲が指さす方向を見ると、織田軍の横腹を突き始めた、新たな一団があった。トモミク隊である。
頼朝隊に肉薄してきた織田の軍団を、側面からの猛烈な射撃で、次々となぎ倒している。
「…桜殿。これで、ひとまずは安心じゃ。よう見ておられよ。…ただ、問題は、この後、頼朝様がどう動かれるか、じゃな……」
早雲は、再び戦場に目をやった。
* * *
織田軍は、頼朝軍の大垣城への進軍を受け、対策を講じていた。頼朝軍は一斉斉射の後、騎馬が陣の億深くまで突撃を敢行する。騎馬隊が深く進んできたところを待ち伏せると同時に、挟撃態勢も無効化すべく、別の決死隊をトモミク隊に差し向けていた。
「皆様! 怯まず前進いたしますよ!」
トモミク隊も、眼前の敵と激しく交戦し、多大な犠牲を払いながらも、部隊の兵数を頼みに、これを強引に突破した。もはや、そこには戦略も駆け引きもない。ただ、頼朝を救うため、前へ進むのみ。その過程で、トモミク隊の多くの将兵もまた、短時間のうちに戦場へと散っていった。
それでも、トモミクは前進を止めなかった。
「皆様! このまま、頼朝様の援護に参ります! 負傷された方は、ご無理なさらず! 岐阜城へお戻りください!」
彼女は、後方の兵たちにそう指示すると、自ら先頭に立ち、頼朝隊が苦戦する地点へと突き進んでいく。
頼朝隊が、織田軍の猛攻を受け、ついに陣形を崩されかけた、まさにその時。側面から、ようやく織田軍の決死隊を潰走させたトモミク隊が到着し、頼朝軍に攻めかかる織田軍の横腹へと猛烈な鉄砲射撃を浴びせかけたのである。
必死の攻撃を太田隊と頼朝隊に加えていた織田軍も、予想より早くに側面からの苛烈な砲撃を受け、ついに戦線を維持することができなくなった。織田軍は、大垣城方面へと、秩序なく敗走を始めた。
「好機! この機を逃すでない!」
頼朝は叫んだ。
「今をおいて、大垣城を落とせる時は、二度とないぞ! 全軍、陣を立て直し、退却する織田軍を一掃する!」
トモミク隊も、頼朝隊も、先の戦闘で甚大な損害を受け、消耗しきっていた。出陣時に比べ、どれほどの兵が失われたか、想像もつかない。
それでも、彼らは最後の力を振り絞り、大垣城下へと敗走する織田軍本体へ、追撃を開始した。
* * *
「……いかが、いたそうか、道灌殿」
太田道灌と坂田金時は、己が流した血か、あるいは敵兵の返り血か、もはや判別もつかぬほどに血塗れとなりながら、辛うじて激戦地から少し後方へと退いていた。
どうにか戦線離脱はできたものの、出陣時には一万四千を数えた太田隊は、今や数千の兵を残すのみとなっていた。しかも、その中に、傷一つ負っていない兵は、数えるほどしかいない。剣豪として名を馳せた柳生兵庫(やぎゅうひょうご)ですら、銃弾を受け、戦線を離脱した。
それでも、坂田金時の目には、まだ闘志の炎が宿っていた。
「道灌殿……! まだ、やれまするぞ!」
道灌は静かに坂田金時に同調した。
「…坂田殿。このままでは、我が隊のために命を落としていった、多くの兵たちの死が、それこそ犬死となってしまう。頼朝様とトモミク殿も、最後の力を振り絞って前進しておられるが、我ら騎馬隊の支援なくしては、苦しかろう」
道灌は、立ち上がった。
「…拙者は、進む。残る兵を率いて、再び頼朝様のもとへ駆けつける。
だが、これ以上、戦えぬと思う者、あるいは、犬山城へ退きたいと願う者を、無理強いはせぬ。しかし……! この太田道灌と共に、頼朝様へ命を捧げる覚悟がある者は、我が隊の汚名を晴らすべく、今一度、わしに続いてはくれまいか!」
「道灌殿……! わしも、このまま城へ戻っては、頼光様に、四天王の面汚しと叱られましょうぞ! そのお言葉、お待ちしておりました!」
金時は、力強く応えた。
「かたじけない、坂田殿。…ならば、我らだけでも、進もうぞ」
「はっ! 残存兵を、急ぎ集めまする! すぐに参りましょう!」
* * *
さらなる犠牲を払いながらも、トモミク隊と頼朝隊は、再び挟撃の態勢を整え、大垣城下へと敗走する織田軍を追撃していた。
しかし、織田軍もまた、後方から次々と到着する増援部隊を投入し、必死の抵抗を続けており、戦線は再び膠着状態に陥りつつあった。
その時である。
「頼朝様! 後方より 騎馬の一団が、こちらへ向かってまいります!」
物見からの報告に、頼朝は顔を上げた。土煙を上げ、猛然とこちらへ向かってくる騎馬隊。その先頭には、見覚えのある旗印が翻っている。
「おおっ! 秀長! あれは……道灌殿ではないか!」
全滅寸前の危機に瀕し、壊走したはずの部隊が、まさか再び戦線に戻ってくるとは。頼朝は、己の目を疑った。
「道灌殿が、残った兵をかき集め、再び戦線に復帰されたようですな!」
秀長も、驚きと感動を隠せない様子だ。
「…射撃隊のみでは、守ることはできても、敵を打ち破ることは難しい。そこを、道灌殿は、よく分かっておられるのだ」
頼朝は呟いた。
「もはや、騎馬兵も、多くは残ってはおらぬであろうに……無理をさせてしまっている。…太田殿、まことに、かたじけない!」
数は少なくとも、太田道灌隊の将兵たちは、文字通り鬼神の如き形相で、再び織田軍へと突撃を繰り返した。太田隊が敵陣を切り崩し、退いては、後方のトモミク隊と頼朝隊が、そこへ猛烈な鉄砲射撃を見舞う。この連携によって、戦況は、ついに、確実に頼朝軍優勢へと傾き始めた。
太田隊が、最後の突撃を繰り返すことで、戦況はさらに有利に進んでいく。だが、いよいよ、太田隊には、もはや攻撃を継続するだけの力も、兵数も、残されてはいなかった。
「……秀長。道灌殿には、もう十分である、と伝えよ。後は、この頼朝に任せよ、と」
「はっ! かしこまりました!」
「……道灌殿。殿より、退却命令にございます」
伝令の言葉に、道灌は、血と汗にまみれた顔を上げた。
「……今少し、頼朝様のお役に立ちたかったが……もはや、これまで、か。次に突撃すれば、我が隊も、今度こそ全滅やもしれぬな」
道灌は、悔しそうに呟いた。
「…ふがいない戦をしては、頼光殿に叱られるであろうが……坂田殿のお命に、もし万一のことがあれば、それこそ拙者が頼光殿に斬られかねぬ。……後は、トモミク殿が、頼朝様を、きっとお守りするであろう。
城へ戻り、この道灌の力及ばず、いたずらに命を落とさせてしまった、多くの将兵たちを、弔わねば……」
「誠に……。道灌殿、ご決断、お見事と存じまする。それでは、我が隊は、これより退却いたします」
金時も、静かに頷いた。
「…坂田殿。今、我が隊に残っておる兵は、いかほどか」
「はっ……。一万四千ほどで出撃いたしましたが……今は、おそらく、千にも満たぬかと……」
「……そうか。どうにか戦場から逃れてくれておれば良いのだが……多くが、討たれてしもうたか……」
道灌は、天を仰いだ。
「道灌殿。これで、大垣城が我らの城となれば、美濃の民は守られ、さらに、東の盟友とその民も守られる。そう、信じましょうぞ」
金時の言葉に、道灌は力なく頷いた。
「……そのように、祈ろう。…犬山へ、向かう。……それにしても、頼光殿には、いずれにしても、こっぴどく怒られそうじゃのう。あの方の大切な騎馬を、ほとんど失ってしもうたわ……」
名将・太田道灌、そして、平安時代の伝説の英雄・坂田金時。彼らは、かつて経験したことのないほどの激戦で傷つき、疲れ果て、大きな無念の思いと共に犬山城への帰路についた。
* * *
太田道灌隊の離脱後、トモミク隊と頼朝隊は、挟撃の幅を狭め、ついに、最後まで抵抗を続けていた明智光秀隊を殲滅した。
「全軍に告ぐ! ただちに大垣城を包囲し、降伏を勧告せよ!」
織田の更なる増援が、遠方に迫りつつある中、大垣城の守備隊は、ついに白旗を掲げ、降伏を伝えてきた。
大垣城が降伏したのを見て取り、後方から迫っていた織田の増援部隊も、戦意を喪失したのか、静かに軍勢を退いていった。
「……秀長よ」
頼朝は、静まり返った戦場を見渡し、呟いた。
「いつも、織田信長という男の、そしてその軍団の恐ろしさを思い知らされるが……此度は、我らが失った兵も、あまりにも、多かった。……このような戦いは、二度としてはならぬ。
しかし……今、ここに生き残った将兵たちの奮闘は、労わねばなるまい。…皆の者! 勝鬨(かちどき)を上げよ!」
頼朝の声に応え、疲弊しきった兵士たちから、それでも力強い勝利の咆哮が上がった。その声は、遠く岐阜城から、固唾を飲んで戦況を見守っていたであろう、北条早雲や、源桜にも、きっと届いていたはずだ。
騎馬隊の新たな拠点を確保するために攻略した、大垣城。だが、その代償として、頼朝軍は、保有するほぼ全ての騎馬戦力を、失ってしまった。そして、おびただしい数の、将兵たちの命もまた、この大垣の地に散っていった。
軍団に残っている兵力も、大幅に減少してしまった。このような大損害を被った戦の後始末は、またしても、内政官たちに大きな負担を強いることになるだろう。
此度の凱旋は、勝利の喜びよりも、失ったものの大きさの方が、頼朝の心に、重くのしかかっていた。那加城への帰路の足取りは、重かった。
* * *
その頃、岐阜城の天守閣では、傷ついた部隊が、遠く大垣から凱旋してくるのを、北条早雲と源桜が、静かに見守っていた。
「……桜殿。これより、我らは大垣へ参る」
早雲は、眼下の光景から目を離さぬまま、桜に語りかけた。
「急ぎ城を改修し、町を発展させ、そして、失われた騎馬隊を、一から育て直さねばならぬ。…これから、忙しくなるぞ。
戦(いくさ)は、戦場(いくさば)だけで行われるのではない。民と共に、国を強くすること。それもまた、我らにとって、大事な戦いなのじゃよ」
「はい、早雲様!」
父・頼朝の無事を知り、安堵していた桜も、早雲の言葉に、新たな戦いに向けて、きりりと表情を引き締めた。
この時代に来てから、日々、この老将の器の大きさ、そして、厳しさの中に隠された温かさを目の当たりにするにつれ、桜の心の中には、早雲と共に過ごせることへの、深い感謝と喜びが、静かに育まれつつあった。
それは、単なる師への感謝の気持ちだけでは語れぬ、もっと個人的で、温かい感情であったのかもしれない……。
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