第54話 待望のコラボ回
俺が新たに設立したサブチャンネルは、VTuberとしての活動することに重きを置いたチャンネルだ。
そして【山主ボタン】の代名詞とも言えるVTuber活動は、ダンジョン産の食材を使った料理配信である。……超美麗高画質3Dモデル(笑)を使用する企画が、VTuberの代名詞に相応しいかと問われれば、俺自身も苦笑せざるを得ないのだが。
だがしかし、だがしかしだ。この企画はある意味で俺のVTuberとしての原点でもあった。なにせ俺がこの業界に飛び込むことを決めたのは、推しのVTuberが配信内でダンジョン産の食材を絶賛していたからなのだから。
「……始まり……ましたね。はい皆さんこんばんはー。デンジラス所属のスーパー猟師、山主ボタンです。そして──」
「はい、こんばんは。はじめましての方ははじめまして。ばーちかる所属のサラリーマンこと、沙界ジンでございます」
:ばんわー
:きちゃ!
:リーマンだぁ!
:まさかまさかのコラボですよ!
:告知見てからずっと楽しみだった!
:推しと推しがコラボしてるとか凄い嬉しい
:いやー、どんな配信になるか楽しみだなぁ
:こんばんはー
:はじまた
──故にこれは原点回帰。そして願望成就。俺にまつわるあらゆる状況が変わったからこそ決断した、念願のコラボ配信。
「本日は事前に告知していたとおり、オフコラボとなっております。お送りしている場所は、以前にも配信でお話しした、俺が個人的に所有している料理スタジオです」
「いやー、事前に話を聞いてはいたんですが、こうして実際に目にすると凄いですね。まさか本当に個人でスタジオをお持ちになっているとは……」
感嘆の中にわずかな興奮の色を混ぜながら、隣に座る沙界さんがキョロキョロと周囲を見回した。なお、配信画面はフリー素材の背景に、お互いのLIVE2Dをポンと置いてあるだけなので、画面上ではモデルが左右に揺れているだけだったりする。
せっかくのオフコラボということもあり、叶うことならもっと動きのある画面を用意したかったのだが……まあ、これについては仕方ない。
なにせ俺は、未だに自分の3Dモデルを持ってないのである。チャンネル登録者数的には、持っていない方がおかしくはあるのだが、正直それどころじゃなかったのだ。
デビュー当初は燃えた挙句鳴かず飛ばずで、料理配信から急激にチャンネル登録者が爆増。そこからライブラ関係で炎上したり、またチャンネル登録者が増えたり、アンチの処理に追われたり、俺の動画でまた騒がしくなったりと、まあ日常的にいろいろあったわけで。
デンジラスは大きい事務所ではないので、どうしてもマンパワーに限りがある。その状態で俺由来のアレコレに加え、先輩方のマネジメントも並行して行われければならないというのはねぇ……。
特に致命的だったのが、技術スタッフの半数が一部の先輩方の3Dプロジェクトで人手を割かれていたことだろう。当初の予定では、俺が3Dモデルを与えられるラインに到達するのはまだまだ先であったために、結果としてものの見事に人手不足に陥った。
人を雇うにしても、そう簡単にできることではないし、かと言ってすでに進めているプロジェクトを手を抜くわけにはいかない。そして俺自身は、3Dに並々ならぬ思い入れがあるタイプではなかったため、ひとまず後回しにする方向で決定した。
その判断がこうして推しとのコラボの時に返ってきたのだから、なんともままならないことである。……そもそも料理配信では超美麗高画質3Dモデル(笑)を頻繁に使っているため、『3Dとか別にいらんくね?』なんて思ってたのがなぁ。こういうところで締まりが悪くなるとは、見通しが甘かったなとちょっと反省。
「では今日の企画を説明……する前に。配信前にもさせていただきましたが、改めてご挨拶を」
ま、それはそれとしてだ。個人的な反省点は後回し。今はこのコラボを成功させるために切り替えていこう。
「本日はコラボ、それもオフコラボをお受けいただき、本当にありがとうございました。いや本当に、いきなりオフコラボなんか誘ってしまって申し訳ありません」
「いえいえいえ! そんな気にしないでください。むしろお誘いいただきありがとうございます」
うーん。相変わらずとてもかしこまった人である。いや、単に配信を観ているだけで、ほぼほぼ初対面なんだけども。
それでもこうして直接言葉を交わして得た印象は、事前情報のそれと変わらない。プロフィールの項に『社会人』と載っているだけあって、礼儀正しく、腰が低く、それでいてユーモアにも溢れた人柄をしているのが分かる。
なんというか、人の良さと好奇心の強さが隠しきれていないのだ。可能ならばというスタンスだったとはいえ、いきなりオフコラボに誘うという無法にも嫌な顔をしないどころか、むしろ嬉々として食いついてきたあたり、中々に愉快な性格をしているなと密かに感心したぐらいだし。
いや、本当に驚いたのよ。OKの返事がきたときは。思わず『いいんですか?』って訊ね返しちゃったぐらいだし。だって話題沸騰中の配信者とはいえ、絡みゼロで所属企業すら違うのよ? それで二つ返事なんて思わないじゃん普通。
そしたら返ってきた回答がアレよ。あまりに愉快すぎて、ついつい声を出して笑ってしまった。
『顔バレについては問題ありません。元々、実写系配信者として活動していた身ですし、そうでなくてもライバーさんやスタッフさんなど、こちらの業界に身を置く方とは、何度も直接対面していますので』
いやー、肝が据わってるというか、キャリアの違いを思い知らされたよね。やっぱり俺は生粋の配信者じゃなかったし、未だに視聴者気分が抜けてないことを思い知らされたよ。
そうだよなぁ。VTuberをやっている人間なんて、大抵が前世というものを持っているのだ。じゃないとVTuberをやろうなんて考えない。少なくとも、配信で人気を得るには相応のスキルがいるのだから。
俺はあくまで例外で、配信者としての実力はまだまだだ。だからこそ視点が視聴者寄りのままだった。
VTuber、特にトップ層は身バレをそこまで気にしていない。いや、正確には前世バレを気にしていないというか、バレているものと考えている。
沙界さんを筆頭に、彼らが注意してるいのは第一に個人情報の流出。そして第二に、VTuberとして活動する最中にネタにならない類のリアルを混ぜてしまうこと。
重要なのは、応援してくれているリスナーの期待を裏切らない、幻滅させないことなのだ。客の前で着ぐるみがガワを脱がないのと同じ。
逆に相手が
そういう意味では、俺は沙界さん視点では信用に足る相手だったということなのだろう。少なくとも、仕事仲間としてカウントしてくれたはずだ。……断りたくても断れなかった、なんてことではないと思いたい。
「正直、私としても山主さんとはお会いしてみたいなと思っていたので。今回のお誘いは、本当に渡りに船だったんです」
まあ、こう言ってくれているのだ。おべっかや社交辞令の類だったとしても、今回は額面通りに受け取っておこうではないか。そんな声音ではないのは、重々承知はしているが。
アレだ。せっかくの最推しライバーとのコラボなのだ。変に深読みとかするのではなく、頭を緩くして馬鹿みたいに楽しんだ方が勝ちというやつだ。
「そう言っていただけると、こちらとしても助かります。それでは、軽く企画の方を説明していきましょうか。……と言っても、こっちで用意した食材をツマミながら、ダラダラ雑談していくだけなんですがね」
「スナックみたいなもの、なんて事前の説明では言ってましたね」
「実際そんなもんですよ。ママはいませんがね。……なんせ初絡みですし、いろいろとお話したいじゃないですか。もちろん、話題のタネになるようなものはちゃんと用意してるので、ご心配なく」
「……失礼を承知で言うんですが、正直なにが出てくるか怖いんですよねぇ」
「ははは。楽しみにしてください」
:それな
:また高いやつが出てくるんだろうな
:草
:楽しみにしてくださいは、答えになってないんだよなぁ
:山主さん、生きたビックリ箱みたいなもんだから……
:リーマンが戦々恐々としてて草
:当たり前の反応なんだよなぁ
──さてさて。それじゃあ【スナック山主】、開店といきましょうか。
ーーー
あとがき
福山○治を見ていると、『実に面白い』を思い出してノスタルジー。
それはそうと、先週も似たような時間に投稿しているので、これは遅刻せずに週一投稿できているのでは? ボブは訝しんだ。
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