人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

大本教神諭予告九つ花と朝鮮の予言「米」一字

戦前の大宗教。大本教神諭(明治31年旧12月26日)に【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸の致してあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ。・・・・・・綾部に九つ花が咲いたならば、万古末代枯れぬ花であるぞよ】とあります。
また、大本教神諭(大正7年旧正月12日)には【一輪の火水(言霊)の経綸(しくみ)がいたして在りて、綾部は三千年余りて昔からの神の経綸の致してある結構なところ】とあります。

この【九つ花】とは、大本教が神旗として出した九曜紋や十曜紋のことではないのです。九曜紋や十曜紋では、一輪の言霊の経綸が出しようがないからです。もしも九曜紋や十曜紋で一輪の言霊の経綸が紐解けるのであれば、聞きたいものです。
では、【九つ花】とはどのような花なのでしょうか?。
下記の図を見てください。縦に九、横に九の八十一の枠に、1から81までの数字を縦も横も斜めも同じ数になるように配置したものが「九つ花」なのです
九の数理盤とか九の魔方陣とも言います。縦も横も斜めも総和は「369」となるのです。式を計算されたら、どの縦の列も横の行も斜めも総和は369になっていることが解るでしょう。これを【みろく(369)】と言うのです。
ここまでぐらいならば、ある程度の知識があれば解るでしょう。
問題は、これを【誠】で解けるかどうかなのです。



この図に【言霊】を配置するわけです。大本教が出した「いろは」も岡本天明氏が出した「ひふみ」も、それでは言霊数が少なくて花は織れません。これは【あいうえお】を当てるのです。
何故?。それは「いろは」も「ひふみ」も、47音に「ん」を加えて「48」音です。これをヨハネ(48音)と言います。ヨハネではキリスト(真理)の前段を演じるだけなのです。また「いろは」も「ひふみ」でもみろく(369)を演じられないのです。
【あいうえお】だと、「41」のところには【ラ】が入るでしょう。これが【ラ】神論。
しかし、単に【ラ】神論では何も解らないでしょう。大本教で出口なお開祖派とされ、反出口王仁三郎聖師の急先鋒と言われた神道天行居を開いた友清歓真さんによって、この「ラ」神は天之御中主様のことだと発表されました。それ自体は正解なのです。
私は友清歓真さんを知って、これを紐解いたのではありません。天の頂の十字路に五重の塔と瓢箪池の光景から、その意味を解いたのです。

イエスは40日間荒野を彷徨って、悪魔を退けて41日目に神の御子となる。
モーゼは40年間荒野を旅して、41年目にイスラエルに入る。
大本教神典に主の神は約35万年前に御引退があります。
神の時計の1年間は、この世の時間で約8760年間かかります。
すると、神の時計で約40年が出ます。モーゼの意味と同じことです。次の「41」で、主の神は御復帰となるのです。それまでは退いているので艮(ウシトラ)の道なのです。
大本教出口王仁三郎聖師は霊界物語の第十三巻で、この大本教に現れた変性女子はニセ者だ。待っていたならば、みのか尾張の国の中と残されましたが、美濃か尾張の国の中から富(十三)山に向かう国道は「41」号線。そこに「神の高山」に上るが出るのです。
綺麗に【41】の数値を揃えてあるのです。

その41番目の言霊【ラ】に、【良】の漢字を振りまして良心神として7年ほど前にホームページで公開いたしました。俗に言われる単に良い心たる良心神ではないのです。
良心神など貴方に説いて貰わなくても解っていると言われた方は、実は何も解っておられないのです。
お釈迦様の悟りは、人には良心神が内在するだったのです。そこで、この仕組みはお釈迦様の死後お釈迦様の教えを説くとされる【みろく(369)】となっていて、良心神として説かないといけなかったのです。
そして、日本国憲法41条は、唯一の立法機関の規定です。【全ての法は、41より出る】。良(ラ)心神そのものが法なのです。魂はその良心神によって出された法に従い、またその法によって裁かれるのです
良(ラ)心神は宇宙の法であり、誰をもってしてもこれを曲げることは出来ないのです。如何に神霊と言えども、神は愛で何事も許されるは無いのです。カルマの法則を考えてください。正負の原則を考えてください。どこにも神は愛で貴方の罪を許すなどの法則はないのです。自分が播いた悪の種の果実は、自分で刈り取らないといけないのです。

朝鮮に残された予言に、最後の審判前、「米」一字を説く教えが起きる。その教えに従った者達は神の罰を受けずに済むとありました。
米一字で神を説けといわれても、説きようがありませんね。だが、「九つ花」を見られたら、「米」型になっていることが解るでしょう。
ここに【九つ花】の真髄があるのです。最後の審判の救済の為に出したのが【米】教だったのです。
だが、良心神など糞喰らえでは、ほとんどの方が落第の判定になります。あるがままとか、何をしてもいいのです等の世を乱すスピリチュアルがはびこっています。そうした行為では自分の魂を汚すが解っていないのです。
朝鮮に残された予言では、米一字の教えに従えなかった者は、審判に入って罰を受けたならば白十字によって救われるがあります
審判に入ったならば、九里より甘い「十三」里が出ますので、それに従って行けば新しい世(みろくの世)に行けるでしょう。それが最後の最後の救済となります。ただ、十三と言っても「ス」神論ではないのです。

この「米」教の詳細に関しましては、神言会(kamikotokai.com)で解説して来ましたが、少し難しかったようです。難しいからと言って、真理を曲解させるわけにはいかないのです。
単に神は光だと言っているスピリチュアルではこの仕組みを紐解く力は存在しません。それどころか解ろうとすらしようとはしないわけです。
霊能者やスピリチュアルヒーラーと称している方達の背後にある存在では、こうした仕組みそのものが出来ないのです。誰がここまで仕組んで来たのか?。その存在の大きさを知るべきでしょう。

私が言うことに反論もあるでしょう。ならば、81の言霊と言うが、アイウエオならば「イロハの47」に濁音・半濁音を入れて「72」だ。後はどうしたとなるでしょう。
大本教霊界物語全「八十一」巻。本編72巻。特別編「9」巻。本編分が72音で、後の9音は特別な存在なのです。言霊的には残っている「ん」で表すのですが、「ん」は単独では発音出来ません。単独だと「ゥン」ですね。これも漢字を振れば意味が解るでしょう。

どうして、大本教神諭は九つ花は誠の人で無いと紐解けないと予言したのでしょうか?。誠は【言成】。
私が伏見稲荷山で豊受の神から聞かされたのは、貴男は言葉で神々に教えを説く御方。【言葉の〇】とお呼びする方です。貴男の言葉による教えは、天帝の詔と同じこと。と言われます。
この日本ではなくて、西洋にある予言が存在します。【異国の人が異国の言葉で主を語る。その人は、その国では「言葉の〇」と呼ばれている。その人は、自分は主を知らないと言うが、主はその人を御存じで、終わりの日。主はその人を主の元に呼び出す。その後は省略】。があります。
豊受の神が言われた言葉の〇と残された予言の言葉の〇は少し違うのですが、同じ意味合いにはなります。
私が子供の頃に旧約聖書の神と名乗る神は告げられました。【そなたが歩く道は、これまで人類の誰一人として歩いたことが無い道。そなたの後に同じ道を歩く者も出ない。そなたが初めての者で有り、そなたを持ってこの道は終わる】。言葉による仕組みの解説です。
為に、旧来の教えに縛られた人は、それを理解しょうとはされないでしょう。たった一人でしなければならない道だったからです。

今日まで【九つ花】を説いて来ました。しかし、いくら説いても解ろうとしない人だらけでした。しかし、このお役は間もなく終了します。
最後の審判と呼ばれるものは魂の破滅ではありません。【五六七】の世と、そうでないこれまでの世とに分ける【捌き】なのです。その為には、もう一つの地球が必要なのです。

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