第四話: 第二次小牧山会戦 1580年5月
評定が終わって間もなくのことだった。
血相を変えた斥候が駆け込んできて、広間に叩頭(こうとう)した。
「申し上げます! 火急! 徳川家康の軍勢、大草城を目指し、国境を越え侵攻中との報せにございます!」
昨年の織田との激戦の際には沈黙を守っていた徳川が、ついに牙を剥いてきたのだ。
商業拠点として開発を進めている大草城には、防衛のための最低限の兵力しか配置されていない。徳川本隊の攻撃を、独力で守り切ることは不可能だ。即座に救援部隊を派遣せねばならない。
「義経!」
頼朝の声が飛ぶ。
「まず我らで大草城へ急行する! 備えよ!」
「秀長! 他の城にも警戒態勢を敷き、必要とあらば出陣できるよう、準備を急がせよ!」
指示は早かったが、徳川軍の動きはそれを上回っていた。
義経隊、頼朝隊の出撃準備が整うよりも早く、徳川軍の先鋒・渡辺(守綱)隊は大草城へと迫り、別働隊である水野(忠重)隊、酒井(忠次)隊は西へ迂回し、織田領である尾張の清州城方面から、大草城の背後を突く動きを見せている。
さらに、本多(忠勝)隊、奥平(信昌)隊も岡崎あたりを進軍中であり、本拠地である浜松方面からも、さらなる増援部隊が大草城目指して行軍中との報告が続く。
(挟撃……!)
このままでは、たとえ頼朝軍の救援部隊が大草城に到着したとしても、三河方面と尾張方面から徳川軍に挟み撃ちにされる形となる。しかも、徳川軍は後方に十分な予備兵力を控えさせ、状況に応じてこれを投入できる態勢を整えている。
「義経よ、この時代の敵は、まこと強敵ばかりじゃのう」
徳川軍の迅速極まりない行軍と、理に適った戦略的な布陣。それを耳にしただけで、徳川家康という男もまた、一筋縄ではいかぬ相手であることを、頼朝は直感的に悟っていた。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、この時代に来てからというもの、幾多の戦いを経て、自分なりの采配を振るうことへの自信のようなものが、頼朝の中に芽生え始めていた。家康という強敵を恐れるよりも、直接対峙し、その力量をこの目で見極めてみたい。そんな好戦的な思いと共に、己の口元に不敵な笑みが浮かんでいることに、頼朝自身、気が付いた。
傍らに、軍略の天才である弟・義経がいてくれることも、大きな安心材料となっているのかもしれない。
「兄上。我らが力、存分に思い知らせてやりましょうぞ」
義経もまた、静かな闘志を目に宿している。
久しぶりに感じる、戦の高揚感。頼朝は、那加城に集結した将兵に向け、渾身の力で叫んだ。
「出陣!」
* * *
義経隊、頼朝隊が、一路大草城を目指して急行する間にも、断続的に斥候からの急報が舞い込んでくる。
「清州城に、織田の大軍が集結中! その数、およそ五万!」
「なに!?」
徳川軍による挟撃への対応のみを考えていた頼朝は、思わず声を上げた。
(織田と徳川、示し合わせての共同作戦であったか!)
考えれば当然、あり得べきことであったはずだ。だが、徳川軍のあまりにも急な侵攻に、そこまで思考が及んでいなかった。徳川と対戦をする妙な高揚感が、判断を曇らせていたのかもしれない。
しかし、幸いにも、織田軍の再侵攻に対する備えは講じられていた。前回の戦いの教訓から、小牧山には新たに堅固な砦が築かれている。
前回の戦では、当初、織田軍を小牧山に釘付けにして挟撃する、という作戦を目論んだ。だが、結果的には逆にこちらが小牧山に誘い込まれる形となり、織田軍の波状攻撃を正面から受け止める消耗戦を強いられ、双方甚大な被害を出して痛み分けに終わった。
その反省に基づき、次に織田の侵攻があった際は、最初から小牧山の砦に主力を布陣させ、これを徹底的に防衛する、という方針に転換していたのだ。
「犬山城の守備隊に伝令! 太田隊、犬塚隊は、至急、小牧山の砦へ出撃! 織田軍本隊が小牧山に到着する前に、必ず砦に入り、防衛態勢を整えよ!」
大草に徳川軍が進撃しているこの状況下で、もし織田軍に先に小牧山を占拠されてしまえば、頼朝軍の取りうる選択肢は極端に狭まってしまう。
* * *
「犬山を発った犬塚隊、太田隊、無事、小牧山の砦に入りました!」
斥候からの吉報に、頼朝は安堵の息をついた。
「そうか、でかした! これでしばらくは持ちこたえられよう。ご苦労であった」
まずは、大草城へ向かっている義経隊と頼朝隊が、徳川軍の進撃を食い止める。
大草方面の戦線が膠着状態となれば、義経隊か頼朝隊、いずれかの狙撃部隊を小牧山へ転進させ、砦を守る突撃隊(犬塚隊、太田隊)と合流させる。それが次の手筈だ。
犬塚隊、太田隊だけでも砦を守り抜く力はあるだろうが、彼らは突撃部隊であり、鉄砲の数は少ない。より効果的に防衛するには、狙撃部隊の火力支援が不可欠となる。
(岐阜城には、精強なトモミク隊が残ってはいるが……)
もし、織田軍が三方面作戦を展開し、近江方面からも美濃へ侵攻してきた場合、岐阜城のトモミク隊が最後の砦となる。今はまだ、トモミク隊を小牧山方面へ動かすことはできない。
間もなく、徳川軍の一部、水野隊が小牧山方面へ転進し、砦への攻撃を開始したとの報が入った。しかし、これは砦を守る太田道灌、犬塚信乃の両将が率いる突撃隊によって、難なく撃退された。
だが、その直後。
予期せぬ報告が、前線から届いた。
「申し上げます! 大草城へ向かっていた徳川軍本隊、突如進軍を停止! 全軍、三河方面へ向け、引き上げていきます!」
「……何だと?」
頼朝は耳を疑った。
どう考えても、織田と徳川による二方面同時攻撃は、頼朝軍にとって致命的な脅威であったはずだ。それがなぜ、突如として撤退するのか。いったい何が起こったというのだ。
「続報! 武田勝頼様、南信濃の軍勢を率い、三河・遠江方面へ向け、出陣された模様!」
立て続けにもたらされた報告に、頼朝は傍らに控える秀長の顔を見た。秀長は、したり、とでも言いたげな得意満面の表情を浮かべている。
その顔を見て、頼朝は全てを合点した。
「秀長……! そうであったか!」
上杉、そして武田との同盟は、このような形で効いてくるのだ。
武田軍が実際に徳川領へ攻め込まなくとも、南信濃から国境に睨みを利かせるだけで、徳川家康は、もはや頼朝軍の攻略どころではなくなる。背後を突かれる危険を冒してまで、美濃・尾張へ深入りはできない。
現在、武田家が警戒すべき敵は、甲斐・北信濃方面からの北条家の侵攻と、南信濃方面からの徳川家の侵攻である。上杉家との同盟により越後方面からの脅威はなくなり、頼朝軍が織田軍主力を抑えているため、美濃方面への備えも最小限で済む。
つまり、武田家は、保有する戦力の大部分、特に南信濃の軍団を、対徳川に集中させることが可能となっていた。
そして、頼朝軍が危機に陥った際には、その南信濃の軍勢が徳川領へ圧力をかける。それが、秀長が事前に武田家と交わしていた約束だったのであろう。
(己の目が届かぬところでも、秀長は常に先を見据え、あらゆる事態を想定し、対策を講じている……)
改めて、その智謀の深さに感嘆する。
義経の軍略と、秀長の智謀。この二つがあれば、あるいはこの時代でも、本気になれば天下を獲れるのではないか。頼朝は、整然と行軍を続ける自軍の兵士たちを眺めながら、そんなことさえ考えていた。
* * *
「義経」
大草城の手前まで来たところで、頼朝は義経に命じた。
「そなたは、しばらくこの大草に留まり、徳川の動向を監視せよ。わしはこれより小牧山へ転進し、砦の部隊と合流する」
「ははっ、かしこまりました、兄上」
義経は力強く頷く。
「大草の守り、背後のことは一切ご心配なく。この義経が命に代えても、蟻一匹通しませぬ。兄上は、前面の織田軍との戦に集中なされ、奴らを蹴散らしてください! こちらの状況次第では、拙者も直ちに兄上のもとへ馳せ参じます!」
かつて、心の底から嫌悪し、その命を奪おうとさえした弟。その弟を、今、頼朝は心の底から頼りにしている。この罪深き兄を、義経は変わらぬ忠誠心で支えてくれている。
「…無理はするなよ、義経。こちらから仕掛ける必要はない。攻めてくる敵のみを、追い返せばそれで良い」
「お任せください、兄上!」
義経は、自信に満ちた笑みを浮かべた。
* * *
頼朝隊が小牧山の砦に到着した、まさにその直後であった。
織田軍の先鋒、滝川一益の部隊が、再び小牧山への攻撃を開始してきた。
しかし、今回は状況が違う。堅固な砦から放たれる、頼朝隊の大量の鉄砲による一斉射撃は凄まじく、滝川隊はほとんど抵抗らしい抵抗もできぬまま混乱状態に陥り、間もなく退却していった。こちらの被害は皆無に等しい。
(徳川軍との共闘がとん挫した今、織田軍は、また以前のように、正面からの波状攻撃を繰り返すつもりか……)
頼朝の予想通り、織田軍は次々と部隊を繰り出し、小牧山の砦へと攻撃を仕掛けてくる。
しかし、頼朝軍は砦という地の利を活かし、これを効果的に撃退し続けた。山上からの射撃は、登ってくる敵兵に対し絶大な威力を発揮する。
度重なる攻撃で、砦の門はついに破壊され、敵兵の突入を許してしまう。だが、それでも織田軍は、狭い門から限られた兵力で突入するしかない。そこを、砦内に待ち構える頼朝軍が集中射撃で迎え撃つ。頼朝軍優位の状況は、変わらなかった。
「頼朝様」
戦況を見守っていた秀長が進み出た。
「敵の突入が始まりましたが、これを迎え撃つ突撃部隊(太田隊、犬塚隊)の消耗が激しくなってきております。致命的な損害となる前に、彼らを一旦犬山城へ帰還させ、代わりに、大草の義経隊、そして岐阜のトモミク隊を、この小牧山へ呼び寄せたいと存じます」
「徳川は武田が抑えてくれております故、義経隊は大草を離れても問題ございません。また、織田軍の主力が、ほぼこの方面に集中している現状を見ますに、トモミク隊を岐阜から呼び寄せても、大きな懸念はないかと愚考いたします」
「うむ。秀長の申すこと、いちいちもっともである。大草と岐阜へ、至急連絡を取れ」
頼朝は即座に承認した。
* * *
消耗しきっていた太田隊と犬塚隊が後退し、入れ替わりに、義経隊とトモミク隊が、激しい戦闘で損傷した小牧山の砦に到着した。
「兄上! だいぶ派手にやり合っておられたご様子ですな!」
砦の惨状を見て、義経が苦笑する。
「いや、これしき、何ということはない」
頼朝は笑って応えた。
「この砦は、まだまだ十分に機能しておる。先の戦に比べれば、味方の被害は遥かに少ないわ。そなたとトモミクが来てくれたことで、更に心強くなった。しばらくは、我らが有利に戦を進められようぞ」
砦内には、頼朝、義経、トモミクの三つの狙撃隊が集結し、おびただしい数の鉄砲が配備された。これだけの火力があれば、山を登ってくる織田軍を、当分の間は撃退できるはずだ。
「敵襲! 新たな敵部隊接近! …旗印は、織田信長本隊にございます!」
物見櫓からの報告に、砦内が俄かに緊張に包まれる。
「ほう、信長自らが、お出ましか! それは楽しみじゃのう!」
頼朝は不敵に笑った。
だが、信長が自ら率いてきたという兵力は、およそ三千程度。こちらには数万の兵力が砦に籠っているのだ。本気でこの砦を攻略する意図があるとは思えない。
(我らの力量を、自らの目で見極めに来たか……あるいは、何か策があるのか……)
「丁重にお迎えいたしましょうぞ、兄上」
義経が静かに言った。
「よし! 義経、トモミク、信長隊を砦の中まで誘い込み、丁重に包囲殲滅してくれる!」
他の織田軍部隊と同様、信長隊は破壊された城門から砦内への突入を試みる。
だが、それは頼朝たちの罠であった。砦内に包囲網を敷いて待ち構えていた頼朝、義経、トモミクの三部隊から、文字通り雨霰(あめあられ)と降り注ぐ銃弾を浴びせられ、信長隊はあっという間に半数以上の兵を失った。
信長は、すぐさま退却を命じ、嵐のように去っていった。
「……何か、不気味ですな、兄上。あまりにもあっさりと退きすぎではありませぬか」
義経が訝しげに呟く。
「いや、あるいは、我らの迎撃が、奴の想像を遥かに超えていただけかもしれぬぞ」
頼朝はそう答えたが、ふと、傍らのトモミクが、珍しく複雑な表情で、信長が退却していった方向を見つめていることに気が付いた。いかなる状況でも微笑みを絶やさぬ彼女には、似つかわしくない表情だった。
「どうした、トモミク。何か引っかかることでもあるのか」
声をかけると、トモミクははっとしたように頼朝に向き直り、いつもの微笑みを浮かべた。
「いえ、何でもございません。……それにしても、さすがは頼朝様。もうすっかり、私たちの頼もしき当主様でございますね」
その声の調子は、いつものトモミクに戻っていた。
その後も、織田軍の他の部隊が、断続的に砦への攻撃を仕掛けてくる。
しかし、今のところ、砦に籠っての防衛戦は、完全に功を奏していた。織田軍は、山上の砦に対し、まとまった兵力で一斉に攻撃をかけることができず、突入してきた部隊も、砦内の集中砲火によって次々と撃退されていく。
今回は、織田軍も有効な手を打てず、いたずらに兵力を消耗させているように、頼朝の目には見えた。
* * *
そこへ、先の戦いで頼朝軍を散々に苦しめた、お市の方の部隊が再び突入してきた。そして、その先鋒には、やはりあの剣豪・北畠具教の姿があった。
「二度も同じ手が通じると思うな!」
頼朝は即座に指示を飛ばす。
「義経隊、トモミク隊は距離を取り、後退しつつ射撃を継続! 決して北畠隊に接近を許すな!」
二つの狙撃隊に、安全な距離からの援護射撃を命じる。
「里見殿、秀長! 我が隊はここを動かぬ! ぎりぎりまで北畠隊を引きつけるぞ!」
指示が終わるか終わらないかのうちに、北畠隊が、一直線に頼朝隊目掛けて猛然と突撃してきた。
(やはり、来たか!)
先の戦いで思い知らされた通り、この剣豪が率いる白兵戦部隊に接近戦を挑まれれば、軽装の鉄砲隊ではひとたまりもない。
頼朝は、敵が有効射程に入るぎりぎりまで引きつけた。
「今ぞ! 放てぇぇーーーっ!!」
遠距離からの義経隊、トモミク隊の援護射撃に加え、至近距離から放たれた頼朝隊の凄まじい一斉射撃。その集中砲火をまともに受け、さすがの北畠隊も成す術なく崩壊し、壊滅した。
主力部隊を失ったお市隊も、間もなく戦意を喪失し、退却していった。
「ふん! 同じ手が、二度も通用してたまるものですか!」
前回、北畠隊に散々に翻弄されたトモミクが、珍しく溜飲を下げたように、威勢の良い声を上げていた。
* * *
織田軍は、それでも物量を頼みに、次から次へと部隊を繰り出してくる。
個々の攻撃への対応は、前回の戦よりも確実に損害が少なく、効率的に行えている。
しかし、攻撃してくる織田軍の部隊の兵数そのものが、以前よりも増えているように感じられた。
波状攻撃を撃退し続けているとはいえ、こちらも砦に大軍を布陣させているため、兵糧の消費は激しい。いつまでもこの状態を維持することはできない。
(信長軍を恐れるあまり、必要以上に兵力を集めすぎてしまったか……?)
頼朝は自問した。
(確実に敵を撃退できてはいるが、その分、兵糧の消費が激しすぎる。いや、待てよ……義経)
頼朝は隣の弟に声をかけた。
「もしや、信長が自ら少数で砦に突入してきたのは、こちらの兵の数を、己の目で確かめるためであったのかもしれぬな」
「……なるほど。であれば、合点がいきまする、兄上」
義経も頷いた。
「あれほどの大軍を率いながら、あまりにもあっさりと引き下がったのが、どうにも腑に落ちませんでしたが……そういうことであれば」
「だとしても、勝負はここからぞ」
頼朝は前を見据えた。
「秀長! 早雲殿以下の突撃部隊の出撃準備は、抜かりないか」
「はっ、頼朝様! 早雲殿以下、全突撃部隊、いつでも出撃可能との報告を受けております!」
「そうか、大義である!」
頼朝は立ち上がった。
「これより、我ら、打って出る! いつまでも織田の好き放題にさせておくと思うなよ! 清州城に集結している織田軍本隊を、一挙に殲滅する!」
頼朝の声が、砦内に響き渡る。
「事前の作戦通り、全軍に通達!
岐阜の早雲隊(第一突撃)と那加の赤井隊(第四狙撃)は、墨俣(すのまた)、黒田方面より迂回し、清州城の背後を突け!
犬山の大内隊(第五突撃)、渡辺隊(第四突撃)は、那古野(なごや)城を力づくで突破し、清州城正面へ迫れ!
我ら、頼朝隊、義経隊、トモミク隊は、小牧山を下り、これより清州へ向かう!」
「清州城の後方で、順番待ちをしながら昼寝でも決め込んでいる織田の残党どもよ! そろそろ目を覚ますが良いわ!」
頼朝は、高らかに宣言した。
* * *
織田軍の波状攻撃を砦で受け止め、敵の兵力を削ぎ、消耗を見極めた上で、満を持して精鋭の騎馬突撃部隊を投入し、清州に駐屯する織田軍本隊を一気に殲滅する――それが、今回の再侵攻に備えて、秀長を中心に練り上げられた作戦であった。
お市隊を撃退した今、織田軍の消耗は明らかであり、作戦実行の時機は熟した、と頼朝は判断したのだ。
頼朝軍が反撃に転じたことを察知し、織田軍は小牧山への攻撃を完全に中止。清州城まで大きく陣を下げ、防衛体制を固めようとした。織田軍は、清州城本体の防衛と、その手前の那古野城の防衛とに、部隊を二分した。
頼朝軍の突撃部隊は、本来、守りよりも攻めにおいて真価を発揮する。だが、これまでの戦いでは、専守防衛の作戦が選択されることが多かった。
しかし、今回、彼らに与えられた命令はただ一つ。「前面の敵を突破し、ひたすら攻めよ」。
特に、これまで出撃の機会が少なかった大内義興隊、渡辺綱隊の将兵たちは、溜まりに溜まった鬱憤を一気に晴らすかのように、凄まじい勢いで那古野城の防衛線へと突撃していく。
織田軍は、那古野城方面の防衛に、予想外に多くの兵力を割いていた。明智光秀隊をはじめとする織田軍の精鋭部隊が、大内隊、渡辺隊の猛攻を迎え撃つ。
大内隊、渡辺隊は、味方の損害を全く顧みることなく、苛烈極まりない突撃を繰り返す。騎馬武者たちが、敵陣に突入しては散り、また新たな騎馬武者たちが突入していく。
一方、清州城の背後を突く北条早雲隊と赤井輝子隊も、順調に進撃していた。赤井隊は、本来は射撃部隊であるが、的確な射撃で早雲隊の突撃を援護しつつ、隊長である輝子自身は、部隊に少数配属されている騎馬隊を率いて、自ら敵陣への突撃を繰り返している。軍議の席で秀長を翻弄するあの奔放さは、戦場においても健在であり、織田軍の後衛部隊を翻弄していた。
* * *
「兄上、我らも小牧山を下りて、東から回り込み、挟撃いたしますか?」
小牧山の砦から戦況を見守っていた義経が、頼朝に進言する。
「今、我らが参戦すれば、敵はあっという間に潰走するでしょう」
「いや…」
頼朝は首を振った。
「ここで我らが出れば、突撃隊と赤井殿の手柄を横取りすることにもなろう。彼らの働きに任せようではないか。我らは、しばし美濃の山河でも眺めながら、ゆっくりと城へ戻るとしよう」
「かしこまりました!」
義経は、頼朝の意を汲んで、力強く頷いた。
今回の戦、もはや頼朝軍の勝利は揺るぎないものとなっていた。
* * *
清州方面の織田軍は、早雲隊と赤井隊による連携攻撃の前に、ほぼ壊滅状態となっていた。
那古野城を防衛していた織田軍は、明智隊と、重臣・丹羽長秀(にわながひで)隊を残し、残りの部隊を清州城の救援へと向かわせる。
しかし、救援に向かった部隊も、ことごとく早雲隊と赤井隊によって撃破され、次々と壊滅していった。
圧倒的に不利な状況に追い込まれた織田軍の中で、ただ一人、驚異的な粘りを見せたのが、織田信長に次ぐ席次を持つと言われる明智光秀の部隊であった。
もはや友軍のほとんどが壊滅、あるいは潰走し、数においても圧倒的に不利な状況にありながら、光秀隊は、大内隊、渡辺隊の苛烈な突撃を、的確極まりない鉄砲射撃と巧みな用兵によって、長時間にわたり防ぎ続けたのだ。
大内隊、渡辺隊にしてみれば、もっと早くに那古野城の守備隊を蹴散らし、清州で早雲隊、赤井隊と合流しているはずであった。
しかし、背後から早雲隊、赤井隊の攻撃を受けるに至っては、さすがの明智隊も部隊を維持することができず、ついに潰走を開始した。
これで、頼朝軍に攻撃を仕掛けてきた織田軍の主だった部隊は、全て戦場から駆逐されたことになる。
今回の織田軍撃退の作戦は、まさに大成功と言ってよかった。
(それにしても……)
頼朝は、明智光秀という将の名を、深く心に刻んだ。
(あの圧倒的に不利な状況で、我が軍の猛攻をあれほどまで支え続けた明智軍……今後、最も警戒すべき相手かもしれぬな。もし、国力の高い織田領内で兵力を再編され、光秀に大軍を率いられたならば、これを撃退するのは、決して容易ではあるまい……)
* * *
「早雲殿! このまま一気に清州城を落としましょうぞ! 今ならば、大した抵抗もなく、わたくしが先登をかけてご覧にいれます!」
赤井輝子が、興奮冷めやらぬ様子で、北条早雲に詰め寄る。
「いや、赤井殿、気持ちはわかるが、ここは退き時じゃ」
早雲は、やれやれといった表情で首を振る。
「確かに、今ならば容易く落とせるであろう。だが、落とした後のことを考えよ。清州城を防衛するために、軍勢や人手を割く余裕など、今の我が軍団にはない。深追いは禁物じゃ。ここは潔く引き上げましょうぞ」
「…早雲殿がそう仰せなら、仕方ありませんわね」
輝子は、少し残念そうに唇を尖らせた。
「わたくしの夢は、一国一城の女城主になることですので! いずれ必ずや、この手で城を落としてみせますわ!」
「がははは! そなたほど、一国一城の主が似合う女子(おなご)は、他におるまい!」
早雲は快活に笑った。
「さすが早雲殿! よく分かってらっしゃる!」
輝子も機嫌を直したようだ。
「それでは、一国一城の主となる、その日までは、那加城でおしとやかに、頼朝様にお酒でもお注ぎ申し上げておりますわ。では、ごめん!」
秀長の知略をもってしても、時には手を焼く二人の猛将は、激戦の疲れなど微塵も見せず、意気揚々と帰城の途についた。
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