第67話 楽しいお出かけ
──世界が燃えている。情報的な意味で。
「鎮火の様子は未だになし、と……」
ネットニュースを開くと、そこにはダンジョン関係の見出しが複数。パッと見ただけでも、先の俺の配信から派生したであろう記事が四つ。探せばもっとあるのであろう。
釈明配信モドキから三日。一向に収まる気配の見えぬ狂乱。抱える数こそ膨大なれど、所詮はネットの配信者でしかない身。それでもなお大手メディアにも取り上げられている辺り、それに相応しいインパクトがあったという証明。
事実として、俺が所属するデンジラスには地獄のような問い合わせが続いている。大手メディアからの取材依頼はもちろん、個人規模の
分かってはいたことである。そして仕方のないことであるが、いま事務所で必死にそれらを捌いているスタッフさんたちには、本当に申し訳ないことをしたと思う。
まあ、当の本人たちは気にしていないどころか、むしろフィーバータイムとばかりに現状を楽しんでいるのだが。……差し入れという名の賄賂(ダンジョン産食材)が効きすぎたらしい。
「やはり世の中は金だわな」
思い出すのは、『この状況が続けば超高級品がタダで食べられるんですか!?』と叫んだスタッフさんたちの姿である。
相場で八桁いくであろうドロップ品の酒を差し入れた時は凄かった。値段をざっくり伝えると、死んだ目をしていた全員が一瞬で復活したほどだ。
美味い、高い、希少の三拍子揃った差し入れは、激務で磨り減るはずの心を完璧にカバーしていた。
もちろん、それでも肉体的な疲労は溜まるので、内臓が若返るレベルの疲労回復効果のある食材も一緒に差し入れした。……なお、ちゃんとバレても問題ないやつである。以前の偽仙桃と同じく、現行法的には食材扱いの代物だ。
とまあ、そんなわけで。世間的には空前絶後の大騒動となっているが、意外と身内周りは平和だったりする。
「あ、いたいた。どうも、お久しぶりです」
「あ、お久しぶりです。本日はお誘いいただきありがとうございます」
具体的に言うと、知り合いとこうして遊びに出かけられるぐらいだったり。
「えっと……どういう風にお呼びしましょう?」
「そうですね。ここは無難に苗字でいきましょう。藤宮と申します」
「分かりました。では、俺は夜桜と」
「夜桜さんですね。分かりました」
互いに軽く自己紹介。一応、顔見知りではあるのだが、VTuberという職業上知っているのは仮初の名、つまるところ芸名である。
ガワを被って活動している以上、外で芸名を呼ぶわけにはいかないので、こうして改めて自己紹介をしているのだ。
いやはや、顔隠しの人気商売とはこういう時に面倒である。現在進行形で世間を騒がしている俺はもちろん、藤宮さん──大物VTuberである沙界さんもまた、こうして世を忍ぶ振る舞いをせねばならないのだから。
「いやー、すいません急にお声掛けしちゃって。正直ダメ元だったんだけど、まさかオーケーしていただけるとは」
「いえいえ。ちょうどスケジュールが空いていたので。それに以前申した通り、個人的にも夜桜さんとは交流できたら思っていますし」
不自然にならない程度の小声で喋りつつ、これまた不自然にならない程度に頭を下げる。
実際問題、よくもまぁお誘いを受けてくれたものである。現在の情勢を抜きにしても、藤宮さんとは一回コラボをしただけなのだが。
一応、コラボ以降も裏でチャットを交わしてはいるが、それもどちらかというとVTuberとしての内容がメインで、プライベートな交流をするまではないというのが個人的な感想である。……じゃあ誘うなという話ではあるのだが、そこはもうシンプルなファン心理である。
いや、本当にダメ元でチャット送ってみただけなのだ。好みに合わせた内容を送るなどの小細工はしたが、まさかノータイムでOKされるとは思わなかったというか……。
「でも本当に大丈夫ですか? 藤宮さんほどになると、かなり忙しいイメージなんですが……」
「まあ、確かに忙しくはありますね。嬉しい悲鳴と言うべきなんでしょうが、中々にキツイものがあるのも事実です」
「やっぱりそうなんですねぇ……」
身バレ防止用と思われるマスクの下で、藤宮さんが苦笑しているのが分かる。
俺のような異端と異なり、沙界ジンは正統な人気VTuberである。ばーちかるという事務所バフこそあれど、デビューしてからコツコツ真面目に活動を重ね、キャラを確立し、スキルを磨き、順当にファンを拡大し続けてのいまがある。
数字こそ俺こと山主ボタンが圧倒的に勝っているが、真摯な活動に裏打ちされた経歴の厚みでは足元にも及ばない。
VTuberとして順当に成長を重ねたということは、それに伴う努力と準備があるということ。
それらが分かりやすく表れるのがスケジュールであり、そんな多忙な状況でプライベートな時間を捻出してくれるとは。いやはや感謝の極みである。
「とはいえ、ご心配はなさらずに。私も社会人ではあるので、スケジュールはちゃんと調整できるように設定してますので」
「あ、流石ですね」
「いえいえ。むしろ私としては、夜桜さんのほうが多忙そうなイメージでしたよ。ほら、いまはその、なにかと大変な時期じゃないですか」
わずかに言い淀んだのは、外であることを気にしたのか、それとも俺に対して気を遣ったのか。
「あー、その辺はご心配なく。確かにちょっと騒がしくはなってますが、それもいまだけなんで。表向き、って但し書きは付くことにはなるでしょうが、近い内に落ち着くとは思います」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
すでに情報が世に出て数日。最初から窓口をシャットアウトしていたら燃えそうだったので、個人規模での
そのため、SNSや公式ホームページにて声明を出し、窓口を一定以上の規模のメディアに絞る予定となっている。
無論、それだけでは騒ぎは収まることはない。未だに大手メディアはこの件に熱心であり、問い合わせが山のように届いているためだ。
なのでダメ押しとして、近日中に大手メディア各社には政治的な圧力と、身代わりとしてとある与党議員の不祥事が届けられる手筈となっている。
ちなみにこの辺の情報は、ブチ切れ状態の玉木さんからもたらされたものである。……なんでも俺が社会の敵とならないよう、玉木さんを含めた国のお偉いさんたちが東奔西走していたそうな。
とりあえずお疲れ様とだけ言っておいた。そしたらまた怒鳴られたけど。でも官と民の関係ってそういうもんじゃない……?
「まあ、内容が内容なので詳しくは語れないんですけどね。とりあえず、いろいろと目処は立っているとだけ」
「なるほど。まあ、アレです。私としては、公式からの発表を待つだけなので」
「そうしていただけたら幸いです」
いやマジで。この辺の対応というか、線引きは流石である。古のネット民、それも黎明期から配信業に手を出していたであろう古強者らしい、見事な立ち回りだなと感心してしまう。
実際、内容がゴリッゴリの政治暗闘というか、一般人には刺激的すぎてドン引き必至なので、深追いされても困るのだ。
別に国家機密というわけでもないし、俺が語ったところで国は確実に肯定しないので、陰謀論の域を出ないのだが。
それはそれとして、先の一件を機に、俺に対して内々で強行的なアクションを取ろうとした与党議員が、マスコミの矛先逸らしのために身内から売られたなんて内容は……ねぇ?
世の中には、知らなくて良いことというのは確かにあるのだ。……その知らなくても良いことを、個人的な理由で世界中に暴露した側の台詞ではないのだが。
「そんなわけで、です! 今日はそういうのは気にせず、パアッと遊んでしまいましょう」
「そうですね。……いやぁ、お恥ずかしいことなんですが、実はお誘いいただいてから、今日のことはかなり楽しみにしてたんですよ」
「あ、そうなんですか?」
「そりゃそうですよ! あんなこと言われたら、一人のカードゲーマーとして黙っていられませんって! オリパ開封アキバ巡りとか絶対に楽しいやつじゃないですか!」
凄いキラキラした目で見つめられた。なので無言で親指を立てておく。
──俺たちがいるのは秋葉原。サブカルチャーのメッカにして、カードショップが乱立する欲望渦巻く街である。
ーーー
あとがき
推しを遊びに誘う主人公。なお推しは男。ヒロイン? 誰それ
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