人に内在する良心神(神言会)

神は言葉なりき。言葉は言霊で構成され、その言霊による神の仕組みを解説する神言会(kamikotokai.com)のプログです。
神言会では人に内在する良心神(この世の閻魔)とは何かを説明しています。

S・O・S、S・O・S、この地球がS・O・S

最近、あちらこちらで五次元にアセンションが言われています。では、何故に五次元にアセンションしなければいけないのですか?。その理由を誰も語っておられる節がありません。
どうも、マヤ暦から多くの終末論が出ている気がします。果たして、マヤ暦はどこまで正しいのか解らない面があります。仮に合っていたとしても、カレンダーが有効でないことと人類滅亡とは関係しないはずです。時が停止するその意味は何なのだろうかです。

この地球は平均軌道速度29.78 km/sで走っています。分速で1786.8㎞。時速で10万7208㎞です。そんな途方も無い速度で走っている地球なのに、私達が何も感じないのは大気があるからです。この大気はN極とS極の地軸から出る磁気が存在するから守られているのです。もし、磁気が消滅すればどうなるかなのです。モーターの原理を考えてください。磁気が消えれば軸は回転しません。地球は停止するか速度が落ちます。すると、太陽を廻る軌道から離れて行きます。それはやがて人類滅亡かも知れませんが、即座では無いことになります。
皆さんから見れば、地球は単なる物体かも知れません。が、霊的に見ると神々が地球の円陣(エンジン)室を管理しているのです。地球の核です。地球の機関部から、このままでは地球が運行出来ませんとS・O・Sを発信しているのです。地球のエネルギー管理室が制御不能ともなれば、どこからマグマが吹き出して来るかも解りません。大地震で大陸すら沈むのです。で、私は天帝が予備地球を救済にと廻して下さるモウ一つの地球話しをしているのです

私が修業に入って間もない頃、三十数年前になるでしょうか。私の師匠は非常に優秀な霊媒で、日本でもトップクラスの霊能者と言われていましたが、その地の三大神社で藩公が建立された稲荷神社の神主をしていましたので、表向きは祝詞を上げて御神霊が懸かった振りをしていました。
そうしないとお参りに来た人はそれが神霊の答えなのか?、師匠の個人的な見解なのか?。神霊世界が如何なる仕組みか理解出来ていない為に納得しないわけです。が、実は即座に入神が可能な優秀な霊媒でした。
そこで、その稲荷神社の御祭神である豊受様に私はお尋ねしたのです。大本教で世の立替を言いましたが、本当に立替はあるのですかと。
すると、その稲荷神社の豊受様は立替は起きます。ただ、その時期は何時とは解らないが、貴方が生きている間にその立替は間違いなく起きます。それだけは言えます。貴方はその立替の大嵐の中を通らないと行けませんと言われます。
そこで私が、で、人類はどうすれば立替から助かるのですかと尋ねたならば、人類に助かる道などどこにも無いと答えられたのです
さすがに、私も真っ青です。で、私は豊受様に、どこかに人類が助かる道があるはずです。私はその道を探してみますと答えました。すると、豊受様はあれば教えて欲しいと言われます。

それで、師匠はどう思っているのかと尋ねたら、自分はその時にはあの世に行っていますので、あの世から高みの見物をしていますと言われる。師匠は既に死後には神の座に就く資格を得ていましたので、高みの見物と言われるわけです。確かに、神となる位に就いたならば、この世が立替えられようが立替えられまいが関係無いのです。五次元まで上がればいいわけです
しかし、神の位に就くということは容易なことではありません。師匠の様に幼い頃から今度生まれるのは雄牛じゃ。今度生まれるのは雌牛じゃと言って、すばり当てるものですから、近隣の農家から今度産まれるのは雄牛なのですか?。雌牛なのですか聞きに来る。そのお礼として御菓子を貰う。そんな能力を持った方が修行に修行を積んで豊受様の御代。何の能力も無い者が神の位に就くのは難しいのです。

だが、私はそうですかとは行きません。私は子供の時に、この世が終わるので人類を助けよと降ろされた身で、一人も助けることが出来ませんでしたとオメオメと天に帰るわけには行きません。必死で道を探りましたがまるで見当がつきません。
そんな頃、私の家の前の空き地に【夢殿】が霊的に建っている光景が見えます。?と見ると、八角堂です。その屋根の頂点に豊受様が立たれて、稲荷神界の半分は立替には使えぬと言われます。そして、その八屋根の頂点から天に向かう綱が見えます。
夢殿。八角堂の屋根の上は八方向。八根?。その真ん中?。そこから天に向かう綱。何の意味かと考えたのですが、その時には「米」までは思考が至りませんでした。大本教神諭予告の九つ花に咲く一輪の言霊の経綸で、人類の助かる道はそこしかないと解ったしだいです。
稲荷神界でも末端の神々ともなりますと、世の立替?。そりゃなんじゃと言われてしまいます。世の立替の話しなどまったく御存じ無く、そうした末端の神々に使われていると、どこどこの天戸開きだと言われて振り回されてしまいます。地球が危機だの概念もないのです。

魂に死があるならば、捨てておいてもいい話です。人は何れは死ぬ身です。それが早いか遅いだけのこと。例えこの地球が人が住めない星になろうとも、死ねば終わりでいいわけです。だが、魂は基本論として死なないなのです。死ねなければどうなるのか、自分で考えてみるのが肝要でしょう

モウ、輪廻転生で帰る霊界が無くなるのです。

弥勒の世に行く者と行かぬ者

人は愛で許すと言われたら飛びついて、良心と言われたら逃げて行く。
誠の人は、もはや少なし。


精神世界

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