源頼朝 戦国時代編

@Tempotampo

プロローグ 


奥州藤原氏当主、藤原泰衡(ふじわらのやすひら)より鎌倉へ密書が届いた。

長らく続いた圧力の末、泰衡がついに屈し、平泉に潜伏する弟・義経を討つ、との意向を伝えてきたのだ。


(これで、万事、目論見通りに運ぶ…)


頼朝は報告を聞き、馬上にて手綱を握る手に力が入った。

奥州藤原氏に義経追討の圧力をかけ続けた真の目的――それは、強大な独立勢力である奥州藤原氏そのものを征伐することにある。鎌倉が必要としたのは、泰衡が義経を手に掛けるという事実、それによって得られる奥州征伐への「大義名分」であった。


この奥州征伐こそ、日ノ本一統に向けた総仕上げとなる。

そのためならば、実の弟の命すら犠牲にする。そこに迷いはないはずだった。犠牲なくして大義は成らぬ。武家の棟梁として当然の覚悟。


父の仇たる平家を滅ぼし、幾度もの命の危機を乗り越え、武家による新たな世を築くという理想に燃えて、ようやく辿り着いたこの頂。源氏の、そして武家の棟梁という地位。

数えきれぬ裏切りに遭いながらも、己もまた謀略の限りを尽くし、血塗られた道を歩んできた。すべては大義のため。この先、更なる血を流す道を自ら選ぶのも、同じく大義のため。

一つ一つの、時に冷酷と謗(そし)られる決断の積み重ねこそが、強き鎌倉を、平穏なる日ノ本を、安寧に暮らす民への道筋を拓くのだ。


そう信じてきた。

それなのに、なぜか今、心の奥底から問いかけてくる声がある。


(お前は本当に大義のために決断したのか?)


多くの裏切りに晒され、権力闘争の非情さを骨身に染みて味わった。

その恐怖から逃れ、ただ己の身を守るためだけに、惨(むご)い決断を下してきたのではないか。

かつて、弱き立場ゆえに味わった怒り、怯え、憎しみ、屈辱――それらの感情が、武家の棟梁となった今も形を変え、心の内に巣食っているだけではないのか。


(どこまで力をつければ、この不安から解放される? この世のすべてを滅ぼし尽くせば、ようやく安息が得られるというのか?)


「黙れ!」

思わず声が漏れた。鞍上の己を、供回りの者が見咎めたかもしれぬ。

一度下した決断を振り返ること、ましてや迷うことなど、武家の棟梁たる者の罪。覚悟なくして、この重責は務まらぬ。これまで幾多の危機に、臆することなく立ち向かってきたではないか。臆病風に吹かれていては、ここまで来れるはずもなかったのだ!


それでも、内なる声は止まない。むしろ、ますます大きく響いてくる。


(義経と再会した時、心から喜んでいたはずではないか? それが今や、排除すべき危険分子だと?)

(義経は本当に反旗を翻そうとしていたのか? あるいは、そう仕向けたのは己自身か? 義経は、本当に死なねばならなかったのか?)


(お前は……義経が恐ろしかったのではないか……?)


心の揺らぎは、いつしか物理的な苦痛を伴う波となり、体の中を掻き乱す。

義経の死がいよいよ現実味を帯びてきたことで、固く閉ざしたはずの心の扉を、内側から激しく叩いているのだろうか。


鷹狩りを終え、馬上にある。

不意に沸き上がった遣る瀬ない思いに突き動かされるように、頼朝は大きく息を吐き、天を仰いだ。


その空に、異変が起きていた。

まるで己の心の内の如く、雲が激しく渦を巻き、蠢(うごめ)いている。

尋常ではない気配。


(何かが……起きる)


そう直感した次の瞬間、意識が遠のいた。


* * *


今まで感じたことのないような、冷たく、それでいてどこか優しい風が肌を撫でる。

見慣れた鎌倉や伊豆の森と変わらぬはずの木々。だが、この風は明らかに違う。


気が付けば、供の武者も、乗っていたはずの馬もいない。

頼朝はただ一人、鬱蒼とした森の中に佇んでいた。

不思議と、慌てる気持ちは湧いてこない。むしろ、近頃感じることのなかった深い静寂が、ささくれ立った心を穏やかに包み込んでいくようだった。


(これは……もしや、己の死に際に臨んでいるのか?)


だからこそ、振り返らぬと決めていた過去を思い、殺めるはずの弟の命の重さを、今更ながらに感じ始めているのか。

そう考えると、妙に合点がいった。己の所業を悔いながら終焉を迎えるとは、なんと滑稽な一生であったことか。


ふと気配を感じて顔を上げると、森の奥から二人の男女がこちらへ近づいてくるのが見えた。

敵意は感じられない。


女性の方は、見慣れぬ異国の装束のようだが、凛とした立ち姿は女武者を思わせる。

隣の男性は、武者鎧に身を固めている。その全身からは、女性を守ろうとする鋭い気が放たれていた。


男の顔が見えた。その鋭い眼光。

頼朝は、その眼差しを、あまりにもよく知っていた。


(義経……!?)


ここは奥州か! 泰衡の罠か!

咄嗟に腰に手をやるが、そこに佩刀(はいとう)はない。

全身の神経を研ぎ澄ませ、最大限の警戒心をもって二人を待ち受ける。それしか術はなかった。


こちらの殺気にも似た警戒とは裏腹に、二人は落ち着き払っている。やがて、女性の方が静かに口を開いた。

「頼朝様。お待ち申し上げておりました」


泰衡の罠ではない、というのか。

警戒を解いたわけではないが、切迫した危険を感じることもなかった。

「頼朝様、どうぞこちらへ」


促されるまま、二人に導かれて森の中を進む。やがて、一棟の納屋のような建物が見えてきた。

しかし、簡素な門をくぐると、そこにはよく手入れされた庭と、予想外に広壮な屋敷が広がっていた。小規模な戦であれば、十分に拠点となりうるだろう。

庭の佇まいには、作り手の平安を願う心が映し出されているように感じられた。


屋敷に上がり、一室に通される。二人からは、やはり殺意の類は一切感じられない。

勧められるままに、見慣れぬ意匠の茶碗で茶をいただく。森で感じた風と同じく、これまで口にしてきたどの茶とも違う、不思議な香りと味がした。


目の前に座る女性は、その風貌も、纏う空気も、風や茶以上に不可解だった。常に微笑みを絶やさぬその表情は、しかし、こちらの警戒心を不思議と和らげる力を持っている。

そして、その隣には義経。兄との再会を心から喜んでいるかのように、穏やかな笑みを浮かべている。憎むべき兄が、今、無防備に目の前に座っているというのに。


かけるべき言葉が見つからなかった。


「わたくしはトモミクと申します」

先に口を開いたのは、女性の方だった。

「頼朝様をお支えするため、先の時代より参りました」


その最初の言葉から、すでに頼朝の理解を超えていた。


トモミクと名乗る女性は、淡々と言葉を続ける。

自分は遠い未来から「この時代」に来たこと。

その話だけでも到底信じられないが、問題はその「この時代」が何を指すのか、であった。


頼朝が今いる「この時代」とは、鷹狩りの後に気を失ったあの時から、実に四百年以上も未来の世界だという。

そして、トモミクが来たという「未来」は、そこから更に四百年以上も先の世界である、と。


義経もまた、この四百年後の「時代」に召喚されたのだという。

そればかりか、自分が生まれる遥か前の源氏中興の祖、源頼光とその四天王たちも、近くの城に控えている、と。

他にも、あらゆる時代の「兵(つわもの)」たちが、トモミクの下に集結しているのだ、と。


頼朝が築き上げた鎌倉幕府はとうに滅び、源氏の血筋も散り散りになりながら、いくつかの武家がかろうじて家名を保っているに過ぎない。

その数少ない源氏の家々も、新たに台頭した勢力によって、今や風前の灯火であるという。

甲斐源氏の武田氏は比較的勢力を保っているものの、その武田氏も、新興勢力である織田信長によって、やがて滅ぼされる運命にある、とトモミクはこともなげに語る。


鎌倉の滅亡。源氏一族の凋落。武田家の悲運。

聞くに堪えぬ、不愉快な未来の出来事を、トモミクは例の微笑みを浮かべたまま、抑揚のない声で淡々と語り続ける。


(もし、この一連の茶番が藤原泰衡の策謀であるならば……無事に鎌倉へ戻った暁には、断じて奴を許さぬ!)

頼朝は内心で毒づいた。


* * *


屋敷を出ると、完全武装の兵の一団が待機していた。

その兵団に警護されながら、トモミクの居城へと向かう。


彼らは武士なのだろうか。身に纏う鎧は、鎌倉武士のそれとは全く異質だ。

一見して矢も刀も通さぬような堅牢さを感じさせるが、それでいて動きを妨げる様子はなく、隊列は一糸乱れず、驚くほど機敏に行軍している。

(これが……四百年後の武者の姿か……)

トモミクの説明が、最も単純に、目の前の光景を説明しているように思えてしまう。


* * *


ここは美濃国、稲葉山。トモミクの居城は、織田信長なる新興勢力から奪取した「岐阜城」という、稲葉山に築かれた巨大な山城なのだという。


城を間近にして、まずその威容に圧倒された。

初めて目にする壮麗な建築様式、堅牢極まりない城構え。

(もし鎌倉軍がこれを攻めるとしたら……いかにして攻略すべきか、想像もつかぬ)

これほどの城を築くには、どれほど高度な技術と、どれほど多くの人員が必要なのか、皆目見当がつかない。

この短い時間に目にするものすべてが、新奇で衝撃的なものばかりだった。


(万が一にも、これが藤原泰衡の……鎌倉が把握していなかった奥州の力だとすれば、一大事ぞ……)

頼朝は警戒を怠らなかった。


城内に入ると、広間で多くの武者たちが頼朝、トモミク、そして義経を出迎えた。

そのまま「天守」と呼ばれる、城の最上階の一室へと案内される。そこには、さらに多くの「武者」たちが整然と控え、待ち受けていた。


彼らは武士なのだろう。だが、これまで頼朝が見てきた坂東武者とは、やはりどこか違う。もはや己の判断に自信が持てなくなっていた。

この不思議な女性トモミクと出会ってからの短い時間で、「武家の棟梁」という己の肩書が、まるで意味のないもののように思えてきている。


それにもかかわらず、岐阜城の天守に集う者たちは、力を失った前時代の棟梁である自分に対し、一斉に深々と頭(こうべ)を垂れ、最も上座に着くよう促すのだった。


「頼朝様、お待ち申し上げておりました」

トモミクが、相変わらず微笑みを崩さぬまま、感情の揺らぎを一切感じさせない淡々とした口調で告げる。

「我々は皆、頼朝様にお仕え申し上げる、貴方様の家臣にございます」


何のために、この者たちは自分を待っていたのか。

何をするために、ここに集まっているのか。

皆目、見当もつかぬ状況で、居並ぶ者たちは傅(かしず)くように頭を下げている。

少なくとも、これは鎌倉の組織ではない。トモミクは微笑んでいるが、こちらの混乱を解きほぐそうという気遣いは期待できそうになかった。


トモミクは構わず、話を続ける。

「こちらに集まっている皆々は、頼朝様の家臣団です。頼朝様に命を捧げる覚悟で馳せ参じた、兵(つわもの)たちにございます」


(随分と軽々しく命を捧げる、などと口にするものよ……)

裏切りと謀略の只中で命を繋いできた頼朝は、その言葉に微かな反発を覚えた。

(この家臣たちを、いつか己が謀略で誅殺することになるやもしれぬのだぞ、トモミク!)


ふと、隣に立つ義経の、自分を見つめる優しい眼差しに気が付いた。


「それでは、頼朝様直属の部隊を率いる副将の方々をご紹介いたします」


紹介されたのは、里見伏(さとみふせ)と羽柴秀長(はしばひでなが)という名だった。

里見伏は、この時代より少し前の時代の安房(あわ)を治めた里見一族の姫君だという。いざという時には死兵と化し、比類なき攻撃力を発揮して頼朝を守護する、と。物静かな佇まいの姫君からは、そのような戦場での姿は想像もつかない。

羽柴秀長は、トモミクがこの岐阜城を奪取した際に捕虜となったが、彼女の説得に応じて味方になったという。戦場での武勇のみならず、軍団全体の運営や政策立案においても大きな力を発揮している、頼れる参謀役とのこと。織田家の重臣・羽柴秀吉の実弟だというが、なぜ兄を裏切ってこちらにいるのか、その仔細は不明だ。

さらに、櫛橋光(くしはしみつ)という女丈夫も、部隊の守護を担う重要な役割で、頼朝直属部隊に配属されているという。


「続きまして、他の部隊を率いる部隊長の方々よりご挨拶を」


他の部隊は、射撃を主とする部隊と、騎馬による突撃を主とする部隊に大別され、総勢十部隊で編成されているらしい。各部隊が、一万から二万もの兵を指揮するという。


狙撃隊は、頼朝直下の部隊の他に、トモミク、義経、そして赤井輝子(あかいてるこ)という坂東出身らしい女武者が、それぞれ部隊長を務めている。頼朝隊を含め、第四軍まであるという。


突撃部隊は、六名の部隊長が率いている。


北条早雲(ほうじょうそううん): 鎌倉幕府執権の北条氏と同じ名を名乗るが、血縁はない。坂東に拠点を構えていたという。

源頼光(みなもとのよりみつ): 父・義朝からも名を聞いていた、摂津源氏中興の祖。

渡辺綱(わたなべのつな): 頼光四天王の一人として名を馳せた、源氏の同族。

太田道灌(おおたどうかん): 少し前の時代に、坂東で知らぬ者のない名将。

大内義興(おおうちよしおき): 鎌倉の次の室町幕府で守護を務め、西国に覇を唱えた大名。

犬塚信乃(いぬづかしの): 頼朝直属部隊の副将・里見伏に忠節を尽くしたという、安房里見氏の特別な家臣団「八犬士」の一人。

(……なんと、時代も出自も、かくも雑多な顔ぶれか)

頼朝は内心で呟いた。それぞれの部隊には、さらに精強な副将たちが控えているというが、その多くも、やはり異なる時代から召喚された者たちだという。


一見すると、屈強な坂東武者たちに比べ、勇猛さや精悍さに欠けるようにも見える。柔和な表情を浮かべた女武者も少なくない。

中でも、桜(さくら)と名乗る娘は、北条早雲の部隊に配属されているというが、まだ十代前半にしか見えない。

その娘が、自分の娘だ、と紹介された。

全く覚えがない。


もはや、一つ一つの事柄に困惑し、疑問を抱く気力すら失せかけていた。頼朝は、ただ無抵抗に、トモミクが語る情報を記憶の隅にしまい込むように努めた。


紹介された部隊編成は、以下の通りであった。


【頼朝軍・部隊編成】


第一狙撃隊 隊長:源頼朝 副将:里見伏、羽柴秀長、櫛橋光


第二狙撃隊 隊長:トモミク 副将:犬山道節、犬坂毛野


第三狙撃隊 隊長:源義経 副将:武田梓、出雲阿国


第四狙撃隊 隊長:赤井輝子 副将:大祝鶴、太田牛一


第一突撃隊 隊長:北条早雲 副将:谷衛友、源桜


第二突撃隊 隊長:源頼光 副将:坂田金時、石川五右衛門


第三突撃隊 隊長:太田道灌 副将:世良田元信、柳生十兵衛


第四突撃隊 隊長:渡辺綱 副将:池田恒興、柳生兵庫


第五突撃隊 隊長:大内義興 副将:名古屋山三郎、果心居士


第六突撃隊 隊長:犬塚信乃 副将:犬飼権八、犬川荘助


* * *


「……ところで、一つ、教えて欲しい」

ここまで黙って耳を傾けていた頼朝が、ようやく重い口を開いた。


「何でございましょうか、頼朝様」

トモミクが応じる。


「皆がここに集ったのは、ある『使命』のためだと聞いた。その使命とは、いったい何なのだ」


「大きく未来を変えることは決して許されません。ただし無用に散った命を守ることはできます。私の『主』は甲斐源氏の武田家の悲劇的な滅亡を阻止するように私をこの時代に派遣しました。


主は源氏の血を絶やすことが無いよう、頼朝様にお命を狙われていた義経様を頼朝様のもとにお届けすることも命じられておりました。」


質問したからといって、納得のいく答えが得られるとは期待していなかった。

しかし、今しがた家臣と言われた者たちが居並ぶ前で、しかも当の義経本人の前で、弟を殺害しようとしていた事実を、こうも淡々と語るトモミクの態度に、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「無礼者めが!」

思わず怒声が迸る。


だが、トモミクは微塵も動じる様子を見せず、例の微笑みを絶やさぬまま、静かに続ける。

「私の命は、命なきところより生まれたもの。形なきものとお心得ください。ご無礼の段、平にお許しを。すべては、源氏の血を未来へと繋ぐため……」


「兄上!」

義経が進み出て、頼朝の前に膝をついた。

「私からも、どうか一言お願い申し上げます。トモミク殿は、誰よりも兄上に命を捧げる覚悟で、今日まで我々を導いてくださいました。今日、こうして兄上をお迎えできたのも、ひとえにトモミク殿の必死の働きがあってこそ。ここに控える者たちも皆、兄上の御心を深く理解しております。そして私も、兄上を恨んだことなど、ただの一度もございません。どうか、トモミク殿をお許しください」


(いったい、誰に、何に対して、私は怒っているのだ……?)

消化しきれぬ大量の情報に困惑し、感情が制御を失ったのか。いずれにせよ、冷静な判断などできようはずもなかった。


「……そなたたちの働きに、期待しておる」

そう絞り出すのが、精一杯だった。


それを聞くと、一同は再び、深々と頼朝に対して頭を垂れた。


* * *


トモミクが当初拠点として築いたという「那加城(なかじょう)」が、頼朝の居城として与えられた。岐阜城の城下、目と鼻の先に位置する。

岐阜城を攻略する目的で、その手前に急遽築かれた城だという。

平城でありながら、堅固な石垣の上に高い天守が聳え、城門は深い水堀の内側に守られている。さらに堀の外には、それ自体が要塞とも言える堅牢な出城がいくつも配されていた。


この那加城には、トモミク隊を除く全ての狙撃隊、すなわち頼朝隊、義経隊、赤井隊が駐屯する。那加城は領国の中枢拠点とされ、ここから全ての軍団へ指令が行き渡るよう、情報網や交通網が整備されているという。


一方、岐阜城には、トモミク自ら率いる第二狙撃隊と、北条早雲率いる第一突撃隊が配備され、西方の近江、山城、河内方面からの織田勢の侵攻に備える。


さらに、那加城から少し南に位置する犬山城(いぬやまじょう)には、太田道灌を城代とし、北条早雲隊を除く全ての突撃部隊(第二~第六)が配備され、東方の駿河・三河の徳川勢、そして南方の尾張の織田勢の侵攻に備える。


この岐阜城、那加城、犬山城の三拠点を連携させることで、美濃中心部を鉄壁の要塞とし、織田・徳川両勢力による武田領への侵攻を食い止める。それが現在の基本戦略であるらしい。岐阜城、犬山城が攻撃を受けた際には、中枢である那加城の頼朝が、状況に応じて各部隊に采配を振るう、という布陣になっていた。


* * *


(警戒を解いてはならぬ……)

そう強く念じながらも、理解の追いつかぬ出来事と情報の奔流に晒された疲労は、頼朝の心身を蝕んでいた。布団に入ると、抗い難い眠気が襲い、あっという間に意識を手放してしまった。


微睡(まどろ)みの中、義経が部屋を訪ねてきたような気配を感じたが、深い眠りの淵から浮上することはできなかった。


部屋の外では、頼朝からの返事を待ち、義経が静かに控えていた。その傍らには、先ほど紹介された女武者の中でも、ひときわ柔和な微笑みを浮かべていた武田梓(たけだあずさ)の姿もあった。彼女は、武田家との同盟の証として義経に嫁いできた、当主・武田勝頼の娘である。

「兄上は、お休みになられたようですね」

義経がぽつりと呟く。


少し離れた場所には、源桜――頼朝の娘とされた少女が、俯いたまま佇んでいた。

「大丈夫ですよ、桜様」

梓が、桜に優しい声で語りかける。

「これからいくらでも、お話する機会はございます。長い道のりを、ご一緒に歩んでいくのですから」

その声に、桜は小さく頷いた。


* * *


翌朝。

早速、軍議が開かれることになっていた。


(何も分からぬこの私を呼び出して、軍議を開いたところで、いったい何になるというのだ……)

頼朝は重い体を起こした。

実際に目にしたのは、城までの護衛部隊だけだが、おそらくこの軍団は、坂東武者とは比較にならぬほどの精強さを備えているのだろう。そして、多くの兵士を収容できる、強靭で広大な城郭もある。

一見すれば、無敵の軍団に思える。

それなのに、なぜ即席の君主である自分を、こうも早急に軍議に招集する必要があるのか。

(何か……よほど危機的な状況にある、ということか?)

考えれば考えるほど、気分が重苦しくなる目覚めだった。


身支度を整えようとした時、部屋の外に人の気配を感じた。

「頼朝様、お目覚めにございますか。朝餉(あさげ)をお持ちいたしました。お部屋へ入っても、よろしゅうございますか」


声の主は、昨日紹介された出雲阿国(いずものおくに)と名乗る女性だった。男物の武者装束に身を包んでいるが、立ち居振る舞いに滲み出る気品は、彼女が只者でないことを示している。

もとは「かぶき踊り」なる新しい舞踊を広めるため諸国を巡っていたが、トモミクと出会い、共に戦うことを決意。現在は義経率いる第三狙撃隊の副将を務めている、という。


部屋に入り、手際よく朝餉の膳を整える阿国は、静かに頼朝に語りかけた。

「お心が定まりませぬか」


阿国は、頼朝の顔をじっと見つめると、悪戯っぽく微笑んだ。その気品ある表情としぐさが、不思議と嫌味を感じさせない。

「ふふ。昨日はトモミク様に、少々手厳しゅうございましたね」

「……あれは、私の不徳の致すところだ。しかし……いまだに、なぜ私がここにいるのか、何のために呼ばれたのか、いや、そもそも自分がまだ生きているのかどうかさえ、まるで理解が追いつかぬのだ」


阿国はすぐには答えず、まず朝餉を口にするよう、目で促した。

頼朝が箸を取ったのを見届けてから、ようやくゆっくりと語り始める。

「頼朝様がこちらへお見えになるまで、実に五年もの歳月が流れております。義経様も、トモミク様がこの時代へいらした当初から、力を尽くしてこられました」


「五年……? 義経が、五年前からここにいる、だと?」

ますます混乱する頼朝の様子を見て、阿国は楽しむかのように微笑みを深める。

「トモミク様は、時と時を繋ぐ狭間を、ある程度、自在に行き来できるのだとか。そして、異なる時間軸におられる方々を、この時代へお連れすることができるのです。

義経様には、頼朝様とほぼ同じ時期――つまり、頼朝様が鎌倉におられた頃――に、トモミク様がお声がけなさいました。ですが、義経様が実際にこちらへ参られたのは、今から五年ほど前のことなのでございます」


「……全く、分からん」

頼朝は呻いた。

義経は、つい先日まで平泉にいたはずなのだ。五年前といえば、まだ兄弟が手を携え、平家と戦っていた頃ではないか。


「無理もございません」

阿国は頷く。

「義経様も、最初にトモミク様から『兄君に討たれる前に、こちらへ参られよ』と誘われた時には、激高して斬りかかったと伺っております。まあ、紆余曲折の末、義経様はトモミク様と共に来ることをお決めになりましたが。それでも、こちらへいらしてからもしばらくは、心穏やかならぬ日々を過ごしておいででした。それに比べれば、頼朝様はずっと落ち着いていらっしゃいますよ」


その言葉に、僅かながらも慰められる思いがした。頼朝は、どうしても確かめておきたいことを口にした。

「……鎌倉は、やはり滅びるのか」


「はい。残念ながら……」

阿国は静かに頷いた。

「しかし、頼朝様がお開きになる鎌倉幕府の後は、同じ源氏の足利家が、京にて新たに幕府を開かれました」


「なに、足利が……我らに取って代わったと申すか!」

思わぬ名前に、頼朝は声を荒げた。


「はい。ですが、その足利幕府も、残念ながら織田信長によって滅ぼされました。今、最も大きな源氏の勢力は甲斐武田家となりますが……トモミク様が仰せの通り、その武田も滅亡の危機に瀕しております。現在の当主・勝頼様は、信長の同盟国である徳川家に対して有利に戦を進めておられますが、間もなく、武田家の命運を左右する大きな敗戦に見舞われる、と。

トモミク様は、まず頼朝様をお迎えし、織田と徳川の力を削ぐことで、武田家をお守りしたい、と申されております。その他、源氏の血筋としては常陸の佐竹家も健在ではありますが、自力で家名を保つのは難しいでしょう」


「……では、この頼朝は、織田と徳川を滅ぼすために、ここに呼ばれたというわけか」


「いいえ」

阿国はきっぱりと首を振った。

「時代そのものを、大きく変えることは許されておりません。我々の力は、守るためにこそあれ、滅ぼすためにあってはならないのです。いかに織田信長が強大となり、我らの脅威となろうとも、彼らを滅ぼしてはならない。それでも……我らは、守らねばならぬのです。武田を、そして、源氏の血を」


ようやく己の役割が見えたかと思った矢先に、再び奈落の底に突き落とされた気分だった。滅ぼしてはならぬ敵から、守らねばならぬものを守る。それは、あまりにも困難な使命に思えた。


「……軍議の支度がある。下がってよい」

頼朝は、感情を押し殺して告げた。


阿国は、相変わらず優雅な所作で立ち上がり、深々と一礼して部屋を出ていく。

「それでは、後ほど軍議の場にて。お待ち申し上げております」


去っていく後ろ姿は、どこまでも優雅で、戦場の気配など微塵も感じさせない。

それでも、あの義経が副将として認められたという事実に、頼朝はどこか腑に落ちるような感覚を覚えながら、阿国の退出を見送っていた。

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