人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

神が持たれる神刀で虐めの解消

私達はこの世で生きていると、どうしても人間関係で悩まされることがあります。よく、職場の人間関係で自殺をされるケースがままありますが、その会社を辞めなければ解消出来ないケースがあります。学校の虐めでも同じことです。子供の自殺の原因は、ほとんどが虐めです。転校出来ればいいのですが、そうもいかなくて悲劇が起こります。虐めている方がこの世に残って、虐められている者が自殺することになります。
そうした時、話しをすれば相手が解ってくれると言う方がありますが、確かに話して解ってくれれば理想ではありますが現実論としてはそうした虐めをする存在は、職場の上司から注意されても先生から注されても、ほとんど治ることはありません。

今は学校に行けない登校拒否が多くなっていますが、昔は登校拒否があったのかとなるとあまり聞きませんでした。では、昔の学校では虐めが無かったのかと言うと、今以上のものが存在したのです。昔は番長と呼ばれるような暴力を振るうことに強い子等も居て、集団を作って、殴る。蹴る。倒す。金銭を巻き上げる。村八分と言って、阻害する。簀巻きと称してマットにぐるぐる巻きにして閉じ込める。侮蔑的な言葉を投げかける。差別用語の連発など日常茶飯事だったはずなのです。
それでも学校に行けたのは、今になって考えれば、皆、貧乏だったからでしょう。家庭が貧乏であるということは自分を強くします。貧乏という食べられない怖さを実感しているから、そんな暴力的なことぐらいで学校に行かないというような子は出なかったのではないかと思えるのです。
それどころか、学校の教師から鉄拳が飛んできたものなのです。教師から鞭で叩かれるもありました。教師に対して楯突こうなど、よほどの強者以外にはしようともしなかったのです。楯突くと水が一杯入ったバケツを持たされて、廊下に一時間も立たされる。親に教師に叩かれたと言えば、お前が悪いと叱られる。だからこそ、皆、精神的に強くなったのです。
だが今は、親が子を叱らないで、教師が子供を叱ると、親が学校に怒鳴り込んでくる。異常な世界になって来ています。自分の子供が悪いことをしていても、自分の子は悪くないと主張するのが愛だと勘違いしています。愛という名の甘やかしで、自立出来ない子を育てているのです
今は物質的に豊かになりすぎて、精神的に弱くなっているのでしょう。会社の上司に叱られたら、途端に会社に行けなってしまうが起きています。自分の失敗を指摘された時、もうへなへなとなってしまう。昔は、会社の先輩からも叩かれるどつかれるなども珍しいことでもなく、上下関係がビシッとしていて、その後は一緒に酒を飲むも出来たのです。先輩は後輩に奢ってくれたものなのです。

私もどうにもならない人間関係で弱って、最初の師匠を通じて御祭神に相談したことがあります。すると、今後は相手に指一本手出しをさせないと言われます。それからは相手が私を見ると避けだしたのです。問題は無事に解決出来ました。だが、相手の私に対するおびえ方が尋常ではないのです。
だが、その理由は2番目の師匠の元で解りました。その師匠は霊媒に虐めている人の魂を呼んで、言うことを聞かないとなると徹底的に霊剣で痛めつけるのです。するとその魂は恐怖におびえて、その後はおとなしくなってしまうのです。それまでは虐めていた人が、会社を辞めてしまわれた事例もあります。
言って聞く者ならば話は簡単ですが、言っても聞かない者には実力行使をせざるを得ず。その実力行使をが行われたことで、おびえから行為が止まるのかも知れません。

私は2番目の師匠の御祭神から神剣を授与されました。その神剣を行使すると、霊媒者に懸かって離れない低い霊が一刀の元に切り離すことが出来ました。しかし、この神剣を貰ったら、どういうことか無数の霊がその神剣で自分を切ってくださいと懸かって来たのです。それも半端な数ではありません。切っても切っても、切って下さいと懸かって来る。それで、その神剣は捨てました。
だが、その同じ神から神剣を授かった霊媒者の方は、今でもその神剣を使って懸かって来た低い霊を切ることで祓っておられます。と、言うことはその神剣に問題があったのではなくて、私が神剣を持っことに問題があったのかも知れません。が、私は神剣を振るって低い霊を祓うのではなくて、自分の体内に霊を取り込んで、浄化させるに切り替えたのです。
スピリチュアル系の方達の中には、自分は神剣を持っていると言われる方が多々おられます。その神剣で懸かって来る低い霊の祓いをされているようです。しかし、神剣を持っているからと言って、それで数えられない霊が存在する世界を祓い浄めるが出来るかと言えば出来ないでしょう。個々に霊障を受けている方を救うのが現実ではないかと考えられます。

こうした虐めのケースでは、まずは御先祖霊様に解決を頼まれるでしょう。だが、それで解決したという話しはまずなさそうです。神と呼ばれる存在と御先祖霊とでは力がまるで違うからでしょう。御先祖霊は霊刀を持たれていません。だが、御神霊は神刀を持っておられるのです。
神社に行ってお願いしたからと言って、困り毎が受け付けて貰えるかどうかは解りません。だが、神の御代さん(霊能者)を通じて神霊から確約して貰えたことは、聞き届けられているものなのです。
神など存在しない。死後の世界など無いと立派に生きる方は凄いのです。だが、人は弱い者です。神の存在を信じる心は、生死を決めるような状態になった時、意外と助かる方向に導かれるものなのです。

しかし、そこには神は愛だと言う論理は存在していませんね。神の世界は【チカラ】なのです。

最後は正神界と邪(蛇)神界が正面衝突すると言われています。愛で言って聞かせるでは、永遠に解決しないからでしょう。神は愛で何事も許されるで反省をしない我れ好しが犯した傷口があまりにも広がりすぎたのです

神の愛ばかりを言って、
反省しない者には【巳(蛇)帰る】が起きません
エデンの園(神の御国)は遙かに遠いのです

ですから最後の審判は、天帝の地上神界に対する実力行使ともなるのです。
それをされるのは、始めにして終わりの神。終わりにして始めの神なのです
ですから、今の世は終って【地球維新】となります。新しい【五六七(みろく)】の夜明けとなるのです。

弥勒とは、いよいよ(弥)改革の力(勒)です

創造神の力の発動が生じます。

スピリチュアルの何をしても神の愛で許されるなど、主の神の辞書には存在していませんよ。
悔い改めなさい、それならば許すでしょうに

精神世界

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