第五話:家臣、家族

事前の周到な作戦と準備が功を奏し、徳川と織田の共同作戦の危機はあったものの、大勝利と呼べる結果であった。甚大な被害を受けた織田信長も、すぐには次なる大規模な軍事行動を起こすことはできまい。しばしの猶予が得られたはずだ。


それにしても、と頼朝は改めて思う。トモミクの尽力によって集められたこの軍団の家臣たちは、実に一癖も二癖もある者ばかりだ。しかし、彼らは一様に、命を惜しまぬ勇敢さ、揺るぎない結束力、そして状況に応じた的確な判断力を持ち合わせている。まさに非凡な面々と言えた。

鎌倉以前、あるいはそれ以降の時代の、歴史に名を残したという人物。この戦国の世に生きる、才覚溢れる者たち。このような良き家臣に恵まれることが、これほどまでに組織の力となるものなのか。頼朝は、武家の棟梁として、今更ながらに痛感していた。


トモミクや飯坂猫、里見伏、出雲阿国、赤井輝子のように、異能と呼ぶべきほどの能力と胆力を持つ女武将も数多い。だが、彼女たちのような存在が、鎌倉の武家社会の序列に連なることなど、到底考えられぬことであった。


もちろん、鎌倉にも有能な家臣はいた。特に北条義時(ほうじょうよしとき)は腹心中の腹心であり、頼朝の挙兵当初から付き従い、今や幕府の運営に欠かせぬ存在だ。大江広元(おおえのひろもと)、和田義盛(わだよしもり)、八田知家(はったともいえ)といった者たちの忠誠心、知力、武力にも、絶対的な信頼を置いていた。

しかし、心から信じられる家臣は、常に限られていたように思う。

(あれは、真に優秀な家臣が少なかったのか。それとも、他ならぬこの私自身の猜疑心が、彼らを信じきることを許さなかったのか……?)

裏切られた経験は数えきれない。だが、その一方で、不必要な粛清を行い、自ら忠臣を失ってきたのではなかったか。


不思議なことに、この時代に来てから、今の家臣団に対して、猜疑心や不信といった感情が湧き起こることは、ほとんどない。それどころか、彼ら一人ひとりの言動や、戦場での働きぶりには、疑いようのない強い忠誠心を感じずにはいられないのだ。

それは、彼らが皆、トモミクによって集められ、「同じ使命、目的」のために戦っていると信じているからだろうか。

決して自分が旗揚げして集めた軍団ではない。己の武威や器量で心服させているわけでもない。

(今の私は、ただの「飾り」の君主だと言われても、反論はできぬな……)

しかし、その肝心な「同じ目的、使命」とやらが、頼朝には未だに、はっきりと理解できていない。武田家を守ること、源氏の血筋を繋ぐこと。それだけでは説明のつかないことが、あまりにも多すぎる。

トモミクも、事情に詳しそうな出雲阿国も、その核心部分については、決して積極的に語ろうとはしない。こちらから問い質す機会にも、なかなかに恵まれなかった。


(だが……子細が解らずとも、このまま、この者たちと力を合わせ、武田を守り、織田と戦い続ける。あるいは、それでも良いのかもしれぬな……)

頼朝は、いつしかそう思い始めていた。


* * *


那加城には、質素ながらも趣のある茶室が設けられている。

鎌倉の世では、これほど茶の湯が嗜まれることはなかった。ましてや、茶のためだけに、装飾を凝らし、外界と隔てられた特別な空間を設えるなど、考えられぬことだった。

この時代に来てから、秀長やトモミクとは、しばしばこの茶室で話をする機会があった。込み入った案件や、内密の相談事は、茶室で行われるのが常となっていた。


その日、秀長は、一人の見慣れぬ男を伴って茶室に現れた。

男は頼朝の前に進み出ると、深々と頭を下げた。

「初めてお目通りがかないまする。大村由己(おおむらゆうこ)と申します。恐縮至極に存じまする」

聞けば、朝廷との交渉や工作を担当させるために、秀長が新たに召し抱えた人物だという。


「頼朝様、こちらの大村殿は、京の公家衆の事情に大変明るく、漢詩、和歌、連歌にも通じております。何かと面倒の多い朝廷との繋ぎや裏工作を任せるにあたりまして、大村殿以上の適任はおりますまい」

秀長が由己を紹介する。


(朝廷……)

その言葉に、頼朝は苦い記憶を呼び覚まされた。かつての義経との対立も、その発端には、老獪な後白河法皇との駆け引きがあった。

「大村殿、ようこそ参られた。このような成り立ちの定まらぬ小勢力を代表して、あの京の朝廷と折衝するというのは、さぞ骨の折れることであろう」

頼朝は労いの言葉をかけた。


「はっ、頼朝様。仰せの通り、骨は折れまするが、やり甲斐もございます」

由己は顔を上げ、落ち着いた口調で語り始めた。

「今、朝廷は、かの織田信長公に対し、非常に複雑な感情を抱いておりまする。天下統一の野心を隠さず、急速に勢力を拡大する信長公に対し、朝廷はその武力と政治力に畏敬の念を抱いております。しかしその一方で、信長公は朝廷の伝統や秩序を軽んじ、独自の論理で政治を行おうとする傾向が強い。これには不満や不安を抱く公家衆が多くおりますることも、確認できております。


つまり、朝廷は信長公に対し、期待と警戒の狭間で揺れ動いている状態でございます。ある時は高い官位を与えて懐柔しようとし、またある時はその力を抑制しようと画策する。信長公への対応に、苦心している様子が窺えまする。また、朝廷内の公家衆の間でも、対信長公への考え方は一枚岩ではございませぬ。


そのような状況の中、我ら頼朝様率いる軍団が、度々、かの信長公の大軍を打ち破り、戦でも退けております。この事実は、朝廷においても大きな注目を集めておりまするのは間違いございません。今、朝廷が密かに求めているのは、おそらく、強大化しすぎる信長公に対する、適度な『抑止力』なのでございましょう。そして、その抑止力の一つとして、当家が期待されているのではないか、と某は見ておりまする」


(なるほど……)

由己の話は、頼朝の経験則とも合致した。後白河法皇もまた、当初は平家の増長を抑えるために源氏を利用し、いざ鎌倉が力を持ち始めると、今度は義経を担ぎ出して鎌倉を抑え込もうとした。この時代の朝廷も、その本質は変わっていないのかもしれない。


「……よく分かった。そこまで見極めるには、さぞ骨を折ったことであろう。大義であった、大村殿」

朝廷が一筋縄ではいかぬ、複雑怪奇な集団であることを身をもって知る頼朝は、心の底から由己の労をねぎらった。


「そこで頼朝様に、ご報告がございます」

由己は居住まいを正した。

「このような朝廷の立ち位置であるが故に、当家に対しては、現在、非常に好意的でございます。つきましては、この度、頼朝様に『式部大輔(しきぶのたいふ)』の官位を任官したい、との内意がございました」


「ほう、式部大輔、とな。それは重畳。そこまで話を進めてくれたとは、重ね重ね大義である」


「はっ。…ただし、条件がございます」

由己は少し言い淀んだ。

「朝廷は、任官の見返りとして、当家に金一万二千の献上を求めてきております」


「なに? 金、一万二千だと!?」

頼朝は思わず声を上げた。

今の頼朝軍は、大草城の商業開発に総力を挙げ、ようやく月々の収入が一万五千程度にまで回復したところだ。しかし、兵農分離政策の維持費や軍備増強に依然として多額の費用が必要であり、財政状況が決して楽になったわけではない。一万二千とは、現在の軍団の収入に照らせば、法外とも言える要求額であった。


「…秀長、そちはどう考える」

頼朝は傍らの秀長に問いかけた。


「はっ。官位というものは、現代においても、大名間の序列や交渉において、思いのほか重要な意味を持っております。特に、守護職や名家の出身を誇る大名が多い中で、我らが今後、さらに広く外交を進めていく上でも、然るべき官位を持つことは、決して無駄ではございません」

秀長は冷静に答えた。

「他国との結びつきが深まれば、新たな交易も生まれ、更なる収入増も見込めます。そして、それが結果的に、信長のこれ以上の勢力拡大を阻止することにも繋がるのです。ここは、無理をしてでも、朝廷からの申し出をお受けするのが、長い目で見て得策かと存じます」


「…秀長がそう申すのであれば、わしに異存はない。大村殿、後の段取りは、よろしく頼み入る」

「ははっ! 頼朝様、ありがたきお言葉。至急、京へ戻り、万事滞りなく進めてまいります。今後も引き続き、朝廷との関係を深め、状況は随時、忍びを遣わしてご報告いたしまする」

由己は、その博識に裏打ちされた、洗練された立ち居振る舞いで深々と一礼すると、茶室を辞した。

(この男であれば、複雑な朝廷との駆け引きも、安心して任せておけそうだ……)

それにしても、と頼朝は改めて思う。此度もまた、秀長の人選、そして軍団に必要な、武器や兵力だけでない様々な仕組みの構築。実によくやってくれるものだ。


* * *


大村由己が茶室を去った後も、秀長はなぜかその場に留まり、何か言いたげにしている。珍しく歯切れが悪い様子だ。

「…頼朝様。実は、申し上げにくい儀がございまして……その、明日、わが娘を、この那加城に登城させること、お許しいただければと……」


「何を遠慮などしておる。そなたのこれまでの働きに、文句を言う者など、この軍団には一人もおるまい。ましてや、そなたの娘御の登城に、異を唱える者などあろうはずがないではないか」

頼朝は笑って言った。


「いえ、その……娘を、頼朝様に、直接、拝謁させたく……」

「ほう、それはわしにとっても喜ばしいことだ。日頃の父君の働きぶり、娘御にも、この頼朝から、とくと聞かせてやろうぞ」


「はっ、勿体なきお言葉にございまする。なれど、実は、少々、込み入った事情が……」

「なんじゃ、秀長らしくもない。回りくどいことはよせ、はっきり申してみよ」

頼朝が促すと、秀長は意を決したように顔を上げ、思いもよらぬ言葉を口にした。


「はっ! では、恐れながら申し上げます! 頼朝様に、我が娘・篠(しの)を、お貰いいただきたく存じます!」


「……?」

予想だにしなかった申し出に、さすがの頼朝も言葉を失った。

しばしの沈黙の後、頼朝はようやく口を開いた。

「……そなたの申し出、ありがたく思う。だが……いや、いずれにしても、まずは娘御を連れて参るが良い」

「ははっ! ありがとうございます!」

秀長は、安堵したように顔を輝かせ、深々と頭を下げた。


(秀長の娘を、わしの妻に、か……)

この時代に来てからというもの、頼朝の周囲にいる女性といえば、猛将や知将、あるいは不思議な力を持つ巫女といった、尋常ならざる者ばかりであった。鎌倉の世のように、妻や側室を持つことなど、想像もしていなかった。

そもそも、この時代の人間ではない自分が、この時代の女性と結ばれることに、言いようのない違和感を覚えないでもない。元の時代へ戻れるのかどうか、それすら定かではないのだ。いや、もしかしたら、鎌倉の時代では、あの鷹狩りの後に、自分はすでに命を落としていたのかもしれない……。


(このような時、トモミクは何と言うであろうか……)

そういえば、義経は武田勝頼の娘・梓を娶り、仲睦まじく、戦場ですら常に共にいると聞く。

(まあ、よい。いずれにしても、明日、秀長の娘とやらに会ってみてから、考えることとしよう……)


* * *


その夜、頼朝は久しぶりに義経と二人きりで盃を交わしていた。

ちょうど秀長の娘の件もあり、弟の意見も聞いてみたかったのだ。


「このところ、織田も少し静かですな、兄上」

義経が酒を注ぎながら言う。


「うむ。こうして戦の合間のひとときを、そなたとゆっくり過ごせるのは良いことだ」

頼朝は頷いた。

「しかし、油断はできぬぞ、義経。織田は恐るべき軍団じゃ。まるで、飢えた猛獣が、常にこちらを窺っているかのようよ。国力も底が知れぬ。奴らは必ず、今まで以上の力で、再び襲ってくるであろう」


義経の顔を正面から見ていると、頼朝は己の罪深さを思わずにはいられない。

兄の意向を解さぬ、身勝手な弟。幕府に弓引く可能性のある、危険な弟。兄を憎んでいるはずの弟。

いつしか、その弟に対する猜疑心は激しい憎悪へと変わり、ついには「大義のため」と称して、その命を奪うことさえ決意し、実行に移す寸前まで突き進んでいたのだ。


だが、今、目の前にいる義経はどうだろうか。

少なくとも、この時代においては、共に死線を潜り抜け、絶対的な信頼を寄せるべき部隊長であり、かけがえのない弟だ。

(これも全て、トモミクの導き……いや、彼女が『主』と呼ぶ、さらに上位の存在の計らいなのであろうか……)


「それにしても、そなたの戦上手は、この時代に来ても健在じゃのう。まこと、お主には天賦の才がある」

「いいえ、わたくしめは、ただ兄上のお役に立ちたい一心。必死なだけでございまするよ」

義経のその言葉が、まるで鋭い矢のように、頼朝の心の奥底まで突き刺さる。


「義経……」

頼朝は、気づけば、酒の勢いも手伝ってか、己の気持ちの整理もつかぬまま、目の前の弟に対し、自然と頭を下げていた。

「すまぬ……これまでのこと……」


「兄上! 何を仰せられます!」

義経は慌てて頼朝の肩を支えた。

「今はこうして、再び力を合わせ、共に戦えているではありませぬか。まこと、不思議な因縁ではございますが、こうして兄上と再びご一緒できる。わたくしにとって、これほどにありがたいことはございません」


(その『不思議な因縁』とやらを、詳しく聞きたいものだが……)

義経もまた、これ以上、自らの口から過去を語ろうとはしないだろう。


頼朝は話題を変えた。

「義経、そなたも、良き妻御に出会えたようじゃな」

「ははっ! 兄上、あれは猛々しき武田家の『武人』でございまするぞ!」

義経が、顔をくしゃくしゃにして破顔した。

武芸こそが全ての価値基準であったような男だ。彼にとって、その言葉は、妻・梓に対する最上級の賛辞なのであろう。


「ところで義経、そなたは秀長をどう思う」

「ほう、秀長殿でございますか。……拙者が改めて申し上げるまでもなく、兄上の方が、彼のことはよくお分かりのはずと存じますが」


「まあ、そうかもしれぬがな。実は今日、秀長から、彼の娘を、わしの妻に貰ってほしい、と申し出があってな」

「なんと! それはまこと、めでたき儀ではございませんか!」

義経は目を丸くした。

「是非ともお受けなされませ。これで、秀長殿が、兄上の義父(ちちぎみ)となられるわけですな」

義経は、少し意地悪そうに笑みを浮かべている。


「……義経よ。我らは、この時代の人間として、生きていくことになるのであろうか」

頼朝は、ふと、心の内にあった疑問を口にした。


「兄上……」

義経は少し考え込むように視線を落とした。

「過去も未来も、正直、拙者にはよう分かりませぬ。同じ世界であるようで、異なる世界であるようでもあり、繋がっているようで、繋がっていないようでもある……。しかし、拙者は、ただ、この時代で出会えた良き家臣、良き妻、そして何よりも……よき主君に恵まれた、この『今』を、大切にしたいと考えておりまする」

義経は、再び頼朝の目を見て、穏やかに言った。

「秀長殿の娘御のこと、兄上がお気に召したのであれば、どうぞお心のままになされませ。もし、お断りになるのであれば、その役目、この義経が、よしなに計らいましょうぞ」


その夜の酒は、頼朝にとって、格別に深く、心に染み渡る味がした。


* * *


翌朝、いつものように、出雲阿国が朝餉を運んできた。

「頼朝様、お目覚めでいらっしゃいますか」

「おお、阿国殿か。いつもかたじけない」


「そういえば、先日みえられた大村由己様とは、わたくし、昔からの顔馴染みなのでございますよ」

阿国は膳を整えながら、にこやかに語る。

戦場での彼女の凛々しい姿を目にしてきたが、こうして穏やかに話す姿を見ていると、初めて会った時の、あの舞うような優雅さを思い出す。


「貴殿には、いつも義経が世話になっておる。感謝の言葉もない」

「いいえ。義経様こそ、まこと歴史に名を残すべき逸材。さすがは、殿の弟君でございます」

「ところで阿国殿」

頼朝は、ずっと胸の内にあった疑問を、改めて口にした。

「わしには、ずっと不思議でならぬことがある。この私が、なぜ、ここにいるのか。そのことについて、貴殿も、そしてトモミクも、なぜか、あえて口を開こうとはせぬ」

そういえば、以前も同じような問いかけをし、微笑みながらも巧みにはぐらかされたことを思い出した。


阿国は、ふふ、と上品に笑った。

「頼朝様。未来を知る者には、未来を知る者なりの難しさがあるとは、お思いになりませぬか?

もし、頼朝様が、明日、わたくしが死ぬ運命にあると知ってしまったら、どうなさいます? 告げますか? 黙っておりますか?

あるいは逆に、これから共に力を尽くして何かに立ち向かおうという時に、その事の顛末を、初めから全てお聞きになりたいと思われますか?

頼朝様の家臣の方々も、そして頼朝様ご自身も、皆様それぞれに、異なるご事情、異なるお考えがおありでしょう。この軍団の中で、おそらくトモミク様だけが、その全てをご存知なのでしょうが……もし私がトモミク様の立場であったなら、それはそれは、大変に苦しいことだろうと、お察しいたしますよ」

阿国は、そう言って、また優雅な微笑みを頼朝に向け、朝餉を勧めてくる。


「……いや、戯言であった。気にするな」

頼朝は苦笑した。

「阿国殿と話ができて、嬉しく思うぞ」

(やはり、この女(ひと)も、一筋縄ではいかぬか……)

以前と同じように、阿国は優雅に一礼すると、膳を下げて退出していった。


* * *


その日の評定の間には、一門衆である義経、源頼光、そして頼光の腹心であり同じく源氏一門でもある渡辺綱、さらに北条早雲、トモミクといった、軍団の中核をなす者たちが顔を揃えていた。

そこへ、頼朝が秀長を伴って入室する。


「皆の者、ここまでの働き、誠に大義であった!」

頼朝は上座に着くと、一同を見渡し、力強く言った。

「度重なる織田の猛攻を、よくぞ凌いでくれた。この頼朝、心より感謝申し上げる!」


続いて、秀長が進み出て、新たな提案を始めた。

「我が軍団は、これまで諸将が事前に作戦計画を合意し、その後は各部隊がそれぞれの軍略を駆使して、作戦通りに勇猛果敢な働きを見せてまいりました。しかし、今後、戦いはますます厳しさを増し、必ずしも作戦通りに事が運ばず、予期せぬ危機に直面する場面も増えてくるかと予想されます」

「作戦遂行能力をさらに高めると共に、有事における臨機応変な対応力をも向上させる。より強靭な軍団となるために、組織体制をさらに強化したいと考えております」


「そこで、この度、新たに『一門衆(いちもんしゅう)』と『譜代衆(ふだいしゅう)』の二つの役職を設けたく存じます」

秀長は説明を続ける。

「まず『一門衆』は、頼朝様ご自身、及び源氏一門の方々によって構成されます。その最大の責務は、頼朝様が万一危機的状況に陥られた際、他の何よりも頼朝様の救出を最優先とすること。また、戦況が急変し、火急に作戦の修正が必要となった際には、必ずしも頼朝様のご裁可を待たずとも、自律的に判断し行動する権限を有します。この『一門衆』には、義経様、頼光様、渡辺様のお三方にお引き受け願いたく存じます」


「次に『譜代衆』は、城主、あるいは城代として、特定の地域や拠点の統治をお任せする方々です。譜代衆には、その管轄地域において必要とされる政策や戦略の立案に関し、ある程度の自由裁量権を持っていただきます。また、軍団全体としての作戦立案の余裕もなく、火急に事態への対処が必要となった際には、その地域における作戦立案と実行の権限も委ねられます。この『譜代衆』には、これまでの戦功が誰の目にも明らかであり、皆様からの信頼も篤い、早雲殿、そしてトモミク殿のお二方にお願い申し上げたく存じます」

「ただし、当軍団の最重要拠点である岐阜城の守りは、引き続きトモミク殿と早雲殿の部隊にお任せしたく、早雲殿には、今しばらく岐阜城に駐屯していただくことをお願い申し上げます。…以上が某からの提案でございますが、何かご意見等ございましたら、お聞かせ願えればと存じます」


一同は、静かに頷きながら秀長の説明を聞いていた。やがて、義経が口火を切った。

「異存ござらぬ。この義経、一門衆として、今後ますますの働きをお見せする所存」

続いて、源頼光も重々しく頷いた。

「うむ、よかろう。この頼光、一門衆として、頼朝殿のため、我が命、惜しみなく使いましょうぞ」


その時、低い、しかし威圧感のある声が響いた。北条早雲である。

「…秀長、ひとつ、よろしいか」

早雲の鋭い視線が、秀長を射抜く。


「はっ、何なりと、早雲殿」

秀長は、やや緊張した面持ちで応じた。


「一門衆、譜代衆を新たに設けること、それに異存はない。また、このわしを譜代衆に任じてくれるとのこと、誠に身に余る光栄である。…ただ一つ、お聞き届けいただきたい儀がある」

早雲は間を置いた。

「新たに、赤井輝子殿も、譜代衆に加えていただくわけには、いくまいか」


先の戦いで、赤井輝子が清州城攻略に並々ならぬ意欲を見せ、「女城主になるのが夢だ」と語っていたのを、早雲は目の当たりにしていた。その時は時期尚早として輝子の進言を退けたが、早雲は、彼女であれば良き城主となりうると確信しており、同時に、その女城主としての手腕を見てみたい、とも考えていたのだ。


「……よかろう、早雲殿」

頼朝が、早雲の意図を汲んで答えた。

「その儀、この頼朝、しかと承った。ただし、輝子殿を正式に譜代衆に任ずるのは、次の戦において、輝子殿自身が、皆が認めざるを得ぬ大手柄を立てること、これを条件としたい。それで、よろしいかな」

「ははっ! お聞き届けいただき、感謝いたしまする!」

早雲は、満足げに頷いた。


* * *


評定が終わり、諸将が退出していく中、頼朝は早雲を引き止めた。

「早雲殿、少しよろしいか」

皆が退出する際、秀長が、何か言いたげに、そわそわとこちらを見ているのが目に入った。

「…秀長、茶室にて、しばし待っておれ」

「はっ、それでは、お待ち申し上げております。…何卒、よしなにお願い申し上げまする」

秀長に一声かけると、頼朝は改めて早雲に向き直った。


「頼朝様、改めて、何でございますかな」


「いや、他でもない。わしの娘・桜が、早雲殿の部隊で世話になっておると聞き、一度、御礼を申し上げておきたかった。…桜は、達者にしておるか」

凄みのある風貌の早雲であるが、「桜」の名が出ると、その表情が心なしか和らいだように見えた。


「おお、桜殿のことですな。頼朝様ご自身で、一度、岐阜城までお越しになられればよろしかろう。実に、まっすぐで、良い娘御でございますぞ。この早雲が、必ずや一人前の女武将に育て上げてご覧にいれますわい」


「…実はな、早雲殿。恥ずかしながら、わしは、桜のこと、今まで何も知らなんだ。長く面倒を見ていただいておる貴殿に、もし差し支えなければ、わしが桜に会う前に、少し、その子のことを教えてはいただけぬだろうか」


「がははは! これはこれは! 頼朝殿も、人の親でござったか!」

早雲の大きな笑い声が、評定の間に響き渡った。退出した家臣たちにも聞こえたかもしれない。

「頼朝殿。我々家臣は皆、互いの素性や過去など、よくは分からずとも、こうして力を合わせておる者同士。過去やら未来やらが、複雑に交じり合っておる、などとトモミクは申しますが、この老骨には、到底、考えの及ばぬ事態でござるよ」

早雲は、真顔に戻って続けた。

「しかしな、頼朝殿。大切なのは、『今、目の前にある現実』、それだけだと、わしは割り切っておりまする。どこから来たのか、何をしに来たのか、いつから来たのか…そんな詮無きことを考えても、仕方がありませぬ。

頼朝様に忠節を尽くす、立派な家臣たちが、今、頼朝様の目の前におる。それは、桜殿とて、同じではござらぬか。まずは、頼朝様ご自身で岐阜へ赴き、直接、桜殿に会うてやってくだされ」


朝の出雲阿国の言葉も、今の早雲の言葉も、理屈としては納得がいく。だが、知りたいことの核心には、やはり、なかなか触れさせてもらえない。


「頼朝殿、桜殿は、もう立派な女武将でござる。しかしまだ、年は十三。…どうか、一度、岐阜城までお運びくだされ。この早雲も、また頼朝様と、ゆっくり一献傾けることを、楽しみにしておりますぞ!」


* * *


早雲が退出した後、頼朝は、秀長の待つ茶室へと向かった。

茶室には、秀長と、その傍らに深々と頭を下げて控える一人の少女がいた。


「面(おもて)を上げよ。かしこまらずとも良い、頼朝である」

促すと、少女は恐縮したように、ゆっくりと顔を上げた。

先ほど早雲から、桜が十三歳だと聞いたばかりだったが、目の前の秀長の娘も、同じくらいか、あるいは更に幼く見える。


「羽柴秀長の娘、篠(しの)にございます」

少女は、凛とした声で名乗った。

「いつも父より、頼朝様がいかにご立派な御方であるか、お話を伺っておりまする」


「いや、わしの方こそ、そなたの父君には、いつも助けられておる。まことに立派な父君であるぞ。誇りに思うが良い」

「はっ、恐縮に存じまする」

篠は、再び深々と頭を下げた。

(それにしても……このような幼き娘を、わしの嫁に、とは。秀長も、父親として、随分と無体なことをするものよ……)


「頼朝様」

秀長が、改めて平伏する。

「誠に僭越ながら、今、拙者が心より真を置く御方は、我が主君たる頼朝様、ただお一人にございます。何卒、拙者の娘・篠を、お召しいただけませぬでしょうか。…篠も、承知の上でございます」


(承知、とは申すが……父の命には逆らえぬ年頃であろう……)

頼朝は、篠の顔を改めて見つめた。

しかし、秀長から、これほどの信頼の言葉を直接聞けることは、棟梁として、ありがたいことではあった。


「…篠、と申したか。年は、いくつになる」

「はい、十二にございます」

(十二……。わが娘、桜よりも、更に幼いではないか……)


「篠。そなたは、わしと夫婦(めおと)となることを、まことに承知しておるのか」

「はっ」

篠は、頼朝の目を真っ直ぐに見据えて答えた。

「頼朝様のようなご立派な御方の傍にお仕えできますること、わたくしにとりまして、これ以上の誉れはございません。何卒、この篠を、よろしくお願い申し上げます」

その眼差しに、揺らぎや戸惑いは見られない。幼いとはいえ、やはり、あの秀長に鍛え上げられた娘なのであろう。


「頼朝様、お返事を今すぐにとは申し上げません。どうか、ご一考くださいますよう……」

秀長が、これ以上ないほどに低頭する。


「……いや、秀長」

頼朝は、心を決めた。

「その話、むしろ、このわしの方から、お願い申し上げる。…秀長の娘御であれば、わしには過ぎたる嫁かもしれぬな」


「おお! 頼朝様! まことでございますか! よろしくお願い申し上げまする! こ、この秀長、誠に、誠に光栄の至りにございます!」

秀長は感極まった様子で、何度も頭を下げた。

隣の篠も、父に合わせて深々と頭を下げている。その表情は見えないが、果たして、本当に喜んでいるのだろうか。父の指示通りに、ただ立派に振る舞っているだけなのかもしれぬ。


「篠。これから、よろしく頼む」

頼朝が声をかけると、篠は顔を上げ、今度ははっきりと微笑んで見せた。

「はい、頼朝様。この篠、生涯をかけ、お家のために尽くす所存にございます」

やはり、子供らしからぬ、真っ直ぐで迷いのない眼差しだったが、その笑みは、頼朝の心を少し和ませた。


「秀長、篠よ。これより、篠はこの頼朝の妻となる。…しかし篠、すぐに城に移る必要はない。今しばらくは父君の元で、心ゆくまで甘え、そして、父君から多くを学ぶが良い」


「いえ、頼朝様!」

口を挟んだのは秀長だった。

「こう見えましても、篠は、主だった兵法書は読み習熟しており、用兵、武芸にも、一通りは精通しておりまする。すぐにでも、頼朝様のお役に立てるものと存じまするぞ!」


(十二の娘に、兵法書を読ませ、武芸に励ませ、用兵まで学ばせるとは……。秀長も、つくづく無体な父親よ……)

頼朝は内心で苦笑した。

しかし、篠の一つ年上の桜は、すでに早雲の部隊に属し、何度も戦場を経験している。義経の妻・梓も、あの義経が認めるほどの女武者だ。赤井輝子、出雲阿国、そしてわが隊の里見伏にしても、戦場での働きは、並の男武者を遥かに凌駕している。

ただ夫の帰りを待つ、鎌倉時代の女性たちとは、この時代の女性のあり方は、大きく異なっているのかもしれない。

だが、戦場に出ることだけが能ではない。飯坂猫や斎藤福のように、軍団を下支えする重要な役割もあるのだ。父親が娘に武芸や用兵を仕込まずとも、有能な女性の生き方は、いくらでもあるはずだ。

これから先の戦場は、ますます厳しいものとなるだろう。


(まあ、よい。少しずつ、この篠という娘とも、話をしていけたら……)

あるいは、この聡明そうな娘ならば、この時代のことを、色々と教えてくれるかもしれぬ。頼朝は、そんな期待も抱いていた。


* * *


数日後、頼朝は約束通り、岐阜城を訪れた。

かつて、鎌倉近くの森で気を失い、この稲葉山の麓の森で目を覚ました日に、初めて案内された、あの城の評定の間。感慨深いものがあった。


評定の間には、城主であるトモミクと、その副将である犬山道節(いぬやまどうせつ)、犬坂毛野(いぬさかけの)。そして、同じく岐阜城に駐屯する北条早雲と、その副将・谷衛友(たにもりとも)。最後に、娘である桜が、緊張した面持ちで控えていた。


「ようこそ岐阜城までお運びくださいました、頼朝様」

相変わらずの穏やかな笑顔と、全てを見通すかのような落ち着きで、トモミクが頼朝を迎えた。


(今日の真の目的が、桜に会いに来ることであるのは、早雲殿も、そしておそらくはこのトモミクも、承知の上であろうな……)

それでも、あえてそれに触れず、公の評定という形式を整えてくれている。彼らなりの配慮なのであろう。

戦の最中には、部隊長であるトモミクや早雲とは、頻繁に連絡を取り合う。しかし、副将たちは、常に持ち場を離れず部隊の指揮を執り続けているため、同じ戦場で戦っていても、こうして直接顔を合わせる機会は少ない。


「皆の者、先の戦、まことに大義であった」

頼朝は、居並ぶ者たちを見渡し、言った。

「我が軍が安心して戦えるのも、この岐阜城が、西からの織田の脅威に対する、我らの盾となってくれておるからこそ。引き続き、美濃の守り、よろしく頼む」

「「「ははっ!」」」

一同が、頼朝に深々と頭を下げる。


「それでは頼朝様、本日は岐阜にて、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。何かご不便がございましたら、何なりと、このトモミクにお申し付けください」

トモミクは、やはり全てを見通しているかのような眼差しで、変わらぬ微笑みを浮かべていた。


* * *


早雲とトモミクの計らいで、頼朝は、かつて初めてトモミクと義経に出会った、あの森の中の屋敷の一室で、桜と二人きりで話をする場を設けてもらった。


「…桜、か。息災であったか」

「は、はいっ! 早雲様には、いつも大変よくしていただいております。本当にご立派な御方で、わたくし、早雲様から多くのことを学ばせていただいております!」

桜は、少し緊張しながらも、懸命に答えた。


「そうか、それは何よりである」

月並みな言葉をかけたものの、その後の言葉が続かない。父として、娘に何を語りかけるべきか、頼朝には分からなかった。


沈黙を破ったのは、桜の方からだった。

「あ、あの……父上、と、お呼びしても、よろしゅうございますか……?」

秀長の娘・篠よりも一つ年長のはずだが、こちらの顔色を窺うような仕草は、篠よりもずっと幼く見える。


「……桜が、そうしたいのであれば、そのようにいたすが良い」

もっと優しい言葉をかけるべきだった、と頼朝はすぐに後悔した。己の言葉の選択が、なんと不器用なことか。

しかし、一度口にした言葉は、もう取り戻せない。


「ありがとうございます! 父上!」

ぎこちない父の返答にも関わらず、桜は、ぱあっと顔を輝かせ、子供らしい笑顔を見せた。


そして、桜は意を決したように、再び口を開いた。

「あの……わたくしの、母のことについて……父上に、お話をしても、よろしゅうございますか?」

事前に早雲から、何か示唆があったのかもしれない。頼朝が最も聞きたかったことを、桜の方から切り出してくれた。


「…ああ。教えては、くれぬか、桜」


「はい……。私の母は、名を、妙子(たえこ)と申しました」


「……! なに、そなた、妙子の娘であったか!?」

頼朝は絶句した。

「妙子は……妙子は、息災であったのか!?」

だが、すぐに気付く。息災も何もない。この時代に、妙子がいるはずがないのだ。

妙子――頼朝が、かつて深く寵愛した側室であった。しかし、正室である政子からの激しい嫉妬を受け、御所での彼女の立場は、日に日に厳しいものとなっていった。妙子を案じた頼朝は、彼女のために新たに「椿の御所」と呼ばれる屋敷を建て、そこへ移らせたのだが……。


桜は、俯き、言葉を絞り出すように続けた。

「わたくしが、物心ついた頃には……母は、すでに出家しており……名を、妙悟尼(みょうごに)と、申しておりました……」


(やはり……妙子は、わしが亡き後、出家したのであろうな……)

そして、桜もまた、頼朝の死後に生まれた娘、ということになるのだろうか。


「母は……北条の方々から……それは、厳しい扱いを受け……わたくしを、守るのが、精一杯で……」

桜の声は嗚咽に変わり、それ以上、言葉を続けるのが難しいようだった。


だが、頼朝には、もうそれ以上聞く必要はなかった。

(政子のことだ……わし亡き後、妙子に、そしてその娘である桜に、どのような仕打ちをしたか……想像に難くない)


「…もう、よい。もうよいのだ、桜」

頼朝は、そっと立ち上がり、娘の傍らへ寄った。

「よくぞ……この、至らぬ父に、話してくれた」

「桜、こちらへ……」

早雲の下で戦場を駆ける勇ましい姿を見ているとはいえ、目の前にいるのは、まだ十三の、幼い少女なのだ。

頼朝は、たまらず桜の肩を抱き、己の胸元へと強く引き寄せた。


「苦労を、かけたな……桜。そなたの母上も、さぞ、不憫であったろう……」

「ち、父上……! 父上に、お会いできて……わたくし、本当に、嬉しゅうございます……!」

腕の中で、桜の嗚咽は止まらなかった。頼朝は、ただ黙って、娘の気が済むまで、その小さな体を抱きしめ続けていた。


(おそらくは、妙子が亡くなり、路頭に迷っていたこの子を、トモミクが見つけ出し、この時代へと連れてきてくれたのであろう。そして、早雲殿が、父親代わりとして、自らの手元に置き、守り育ててくれたのだな……)

妙子が悲劇的な最期を迎え、桜がその忘れ形見であったこと。先日の那加城での評定の後、早雲が桜のことについて軽々しく口にできなかった理由が、ようやく腑に落ちた。

トモミクや出雲阿国、そして北条早雲が、これまで断片的に語ってきた言葉の裏にあった、深い配慮。それが、今、痛いほどに理解できた。


そして、その理解は、頼朝の胸に、新たな、そしてより深い感情を呼び覚ます。

腕の中の桜を抱きしめる力に、知らず、更なる力がこもっていた。

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