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タイトル不足でスマホと競合 欧米でも苦戦必至のPSヴィータ

ゲームジャーナリスト 新 清士

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ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の新型携帯ゲーム機「PlayStation(プレイステーション=PS) Vita(ヴィータ)」が22日に、北米と欧州で発売になる。しかし日本と同じように、欧米市場でも非常に厳しい立ち上がりになりそうだ。欧米でのタイトル不足に加え、不明瞭な販売戦略とプレーヤーを呼び込むために必要となるビジネスモデルの弱さが原因だ。

欧米でソフト市場が育つ気配なし

PSヴィータは、日本でも指摘されていたタイトル不足が改善される見込みがまったくないまま欧米で発売になる。今後もタイトル不足に苦しみ続けるだろう。

「プレイステーションポータブル(PSP)」のソフト市場は事実上、日本にしかないが、PSヴィータが発売されても欧米で新規にソフト市場の形成が進む気配はない。欧米と取引がある企業は、「北米の大手パブリッシャーからPSヴィータ向けにソフトを開発するという話は一切、聞こえてこない」という。

家庭用ゲームのパブリッシャーは、「マルチプラットフォーム戦略」を基本とする。ゲームを開発する際に、可能な限り多くのデータを使い回して、同じ日に多様なゲーム機向けにソフトをリリースしようとする。

現在の欧米のゲームは、パソコンに最も近いハードウエアである「Xbox360」を基本的な開発環境とすることが多い。それを「PS3」に移植し、グラフィックスデータなどに変更を加えながら「Wii」や「ニンテンドーDS」にも展開している。

中核となるゲームは自社で開発するが、移植作業は外部の企業に任せることも少なくない。ゲームの人気を高めブランドを確立できれば、それを全ハードに展開して少しでも稼ぎを上げることを狙う。

ところが最近のPSPは、移植の対象になることがほとんどなくなっていた。欧米では据え置き型ゲーム機が中心で、日本のような携帯型ゲーム機は弱いためだ。子供に食い込んだニンテンドーDSは一定の市場を形成していたが、PSPが対象とする年齢が高い層の子供は据え置き型で遊ぶ。そのためPSP向けの大型タイトルは日本で開発されたものばかりで、欧米で作られたものはほぼ皆無に近かった。

大手パブリッシャーが見送る本格参入

ゲームサイトやゲーム誌のレビューを総合して平均点を出す情報サイト「Metacritic(メタクリティック)」によると、2011年に欧米でPSP向けにリリースされたタイトルは133本ある。そのうちサイトや雑誌でレビューの対象となったゲームは38本(29%)に留まる。そのうち18本(47%)は日本製だった。

一定水準以上の完成度にあると評価される70点(満点は100点)を超えたタイトルは22本(17%)で、高い評価を受けたのは「タクティクスオウガ 運命の輪」(スクウェア・エニックス)など、ほとんどが日本製のタイトルだ。

 ニンテンドー3DSは116本のタイトルがリリースされた。レビューで85本(73%)が取り上げられ、33タイトル(28%)が70点以上を得ている。もちろん成熟期を迎えたハードウエアと新たに登場したハードウエアでは、話題性に大きな差がある。しかし成熟期を迎え、3DSとも競合するニンテンドーDS向けタイトルは、313本とPSPの約2.4倍もあり、新作タイトルの選択肢ははるかに広かった。

欧米の携帯型ゲーム機の発売本数などの比較(2011年)
発売本数レビューされた本数70点以上の評価
PSP13338(29%)22(17%)
ニンテンドーDS31337(12%)9(3%)
ニンテンドー3DS11685(73%)33(28%)

こうした経緯もあって、欧米ではPSヴィータに対するパブリッシャーの期待が極めて低い。パッケージ販売されるタイトルは30本が予定されているが、そのうちSCEが発売するタイトルが8本もあり、3分の1弱を占めている。

米エレクトロニックアーツ(EA)の「EA Sports FIFA Soccer」は、PSヴィータをマルチプラットフォーム戦略に位置づけてリリースするが、それでも9種類あるプラットフォームの一つにすぎない。EAがほかのタイトルを発売するのかも不明だ。パブリッシャー最大手の米アクティビジョンブリザードに至っては、現時点でPSヴィータへの参入を見送っている。

日本企業にも変化が表れた。ある関係者は「日本の大手パブリッシャーが、PSヴィータ向けに進めていたゲーム開発をすべてキャンセルし、3DSの開発に切り替えた」という。

ゲーム機の発売時期はメーカーが宣伝に力を入れるため、ソフトを早期に投入できればヒットに結びつけられる可能性が高い。そのため大手のパブリッシャーほどゲーム機の発売時期に力を入れる。ところが日本での年末商戦でPSヴィータが50万台しか売れなかったのに対し、任天堂が3DSを逆ざやを抱えながらも400万台売った。このためパブリッシャーには3DSが魅力的なプラットフォームとして映り始めている。

グループ内で製品競合、不明瞭な販売戦略

1月9日、ソニーは米ラスベガスの「コンシューマーエレクトロニクスショー(CES)」で、「SonyEntertainmentNetwork」を発表した。これは"豊富な製品群"がネットワークとコンテンツを通じて、互いに連携し合う世界を構築しようというもの。ゲーム機もその一つに位置づけられるが、その戦略には不明瞭な部分が大きい。

そもそもソニーが抱えている問題点は、グループ内の製品同士で機能が重なって競合するという奇妙な状態が継続され、解消される気配がないところにある。豊富な製品群というよりも、グループ内で競合するラインアップという印象だ。

例えばPS3にハードディスクレコーダー(HDR)の機能を追加できる専用デジタルチューナー「トルネ」。10年に発売された同製品はゲーム機のノウハウをインターフェースに生かし、高い操作性でユーザーから評価を得た。ところがトルネの事実上の競合製品として、同じ価格帯にソニー製のHDRが存在する。

2つのHDRは操作インターフェースが異なっており、それらを統合しようとする動きは見えない。しかも潜在力を持つはずのハードウエアにもかかわらずトルネは海外に展開されず、日本のユーザーしか対象にしない。トルネをPS3に統合しても、ソニー製品との競合は変わらないため、グループ内で製品の位置づけがはっきりしないままになりそうだ。

 機器同士の連携を図るなどソニー製品をそろえることの魅力を高めようという意図は感じられるが、他社製品からユーザーを取り返そうとする道筋は見えない。一方で、他社がソニーのユーザーを奪うことは容易に感じられる。

スマホ「Xperia」との差異化も課題に

PSヴィータと、スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)の「Xperia」の間でも同じことが起きている。

PSヴィータのハードアーキテクチャーは、グーグルのOS「アンドロイド」を搭載したスマホに近いため、Xperiaとの差異化は容易でない。PSヴィータはゲーム機としてコントローラーを持つが、すべてのゲームがコントローラーを必要とはしていない。

スマホの普及率が高まるにつれて、ソフト会社がゲーム機からスマホにゲームを移植する例は増えるだろう。スマホ向けのゲームは、タブレットなど類似するハードに移植してあらゆる販売機会を探る「クロスプラットフォーム戦略」を採るのが一般的だからだ。

例えばパソコンやスマホ向けに提供されている米ポップキャップ・ゲームズの「Plants vs.Zombies」は、PSヴィータ向けゲームとして発売時のタイトルにラインアップされている。同ゲームの評価は高いが、ゲームを楽しむ際にコントローラーは要らない。

手軽に遊べるゲームでは、PSヴィータを使う必然性がないことにユーザーは気づくだろう。そうなるとPSヴィータが差異化できるポイントはますます減少していく。パッケージゲームでも同様だ。アーキテクチャーが同じである以上、スマホの性能が高まるにつれて、スマホにゲームが移植される例が増えるだろう。

遅れているオープンプラットフォーム戦略

PSヴィータが生き残るための選択肢はあまり多くはない。PSヴィータのネット流通を中心に据えた大胆なオープンプラットフォーム戦略を打ち出す必要性に迫られている。しかし、この戦略も著しく遅れている。

11年1月に発表された、アンドロイドに対応したゲームタイトルをソニーが審査して発売する「PlayStaionSuite」は、ほかのメーカーが開発したアンドロイド対応スマホにもゲームを提供できるという内容だった。しかし、今のところ賛同するメーカーは現れておらず、PSヴィータの発売に合わせて登場する新作タイトルもない。

11年10月にようやく発表されたPSSuiteの開発環境は、11月に特定の開発者に対して限定公開が始まったが、全体のオープン化のスケジュールは不明だ。開発者がどの程度の収益を得られるのかという肝心のビジネスモデルも「現時点では未定」となっている。これでは一番大事な立ち上げ時期に、多くの開発者の参入は望めないだろう。

任天堂のような赤字覚悟の大胆な端末価格引き下げは難しく、スマホとの決定的な差異化も難しい。現時点でのPSヴィータは、PSPのユーザーが移行することだけを期待しているようにも見える。PSヴィータは、新しいハード市場を広げる戦略を明確に打ち出せないまま、欧米に投入される日を迎えることになる。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。

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